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第三章 ラーイウラ王国

3/ラーイウラ王城 -19 準決勝(上) 本物の奴隷

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「──勝者、ジグ=インヤトヮ!」

 ジグが決勝へ進むのを見届け、立ち上がる。
「ジグへ至るまで、残るは一人。相手は──」
 ヘレジナが、第九組の待機場所へと視線を送る。
「ラングマイア=ストゥルム。恐らく、カタナを抜いて唯一の〈本物の奴隷〉だ」
 視線の先にいたのは、長大な鞘を手にした痩身の男性だった。
 彼もまた、こちらを見ている。
「……すべての試合で苦戦してるからな。体操術が使えるのなら、絶対に使う。そんな場面も何度もあったのに」
「戦い方も、こなれている。体操術を持たぬ速度に慣れているように見える。恐らく、かなり長いあいだ奴隷として使役されているのだろう」
「そうか……」
「だが、所詮は奇跡級下位止まり。今のカタナであれば、仮に油断したところで負けることはない。むろん、油断しろと言っているわけではないぞ。気負う相手ではないというだけだ」
「ひとまず安心でしね」
「よ、よかった……」
 ヤーエルヘルとプルが、ほっと息を吐く。
「そーかな。カタナは、あーゆー手合いがいちばん苦手そうだけど」
「あーゆー、って?」
「なんて言うのかな……」
 上手く言葉にできないのか、ネルが困ったように答えた。
「正しく、頑張ってる人?」
「──…………」
 奴隷として真っ当に本戦へと歩を進めたのは、俺とラングマイアだけだ。
 その点において、ある種の尊敬の念を感じてはいる。
 だからこそ、本気でかからねばならない。
 負けられないのはこちらも同じなのだ。
「大丈夫だ。俺は迷わないよ。優先順位は、間違えない」
「そっか」
 ネルが、安心したように微笑む。
「なら、頑張ってきなさい。美女四人が待ってますぜ」
「美女だなんて、困りまし……」
 ヤーエルヘルがくねくねする。
「ヤーエルヘルとプルは年齢的に美少女だけど、あたしが自分のこと美少女って言ったら痛々しいからねー」
「美は揺るがないのだな」
「当然」
 すごい自信だった。
 事実に基づくものだから、異論はない。

「──これより、準決勝第二試合を執り行う。アイフーシンの領主カダロナ=エル=ラライエの奴隷、ラングマイア=ストゥルム。並びに、リィンヤンの領主ネル=エル=ラライエの奴隷、カタナ=ウドウ。前へ!」

 頬を張り、気合いを入れる。
「勝ってくるよ」
「が、がが、がんばって、かたな」
「頑張ってくだし!」
「凪のように、当たり前に勝利するのだぞ」
「しないと思うけど、油断はだめよ。絶対なんてないんだから」
 皆の期待を背に受けながら、御前へと足を向ける。
 ラングマイアは、奴隷の首輪を嵌めた女性を一度だけ抱き締めると、こちらへと歩を進めた。
 俺の知らない物語が、そこにあるのだろう。
「──…………」
 ラングマイアと向かい合う。
「……初めて、ですね。こうして本物の奴隷と当たるのは」
「予選ではいたかもな。そのときは意識してなかったけど」
「オレのときは、全員が体操術を、あるいはそれ以上の魔術を使ってきました。混戦だからバレにくいみたいで。だから、本戦でウドウさんを見たとき、驚きました。同時に、すごいと思いました。これは、勝てないなと」
「──…………」
「勝負を諦めているわけじゃない。逆です。オレは、決して諦めない。オレを止めるのは、死、のみだ。それだけ伝えたかった」
「……そうか」
 ラングマイアが、長大な鞘から剣を抜く。
 それは、片刃の、太刀によく似た長剣だった。
 身の丈にすら届きそうな大太刀を、ラングマイアが構える。
「──行きます。この首輪を外すのは、オレと、エリエだ」
 薄刃の長剣を抜き放ち、正眼に構える。

「準決勝第二試合、──始め!」

 神眼を発動する。
 ラングマイアが、大太刀を握った右腕を引き絞り、そのまま突きを放つ。
 その動きは洗練されており、無駄がない。
 人という種の限界に挑むような気迫と精度。
 だが、俺がその突きに抱いたのは、〈よくここまで勝ち残れたな〉という、ある種不遜とも言える感想だった。
 ラングマイアは、確かに強い。
 だが、それはあくまで、常識の範疇においてだ。
 体操術なしで奇跡級下位の先へ行くためには、どこかで常人という殻を捨て去る必要がある。
 そこから先は、天賦の才の問題だ。
 俺に、神眼があるように。
 ラングマイアの突きを悠々と避け、背後へと回り込む。
 武器も、選択の時点で間違っている。
 速度で劣るのに、大振りしかできない大太刀を選ぶのは、愚策だ。
 ラングマイアが、上体を捻りながら、こちらへ振り返ろうとする。
 まずは一撃。
 自分の体勢から繰り出せる最も深い斬撃を、ラングマイアの背に浴びせる。
 痛みに顔を歪ませながら、ラングマイアが大太刀と腕とで半径二メートルの範囲を薙ぎ払った。
 だが、来ることがわかっていれば回避は容易だ。
 俺はその場に屈み込むと、大太刀が頭上を掠めるのを確認し、ラングマイアの右腿から左肩までを逆袈裟に斬り上げた。
 怯んだラングマイアが、大きく距離を取る。
 俺は、あえて追わなかった。
 実力差は明白だ。
「……強い」
 斬られた箇所から溢れる血を手で抑えながら、ラングマイアが痛みに息を乱す。
「羨ましい、……です。才能のある人、間に……、努力されたら、もう、オレたちはどうしようもない……」
「──…………」
 見ていられなかった。
 だから、俺は、その言葉を口にしてしまった。
 この人を、殺したくない。
 そう思ってしまったから。
「……降参しろ、ラングマイア」
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