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060 / 実践ではなく、理解

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「ま、それはいいんだ。重要なのは詠唱破棄のコツだろ」

「はい。よろしければご教授いただきたく」

「ルクレツィアは、何故魔法に呪文が必要なのか知ってるか?」

「それは──」

 ルクレツィアが思案し、答える。

「魔力を現象へと昇華させるため、でしょうか」

「半分正解だ」

 指先に炎を灯す。

「何も知らない子供が呪文だけをそらんじても、魔法は発動しない。何故なら、魔法の行使には呪文への理解が必要だからだ。呪文を唱えるのは、理解の補助のため。桁数の多い掛け算をするときに、紙に計算式を書くようなものだよ」

「なるほど。呪文の意味を学ぶのは、そのためだったのですね」

「そこらへん、教えてもらえないのか?」

「魔法の習得は基本的に実践ですから、座学のようなものはあまり……」

「ふうん……」

 たとえば陸上競技なら、理論を学ぶより実際に走れ、となる。
 コーチもまた、実技を見ながら指導を行うだろう。
 しかし、魔法とは、そういった体育会系の技術ではないのだ。

「詠唱破棄に必要なのは、実践じゃない。理解だ」

 指先の炎が螺旋を描き、そのまま掻き消える。

「その呪文が何を意味し、魔力をどう変質させ、どういった過程を経て世界へと干渉するのか。この流れを完璧に理解すれば、呪文詠唱にかかる十秒の隙は限りなく小さくなる。ルクレツィアに必要なのは、まさに座学だよ」

 ルクレツィアが目を見張る。

「そう──だったのですか。では、わたくしが今までしてきた特訓は……」

 慌ててフォローを入れる。

「いや、魔力量を底上げする訓練にはなったはずだぞ。体力と同じで、魔力だって、鍛えれば鍛えるほど伸びていく……はずだし」

「そ、そうですわよね。無駄ではなかったのです」

 ルクレツィアが、ほっと胸を撫で下ろした。

「今一度、呪文の意味を学び直すこと。理解が極まれば、俺みたいにノータイムでの魔法行使が可能だ。早口言葉を練習するより効果は高いと思うぞ」

「ええ、ありがとうございます。たいへん勉強になりましたわ」

 ルクレツィアが深々と礼をする。
 礼儀正しい女性だ。

「んー……」

 ナナセが何事か思案しながら口を開いた。

「これは、さすがに、ひとつ借りね。今度返すわ」

「べつに気にしなくていいけど」

「こっちが気にするの。貸しはいいけど、借りは作りたくないのよ。気持ち悪いし」

 すこしわかる。

「なら、楽しみにしておくよ」

「ええ。そうしておきなさい」

 しばらく雑談を交わし、竜とパイプ亭へと足を向ける。
 帰り道、アーネがぽつりと呟いた。

「──セッションだけではわからないことも多いのですね」

 フェリテが答える。

「うん。セッションと冒険には、別の楽しさがあるから。それはきっと、別物ってことだと思うよ。もちろん似てるところも多いけどね」

「私は、セッションを通じて、二人の冒険を追体験しているつもりでした。ですが、違った。セッションはセッションで最高に楽しいのですが……」

 そこまで言って、アーネが口をつぐむ。
 アーネは神官だ。
 ダンジョンに潜ることは許されない。

「……さ、メシだメシだ。アーネ、今日の夕食は何?」

「はい。豚肉ときのこのソテーに──」

 アーネが神官でなければいいのに。
 そう考えてしまうのは、傲慢だろうか。
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