24 / 36
かわいいお願い
しおりを挟む「お久しぶりでございますわ。ヨハネス様。あの夜会一度きりのご縁に寂しい想いをしておりました」
そう言って、上目遣いで拗ねたように見つめれば、ヨハネス・ルクセンブルクは面白いくらいに狼狽して、視線をあちこちに泳がせた。
「や、やあ。グランハート家のご令嬢。久しぶりだね。美しい人に寂しい想いをさせてたなんて、紳士にあるまじき行いだな。あ、あはは……。申し訳ないが、私はちょっと忙しいので、またの機会に……」
「そんなつれないこと仰らずに。少し私とお話ししてくださいませんか?よろしいでしょう?ね?」
砂糖過多の口説き文句はどうしたと問い質したいくらい、言葉にキレがない。
額にも汗が浮かんでいるようだ。前回は近すぎるほど体を寄せ、何かと理由をつけて触ってこようとしていたくせに、紳士的というには引き過ぎで会話の適正距離からも遠く、隙あらば逃げ出そうと機会を伺う小動物のようだ。
何をそんなに恐れているのか。まあ、分からないでもないが、素知らぬ顔して今回は私から迫る。
私が一歩近づいた分、彼が一歩離れるという行為を繰り返し、壁際まで追い詰めれば、ヨハネス・ルクセンブルクに逃げ場はない。
「私のささやかな願い、お優しいヨハネス様は叶えてくださいますわよね?」
私は極上の笑みを貼り付けた。
私の笑みにヨハネス・ルクセンブルクは何を感じ取ったのか、「分かった!分かったから少し離れてくれないか!?」と恐ろしいものを見たような眼差しを向けてくる。失礼な。私が何をやったというのだ。頼みごとだって、言葉通りささやかなものだ。奴の暗殺を依頼する訳でもなく、関わった彼に何か損失がある訳でもない。
一度は確かに私を助けると言ったのだ。
彼の誠実さを私が証明してあげようというのに、躊躇うことなどないではないか。何より、美人の頼みは一も二もなく頷くものだと相場が決まっている。
*****
「仮死の毒!?そんなもの何に使うんだ!?」
「乙女の秘密ですわ」
そう答えた私にヨハネス・ルクセンブルは脱力したように肩を落とした。
「……何に使うかは置いておいて、そうやすやすと手に入るものではないと思うが」
「だからこうして、ヨハネス様を頼っているのではありませんか」
場所は変わって解放された庭園の方へ来ている。
夜会を開く家というものはどこもかしこも庭があり、我が家の自慢とばかりに美しく整えている。
家主のセンスと財力が問われるため、怠慢は許されないのだろう。この家はなんと噴水まで設えていた。庭の中心にある噴水は円型で恐らく大理石で作られている。中央には翼を生やした天使が水瓶を持ち、そこから水が止めどなく溢れている。
夜の噴水で逢瀬を、なんてロマンチックではないか。にも関わらず、私たちの他に人はいない。
昼間なら可愛らしい天使と清涼な水の流れに癒されるのだろうが、いかんせん夜とあってはいくら松明が焚かれていようとも、天使の顔は影に覆われ不気味でしかない。それに春の終わりと言っても夜は結構冷え込む。バルコニー程度ならともかく、長時間外にいれば普通に凍える。噴水の側なら尚更だ。恋人たちならお互いの熱で平気なのかもしれないが、今日のところはそんなお熱いカップルはいないらしく、私にとっては都合のいい事である。
噴水から水が流れているため、静か過ぎることもなく、内緒話をするにはもってこいだ。豪快な天使に感謝せねばなるまい。
「……もしかして、以前あなたが助けて欲しいと言った事と関係があるのか?」
彼は声の聞こえる最大限まで私から距離を取っているにも関わらず、更に声を潜めた。何かを探すように視線を巡らし、ずっと落ち着きがない。せっかくの色男が台無しだ。逃走中の犯罪者のようだ。
彼がここまで怯える相手はひとりしかいないだろう。
まったく。奴は一体何をやらかしたのか。以前、奴が持ってきた手紙に差出人の名前はなかったが、まず間違いなく挙動不審なこの男が書いたものだ。奴は手紙を届けただけで、詳細は語らなかった。それでも奴と彼の間に何かがあったのだと馬鹿でも察するほど奴の言わんとするところは明け透けだった。
奴の手のひらの上で転がされているようでまったくいい気がしない。
関係ないのに巻き込まれてしまった彼も憐れだと思うけれど、保身のためには仕方がない。
醸し出す雰囲気だけで人はここまで変わるのかと感心しつつ、私にはどうでもいい事柄のため、そっくり頭から追い出した。
「さあ、どうでしょう?知らない方があなたの為だと思いますけれど」
ヨハネス・ルクセンブルクは沈黙し、ごくりと生唾を飲み込んだ。嚥下するのを見届けて、私は更に優しく問いかける。
「お優しいヨハネス様は憐れでか弱き小娘にお慈悲の手を差し伸べてくださいますわよね?」
「……ぜ、善処する」
「今度こそ助けてくださいますわよね?」
「…………はい」
なぜ、ちょっと涙ぐんでいるのだろう?もしかしたら奴に何かされたのかもしれないが、私は彼に何もしていない。可愛らしくお願いしただけだ。男らしく袖で目元を拭うのはやめて頂きたい。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
夫の不倫劇・危ぶまれる正妻の地位
岡暁舟
恋愛
とある公爵家の嫡男チャールズと正妻アンナの物語。チャールズの愛を受けながらも、夜の営みが段々減っていくアンナは悶々としていた。そんなアンナの前に名も知らぬ女が現れて…?
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる