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死に場所
しおりを挟む最後の手向けだ。
奴の死に場所は私の特別にしてやろう。
たとえ偽りだったとしてもあんなに熱心に私への愛を捧げたのだ。
ほとんど嫌がらせだったとしても、最後くらい私の一部をくれてやってもいいかもしれない。
……なんて。我が家で騒動を起こす訳にもいかず、人気のない場所が他に思い浮かばなかっただけだ。
我が家から教会まで歩いて十五分ほどで着く。
存在は忘れ去られているとは言え、昔は人が通っていたであろうその場所はそれほど遠くなく、奴ならば場所を記せば自力で辿り着けるだろう。
朝日が登る前、闇に乗じてひっそりと家を抜け出した。
バルコニーから外へ出るのは数年ぶりだが、案外うまくいった。
掴まりながら体を宙にぶら下げ、なるべく音がしないように中庭に降り立つ。両親とリチャードが起きる前に帰れば、抜け出した事はばれないはずだ。
部屋に戻る時はもちろん、壁を使ってバルコニーによじ登る。これが意外と登りやすく、もちろん奴が登ろうと思えば楽勝だったのだが、流石の奴もそこまでの暴挙にはでなかった。
裏門から出てランプを灯すと、記憶を頼りに獣道を捜す。
教会へ行くのは見つけた時以来だ。
しかも空は闇に覆われ、森は侵入者を拒絶するように、ざわざわと音を立てている。
けれど、私は迷わなかった。
何度も何度も記憶の中で繰り返した道だ。
たとえ、我が家への帰り道が分からなくなったとしても、この道だけは迷わず進む自信があった。
いろんな事をとりとめもなく考えながらしばらく歩くと、森が途切れた。
気だるげな朝日がのっそりと顔を出すのに合わせ、薄闇の中に黒い塊が姿を現す。
着いた。
ほんの少し明るくなった視界に飛び込んで来たのは、あの時よりまた幾分かぼろくなった教会だった。
扉は完全に外れて、蔦は勢力を増し、森に同化しかけている。中も変わらずひどい有様だ。瓦礫が積み上がり、折れた枝が転がっている。
それでも、砕けて床に散らばったステンドグラスが僅かな光に反射し煌めいて、朝の清廉な空気が神聖さを呼び込む。
朽ちて尚、私を受け入れてくれた気がした。
けれど、この空気に浸っている時間はなかった。
昨日も我が家を訪れた奴に、明日、陽が昇る刻に我が家に来るよう言っておいたのだ。
中庭に置き手紙を残してきた。
手紙には私が死を選ぶ事、そしてこの場所に来るようにと書いて。
手紙を読んだなら奴はもうすぐ、ここに来るはずだ。“仮死の毒”を飲んで効き始めるまでに多少の時間を要するだろう。
のんきにしている場合ではない。
“仮死の毒”はヨハネス・ルクセンブルクが首尾よく入手したらしく、あの日から一週間もせずに家に届いた。
服用量は一回一瓶。効果の持続時間はたったの一時間。
思ったより時間が短く、タイミングを合わせるのは難しそうだが、贅沢は言っていられない。よっぽどの事がない限り、奴が時間に遅れることはないだろう。私が知る奴はそういう奴なのだ。
私は祭壇へいき、寝転ぶ場所を確保した。
瓦礫を退かし、ガラスのかけらを拾った木の枝で払う。作業が終わると私はそこに座り、隠しポケットから青緑色の小瓶を取り出して目の前に掲げた。
『ロミオとジュリエット』に出てきた、本来なら二人の道を繋げるはずだったアイテム。
けれど運命は狂い、二人の命を奪う『毒』になってしまった。
そして今、奴の執着から私を解放するための『救い』に。
小瓶の蓋を開けると私は躊躇いなく喉の奥に流し込んだ。
飲んでしばらくすると、瞼が重くなってくるのを感じた。
身体の力が徐々に抜けていく。手の中から小瓶が転がり落ちた。
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