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幸せな結末は

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    欄干に手をついて、身体を持ち上げた。そのまま足をかけて身を乗り出す。
    あんぐりと口を開いた奴と目が合って数秒、時が流れる。
    恐る恐るという風に奴は私に尋ねた。

「……ジュリエット。何をしているのかな?」

「受け止めて、くれるのでしょう?」

    いつかの奴の言葉。奴は堕ちて来いと言った。その腕に抱きとめると言った。

    奴は、ライオネルは、彼自身の言葉を身をもって証明した。だから、私はーー
 

「ジュリエット!!」


 紫の瞳が迫る。ほんの数メートルの距離。それなのに飛び込むのは底のない穴のようで。


    きっともう、今までの私には戻れない。


    衝撃を予感して目をつむる。
    触れた身体にぎゅっと抱きつくと、それ以上の力で身体を抱き締められた。
    落下の勢いは止まることなく、芝生に倒れ込む。衝撃を和らげるために上下入れ換わりながら転がり、植木にぶち当たって止まった。

 やっと止まっても、しばらく目は回ったままだった。倒れた時に肘を打ったのか、鈍い痛みが走る。もしかしたら骨をやったのかもしれない。

 奴の方もどこかしら打ったのか、私の下で盛大に呻いている。上から退こうと身体を捻ったが、奴の腕が私を離すまいとぎゅうぎゅうに締め付けてきた。

「君は!飛び降りて、僕が受け止められなかったらどうするつもりだったんだ!?なのに、君は無駄に勢いまでつけて!何をやらかすか、本当に予測出来ない……ふっ。ふふ。あはははは!!」

 説教をするつもりだったようだが、なぜか笑い出した。どうやら頭を打ったらしい。優秀な頭脳をお持ちだったが、残念な事だ。いや、脳みそが残念なのは元からか。

「あなたが言ったのよ。落ちてきてって。私は言われた通りにしただけだわ」

 私がつんとそっぽを向くと、大きな手が私の頰に触れ、奴の方を向かされた。アメジストの瞳と至近距離で見つめ合う。心臓の音が重なりどちらのものか分からないが早鐘のように鼓動を刻んでいる。

「君は本当に素直じゃない。可愛くない。いい加減、認めたらどう?僕が好きだって」

「可愛くなくて結構よ。あなたなんて嫌いだもの、どう思われたって構わないわ」

「君は嘘つきだ。嘘をつくのは悪いことだよ。悪い事を言うこの口は塞いでしまおうか」

 奴は頰に当てた手の親指で私の唇をなぞる。感触を楽しむようにふにふにと押してくるその指に私は思い切り噛み付いた。

「いっつ!!……っまったく君は。その容姿からは想像できないくらい野生的だな。噛み付くのはベッドの中だけにして欲しいんだけ、どっ!」

 私は顎に力を込める。口の中に血の味が広がった。貴公子の仮面を被るなら最後まで被っておけと思うのは私だけだろうか。

 奴は痛みに頰を引きつらせているが、さっきまで確かにあったはずの不安は瞳からは消え去り、嬉しげに目を細めている。

 やっぱり奴は被虐趣味者に違いない。痛みに喜ぶなんて理解出来ないが、痛みに歪めた奴の顔を見るのは好き……かもしれない。

「ねえ、ジュリエット。君は自ら僕の腕に落ちてきたんだ。もう、逃してあげないよ」

 奴の吐息が私の唇に触れる。逃がす気なんかはじめからないくせに。余裕ぶって嘯く奴が子憎らしくて、私はにっこりと笑ってやった。

「違うわ。捕まったのはあなたよ。あなたが私に飽きたって、逃がしてなんてあげない。もし、別の人の元へ行こうとしたら、殺してやる。殺して誰も手の届かない場所に捨ててやるんだから」

    それは偽らざる本心。
    失うのは怖いけれど、それでも手に入れたいと思った。
    手に入れたなら、もう二度と大切なものを誰にも奪わせない。奴自身にも。
    
    「君に殺されるなら本望だけど、それよりも老衰で死ぬ君の隣で死にたいな」

    私の脅しのような言葉にも、奴はうっそりと微笑んで答えた。

    やっぱり奴は変態だが、私も大概なのかもしれない。

 恋愛小説をたくさん読んできたけれど、私自身は愛に応える言葉を持っていない。
    だから変わりに、吐息が触れるほど近くにあるその唇との距離を詰めた。

 奴は息を飲み、身体を硬直させる。私はすぐに唇を離し、今度こそ起き上がろうとした。
    ーーのもつかの間、視界がぐるんと反転し、奴の背景が緑から青へと変わる。

「愛してる、僕の可愛いジュリエット。君なしじゃ生きられないし、僕のいない世界に君を生かしたくはない。未来永劫、君は僕だけのものだ」

 青空なんて霞むくらい、奴のアメジストの瞳はきらめいている。喜びと幸福で紡いだ星座をその瞳に内包しているようだ。

 奴は小瓶を持っていない。なのに、降ってきた唇から流れてくるのは、何よりも甘美な毒。深く交わる口付けは脳髄を溶かし、世界には私と奴しかいないような錯覚を起こさせる。

 愛する人と共に死んだジュリエットが幸せだったとは、もう思えない。




 愛する人と共に生きていける喜びを私は知ってしまったのだから。




    
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