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ひねくれものの矜持

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    理解できないことなんて今までなかったのにと付け足された言葉は普段なら殺意を覚えるが、今は頭に入ってこなかった。

 さんざっぱら言われてきた、愛してるの言葉。これまで聞いてきた中で一番ひどい台詞だ。

 なのに、体温がこれでもかと上昇し、心臓が忙しなくて、息が止まりそうだ。これは毒の後遺症に違いない。

 即刻、病院に行って検査してもらわないと。

「君は頑固で融通が効かなくて、懐かない猫みたいに可愛げがなくて。冷静に振る舞おうとして墓穴を掘って、それでもまた取り繕うとして、憎らしいのに可愛らしい。……好きだよ、ジュリエット。心の底から愛してるんだ。君と一緒に死んでもいいと思えるほどに。ここまでしても僕の愛は伝わらない?死界の土を踏まないと僕の心は受け入れてもらえない?」

 こんな愛の告白があるものか。どんな物語だって、甘くて優しい言葉が紡がれるのに。完璧な貴公子はどこへ行った。最後に化けの皮が剥がれるのは悪役だと相場が決まっている。

 言葉とは裏腹に私を見つめてくる奴の瞳はどこまでもとろけるような甘さを宿し、ちらちらと不安が覗いている。こんなに所在無さげな奴を見るのは初めてかもしれない。

 まるで完璧超人でもただの変態でもない、恋に不器用な普通の青年のようではないか。



    私はずっとすべてを否定して生きてきた。

    自由にならない落ちぶれた生家を恨んだ。
    私の本を棄てた両親を憎らしく思った。
    何者にもなれない自分に落胆した。

    世界はいつも私を惨めにさせた。だから私は何かを望むことはやめた。

    何も手に入らないなら、手を伸ばさない。
    大切なものは奪われてしまうなら、作らない。
    すべてを否定して、拒絶して、これ以上、悲しくないように、全部、全部、手放したのに。
    けれど、夢を見ることだけはやめられなくて。心の中だけなら、私はどこまでも自由に羽ばたけた。
    それで充分だったのに。
    消費するだけの人生だったはずなのに。現実に望みなどなかったのに。

    強がりだって分かっている。
    それでも、私は大丈夫だと、自分に言い聞かせた。

    心だけは誰にも奪えない。

    それだけが私のちっぽけなプライドだったから。

    だから、認められなかった。

    一時の熱など、風邪と同じですぐに冷める。

    つける薬はなくても、いつかは治るのだ。

    そんなものに心を預ければ、あっという間に崩れてしまう。そうしたら、私は私でなくなってしまうから。

    そんな私を奴は否定した。

    鬱陶しいほどつきまとい、吐き気がするほど甘い言葉を垂れ流し、死ねるものなら死んでみろと言った私のために毒を煽ったのだ。

    ここまでされて、貶されて、愛を乞われて、黙っていられる阿呆がどこにいる。

    ひねくれた心を溶かしたのは甘過ぎる毒。
    私が飲んだ毒は相当強烈だったようだ。なんてったって変態に飲まされてしまったのだから、救いようがない。
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