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第三章 ラーイウラ王国

2/リィンヤン -15 修練の日々

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「──リィンヤンに来てから、もう二週間か」
 背中の水瓶が、歩くたびにちゃぷちゃぷと音を立てる。
「慣れれば慣れるもんだな」
 水瓶は、重い。
 重いが、初日ほどつらくはない。
 日々積み重なる成長の証が、前へ進むための原動力となっていた。
「二週間?」
 ヘレジナが頭上にハテナを浮かべる。
「あー……」
 この世界の一週間は、五日である。
 頭ではわかっているのだが、どうにも慣れない。
「三週間だ、三週間。こっちの世界だと一週間が七日だったって言ったろ」
「……ああ、七曜だとかなんだとか。随分と割りにくい数字を採用するものだな。暮らしにくそうなものだが」
 一週間は五日間。
 一ヶ月は六週間。
 一年は十二ヶ月。
 サンストプラの暦は、すっきりと割り切れて気持ちがいい。
「思えば、すこし複雑だったかもな」
 西向く士とか、閏年とか。
「ま、それはいいんだ。ほれ」
 袖をまくり、右腕を曲げてみせる。
「筋肉、ついてきたと思わん? どうよ!」
「……まあ、多少は」
 夕焼けの赤橙に染まったヘレジナが、そっと目を伏せる。
「どうした?」
 様子のおかしいヘレジナの顔を覗き込む。
「か、カタナ! お前はデリカシーに欠けておる!」
「え、なんだよ……」
 デリカシーと言われても、心当たりがない。
 何か不味いことでも口にしただろうか。
 呆れたように溜め息をつき、ヘレジナがぽつりと呟いた。
「……私も、同じメニューをこなしているのだぞ」
「あ」
 そういうことか。
 俺が筋肉質になってきたと言うことは、ヘレジナも同様なのだろう。
「べつに気にすることないだろ。こっちの世界のモデルとか、プロポーションを保つためにしっかり筋肉つけてたし」
「そ、……そうなのか?」
「むしろ、筋肉がないとケツとか垂れるらしいぞ」
「……それは嫌だな」
「嫌だろ」
 そんなヘレジナを見るのは、俺も嫌だ。
 キュッと引き締まったヘレジナの小尻は、目の保養になるしな。
「こっちの世界でたまに聞くことなんだけどな」
「ああ」
「女性は、ムキムキになるのが嫌だって言って筋トレをしないことが多いけど、そもそムキムキになるためにはムキムキになるための地道な努力が必要だから、そんな簡単にムキムキになれると思うな烏滸がましい──っていうムキムキ男たちの主張」
「……私たちは、だいぶ努力していると思うのだが」
「俺たちの目標は強くなることであって、ムキムキになることじゃないだろ。日替わりで鍛える筋肉を変える。見目の良い筋肉に絞ってトレーニングをする。炭水化物や脂肪を減らし、ほとんどの食事をタンパク質偏重にする。これを年単位で行うことが必要だって話。だから、大して気にしなくていいんだよ。そもそもなれねえから」
「ほー……」
 ヘレジナが、感心したように頷く。
「思えば、多少腕が太くなった気がするだけだものな。筋肉むきむきのチビ女になってしまうかと思い、憂鬱だったが……」
「杞憂です。むしろ筋肉はある程度ついてたほうがプロポーションもよくなります。まあ、胸は今更でかくならんと思うけどな」
「──…………」

 ──げしッ!

「あだッ!」
 スネを蹴られた。
「み、水瓶背負ってるときはやめろよ! 死ぬだろ!」
「乙女の心を傷つけた罰である」
「フォローと相殺してくれよ……」
「相殺したから蹴りの一発で済ませてやったのだ。命拾いしたな」
「こわ……」
 ヘレジナと共に、薄く下肥の香る村内を歩いていく。
 鳩舎で伝書鳩に挨拶をし、シリジンワインの醸造所の傍を抜けて、人の行き交う大通りへ差し掛かっても、俺たちに声を掛ける者はいなかった。
 リィンヤンの人々は、俺たちを、存在しないものとして扱っている。
 領主の奴隷であるからには、目上なのか、目下なのか、どう扱っていいのかわからないのだろう。
 だが、それも大人に限った話だ。
 えっちらおっちら歩きに歩き、教会の前まで辿り着くと、大扉が勢いよく開かれた。
「ネルさま、さよーならー!」
「さよならー!」
「はい、さよーなら。気を付けてね」
 教会から出てきたのは、ネルと、十数人の子供たちだ。
 塾のないリィンヤンでは、領主であるネルが、手ずから子供たちに勉学を教えている。
「あ、ヘレジナだ!」
「こら、年上には敬称をつけんか!」
「えー、だって奴隷じゃん」
「カタナ、かたぐるまー」
「待った、待った! よじ登るな! 水瓶でもういっぱいいっぱいなんだって!」
 子供たちへの対応に四苦八苦していると、

 ──ぱん、ぱん!

 ネルが、軽く手を叩いてみせた。
「ほら、うちの奴隷を困らせない。暗くならないうちに帰りなさいな」
「はーい」
「わかりました」
 子供たちが、残念そうに離れていく。
「行こうぜ」
「ネルさま、またあした!」
 嵐のように現れて、嵐のように去っていく。
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