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第一章 パラキストリ連邦

3/地竜窟 -8 【黒】

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「それに、だ」
 ルインラインが好々爺然とした笑顔を浮かべる。
「この神託が本物である根拠が、一つある」
「根拠?」
「カタナ殿。貴殿の存在だ」
「……何言ってんだ?」
「貴殿がいなければ、我々は、刻限までに地竜窟へと辿り着けなかった! 間に合ったのがその証拠だ! カタナ殿こそ、エル=タナエルが我々に遣わした[羅針盤]そのものなのだ! そうに違いあるまい!」
「──…………」
 す、と。
 意識が透明になる。
 ルインラインの言葉すべてが馬鹿馬鹿しく思えた。
「だったら、なんで俺とあんたは対立してるんだ」
「対立?」
 ルインラインが首をかしげる。
「対立とは、実力の近しい者同士で起こることだ。故に、これは対立ではない。貴殿には儂を妨げられない。儂には、君が、駄々をこねている子供にしか見えんよ」
「──だったら、エル=タナエルの遣いからの言葉をくれてやる」
 俺は、ルインラインに指を突きつけ、言った。
「エル=タナエルはあんたに微笑まない。あんたを愛さない」
「……──は」
 ルインラインの顔が、一瞬で怒気に染まる。
「烏滸がましい! 我が神の御意思は、我が神のものだ! 皇巫女以外に推し測れるものではないッ!」
「神の意志を勝手に決めてるのはあんたのほうだろ。自分の言ってること、ちゃんと理解してるか?」
「……抜かしおるわ」
「俺が、神に遣わされた案内人だと言うなら、あんたよりは神に近いはずだ。何度でも言う。エル=タナエルは、あんたを愛さない。自分の意志を取り違えて、女の子のはらわたを喰らおうとするような人間が、神に愛されるはずがない。もし、あんたが、神の意思を忠実になぞっていると言うのなら──」
 意を決し、その言葉を紡ぐ。
「エル=タナエルは、悪神だ」
「──…………」
 ルインラインの顔から表情が抜け落ちる。
「……すまんな、プルクト殿。儂は、あなたの遺言を守れそうにない」
「え──」
 治癒術の光が、一瞬だけ弱まった。
「エル=タナエルの遣わした案内人と言えど、今の言葉は看過できない。我が神を愚弄する者を、儂は赦さない」
「その調子で、何人の異端者を殺してきたんだ?」
「いちいち数えておらんよ」
「だろうな」
 ナクルがいなくてよかった。
 憧れのルインラインがただの狂信者だと知れば、きっと悲しむだろうから。
「カタナ殿、これを」
 ルインラインが放り投げた短剣が、足元で音を立てる。
「せめてもの情けだ。自害しろ」
「するわけないだろ」
「では、死ね」
 ルインラインが、折れた神剣の柄に手を掛ける。
 選択肢が現れる。


【黒】右に飛び退く

【黒】左に飛び退く

【白】その場に屈む

【黒】前進する


 黒枠。
 黒枠だ。
 そう言えば、最初の選択肢で見た気がする。
 間違いない。
 黒枠を選べば、即死だ。

 ──ルインラインが、居合の要領で折れた神剣を抜き放つ。

 速い!
 選択肢の表示中は時の流れが緩やかになっているにも関わらず、ルインラインの動きはそれ以上に敏速だった。
 遠当てが来る。
 慌ててその場で身を屈めると、世界の速度が元に戻った。

 瞬間、俺の頭上を衝撃が走り抜け、背後から轟音が鳴り響く。

 思わず振り返ると、大広間の岩壁に、長さ数十メートルはあろうかという横一文字の裂け目が穿たれていた。
「避けるか。[羅針盤]とは難儀なものよの。恐怖が長く続くだけだと言うのに」
 足元の短剣を拾い上げ、不格好に構える。
 自分の手が、がたがたと震えているのがわかった。
 その様子を見て、ルインラインが溜め息を吐く。
「……儂とカタナ殿の仲だ。先程の言葉を撤回すれば、腕一本で勘弁してやろう」
「プルは」
 声までもが震え、裏返る。
「プルは、どうなる」
「変わらん。贄とする」
「なら」
 短剣の切っ先を、ルインラインへと向ける。
「そんな言葉、なんの意味もない」
 ルインラインが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……命を捨てるか。愚か者が」
 ルインラインの右手が炎を纏う。
 ぱちぱちと弾ける火の粉が神剣を這い回り、やがて炎の刀身を成した。
「かたなッ! 逃げて! わ、わたしのことはいいから……ッ!」
 プルが、涙混じりの声で叫んだ。
「──…………」
 恐怖を押し殺し、なんとか笑顔を作ってみせる。
「諦めない」
 俺は、笑えているだろうか。
「──そのほうが、カッコいいだろ?」
「ばか……!」
 プルの顔が、涙でくしゃくしゃに歪む。
 ああ。
 泣かせたくないなあ。
 プルの涙を見るのは、もう、嫌だなあ。
「[羅針盤]。選択肢を作り出し、未来へ導く能力か」
 ルインラインが炎の神剣を構える。

「であれば、すべての未来を殺せばいいのだろう」

「何を──」
 次の瞬間、世界から色が失われた。


【黒】上体を右に僅かにひねる
【黒】左手親指を上げる
【黒】大きく息を吐く
【黒】左腕を大きく上げる
【黒】上体を左に僅かにひねる
【黒】右手薬指を下げる
【黒】左膝を大きく曲げる
【黒】顎を上げる
【黒】右足を大きく出す
【黒】大きく後傾する
【黒】左手小指を上げる
【黒】首を右に傾ける
【黒】左腕を大きく下げる
【黒】左膝を僅かに曲げる
【黒】左足を大きく下げる
【黒】首を左に傾ける
【黒】左足を僅かに引く
【黒】右肩を下げる
【黒】上体を左に大きくひねる
【黒】右腕を大きく下げる
【黒】僅かに後傾する
【黒】僅かに前傾する
【黒】左足を僅かに出す
【黒】左手人差し指を上げる
【黒】右足を大きく下げる
【黒】両目を閉じる
【黒】左手親指を下げる
【黒】左腕を僅かに下げる
【黒】両膝を僅かに曲げる
【黒】首を左に動かす
【黒】右腕を大きく上げる
【黒】首を右にひねる
【黒】首を左にひねる
【黒】左手中指を上げる
【黒】呆然とする
【黒】左手中指を下げる
【黒】右手中指を上げる
【黒】大きく息を吸う
【黒】右目を閉じる
【黒】右手親指を下げる
【黒】右足を僅かに引く
【黒】右手小指を下げる
【黒】右手薬指を上げる
【黒】右腕を僅かに下げる
【黒】大きく前傾する
【黒】右肩を上げる
【黒】左肩を上げる
【黒】両膝を大きく曲げる
【黒】右膝を大きく曲げる
【黒】左腕を僅かに上げる
【黒】左手薬指を下げる
【黒】右腕を僅かに上げる
【黒】右手中指を下げる
【黒】右手人差し指を下げる
【黒】右手人差し指を上げる
【黒】左手薬指を上げる
【黒】右膝を僅かに曲げる
【黒】上体を右に大きくひねる
【黒】右手小指を上げる
【黒】左目を閉じる
【黒】顎を下げる
【黒】首を右に動かす
【黒】右足を僅かに出す
【黒】左手小指を下げる
【黒】左足を大きく出す
【黒】右手親指を上げる
【黒】左手人差し指を下げる


 ──……は?

 無数の黒枠が眼前を埋め尽くし、気付けば俺は宙を舞っていた。
 くるくると回る視界の端に、首のない男が映る。
 ああ、そうか。
 俺は、首を刎ねられて──
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