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第三章 ラーイウラ王国
4/最上拝謁の間 -2 陪神サザスラーヤ
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王の間の奥から、さらに廊下が伸びている。
今度は、さして長くない。
石造りの冷たい廊下。
天井にぽつぽつと浮かんだ灯術の明かりが、真紅の扉を照らし出している。
扉の中央には、糸車を意匠した銀輪教の紋章が刻まれていた。
「──…………」
扉の前に、ラライエ四十二世が佇立している。
こちらに背を向けたまま、扉を見つめている。
そのシルエットはすらりと長く、思っていたよりも遥かに上背があった。
ネルと顔を見合わせる。
彼女が首を横に振る。
ネルの母親──エリバ=エル=ラライエではないようだ。
「お連れ致しました」
側近が、ラライエ四十二世の隣に立つ。
ラライエ四十二世が、側近に、何事かを囁いた。
「はい、了解致しました」
側近が、懐から短剣を取り出す。
「──ッ!」
ネルをかばうように前に出る。
だが、杞憂だった。
短い刃が導いた先は、
「──ぐ、ぶッ」
側近自身の、首だった。
「は……?」
側近が、自らの首を掻き切り、さらには左胸に短剣を突き立てる。
「なにしてるのッ!」
ネルが、側近に駆け寄る。
治癒術の淡い光がラライエ四十二世の足元を照らす。
だが、側近は、二度と動かなかった。
死んでいた。
「──…………」
ネルが、ふらりと立ち上がる。
「……今、何を言った」
そして、
「この人に、何を指示したッ!」
ラライエ四十二世の胸ぐらを掴み、御簾を乱暴に引き剥がした。
ラライエ四十二世に素顔が明らかになる。
現れたのは──
見知らぬ老人だった。
百歳を優に越しているであろうその顔には、皺が深く深く刻まれており、一見して男性か女性かの区別はつかない。
ただ、一つ確実に言えることがある。
「……ママを、どこへやった。パパは、どこへ行った!」
ネルの両親の、どちらでもない。
「──…………」
ラライエ四十二世が、ぱくぱくと口を開きながら、自分の喉を指差した。
しばし咳払いを繰り返し、ようやく声を搾り出す。
「……声を出すのは、久方振りである」
ひどく、しわがれた声。
吐息のほとんどが喉から漏れ出すようなかすれた声は、耳を澄ませてようやく聞き取れる。
「側近は、一代限り。故に、死を命じた」
「……意味がわからない」
ネルが、かぶりを振る。
「あなたは、誰」
ラライエ四十二世が、ネルを無視し、扉に埋め込まれた半輝石に触れる。
糸車の紋章が刻まれた大扉が、地響きを立てて開いていく。
「誰だって聞いてるんだッ!」
ネルが、激情に任せてラライエ四十二世を突き飛ばす。
ラライエ四十二世が、ふらりと尻餅をついた。
「ネル」
「──はあッ! はあ、はァ……!」
「……気持ちはわかる。でも、落ち着け」
「……ごめん、カタナ」
「朕は──」
ラライエ四十二世が、ゆっくりと体を起こす。
「朕は、ラライエである」
「そんなこと、わかって──」
言葉を遮り、老人が言った。
「祖、ラライエである」
「──…………」
「──……」
言っている意味が、わからなかった。
「祖、って」
ネルが、震える声で呟く。
「……ラライエ、一世?」
そのとき、大扉が、完全に開ききった。
最上拝謁の間が露わとなる。
扉の先に広がっていたのは、寂寞たる広間だった。
鳥籠を思わせる縦に長い円筒形の空間、その周囲をぐるりと無数の書棚が囲んでいる。
青い炎が照らし出す最上拝謁の間は、どこか禍々しい印象を抱かせた。
空間の中央には、長い、長い、首吊り縄が垂れ下がっている。
首吊り縄の先には、あるべきもの──首を吊った死体の姿は、なかった。
ただ、
白くか細い女性の腕だけが、
首吊り縄の輪を掴んでいた。
腕の切断部位からは鮮やかな赤い液体が垂れ落ち、真下の盃がそれを受け止めている。
盃の周囲には、無数の瓶が並べられていた。
俺たちが飲んだ美酒は、あれだ。
思わず吐き気を催した。
「──平伏せよ」
ラライエが、かすれた声を張り上げる。
「陪神サザスラーヤの御前である」
今度は、さして長くない。
石造りの冷たい廊下。
天井にぽつぽつと浮かんだ灯術の明かりが、真紅の扉を照らし出している。
扉の中央には、糸車を意匠した銀輪教の紋章が刻まれていた。
「──…………」
扉の前に、ラライエ四十二世が佇立している。
こちらに背を向けたまま、扉を見つめている。
そのシルエットはすらりと長く、思っていたよりも遥かに上背があった。
ネルと顔を見合わせる。
彼女が首を横に振る。
ネルの母親──エリバ=エル=ラライエではないようだ。
「お連れ致しました」
側近が、ラライエ四十二世の隣に立つ。
ラライエ四十二世が、側近に、何事かを囁いた。
「はい、了解致しました」
側近が、懐から短剣を取り出す。
「──ッ!」
ネルをかばうように前に出る。
だが、杞憂だった。
短い刃が導いた先は、
「──ぐ、ぶッ」
側近自身の、首だった。
「は……?」
側近が、自らの首を掻き切り、さらには左胸に短剣を突き立てる。
「なにしてるのッ!」
ネルが、側近に駆け寄る。
治癒術の淡い光がラライエ四十二世の足元を照らす。
だが、側近は、二度と動かなかった。
死んでいた。
「──…………」
ネルが、ふらりと立ち上がる。
「……今、何を言った」
そして、
「この人に、何を指示したッ!」
ラライエ四十二世の胸ぐらを掴み、御簾を乱暴に引き剥がした。
ラライエ四十二世に素顔が明らかになる。
現れたのは──
見知らぬ老人だった。
百歳を優に越しているであろうその顔には、皺が深く深く刻まれており、一見して男性か女性かの区別はつかない。
ただ、一つ確実に言えることがある。
「……ママを、どこへやった。パパは、どこへ行った!」
ネルの両親の、どちらでもない。
「──…………」
ラライエ四十二世が、ぱくぱくと口を開きながら、自分の喉を指差した。
しばし咳払いを繰り返し、ようやく声を搾り出す。
「……声を出すのは、久方振りである」
ひどく、しわがれた声。
吐息のほとんどが喉から漏れ出すようなかすれた声は、耳を澄ませてようやく聞き取れる。
「側近は、一代限り。故に、死を命じた」
「……意味がわからない」
ネルが、かぶりを振る。
「あなたは、誰」
ラライエ四十二世が、ネルを無視し、扉に埋め込まれた半輝石に触れる。
糸車の紋章が刻まれた大扉が、地響きを立てて開いていく。
「誰だって聞いてるんだッ!」
ネルが、激情に任せてラライエ四十二世を突き飛ばす。
ラライエ四十二世が、ふらりと尻餅をついた。
「ネル」
「──はあッ! はあ、はァ……!」
「……気持ちはわかる。でも、落ち着け」
「……ごめん、カタナ」
「朕は──」
ラライエ四十二世が、ゆっくりと体を起こす。
「朕は、ラライエである」
「そんなこと、わかって──」
言葉を遮り、老人が言った。
「祖、ラライエである」
「──…………」
「──……」
言っている意味が、わからなかった。
「祖、って」
ネルが、震える声で呟く。
「……ラライエ、一世?」
そのとき、大扉が、完全に開ききった。
最上拝謁の間が露わとなる。
扉の先に広がっていたのは、寂寞たる広間だった。
鳥籠を思わせる縦に長い円筒形の空間、その周囲をぐるりと無数の書棚が囲んでいる。
青い炎が照らし出す最上拝謁の間は、どこか禍々しい印象を抱かせた。
空間の中央には、長い、長い、首吊り縄が垂れ下がっている。
首吊り縄の先には、あるべきもの──首を吊った死体の姿は、なかった。
ただ、
白くか細い女性の腕だけが、
首吊り縄の輪を掴んでいた。
腕の切断部位からは鮮やかな赤い液体が垂れ落ち、真下の盃がそれを受け止めている。
盃の周囲には、無数の瓶が並べられていた。
俺たちが飲んだ美酒は、あれだ。
思わず吐き気を催した。
「──平伏せよ」
ラライエが、かすれた声を張り上げる。
「陪神サザスラーヤの御前である」
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