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1章 ヒロイン失格

7、リレーのアンカー

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しばらくした後、窓際に座っている男子が手を挙げる。
「はい、先生、男子のアンカーは天川君がいいと思います」
 
「え……?」

 私は耳を疑った。
どうして今の流れで京くんの名前が挙がるのだろう?
京くんは脚が遅いし、運動神経だってあんまり良くない。
選抜メンバーと一緒に走れば、次々に追い越されて順位を落し、きっと最下位になってしまう。

 「あ……の……」

私は何かを言おうとして、言葉が出ずに口をぱくぱくさせた。
「いいんじゃない。あいつに走らせようぜ。自業自得ってことで」
教室のあちこちから、みんなの囃し立てる声がする。
京くんを馬鹿にするのは男子達だ。

「え~っ、天川くん? それじゃ勝てないじゃん。アイツ脚遅いよねぇ?」
女子の声はほとんどが彼を嫌がる声。
でも最後には男子も女子も合わさって面白おかしく囃し立てる。

「いいじゃん、恥かかせちゃえ。琴野まででトップ取っておいて、アンカーのアイツでビリッケツにさせようぜ!」
「あ、それ面白そう! 賛成! 賛成!」

 教室のあちこちで、ここにいない京くんを馬鹿にし始める。
廊下に出されているとはいえ扉は薄い。
きっとみんなの声が聞こえているはずだ。
京くんを追い詰める会話が、彼のいない教室でどんどん広がっていく。
誰も止めようとしない。

 チリッ。

私の中で火花が散った。
なんで?
ねぇなんで?
火花が目の前でチカチカする。
先ほどまで、京君との空想に耽っていたからだと思う。私はクラスの皆の反応が理解できない。

蓮華「ねえっ!」

ばんっ!
私は机を叩いて突然立ち上がった。
なによ!
どうしてよ!
みんなどうしてそんなこと言うの?!
私の心が勝手に先に進んでしまって、頭の中にある気持ちを上手く言葉にできない。
立ち上がってはみたものの、相変わらず口がパクパクするだけだ。
それなのに次々と気持ちが溢れ出して息苦しくなる。

 ポロリ。

涙が零れた。

 あれ……?

なんで?
今度は、自分自身に疑問をぶつける。

私、泣いてる?

別に泣きたくないのに、涙が出てしまったことが不思議だった。
頭の中にある圧迫感が、涙を無理やり押し出してしまったのだろうか?
先程までの夢想と相まって、私の感情が高ぶっている。
ここは泣くところではないし、怒るところでもない。
頭の中で分っているのに、感情が抑えこめない。

「みんなっひどいよっ、天川君が走るの苦手なの知ってて、そんなに嫌いなの? みんなそんなに天川君が嫌いなの? 天川君推薦した人誰よ! だい嫌いっ!」

涙が出た理由も分からないまま、心の中にある気持ちに従い叫ぶ。
そうすることで、ますます感情がコントロールできなくなってゆく。
私の突然の泣き声に女子達は驚いた。
男子達は困惑した。
知るもんか。
彼を馬鹿にしたみんなを許さない。

突然大声をあげて、そして涙を零した私にクラス中が注目した。
教室の中は、誰も私語をすることなく、しぃんと静まり返っていた。

この日、終礼は委員長である私の挨拶が無いままに終わった。
帰り道のことをよくは覚えていない。ただ、何人かの女子が私のところに来てくれて、泣きながらゴメンって言ってくれた。
すごく辛そうな顔をした男子が何人もいた。

結局、リレーのアンカーはクラスで一番脚の速い須藤君に決まった。
明日から放課後の練習が始まる。京君のいないメンバーで。

後に私は知ることとなる。
クラスの大半の男子が私のコトを好いていてくれたこと、大半の女子が心に秘めたそれぞれの想いを私に踏み潰されていたことを。
それなのに私が一度も女子からのイジメに遭わなかったのは、罪深いほどに優れた容姿があったからだ。

私は泣きながら、本当は、気持ちよかった。
泣いて叫ぶことで、気持ちがどんどん高ぶっていった。
なぜなら、私だけが京くんの味方をしていたからだ。
クラスの皆が京くんを嘲笑して、私だけがそれを否定する。
あの瞬間、その構図が確かにあった。

私は京くんを独り占めした気持ちになれた。
私の心の中に気づく人は誰もいなかった。
そして、廊下に一人立たされた京くんの気持ちにも気づかなかった。
後に私は強制的に思い知らされることになる。

私が触れてしまったモノは、京くんの心の奥深くに眠る大きな大きな劣等感だった。


☆-----☆-----☆-----

「蓮華のステータス」
1,残り時間    :5年間と9か月
2,主人公へ向けた想い :初恋レベル
3,希望        :★★★★★
4,得意分野  :かけっこ、ぶりっこ
5,不得意分野 :主人公と皆の気持ち

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