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第二章 遺物三都

2/ロウ・カーナン -10 カナン遺跡群

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 歩を進めるごとに住居が少なくなっていく。
 未舗装の道路は、いつの間にか、ひび割れた煉瓦へと姿を変え、崩れた石造りの建造物が景色を賑わせ始める。
 カナン遺跡群。
 考古学者に学術的価値が乏しいと判断されたのも頷けるほど、この遺跡は地味だった。
 象徴的な建造物もなく、ただただ廃都が広がっているのみだ。
 だが、その中に、一際新しく近代的な小城の姿があった。
「あれ、でしかね……」
 小城へと続く通りには、左右に露店が並んでおり、夏祭りの境内を彷彿とさせる。
 豆醤まめひしおの香ばしい匂いに腹が鳴りそうになるが、そもそも通貨が違うし、仮に使えたとしても所持金はたったの十二ラッド。
 夏祭りの屋台では、かき氷すら買えはしない。
 空腹を誤魔化すように、冒険者らしき男性に声を掛ける。
「すんません」
「あ?」
 男性が、串に刺さった何かの肉を噛み千切りながら振り返った。
「迷宮の入口って、あの城で合ってます?」
「合ってるけど、今はやめたほうがいいぜ。新しく見つかった枝道から魔獣が溢れてきやがったんだ」
 ウガルデの情報は正しかったようだ。
「ま、今は見の一手だな。そのうち、ロウ・カーナンから公式に魔獣討伐の依頼が出るはずだ。それを受けてからでも遅くはない。お宝探しのついでに依頼料もせしめられるんなら、そっちのほうが得だろ?」
「まあ、確かに」
 だが、俺たちに時間は残されていない。
 あと四日間で百三十万シーグルを掻き集めなければいけないのだから。
「どうも」
「ありがとうございまし!」
 俺たちは、冒険者に礼を告げると、小城の門をくぐり抜けた。
 小城の内部は吹き抜けのホールとなっており、外観から受ける印象より遥かに広く見える。
 魔獣が原因なのか、人の姿はなく、閑散としていた。
「──あら、初めての方かしら」
 女性の声に振り返る。
 そこにいたのは、分厚い書物を胸に抱いた妙齢の女性だった。
「観光なら、今は諦めるか、ペルフェンかベイアナットへ回り込んだほうがいいわ。このすぐ下まで厄介な魔獣が這い出してきてるの」
「ふむ」
 ヘレジナが疑問を口にする。
「地下迷宮は繋がっていると聞いた。であれば、ベイアナットとペルフェンも危ないのではないか?」
「それは、この迷宮の複雑さを知らないがゆえの質問ね」
 女性が、苦笑して言った。
「たしかに、地下迷宮はすべて繋がっている。でも、闇雲に歩いて別の出入口から出られる可能性は極めて低いの。あちらまで辿り着けた魔獣は、きっといないでしょう」
「棲んでる魔獣すら迷うってことか、いかにも迷宮って感じだな」
「そういうこと」
 出入口の傍に設えられた飴色のデスクに書物を置き、女性が腰を下ろす。
 受付の人だったのか。
「それで、他に用はある?」
「迷宮に入りたい」
「私の話、聞いてなかった?」
「聞いて理解した上で入りたいっつってんだよ。急に金が入り用になってね」
「ま、いいけど。命の価値を自分で決めたと言うのなら、止める権利はないもの」
 女性が書物を開く。
 そこには、人の名前らしき文字列と数字が、びっしりと書き込まれていた。
 名簿なのかもしれない。
「見たところ四人組のパーティみたいだけど、方位針コンパスの数は何個にする?」
「こ、方位針コンパス、……です?」
 受付の女性が、直径五センチほどの球体を取り出す。
 ガラス製なのか、透明で、片側の端を赤く塗った針が球体の中に浮いていた。
 針は、ほぼ真上を示している。
「この小城の最上階に、半輝石セルで作られた魔力体がある。この方位針コンパスは、常にその魔力体の方向を指し示すの。方位針コンパスなしで迷宮へ挑むことは、ラーイウラの法で禁止されている。方位針コンパスが多ければ、当然、何かしらのトラブルではぐれたときの生存率が上がるわ。あなたたちはどうする?」
「その方位針コンパスがいくらかにもよるな」
「五百アルダンとなります」
 そうか、通貨が違うんだった。
「……一アルダンって、何シーグル?」
「一度ゴールドを経由する必要があるけど、だいたい十二シーグルと七ラッドくらいね」
 頭の中でそろばんを弾く。
「──六千二百シーグル!?」
 日本円で言えば、おおよそ百三十万円弱だ。
「一攫千金どころの話じゃねえ……」
「どうしまし……?」
 困った。
「お金のない人のために、貸出も受け付けてるわよ。その場合、宝を見つけた場合の課税に方位針コンパスぶんが上乗せされるけど」
 世知辛いなあ。
「……見つけられなかった場合は?」
「貸出料を徴収します。買うよりましだと思ってね」
「──…………」
 背水の陣だ。
 これで、なにがなんでも宝を見つけなくてはならなくなった。
 だが、今更と言えば今更だ。
 尻に火がついてちょうどいいじゃないか。
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