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○○への序奏
しおりを挟む家に帰ってほっとしたのも束の間、頻繁に贈り物が届くようになった。
贈り主の名前にはR.Yというイニシャルのみ。
両親は喜んだ。きっとルクセンブルク家の嫡男からに違いないと思ったからだ。彼のフルネームはヨハネス・ルクセンブルク。正しくはY.Rになるのだが両親にとっては些細な事らしい。
まさかユーフィルム家の子息からとは思いもよらないのだろう。
中身はその時々で、薔薇の花束だったり、ドレスだったり、アクセサリーだったり。
下着一式が贈られてきた時には両親にばれないように燃やし尽くして灰にした。
両親に連れられて夜会に行くと必ず奴はいて、隙を見せた瞬間に物陰に引っ張り込まれ、砂を吐くようなゲロ甘な台詞を連発した。
『僕のジュリエット。君が太陽なら僕は雲だ。その美しさはあまねく人々に降り注ぐ陽射しのように輝いていて。だから僕は君を誰からも隠してしまいたいんだ』
『最近、寝る前にこんな事を思うんだ。君を知らなかった僕はどうやって息をしていたんだろうって』
『ああ、僕はなんて愚かなのだろう。君の美しさを讃える言葉が思いつかないなんて。艶やかな亜麻色の髪を何に例えればいい?エメラルドのように輝くその瞳をどう表せばいい?』
などなど。脳みその代わりに砂糖でも詰まっているんじゃないかと、頭をかち割って確認したくなる程だ。
耳が溶ける前に逃げ出したいのは山々だが、がっちりホールドされるため、最初の時のように逃げ出すのが段々難しくなってきた。
腕ごと抱き込まれ手を封じられた時は、ヒールで思い切り足を踏みつけた。小指を狙ったのがうまくいったようで、奴は蹲って悶絶し、私はそのまま会場を後にした。
次の夜会では壁際に追い詰められ、手を封じられたのはもちろんの事、壁を利用して足も抑えられた。仕方がないため壁で反動をつけて、顎に頭突きを食らわせた。私の頭頂部も多大なダメージを負ったが、泣き言なんて言ってられない。奴はやっぱり顎に手を当てて悶絶したため、その隙に逃げ出しだ。
更にその次はガーデンパーティーに参加したのだが、さすがの私も警戒を怠らなかった。必ず、人の目がある場所で誰かと会話し、ひとりにならないよう注意した。奴はいつも私がひとりになった瞬間を狙ってきたからだ。
ガーデンパーティーは見通しの良い庭園で行われていたため、物陰に引きずり込まれる事もない。
にも関わらず、主催者が挨拶をする段になり皆の注目が逸れた時を見計らい、人攫いのように抱きかかえられて、会場から連れ出されてしまった。
まさに神業だった。あんなに人がいる中で誰にも気づかれずに人を連れ出すなど、不可能なはずなのに、奴は飄々とやってのけたのだ。
これが天才というものなのか。そんな才能、豚にでも食われてしまえ。
まあ、人ごみが嫌で端の方にいた私も多少悪かったかもしれないが。
前回と同じように壁際に追い詰められ、足と手を封じられ、がっちりと肩を抑えられ、やっぱり奴は甘い言葉を垂れ流す。
ここまで私に嫌がらせをしたいのかと呆れつつ、それ以上の事はしないのだなとふと思う。
有り得ないほど密着するし、誘拐犯一歩手前だが、無理矢理唇を奪ったりはしない。押し倒しすような事もしなかった。
そうなる前に逃げていただけかもしれないが、いくらだってチャンスはあっただろう。
する事と言えば逃げられないように抑えられ、甘い言葉を囁くだけ。
口説いているだけなのか、嫌がらせをしたいだけなのか、何を考えてるのかさっぱり分からない。
だからと言って身に迫る恐怖がなくなる訳でもなく、私は逃げるために奴の肩に顔を埋めた。
驚いたのか奴はびくりと肩を震わせ、だらだらと垂れ流していた言葉を引っ込めた。
心なしか伝わってくる体温が上がった気がする。
私は大きく口を開け、奴の首に思いっきり噛み付いた。口内に鉄の味が広がる。
奴は声にならない叫びを上げ、私は血が混じった唾を吐き出すと、脱兎のごとく逃げ出した。
靴は脱いで両手に持っている。なんだか裸足で芝生を駆けるのがくせになってしまいそうだ。
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