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不治の病

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 世の中には恋の病とは別に薬のつけられない不治の病があると聞く。

    趣味と呼ばれる事もあるが、他人に理解される事はなく、共感を持ち得れば、それは同類なかまであるに他ならない。

    自己完結していればそれでいい。
    己だけで楽しむだけなら自由だ。誰も文句は言えないし、文句を言う筋合いもない。
    しかし、他人に害を成したなら話は別だ。
 時として行動がエスカレートし、最終的に牢屋に行き着く者も決して少なくない。


 恋とは似て否なるもの。


 両者の決定的な違いをあげるとすれば、救いがあるのが恋で、救いようがないのが、奴のかかっている病だ。


 一方的な贈り物。過度な接触。自宅への押しかけ。覗き。

 これらは一般的なストーカー行為だろう。

 行き過ぎた愛情や転じた憎しみから、元は普通の人間であっても至ってしまう可能性がある。それだけでも忌むべき行為であり、滅べばいいと思う事案だが、奴は更にその上を行く。


 ここまでの言動から考えるに、おそらくというか、十中八九、奴は。


  ーー痛みを快楽とする被虐趣味へんたいだ。








 奴は様々な面で優れている故に慇懃な対応を受けてきたのだろう。家柄しかり、容姿しかり、能力しかり。奴を虚仮こけにできる人間がこの世の中にどれほどいようか。

 ある程度ものを考えられる人間ならば、奴に手を出すより、すり寄った方が得策だし、自分の不出来を棚に上げて奴への嫉妬から危害を加えようとする愚か者が、身体的にしろ精神的にしろダメージを与えるなんて不可能だ。

 奴は自身の奥深くに眠っていた開かずの扉の存在を今日こんにちまで知らずにいたに違いない。

 故に初めて快楽を与えたであろう私にここまで執着してきたのだ。
    でなければ、殴る蹴るの暴行に加え、噛みつきまでした私に付き纏う原因は見つからない。


 いや、待てよ。
   そうなると奴の開けてはならない扉を開けてしまったのは私という事にならないだろうか?
    奴から逃れるためといっても手や足を出したのは私の方だ。過剰防衛と言われたらそれまでだが、他に方法を思いつかなかったし、奴がそっち側の人間だなんて予想できるはずがない。

 私は悪くないという犯罪者共の常套句が思い浮かんで、弾けた。

 今、重要なのは奴が変態たる所以ではなく、変態を如何に追い返すかだ。下手に攻撃を加えれば奴は喜ぶに違いない。

 だからと言って婉曲に伝えた所で、甘ったるい言葉に変換して打ち返してくるのだから、私へのダメージの方が大きい。

 私は頭を振って、気持ちを切り替える。いくら考えたって最善の打開策は思い浮かばない。

 ならば難しく考えるのはやめよう。
    いくら奴が権力者であっても、今のこいつは我が家に不法侵入しているただの犯罪者だ。遠慮していた私の方が馬鹿らしくなってくる。


 奴を囲むように落ちていた影も横に伸び、時間の経過が伺える。陽が沈む前には両親も帰ってくるだろう。その前に決着をつけるべく私は重い口を開いた。



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