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第三章 ラーイウラ王国

1/赤銅の街道 -8 鏖殺

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 神剣を抜く。
 男たちが、一斉に警戒する。
「は、はは……。なんだ、あの剣折れてんじゃねえか!」
 爆笑の渦が場を包む。
 それでいい。
 俺は、焚き火に近寄り、炎を斬った。
 炎が神剣にまとわりつき、刀身を成す。
「は──」
 炎の刀身は、二十秒しか保たない。
 敵は、ゼルセンを抜いて十七人いる。
 簡単なことだ。
 一秒に一人殺せばいい。

 ──過度の集中力が、時の流れを押し止める。

 無造作に持ち上げた神剣を、真正面にいた男へ振り下ろす。
 怒りは俺を強くしない。
 だが、躊躇をなくしてくれる。
 良心を殺してくれる。

「ぶべ」
 間の抜けた声を末期の言葉に、炎の刀身が旅人狩りの男を縦に寸断した。

 一人。

 隣の男を、速度を減じぬ斬り上げで、股間から真っ二つにする。

 二人。

 一歩踏み込み、奥の男たちを横一線に斬り払う。
 腹に致命的な深さの傷を負った男たちの全身が燃え上がる。

 四人。

 跳躍し、プルの服を破った男の顔面を、炎の刀身で突く。
 顔面が溶断され、大穴が空く。

 五人。

 虚空を薙ぎ、すこし離れた場所にいた男たちに業火を見舞う。
 男たちが火達磨となる。

 九人。

「この……ッ!」
 不用意に近付いてきた男の首を、一息で刈り取る。

 十人。

 その勢いで、こちらに背を向けて走り出そうとした男の背中を炎の刀身でえぐり取る。
 俺を組み敷いていた男だった気がする。

 十一人。

 バラバラの位置で呆然としていた男たちを、最短距離で斬り伏せていく。

 十六人。

 そして、
 ヤーエルヘルの前に立つ。

「放せ」
「ひ」
「放さなければ殺す」
「……は、ひ」
 男が、ヤーエルヘルを解放する。
 ヤーエルヘルの手を引き、背中にかばう。
 そのまま、流れるように、男を袈裟懸けに斬り捨てた。

 十七人。

 炎の刀身が掻き消える。
「──…………」
 俺は、あえて残していたゼルセンの元へと歩み寄った。
「ヒッ!」
「首輪を外せ。外せば楽に殺してやる」
「た、た、体操術なしで……、ば、バケモノ……!」
「首輪を外せ。外せば楽に殺してやる」
「……ひ、そ、その……」
「首輪を外せ。外せば楽に殺してやる」
「は、外せないんですう……!」
「そうか」
 折れた神剣を振り上げる。
「苦しみ抜いて死ね」
「あ、う゛──」
 ゼルセンの股間に染みが浮かび、震える足元から汚らしい液体が漏れる。
 悪臭。
 漏らしたらしい。
「こ、殺ざないで……」
 ゼルセンが、その場に膝をつき、額を土に擦りつけた。
「は、はず、外す方法、お、おじえまず……」
「言え」
「こ、国王の御前試合で、ゆ、優勝すれば……、ど、ど、奴隷は解放されます……」
「出る方法は」
「ら、ラーイウラの貴族、お、お、王位継承権を持つ貴族の、奴隷になれば……」
「わかった。楽に殺してやる」
 神剣を構えたとき、
「──カタナさんッ!」
 ヤーエルヘルが、俺の腰に抱き着いた。
「ストップ、ストップでし……!」
「ヤーエルヘルさん……!」
 ゼルセンが、天使を見るかのような目でヤーエルヘルを見上げた。
「あちしたち、ラーイウラについてぜんぜん知りません。もっと情報を引き出してから殺しましょう」
「ひィ……」
 ゼルセンの顔が、再び絶望に落ちる。
「……わかった」
 神剣を鞘に収める。
「逃げれば殺す。聞かれたことに答えなくても殺す。役に立つと判断すれば、生かしてやる」
「はい……」
「プルとヘレジナはいつ起きる」
「……パ、パタの根を乾燥させて燃やすと、吸引式の睡眠薬になります。騎竜車の中へは念入りに送り込みましたので、たぶん、朝までは……」
「抗魔の首輪は、魔法、魔術を封じると聞いた。だが、ヤーエルヘルは魔術を使った。どういうことだ」
「こ、これは、純粋にわかりません……。なにせ、抗魔の──奴隷の首輪は、私どもが作ったものではなく、王都で製作、配布しているものですから……」
「──…………」
 思案し、口を開く。
「ヤーエルヘル、魔術は使えるか?」
「いえ、さっきから試してるのでしが、やっぱり魔力マナが散らされて……」
「火事場の馬鹿力的なことだったのかもな」
「そうかもしれません」
「他に聞きたいことはあるか?」
「……しみません、まだ、頭が働かなくて」
 事実、俺も頭が痛い。
 考えがまとまらない。
 だが、一つだけ確認しておくべきことがあった。
「ゼルセン。お前とあいつらは、ラーイウラの国民か?」
「は、はい……」
「じゃあ、死体が見つかったらまずいな。ヤーエルヘル、脱輪したときのためのシャベルが車内にあったろ。残った煙を吸わないように気を付けて、取ってきてくれ」
「どうするのでしか?」
「穴を掘らせて、埋めさせる」
 ゼルセンが目を見張る。
「じゅ、十七人ですよ……?」
「深く掘ればいい。それだけの話だろ」
「……手伝いとかは」
 ゼルセンの頬に、神剣の刃を押しつける。
「ぎッ!?」
 神剣の中でまだ燻っていた炎が、刃先で創った傷を灼く。
 焼灼された傷口からは、血が流れなかった。
「──お前、勘違いしてんじゃねえか?」
「つ、……づッ、う……!」
「〈掘るから手伝ってください〉じゃねえだろ。〈掘るから殺さないでください〉、だろ。立場をわきまえろ」
「は、……い……」
 ゼルセンが完全に屈服し、額を土に押しつける。
「ヤーエルヘル。プルとヘレジナの介抱は頼んだ。俺は、こいつを朝まで監視する。二人が起きたら相談だな……」
「はい!」
 ヤーエルヘルが、無数の斬殺死体を避けながら、騎竜車へ向かう。
 その途中で、こちらを振り返った。
「──カタナさん」
「ん?」
「助けてくれて、ありがとうございまし」
「当然だろ」
「……その、かっこよかったでし!」
 そう告げて、騎竜車へと入っていく。
「──…………」
 その言葉を聞いて、俺はようやく我を取り戻した。
 俺は、十七人もの人間を殺した。
 手が震える。
 足がふらつく。
 俺の動揺がゼルセンに伝わらないよう、努めて平静を装った。
 殺したい人間ならごまんといた。
 世界ごと滅んでもいいと思っていた。
 だが、俺は、一線を越えてしまった。
 嗚呼。

 ──俺は人殺しだ。
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