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不可能すら可能にする想い

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「……何を勘違いなさってるのか分からないけれど、私はあなたへの好意なんてこれっぽっちも持ち合わせておりませんの。男女の逢瀬とは同意の元に果たされるべきではないかしら?一方的な贈り物も処分に困りますし、こうして会いに来られても不愉快なだけですわ。早急にお帰りいただけます?」

 心底うんざりしているのだと顔に声に出したつもりだ。これで伝わらなかったらどうしようと内心ドキドキしつつ、反応を伺う。

 奴は訝しげに眉をひそめ、思案するように顎に手を当てた。自身の行いを振り返っているのだろうか。
    よし、気づけ。自分が何を仕出かしたか自覚し、反省しろ。
    しかし、私の思いとは裏腹に奴はゆるゆると笑みを取り戻すと、芝居がかった仕草で胸に手を当てた。


「ああ、ジュリエット。拗ねているんだね。君の意見を聞かなかったのは謝るよ。今度からは訪問する前に手紙を書くし、君が望む物ならなんだってあげる。妖精のドレスでも、小人が作った靴でも、ドラゴンが守る宝珠でも。君のためなら僕はなんだって出来るんだ。それだけは忘れないで」

    輝かんばかりの笑顔で言い切った奴に、ぶわっと鳥肌が立った。

 妖精のドレスも小人が作った靴もドラゴンが守る宝珠も、絶対に手に入らない物の例えで『月華姫の婿取り物語』という童話に出てくる品々だ。

 月華姫はこの世のものとは思えぬほど美しく求婚者が後を絶たなかった。
    結婚する気のなかった月華姫は効率よく振るために私と結婚したくば取ってこいと無理難題を条件に掲げたのだ。
    数多の求婚者たちは挑戦したが手に入らず、偽物を拵えた者も看破され、誰もが諦めざるを得なかった。
    たったひとりを除いて。

 その青年はドラゴンと一騎打ちで対峙し、見事勝利したのだ。

 青年は宝珠を携えて月華姫の前に現れるとそこで初めて誠心誠意プロポーズした。

 その青年は実は月華姫の幼馴染で、幼い頃からずっと慕っていたのだが、身分が釣り合わず、想いを秘めていたのだ。

 月華姫も同じく青年を想っていたが、身分ゆえに告げられず、わがままなふりをして結婚を遠ざけていた。

 ドラゴンを倒した英雄との結婚を誰が反対できようか。ふたりはめでたく結ばれ、末長く幸せに暮らしました、と物語は締めくくられる。


 身分を越えたふたりのラブロマンスは世の少女たちの憧れの的だ。不可能を可能にするほどの愛に誰がときめかずにいられようというものだ。


 多少なりとも相手に好意を抱いていればの話だが。


 私の奴への好感度など、豆粒どころか砂粒ほども存在しない。
    そんな男に不可能を可能にすると言われてみろ。
    ときめきどころか身の危険しか感じないに決まっている。なんでも出来るからと言って人の家に不法侵入する男を素敵だと感動する女がいるものか。

 そもそも人の話を聴かない男とどうしてなんらかの感情を育めると思うのだろう。

 奴が変態だから仕方ないと諦めるには、心の許容量がそれほど大きくない私には出来かねた。



 私は抑えきれないため息を吐き出し、欄干にしなだれかかった。
    

 もう、面倒くさい。部屋に戻ってベッドに潜り込みたい。
    奴は変わらず、にこやかに微笑んでいる。
    あれは私への当てつけだろうか?苦しむ私を見て、やっぱり楽しんでいるのだろうか。変態であることに間違いはないだろうが、その欲求がひとつだけとは限らない。

 そもそも、なぜ、私がこんな思いをしなければならないのだろう。
    夜会を抜け出して、偶然奴と出会って、それからは付き纏われて。家にまで不法侵入されて。甘い言葉を垂れ流されて。

    全部、全部、どうでもいい。

    愛だの恋だのがなんだというのだ。
    
    そんなもの物語の中だけで十分だ。

    現実では愛の囁きも、懇願も薄ら寒いだけじゃないか。

    構わないで欲しい。関わらないで欲しい。

    どうせ私は。




 私の中で切れてはいけない何かが切れる音がした。

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