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ふしぎの国の悪役令嬢はざまぁされたって構わない!〜超塩対応だった婚約者が溺愛してくるなんて聞いていませんけど!〜
⑧
しおりを挟む「ふへへ」
「あのさ、いつまで砂糖を入れるつもり?」
「ぐへへ」
「…………」
「えへへ」
「ファビオラ……砂糖を入れ過ぎだよ」
「……………えっ?」
何となく誰かに名前を呼ばれた気がしたファビオラが手を止めて五秒ほど経っただろうか……そっと顔を上げるとマスクウェルが眉を顰めながらこちらを見ているではないか。
(今、誰がわたくしの名前を呼んだの?)
この場には……この席には二人で座っている。
少し離れた場所では無表情で氷のような視線を向けるエマがいる。
と、いうことはだ。
まさかのまさか……マスクウェルが〝ファビオラ〟と名前を呼んでくれたという結論に至る。
「───ッ!?」
「……?」
あまりの喜びに叫び出したい気持ちを必死で抑え込みながら、ファビオラはブンブンと首を縦に振っていた。
そんな奇行にマスクウェルはいつものようにドン引きしているのか苦い表情を浮かべている。
そして自分を落ち着かせようと目の前にあった紅茶を思いきり飲み込んだ時に衝撃的な事件が起こる。
「ブフォ───ッ!」
「!?!?!?」
砂糖を入れ過ぎて甘くなり過ぎた紅茶が……キラキラと宙を舞った。
視界の片隅に、初めて見るエマの驚いた顔と、すごい速さでファビオラの元に走ってくる姿が見えた。
マスクウェルに紅茶が掛からなかったのは不幸中の幸いといえるだろうか。
そう思ったファビオラの視界が真っ白に染まった。
エマが左手に持っていたナプキンが顔を覆ったのだと気づいてファビオラは思いきり咳き込んだ。
「おうぇ……!」
口元をサッと拭ったエマは、砂糖が山盛りになっていた紅茶のカップを持って音もなく去っていく。
惚れ惚れする身のこなしを見ながら、心の中で拍手していた。
しかし、今はそれどころではないと気付いた瞬間……ファビオラに恐怖が襲う。
チラリとマスクウェルに視線を送ると、そこには…………大きな目を見開いたまま固まる彼の姿があった。
今までにない大失敗に震えが止まらない。
(……わ、わたくし絶対にマスクウェル殿下に嫌われたわ。もう会ってくれないかもしれないっ!やばいやばいやばいやばいやばいッ!)
様々な非難の言葉が脳内に浮かぶ。
マスクウェルとの幸せな時間に浸っていた。
無意識に砂糖を入れ過ぎて紅茶を噴き出す令嬢などこの世界にいるはずがない。
(……ど、どうする?どうする!?考えなさい、ファビオラ!)
何か言わなければと必死に言い訳を探すけれど見つからない。
「あ、あの……さ、さ、砂糖がっ!甘くて、びっくりしてしまいっ」
「…………」
「いつの間にか、カップにいっぱいになっていたんですっ……だから、つい!」
いい言い訳を思いつかないまま瞳を右往左往に動かしながら必死に言い訳をしていた。
しかしマスクウェルは片手を口元に当てて、スッと顔を背けてしまった。
(……き、嫌われたあああぁあっ!)
そう思い、心の中で絶望していた時だった。
「ふっ……」
「…………え?」
「ふっ、あははっ……!」
「???」
何故か大爆笑するマスクウェルの姿を見ながら、ファビオラは呆然としていた。
エマがその隙を見計らって新しい紅茶を淹れて、砂糖を二つカップの中に入れてからテーブルの砂糖瓶を持って去っていく。
恐らく、ファビオラが同じ過ちを繰り返さないためだろう。
マスクウェルはテーブルに顔を伏せて震えながらバシバシと足を叩いている。
困り果ててエマに視線を移すが、やはり何も反応を返してはくれない……クールである。
「あ、あの……マスクウェル殿下?」
「ふふっ、……はぁ」
両腕で腹を押さえるマスクウェルを見ながら恐る恐る声を掛ける。
荒く息を吐き出しながら涙を拭う姿を見て、不覚にも心臓が高鳴っていた。
ファビオラの前で無表情を崩さなかったマスクウェルの笑顔を必死で目に焼き付けていた。
けれどすぐにいつもの表情に戻ってしまい「何見てんだよ」と言いたげな鋭い視線がチクチクと刺さる。
「…………」
「…………」
長い沈黙が流れて、紅茶を飲もうとするが先程の出来事があったので中身を凝視してから口をつけた。
温かい紅茶と程よい甘味にホッと息を吐き出した。
「はぁ、美味しい」
「…………砂糖」
「???」
前から声が掛かり顔を上げると、優しげに笑うマスクウェルの表情を見て目を見開いた。
───そして
「入れ過ぎだよ?」
「──ッ!?」
破壊力抜群のマスクウェルの笑みを見て見事に心臓を打ち抜かれて、ファビオラは後ろにひっくり返る。
今度は紅茶を顔に被ってしまい、エマの驚く表情(二回目)を見て、マスクウェルに何度も名前を呼ばれながら意識を手放したのだった。
* * *
(あれ……ここは?)
ファビオラが目を覚ますと、見覚えのある天蓋付きベッドに花柄のカバーが目に入る。
あのまま気絶してしまい、自分の部屋に戻ってきたのだろう。
横からカタンと音が聞こえた。
恐らくエマだろうと、色と怒られる前に言い訳をしようといつもの調子で口を開いた。
「エマ、今日は迷惑掛けてごめんなさい……!でもねっ、でもね!今日はわたくしにマスクウェル殿下がはじめて笑い掛けてくれたの~!これは………こんなことはじめてじゃないかしら。好きな人の笑顔で気絶する日がくるなんて、わたくし吃驚だわ」
「…………」
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