上 下
120 / 286
第三章 ラーイウラ王国

1/赤銅の街道 -終 抗魔の首輪

しおりを挟む
 野営場所へと足を向けたとき、ゼルセンを監視していたプルが、小走りで駆けてきた。
「み、みんな、ゼルセンさん、お、起きた、……よ!」
「逃げ出す様子は?」
「だ、だいじょうぶ……」
「あれだけ固く縛ってなお抜け出すとなれば、奇術士の所業であろう」
 焚き火の近くへ戻ると、太巻きのようになったゼルセンが、媚びるような笑顔で出迎えた。
「……ははは、あのう……、解放ぅ……、しては?」
「タダで逃がすと思うか?」
「……ですよね」
「だが、俺たちも鬼じゃない。首輪が外れるか、あるいはその目処が立てば、命くらいは残してやる」
「──……ふゥ……」
 ゼルセンが大きく溜め息をついた。
「……昨夜も言いましたが、元よりラーイウラの国民ではない者が奴隷となった場合、死以外で解放されることはまずありません。国外へ逃亡することは不可能ではありませんが、首輪の解錠、及び破壊の手段は、どの国でも確立されていないのが現状です。唯一の例外が、王の前で執り行われる御前試合。奴隷だけが参加できるこの大会で優勝すれば、恩赦として自由が与えられます。幸いなことに、御前試合は一ヶ月後に迫っている。カタナさんの実力であれば、優勝も容易いかと」
「──…………」
 果たして、そう上手く行くだろうか。
 御前試合で優勝。
 口で言うのは簡単だが、当たり前にできることではないだろう。
「お前、俺たちを貴族に売るつもりだったんだろ。その予定で俺たちを襲った。なら、買い手の目星はついてんじゃないか?」
 ゼルセンが頷く。
「はい。自分で言うのもなんですが、用意周到なもので」
 ヘレジナが半眼でゼルセンを睨んだ。
「……反省していないのではないか?」
「してます!」
「お前が反省してるかどうかなんて、どうだっていいんだよ。ゼルセン、俺たちを与し易い貴族に売れ。その代わり、売った金は好きにしていい」
「……へ?」
 ゼルセンが、呆然とする。
「い、い、いいの……?」
 プルが俺の顔を覗き込み、そう尋ねた。
「よくはない。よかあないけど、仕方ないんだよ。逃がせばこいつは、また旅人狩りを続けるだろうさ。でも、俺たちにとってはそれが最善だと思う」
「ならば、何故だ。こんな害獣を野に放つのは、後進に対する配慮に欠けた行為だぞ」
「まず、一つ。奴隷が単独で貴族に会いに行っても、取り合ってくれない可能性がある。奴隷ってのは誰かの所有物だろ。その所有物が駆け込んできたところで、憲兵なり警邏隊なりに突き出されるのがオチだ」
「あ、たしかに……」
 ヤーエルヘルが、納得したように頷く。
「んで、もう一つ。恐怖だけで縛ったところで、ゼルセンは言うことを聞かない。街に入ったところで、叫んで助けを求めるかもしれない。そいつはさすがに面倒だろ。人のいる場所でこいつをどうにかしたら、即座に処断されかねない。奴隷が一般市民を殺したらどうなるかなんて、だいたい予想つくしな。だから、金で釣るのがベターだと思う」
「ふむ……」
「な、なるほどー……」
 プルが、得心の行った様子で頷いた。
「ゼルセンに俺たちを売らせて、二度と顔を合わさない。いざ別れれば、こいつは俺たちに関わろうとは思わないだろうし」
「はい。二度とお目に掛かりたくありません……」
 目蓋の裏に深く刻まれた恐怖は、容易に拭い去れるものではない。
「こいつが得をするのは正直納得行かないけど、自分たちのことを考えるとな」
「……気は進まんが、致し方ない。私はそれで構わん」
「異議なし。優先すべきは抗魔の首輪の解錠でしから」
「わ、わたしも……」
 プルが、両の拳を握り締め、悔しそうに言う。
「……そ、それより、ね。みんな、怪我しないでね。わ、わたし、役に立てない、から……」
「──…………」
 俺は、プルの頭に手を乗せ、その繊細な髪の毛を優しくくしけずった。
「ありがとうな、プル。でも、役に立たないなんてことは絶対にないから。そいつは俺が保証する」
「……ふ、……ふへ、へ。き、気を遣ってくれて、……ありがと」
 胸中で呟く。
 違う。
 気なんて遣っちゃいないよ。
 心の底からそう思っているだけだ。
「それより、マジで気を付けて歩けよ。脊髄反射の治癒術、使えないんだからな」
「……き、気を付け、……まっす」
 ヘレジナが、ゼルセンの眼前に立つ。
「ゼルセン。これより、お前の拘束を解く。だが、怪しい動きを見せてみろ。即座に四肢を一本斬り落とす」
「ひ」
「だが、無事に我らを貴族に売り払うことができれば、報酬としてその金子を与え、解放してやろう」
「……その依頼、商人として、確かに承りました」
「あと、できれば旅人狩りもやめろ。また痛い目に遭うのがオチだぞ」
「前向きに検討いたします……」
 ヘレジナが、毛布を固く縛っていたロープを、双剣の一本で切る。
 おもむろにゼルセンが立ち上がり、情けない顔で言った。
「……その、着替えてきてよろしいでしょうか」
「逃げなければな」
「逃げません。ここから先はビジネスですから」
「わかった」
 俺は、あごで馬車を指し示した。
 ゼルセンが、心なしか内股で、自分の馬車へと戻っていく。
 そう言えば、漏らしたまま放置していたっけな。
「──…………」
 それにしても、随分と厄介なことになったものだ。
 気持ちよく晴れた空を見上げながら、俺は、運命の女神を呪うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

地球からきた転生者の殺し方 =ハーレム要員の女の子を一人ずつ寝取っていきます

三浦裕
ファンタジー
「地球人てどーしてすぐ転生してくんの!? いや転生してもいいけどうちの世界にはこないで欲しいわけ、迷惑だから。いや最悪きてもいいけどうちの国には手をださんで欲しいわけ、滅ぶから。まじ迷惑してます」  地球から来た転生者に散々苦しめられたオークの女王オ・ルナは憤慨していた。必ずやあのくそ生意気な地球人どもに目にものみせてくれようと。だが―― 「しっかし地球人超つえーからのう……なんなのあの針がバカになった体重計みたいなステータス。バックに女神でもついてんの? 勝てん勝てん」  地球人は殺りたいが、しかし地球人強すぎる。悩んだオ・ルナはある妙案を思いつく。 「地球人は地球人に殺らせたろ。むっふっふ。わらわってばまじ策士」  オ・ルナは唯一知り合いの地球人、カトー・モトキにクエストを発注する。  地球からきた転生者を、オークの国にあだなす前に殺ってくれ。 「報酬は……そうじゃのう、一人地球人を殺すたび、わらわにエ、エッチなことしてよいぞ……?」  カトーはその提案に乗る。 「任せとけ、転生者を殺すなんて簡単だ――あいつはハーレム要員の女を寝取られると、勝手に力を失って弱る」 毎日更新してます。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

幼馴染み達がハーレム勇者に行ったが別にどうでもいい

みっちゃん
ファンタジー
アイ「恥ずかしいから家の外では話しかけて来ないで」 サユリ「貴方と話していると、誤解されるからもう2度と近寄らないで」 メグミ「家族とか気持ち悪、あんたとは赤の他人だから、それじゃ」 義理の妹で同い年のアイ 幼馴染みのサユリ 義理の姉のメグミ 彼女達とは仲が良く、小さい頃はよく一緒遊んでいた仲だった… しかし カイト「皆んなおはよう」 勇者でありイケメンでもあるカイトと出会ってから、彼女達は変わってしまった 家でも必要最低限しか話さなくなったアイ 近くにいることさえ拒絶するサユリ 最初から知らなかった事にするメグミ そんな生活のを続けるのが この世界の主人公 エイト そんな生活をしていれば、普通なら心を病むものだが、彼は違った…何故なら ミュウ「おはよう、エイト」 アリアン「おっす!エイト!」 シルフィ「おはようございます、エイト様」 エイト「おはよう、ミュウ、アリアン、シルフィ」 カイトの幼馴染みでカイトが密かに想いを寄せている彼女達と付き合っているからだ 彼女達にカイトについて言っても ミュウ「カイト君?ただ小さい頃から知ってるだけだよ?」 アリアン「ただの知り合い」 シルフィ「お嬢様のストーカー」 エイト「酷い言われ様だな…」 彼女達はカイトの事をなんとも思っていなかった カイト「僕の彼女達を奪いやがって」

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

処理中です...