16 / 286
第一章 パラキストリ連邦
2/ハノンソル -3 皇巫女
しおりを挟む
「カタナ、大事はないか!」
ヘレジナがこちらへ駆け寄り、膝をつく。
「ああ、横になってれば平気だ。いちばん痛いのが腰だな」
「揉むか?」
「揉まんでいい」
「あ、あとで治癒術かける……」
「ふふん。プルさまは奇跡級の治癒術の使い手だからな! 腰痛どころか、あんな刺し傷や打撲傷くらい──」
ヘレジナが表情を曇らせる。
「……すまない。その傷は、私が負わせたものだと言うのに」
俺は、思わず眉をしかめた。
「あー、そういうのいい。誰のせいだとか、誰が悪いとか、嫌いなんだよ。なんとかなったんだからいいだろ別に」
「──…………」
きょとんとした表情を浮かべたあと、ヘレジナが微笑する。
「ならば、礼を。ありがとう、カタナ。お前のおかげで、今私は生きている」
「……はいはい、どういたしまして」
ごろんと寝返りを打ち、ヘレジナに背を向ける。
ああ、そうだよ。
照れ隠しだよ。
あまりにわかりやすかったのか、ヘレジナとプルがくすくす笑い合う声が聞こえてきた。
それを遮るように口を開く。
「ンなことより、なんか食いもんないか。ぺこぺこ超えてベッコベコなんだが……」
そう口にした瞬間、腹の虫がぐうと唸り声を上げた。
丸一日、あの泉の水以外のものを口にしていないのだから当然だ。
「わ、ご、ごめんなさい。忘れてた……」
「パンと水、それから硬い干し肉くらいしかないが、それでいいか?」
「歯は丈夫なほうでね」
「わかった、用意しよう」
ヘレジナが、荷物から麻袋と革袋を出す。
「そ、それで最後……?」
「手持ちの食料はこれで最後です。元よりハノンで補給する予定でしたし、カタナにすべて与えてしまってよろしいかと」
「うん、いいと思いまっす……」
麻袋を開き、取り出した干し肉を、ヘレジナが俺の口元へ差し出した。
「ほら、口を開けろ。食べさせてやろう」
「なんでだよ……」
「安静にしなければならんと聞いたぞ」
「メシくらい自分で食えるわ」
傷が痛まない姿勢をなんとか見つけ、壁を背に腰掛ける。
「ほら、寄越せ」
「なんだ、つまらん……」
「怪我人で遊ぶんじゃない」
干し肉を受け取り、裂いて口へ運ぶ。
ビーフジャーキーより獣臭く、遥かに塩気が強い。
「しょッ、ぱ!」
「ほ、干し肉は、すこしほぐしてから、パンに挟んで食べるといい、……かも」
「そのまま水を口に含めば、塩気もちょうどよくなるはずだ」
「パンと水の二面作戦ってわけな……」
数年は腐らずに保存できそうだ。
二人の言葉に従いながら、空腹にまかせてパンと干し肉を次々口に詰め込んで行く。
言われた通りにしてもまだ塩辛いが、嫌いな味ではない。
俺の食べっぷりを見て、ヘレジナが言った。
「すまんが、おかわりはないぞ。ハノンに着けば食事もできる。あと数時間はそれで持たせてくれ」
頬張ったまま、こくりと頷く。
御者台へ通じる引き戸から、傾きかけた太陽が覗いた。
ルインラインは肌寒いと言ったが、騎竜車内の蒸れた空気が入れ換えられて、逆に清々しいくらいだ。
久方ぶりの食事を胃の腑に収めると、プルが真剣な瞳で俺を見つめていることに気が付いた。
「どうした?」
「……その」
プルの視線が振れる。
「ちゃんと、自己紹介。……し、しないとって」
「プルさま……」
「かたなは、恩人。な、名乗るのが誠意だと思うから……」
「──…………」
気にならないと言えば、さすがに嘘になる。
遠慮する必要はないだろう。
プルが居住まいを正し、しとやかに口を開いた。
「──わたしは、プルクト=エル=ハラドナ……って、いいます……」
「ハラドナ」
聞き覚えのある単語だ。
たしか、プルたちの住む国の名が──
「パレ・ハラドナか」
「その通りだ」
ヘレジナが、薄い胸を張りながら言う。
「プルさまはパレ・ハラドナの皇族であり、運命の女神エル=タナエルから神託を授かることのできる唯一無二の〈皇巫女〉であらせられる」
「ふうん……」
「もっと驚かんか!」
「偉いことには気付いてたしな」
まさか、皇族とまでは思わなかったけれど。
「これだから異世界の人間は……」
ぶつくさ言うヘレジナから視線をプルへと戻したとき、胸が嫌な高鳴り方をした。
「……う」
プルが目を伏せ、目元を拭っていたのだ。
「え、……っと、その?」
何か言ってしまっただろうか。
ヘレジナに続いて自分のせいで女の子を泣かせたとなれば、さすがに慌てもする。
「わ、……わたし、ずっと。お友達が欲しかった……。わたしのほんとの名前を知っても、引かないでくれるお友達が……」
「──…………」
「……かたな、は」
プルが、うっすらと浮かぶ涙を人差し指で拭いながら、言った。
「わ、わたしのこと、知っても……、変わらずにいてくれるんだ……」
「……あー」
プルから視線を逸らし、痒くもない後頭部を掻く。
そんな大層なことじゃない。
たまたま恐縮するような出会い方じゃなかっただけだ。
「かたな」
意を決したように、プルが口を開く。
「わたし、の、……お、お友達に。なって、……くれませんか?」
世界から色が抜け落ち、選択肢が現れる。
だが、その内容に興味はなかった。
答えは決まっていたからだ。
「──ったく」
プルに右手を差し出す。
「わーったよ。俺とお前は対等な友人だ。それでいいな」
「──うん!」
プルからすれば、勇気を振り絞った精一杯の言葉だったのだろう。
命懸けでヘレジナを助けに行くのとは、また異なる種類の勇気だ。
プルは確かに、ドジでポンコツで色気のないアホの子には違いない。
しかし、尊敬に値する人格だ。
年が離れすぎている──なんて理由で拒絶するのは、あまりに不誠実だろう。
プルが俺の右手を両手で握り返し、微笑む。
「──…………」
何故だろう。
プルの笑顔が、妙に儚く思えた。
どこか遠くへ行ってしまうような、そんな予感がした。
ヘレジナがこちらへ駆け寄り、膝をつく。
「ああ、横になってれば平気だ。いちばん痛いのが腰だな」
「揉むか?」
「揉まんでいい」
「あ、あとで治癒術かける……」
「ふふん。プルさまは奇跡級の治癒術の使い手だからな! 腰痛どころか、あんな刺し傷や打撲傷くらい──」
ヘレジナが表情を曇らせる。
「……すまない。その傷は、私が負わせたものだと言うのに」
俺は、思わず眉をしかめた。
「あー、そういうのいい。誰のせいだとか、誰が悪いとか、嫌いなんだよ。なんとかなったんだからいいだろ別に」
「──…………」
きょとんとした表情を浮かべたあと、ヘレジナが微笑する。
「ならば、礼を。ありがとう、カタナ。お前のおかげで、今私は生きている」
「……はいはい、どういたしまして」
ごろんと寝返りを打ち、ヘレジナに背を向ける。
ああ、そうだよ。
照れ隠しだよ。
あまりにわかりやすかったのか、ヘレジナとプルがくすくす笑い合う声が聞こえてきた。
それを遮るように口を開く。
「ンなことより、なんか食いもんないか。ぺこぺこ超えてベッコベコなんだが……」
そう口にした瞬間、腹の虫がぐうと唸り声を上げた。
丸一日、あの泉の水以外のものを口にしていないのだから当然だ。
「わ、ご、ごめんなさい。忘れてた……」
「パンと水、それから硬い干し肉くらいしかないが、それでいいか?」
「歯は丈夫なほうでね」
「わかった、用意しよう」
ヘレジナが、荷物から麻袋と革袋を出す。
「そ、それで最後……?」
「手持ちの食料はこれで最後です。元よりハノンで補給する予定でしたし、カタナにすべて与えてしまってよろしいかと」
「うん、いいと思いまっす……」
麻袋を開き、取り出した干し肉を、ヘレジナが俺の口元へ差し出した。
「ほら、口を開けろ。食べさせてやろう」
「なんでだよ……」
「安静にしなければならんと聞いたぞ」
「メシくらい自分で食えるわ」
傷が痛まない姿勢をなんとか見つけ、壁を背に腰掛ける。
「ほら、寄越せ」
「なんだ、つまらん……」
「怪我人で遊ぶんじゃない」
干し肉を受け取り、裂いて口へ運ぶ。
ビーフジャーキーより獣臭く、遥かに塩気が強い。
「しょッ、ぱ!」
「ほ、干し肉は、すこしほぐしてから、パンに挟んで食べるといい、……かも」
「そのまま水を口に含めば、塩気もちょうどよくなるはずだ」
「パンと水の二面作戦ってわけな……」
数年は腐らずに保存できそうだ。
二人の言葉に従いながら、空腹にまかせてパンと干し肉を次々口に詰め込んで行く。
言われた通りにしてもまだ塩辛いが、嫌いな味ではない。
俺の食べっぷりを見て、ヘレジナが言った。
「すまんが、おかわりはないぞ。ハノンに着けば食事もできる。あと数時間はそれで持たせてくれ」
頬張ったまま、こくりと頷く。
御者台へ通じる引き戸から、傾きかけた太陽が覗いた。
ルインラインは肌寒いと言ったが、騎竜車内の蒸れた空気が入れ換えられて、逆に清々しいくらいだ。
久方ぶりの食事を胃の腑に収めると、プルが真剣な瞳で俺を見つめていることに気が付いた。
「どうした?」
「……その」
プルの視線が振れる。
「ちゃんと、自己紹介。……し、しないとって」
「プルさま……」
「かたなは、恩人。な、名乗るのが誠意だと思うから……」
「──…………」
気にならないと言えば、さすがに嘘になる。
遠慮する必要はないだろう。
プルが居住まいを正し、しとやかに口を開いた。
「──わたしは、プルクト=エル=ハラドナ……って、いいます……」
「ハラドナ」
聞き覚えのある単語だ。
たしか、プルたちの住む国の名が──
「パレ・ハラドナか」
「その通りだ」
ヘレジナが、薄い胸を張りながら言う。
「プルさまはパレ・ハラドナの皇族であり、運命の女神エル=タナエルから神託を授かることのできる唯一無二の〈皇巫女〉であらせられる」
「ふうん……」
「もっと驚かんか!」
「偉いことには気付いてたしな」
まさか、皇族とまでは思わなかったけれど。
「これだから異世界の人間は……」
ぶつくさ言うヘレジナから視線をプルへと戻したとき、胸が嫌な高鳴り方をした。
「……う」
プルが目を伏せ、目元を拭っていたのだ。
「え、……っと、その?」
何か言ってしまっただろうか。
ヘレジナに続いて自分のせいで女の子を泣かせたとなれば、さすがに慌てもする。
「わ、……わたし、ずっと。お友達が欲しかった……。わたしのほんとの名前を知っても、引かないでくれるお友達が……」
「──…………」
「……かたな、は」
プルが、うっすらと浮かぶ涙を人差し指で拭いながら、言った。
「わ、わたしのこと、知っても……、変わらずにいてくれるんだ……」
「……あー」
プルから視線を逸らし、痒くもない後頭部を掻く。
そんな大層なことじゃない。
たまたま恐縮するような出会い方じゃなかっただけだ。
「かたな」
意を決したように、プルが口を開く。
「わたし、の、……お、お友達に。なって、……くれませんか?」
世界から色が抜け落ち、選択肢が現れる。
だが、その内容に興味はなかった。
答えは決まっていたからだ。
「──ったく」
プルに右手を差し出す。
「わーったよ。俺とお前は対等な友人だ。それでいいな」
「──うん!」
プルからすれば、勇気を振り絞った精一杯の言葉だったのだろう。
命懸けでヘレジナを助けに行くのとは、また異なる種類の勇気だ。
プルは確かに、ドジでポンコツで色気のないアホの子には違いない。
しかし、尊敬に値する人格だ。
年が離れすぎている──なんて理由で拒絶するのは、あまりに不誠実だろう。
プルが俺の右手を両手で握り返し、微笑む。
「──…………」
何故だろう。
プルの笑顔が、妙に儚く思えた。
どこか遠くへ行ってしまうような、そんな予感がした。
1
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す
佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。
誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。
また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。
僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。
不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。
他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる