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第三章 ラーイウラ王国

2/リィンヤン -3 因果応報

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「ジグ、やめなさい! まったく、強そうな相手を見つけたら、すぐに吹っ掛けるんだから……」
「──…………」
 男性──ジグが、拳を解く。
「残念だ」
「残念だ、じゃなーい!」
 ふたりのやり取りを戸惑いながら眺めていると、ゼルセンが口を開いた。
「なんだ、やはり在宅だったのですね。ほら、奴隷ども。頭を垂れなさい」
 俺は、その場に膝をつき、地面に顔を伏せ、両手のひらを上へと向けた。
 慣れたものだ。
「あ、そういうのいーから」
 プルが、戸惑いながら身を起こす。
「え、……えー、と。その。いいん、……ですか?」
「奴隷とかね、イヤなの。奴隷商人なんかと顔も合わせたくもないからジグに応対させたんだけど、失敗だったかも。最初からあたしが出ればよかった」
「──…………」
 ジグがそっぽを向く。
「さて、ここからは商売の話です。体操術を封じてなお奇跡級の実力を保つ男と、見目麗しい少女たち。四人で千八百、いかがです?」
「買わない」
「では、千七百!」
「買わないって言ってるでしょ」
「そうですか……」
 ゼルセンが、露骨に肩を落とす。
 実際、俺も同じ気持ちだった。
「言ったでしょ、奴隷とかイヤなの。だから、あなたたちに直接尋ねるわね」
 ネルが、俺たちのほうへと向き直る。
「あなたたち、あたしのところに来たい?」
「え、と……」
 プルが、ヤーエルヘルを横目で見る。
「や、ヤーエルヘルは、……どう思う?」
「……奴隷を人間扱いしてくれる貴族のひと、初めてでし。だから、もし許されるなら……」
「私も同意見です。子供が老人を杖で打つ国で、周囲に流されず、自らの価値観を確立している。こういった方は、極めてまれだ」
 ヘレジナの言葉に、プルが頷く。
「……う、うん。わたしも。短いあいだでも、仕えるなら、や、優しいひとがいい、……な」
 プルが俺を見る。
 答えるまでもない。
 俺は、当然とばかりに、深々と頷いてみせた。
「え、いや、そのー……。お金が入らないと困るのですが」
 ゼルセンの言葉に、女性が反駁する。
「それはあなたの事情でしょ。人間同士のやり取りで、無関係な第三者にお金が入るのはおかしいのよ」
「はあ……」
 肩を落とすゼルセンの姿に、苦笑する。
 簡単な話だ。
 俺は、騎竜車へ駆け戻ると、革袋を手にした。
「ゼルセン。お前は、金が入ればいいんだろ」
 そう言って、エルロンド金貨を十枚取り出す。
「おおお……!」
 俺は、ゼルセンの目の前で聞こえよがしに金貨を擦り合わせると、言った。
「頼みを聞いてくれたら、もう一枚やる。どうする?」
「な、な、なんですか! 大抵のことならば喜んでさせていただきますとも!」
「抗魔の首輪を一つくれ。本当に外せないのか、現物を調べたい」
「ええ、ええ。あるだけ持って行っていただいて構いませんよ。エルロンド金貨と比べれば高価な代物でもありませんから」
「一つでいい」
 ゼルセンが、自分の馬車から、一本の首輪を持ってくる。
「では、こちらになります」
 恭しく差し出された首輪と金貨十一枚とを交換する。
 首輪にはセーフティが噛ませてあり、これを外して装着すると二度と外れなくなる機構になっているらしい。
 ゼルセンが満面の笑みを浮かべる。
「ご利用ありがとうございました。二度と会わないことを願って!」
「ああ、元気でな」
「では!」
 ゼルセンがこちらに背を向けた直後、その膝裏を思いきり蹴り抜く。
「あがッ!」
 ゼルセンが膝から崩れ落ちる。
 その隙を突き、抗魔の首輪を素早く嵌めた。
「──……あ」
 ゼルセンの表情が、ぐにゃりと歪む。
 最初からこうするつもりだった。
「家畜になった気分はどうだ?」
「あ、……ああ……ッ、あああああああ──……ッ!」
 絶望に金切り声を上げるゼルセンを尻目に、きびすを返す。
「せめてもの情けだ、金貨はやるよ。あとは好きにしろ。お前の人生だ」
「……殺してやる。殺して……ッ」
 ──殺す?
 それは、軽々しく口にしていい言葉じゃない。
 俺は、肩越しにゼルセンを振り返った。
「ヒッ!」
 よほどの形相をしていたのだろう。
 俺の顔を見た途端、ゼルセンが小さく悲鳴を上げた。
「行け。二度と顔を見せるな」
「う、……ぐ……」
 ゼルセンが、ふらふらと馬車に乗り込む。
 遠くなっていく馬車の背中を見送りながら、女性が言った。
「……あーらら。でも、自業自得だもの。あんまり可哀想とも思えないな」
「ただ放逐しても、同じことを繰り返すだけだ。これ以上被害者を増やしたく、──ありませんでしたから」
 女性が、教会の大扉を押し開けながら苦笑する。
「敬語とかいらないよ。外では使ってもらうけど、今はあたしたち以外に誰もいないし」
「……わかった」
 女性の言葉を噛み締めながら、頷く。
「じゃあ、入って。自己紹介とか必要でしょ」
「ああ!」
 嬉しそうに頷いたヘレジナが、真っ先に教会へと入っていく。
「ほら、さっさとしないと置いて行くぞ!」
 はしゃいでるな。
 こんなヘレジナを見るのは久し振りかもしれない。
 でも、当然だろう。
 俺たちは、ラーイウラでの旅路において、初めて人間扱いされたのだから。
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