131 / 286
第三章 ラーイウラ王国
2/リィンヤン -11 リィンヤンの夜
しおりを挟む
──体が痛い。
全身の筋肉を徹底的に痛めつけられたのがわかる。
幾分か中身のこぼれた水瓶を背負い、ふらふらになりながら教会へと戻った俺を待ち受けていたのは、さらなる筋トレ地獄だった。
ヤーエルヘルを背中に乗せての腕立て伏せは、さすがに無理があるだろ。
「ふー……」
夜風が心地良い。
痛みと火照りで眠れず、思わず外へ出てきてしまったが、悪くない。
杭に腰掛けながら、眠る騎竜の鼻頭を撫でる。
大人しいものだ。
明日には、リィンヤンの預かり所に、一時的に引き取ってもらう手筈になっている。
いつまでも教会の前に停留していては、さすがに邪魔になるものな。
しばし僅かに欠けた巨大な月を見上げていると、
「──か、かたな?」
教会の扉が遠慮がちに開き、見慣れた顔が覗いた。
「プル」
「そ、……外へ行く、のが、見えたから」
「そっか」
思わず口元を綻ばせる。
「ね、……眠れない、の?」
「今日いじめた筋肉が、痛いわ熱いわでな……」
「……、ち、治癒術、だめなんだね。もともと疲労には、効果は薄かったけど」
「今の時点でこれなんだから、明日の朝がマジで怖い」
「──…………」
プルが、悲しげに目を伏せた。
「……ご、ごめんなさい。わ、わたし、治癒術しかできない、……のに。それすら、できなくなっちゃった……」
「治癒術、……しか?」
呆れを通り越して、いっそ軽い怒りすら湧いてくる。
「何言ってんだ、お前は」
「え……」
「料理一つ取ってもそうだ。故郷から遠く離れてしまった俺のために、豆醤を使ったレシピを考えて、実際に作ってくれた。俺がどれだけ救われたか、わかるか?」
「……!」
「俺、気付いてるからな。夕食に出てきたパン、プルが作ったやつだって」
「わ、わかるの……?」
「いや、わかるだろ。他の料理はそつなく美味いのに、パンだけ明らかに作り慣れてないんだから。操術じゃなくて手でこねたから、勝手が違ったんだろうってさ」
炎術による炎は長続きしない。
通常の調理であれば問題はないが、パンのように長時間火を通す場合には、ネルの屋敷にあるような石窯が必要になってくる。
そのため、魔力を封じられているプルでもパンを焼くことができたのだろう。
「や、ヤーエルヘルも手伝ってくれ、……た」
「そうか」
他のすべての料理より、プルとヤーエルヘルの焼いたパンのほうが、俺は好きだった。
作ってくれたネルには申し訳ないが、そう思ってしまった。
「──プルは、いつだって、俺たちを支えてくれている。プルの傍が俺たちの帰る場所なんだって、そう思わせてくれる。お前の治癒術は確かにすごいさ。でも、それは、お前を構成してる要素の一つに過ぎない。お前がお前であるだけで、俺たちは頑張れるんだよ」
「──…………」
はらり、と。
プルの両目から、涙の粒がこぼれた。
無意識にか、俺のほうへ歩み寄ろうとして、
「あ──」
当たり前のように足を滑らせ、体勢を崩す。
「ば……ッ!」
慌てて一歩を踏み出し、プルを抱き留める。
全身の筋肉がギリギリと痛むが、知ったことか。
今だけは無視する。
「気を付けろって、だから……」
「──…………」
「プル?」
プルは、俺に抱き締められたまま動かない。
涙を俺の胸元に染み込ませながら、プルが言う。
「……かたな、あつい」
「炎症、起こしてるからな……」
相手がプルとは言え、こうして密着していると、さすがに緊張してしまう。
「わ、……わたし、ね。気付いてた」
「何にだ?」
「……かたなが、傷ついてること」
「──…………」
「旅人狩りの、人たち、……殺しちゃったこと。後悔してるの、知ってた」
「はは……」
プルに隠し事はできないな。
「……そんな、かたなに頼りきりで。なにかしてあげたいなって思って。でも、魔術を封じられたから、治癒術すら使えなくて。ずっと、……つらかった」
「……そうだな」
気持ちは痛いほどわかる。
何かをしてもらったとき、何も返せない自分に気付くと、これ以上ないくらいの無力感に苛まれる。
俺は、プルを抱き締める腕に力を込めた。
「もし、皆を助け出すことができたらさ」
「……うん」
「ご褒美として、ほっぺたにキスの一発でもかましてくれよ」
「え!」
冗談めかした俺の言葉に、プルが驚く。
「そんくらいはしてもらってもいいと思うんだよなー」
「そ、……そんなので、いいの?」
「いいんだよ。男なんてアホなんだから、ニンジン目の前にぶら下げときゃどこまでだって走るもんだ」
「……ふ、ふへへ。……そっか」
腕の中のプルが、俺を見上げる。
「な、なら、ほっぺたにね。キス、するね」
「おう!」
俄然やる気が出てきたぞ。
マジで単純だな、男。
と言うか、俺。
「ヘレジナにも同じこと言っとけば、あいつもプルバカだから走るぞ」
全身の筋肉を徹底的に痛めつけられたのがわかる。
幾分か中身のこぼれた水瓶を背負い、ふらふらになりながら教会へと戻った俺を待ち受けていたのは、さらなる筋トレ地獄だった。
ヤーエルヘルを背中に乗せての腕立て伏せは、さすがに無理があるだろ。
「ふー……」
夜風が心地良い。
痛みと火照りで眠れず、思わず外へ出てきてしまったが、悪くない。
杭に腰掛けながら、眠る騎竜の鼻頭を撫でる。
大人しいものだ。
明日には、リィンヤンの預かり所に、一時的に引き取ってもらう手筈になっている。
いつまでも教会の前に停留していては、さすがに邪魔になるものな。
しばし僅かに欠けた巨大な月を見上げていると、
「──か、かたな?」
教会の扉が遠慮がちに開き、見慣れた顔が覗いた。
「プル」
「そ、……外へ行く、のが、見えたから」
「そっか」
思わず口元を綻ばせる。
「ね、……眠れない、の?」
「今日いじめた筋肉が、痛いわ熱いわでな……」
「……、ち、治癒術、だめなんだね。もともと疲労には、効果は薄かったけど」
「今の時点でこれなんだから、明日の朝がマジで怖い」
「──…………」
プルが、悲しげに目を伏せた。
「……ご、ごめんなさい。わ、わたし、治癒術しかできない、……のに。それすら、できなくなっちゃった……」
「治癒術、……しか?」
呆れを通り越して、いっそ軽い怒りすら湧いてくる。
「何言ってんだ、お前は」
「え……」
「料理一つ取ってもそうだ。故郷から遠く離れてしまった俺のために、豆醤を使ったレシピを考えて、実際に作ってくれた。俺がどれだけ救われたか、わかるか?」
「……!」
「俺、気付いてるからな。夕食に出てきたパン、プルが作ったやつだって」
「わ、わかるの……?」
「いや、わかるだろ。他の料理はそつなく美味いのに、パンだけ明らかに作り慣れてないんだから。操術じゃなくて手でこねたから、勝手が違ったんだろうってさ」
炎術による炎は長続きしない。
通常の調理であれば問題はないが、パンのように長時間火を通す場合には、ネルの屋敷にあるような石窯が必要になってくる。
そのため、魔力を封じられているプルでもパンを焼くことができたのだろう。
「や、ヤーエルヘルも手伝ってくれ、……た」
「そうか」
他のすべての料理より、プルとヤーエルヘルの焼いたパンのほうが、俺は好きだった。
作ってくれたネルには申し訳ないが、そう思ってしまった。
「──プルは、いつだって、俺たちを支えてくれている。プルの傍が俺たちの帰る場所なんだって、そう思わせてくれる。お前の治癒術は確かにすごいさ。でも、それは、お前を構成してる要素の一つに過ぎない。お前がお前であるだけで、俺たちは頑張れるんだよ」
「──…………」
はらり、と。
プルの両目から、涙の粒がこぼれた。
無意識にか、俺のほうへ歩み寄ろうとして、
「あ──」
当たり前のように足を滑らせ、体勢を崩す。
「ば……ッ!」
慌てて一歩を踏み出し、プルを抱き留める。
全身の筋肉がギリギリと痛むが、知ったことか。
今だけは無視する。
「気を付けろって、だから……」
「──…………」
「プル?」
プルは、俺に抱き締められたまま動かない。
涙を俺の胸元に染み込ませながら、プルが言う。
「……かたな、あつい」
「炎症、起こしてるからな……」
相手がプルとは言え、こうして密着していると、さすがに緊張してしまう。
「わ、……わたし、ね。気付いてた」
「何にだ?」
「……かたなが、傷ついてること」
「──…………」
「旅人狩りの、人たち、……殺しちゃったこと。後悔してるの、知ってた」
「はは……」
プルに隠し事はできないな。
「……そんな、かたなに頼りきりで。なにかしてあげたいなって思って。でも、魔術を封じられたから、治癒術すら使えなくて。ずっと、……つらかった」
「……そうだな」
気持ちは痛いほどわかる。
何かをしてもらったとき、何も返せない自分に気付くと、これ以上ないくらいの無力感に苛まれる。
俺は、プルを抱き締める腕に力を込めた。
「もし、皆を助け出すことができたらさ」
「……うん」
「ご褒美として、ほっぺたにキスの一発でもかましてくれよ」
「え!」
冗談めかした俺の言葉に、プルが驚く。
「そんくらいはしてもらってもいいと思うんだよなー」
「そ、……そんなので、いいの?」
「いいんだよ。男なんてアホなんだから、ニンジン目の前にぶら下げときゃどこまでだって走るもんだ」
「……ふ、ふへへ。……そっか」
腕の中のプルが、俺を見上げる。
「な、なら、ほっぺたにね。キス、するね」
「おう!」
俄然やる気が出てきたぞ。
マジで単純だな、男。
と言うか、俺。
「ヘレジナにも同じこと言っとけば、あいつもプルバカだから走るぞ」
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す
佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。
誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。
また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。
僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。
不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。
他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
地球からきた転生者の殺し方 =ハーレム要員の女の子を一人ずつ寝取っていきます
三浦裕
ファンタジー
「地球人てどーしてすぐ転生してくんの!? いや転生してもいいけどうちの世界にはこないで欲しいわけ、迷惑だから。いや最悪きてもいいけどうちの国には手をださんで欲しいわけ、滅ぶから。まじ迷惑してます」
地球から来た転生者に散々苦しめられたオークの女王オ・ルナは憤慨していた。必ずやあのくそ生意気な地球人どもに目にものみせてくれようと。だが――
「しっかし地球人超つえーからのう……なんなのあの針がバカになった体重計みたいなステータス。バックに女神でもついてんの? 勝てん勝てん」
地球人は殺りたいが、しかし地球人強すぎる。悩んだオ・ルナはある妙案を思いつく。
「地球人は地球人に殺らせたろ。むっふっふ。わらわってばまじ策士」
オ・ルナは唯一知り合いの地球人、カトー・モトキにクエストを発注する。
地球からきた転生者を、オークの国にあだなす前に殺ってくれ。
「報酬は……そうじゃのう、一人地球人を殺すたび、わらわにエ、エッチなことしてよいぞ……?」
カトーはその提案に乗る。
「任せとけ、転生者を殺すなんて簡単だ――あいつはハーレム要員の女を寝取られると、勝手に力を失って弱る」
毎日更新してます。
【R18】やがて犯される病
開き茄子(あきなす)
恋愛
『凌辱モノ』をテーマにした短編連作の男性向け18禁小説です。
女の子が男にレイプされたり凌辱されたりして可哀そうな目にあいます。
女の子側に救いのない話がメインとなるので、とにかく可哀そうでエロい話が好きな人向けです。
※ノクターンノベルスとpixivにも掲載しております。
内容に違いはありませんので、お好きなサイトでご覧下さい。
また、新シリーズとしてファンタジーものの長編小説(エロ)を企画中です。
更新準備が整いましたらこちらとTwitterでご報告させていただきます。
NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~
ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。
城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。
速人は気づく。
この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ!
この世界の攻略法を俺は知っている!
そして自分のステータスを見て気づく。
そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ!
こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。
一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。
そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。
順調に強くなっていく中速人は気づく。
俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。
更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。
強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
カクヨムとアルファポリス同時掲載。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる