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かわいいお願い

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「お久しぶりでございますわ。ヨハネス様。あの夜会一度きりのご縁に寂しい想いをしておりました」

 そう言って、上目遣いで拗ねたように見つめれば、ヨハネス・ルクセンブルクは面白いくらいに狼狽して、視線をあちこちに泳がせた。

「や、やあ。グランハート家のご令嬢。久しぶりだね。美しい人に寂しい想いをさせてたなんて、紳士にあるまじき行いだな。あ、あはは……。申し訳ないが、私はちょっと忙しいので、またの機会に……」

「そんなつれないこと仰らずに。少し私とお話ししてくださいませんか?よろしいでしょう?ね?」

 砂糖過多の口説き文句はどうしたと問い質したいくらい、言葉にキレがない。
    額にも汗が浮かんでいるようだ。前回は近すぎるほど体を寄せ、何かと理由をつけて触ってこようとしていたくせに、紳士的というには引き過ぎで会話の適正距離からも遠く、隙あらば逃げ出そうと機会を伺う小動物のようだ。

 何をそんなに恐れているのか。まあ、分からないでもないが、素知らぬ顔して今回は私から迫る。
    私が一歩近づいた分、彼が一歩離れるという行為を繰り返し、壁際まで追い詰めれば、ヨハネス・ルクセンブルクに逃げ場はない。

「私のささやかな願い、お優しいヨハネス様は叶えてくださいますわよね?」

 私は極上の笑みを貼り付けた。
    私の笑みにヨハネス・ルクセンブルクは何を感じ取ったのか、「分かった!分かったから少し離れてくれないか!?」と恐ろしいものを見たような眼差しを向けてくる。失礼な。私が何をやったというのだ。頼みごとだって、言葉通りささやかなものだ。奴の暗殺を依頼する訳でもなく、関わった彼に何か損失がある訳でもない。

 一度は確かに私を助けると言ったのだ。
    彼の誠実さを私が証明してあげようというのに、躊躇うことなどないではないか。何より、美人の頼みは一も二もなく頷くものだと相場が決まっている。





*****





「仮死の毒!?そんなもの何に使うんだ!?」

「乙女の秘密ですわ」

 そう答えた私にヨハネス・ルクセンブルは脱力したように肩を落とした。

「……何に使うかは置いておいて、そうやすやすと手に入るものではないと思うが」

「だからこうして、ヨハネス様を頼っているのではありませんか」


 場所は変わって解放された庭園の方へ来ている。
    夜会を開く家というものはどこもかしこも庭があり、我が家の自慢とばかりに美しく整えている。

 家主のセンスと財力が問われるため、怠慢は許されないのだろう。この家はなんと噴水まで設えていた。庭の中心にある噴水は円型で恐らく大理石で作られている。中央には翼を生やした天使が水瓶を持ち、そこから水が止めどなく溢れている。

 夜の噴水で逢瀬を、なんてロマンチックではないか。にも関わらず、私たちの他に人はいない。

 昼間なら可愛らしい天使と清涼な水の流れに癒されるのだろうが、いかんせん夜とあってはいくら松明が焚かれていようとも、天使の顔は影に覆われ不気味でしかない。それに春の終わりと言っても夜は結構冷え込む。バルコニー程度ならともかく、長時間外にいれば普通に凍える。噴水の側なら尚更だ。恋人たちならお互いの熱で平気なのかもしれないが、今日のところはそんなお熱いカップルはいないらしく、私にとっては都合のいい事である。

 噴水から水が流れているため、静か過ぎることもなく、内緒話をするにはもってこいだ。豪快な天使に感謝せねばなるまい。


「……もしかして、以前あなたが助けて欲しいと言った事と関係があるのか?」

 彼は声の聞こえる最大限まで私から距離を取っているにも関わらず、更に声を潜めた。何かを探すように視線を巡らし、ずっと落ち着きがない。せっかくの色男が台無しだ。逃走中の犯罪者のようだ。

 彼がここまで怯える相手はひとりしかいないだろう。

 まったく。奴は一体何をやらかしたのか。以前、奴が持ってきた手紙に差出人の名前はなかったが、まず間違いなく挙動不審なこの男が書いたものだ。奴は手紙を届けただけで、詳細は語らなかった。それでも奴と彼の間に何かがあったのだと馬鹿でも察するほど奴の言わんとするところは明け透けだった。

 奴の手のひらの上で転がされているようでまったくいい気がしない。

 関係ないのに巻き込まれてしまった彼も憐れだと思うけれど、保身のためには仕方がない。


 醸し出す雰囲気だけで人はここまで変わるのかと感心しつつ、私にはどうでもいい事柄のため、そっくり頭から追い出した。


「さあ、どうでしょう?知らない方があなたの為だと思いますけれど」

 ヨハネス・ルクセンブルクは沈黙し、ごくりと生唾を飲み込んだ。嚥下するのを見届けて、私は更に優しく問いかける。

「お優しいヨハネス様は憐れでか弱き小娘にお慈悲の手を差し伸べてくださいますわよね?」

「……ぜ、善処する」

「今度こそ助けてくださいますわよね?」

「…………はい」


 なぜ、ちょっと涙ぐんでいるのだろう?もしかしたら奴に何かされたのかもしれないが、私は彼に何もしていない。可愛らしくお願いしただけだ。男らしく袖で目元を拭うのはやめて頂きたい。
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