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一目惚れは存在しない

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 ライオネルは息を飲んだ。「……君が」と掠れた声が聞こえる。
    これで分かっただろう。グランハート家は没落したとは言え、ユーフィルム家との長年の争いが消えてなくなるわけではない。
    私たちは相容れない存在なのだ。恋愛ごっこも許されない家同士に生まれた。
    私たちの出会いをなかったことにするには充分な理由だ。

 神童と言わしめた彼が理解できないはずがない。私は踵を返し、今度こそ立ち去ろうとした。
    したのだがやっぱり手を掴まれて、すっぽり奴の腕に収まってしまった。

 何を考えてるんだこいつ、と半眼で顔をあげると、さっきまでとは比べものにならない、輝くような笑みがそこにはあった。

「ジュリエット。なんて素晴らしい響きだろう。美しい君の名にぴったりだ」

 ライオネルは満足そうに口元を緩める。舌舐めずりしそうな勢いだ。切れ長の瞳は潤み、尋常じゃない色気を放っている。


 私は貼り付けていた笑みが引きつっていくのを感じた。
    なにか、とんでもないものに捕まってしまったような。身体の奥からぞくぞくと湧き上がってくるこれはまぎれもない恐怖だ。

「……っ!!離して!気安く名前を呼ばないでちょうだい!」

 腕を突っ張るが細身に見えてもライオネルの力は存外強くて外れない。ライオネルは気分を害するどころか、ますます笑みを深くし、私の耳に唇を寄せて囁いた。


「ジュリエット。あなたは僕のものだ。もう、離さない」


 何がどうしてこうなった。これはいわゆる一目惚れというやつか。こんな強引な一目惚れ、迷惑以外の何物でもない。

 見た目云々はともかく私の態度はそれほど褒められたものじゃなかったはずだ。
    丁寧ではあったが素っ気なく対応し、名前すら教えなかった。それともこれは嫌がらせだろうか。
    私が嫌がっている事に気付いていて、ねちっこく距離を詰め、鳥肌が立つような台詞を連発していたのかもしれない。いや、そうに違いない。暇つぶしにちょうどいい獲物がいて、しかもそれがグランハート家の娘とあらば、弄ぶのにもってこいだ。

 私が惚れたら最後、こっ酷く振るに違いない。

 そんな思惑に誰が乗るものか。いくら見目が良かろうが、才能に恵まれていようが、こんな男願い下げだ。


 パンッと乾いた音が鳴る。手袋越しだからダメージは半減したかもしれない。頰を叩かれた男は何が起きたのか理解できないのか頰に手を当て、きょとんとしている。

「今度は拳を喰らわせてやる。嫌だったらとっとと私を離しなさい」

 そう言って拳を握りしめた。本気だと見せつけるために。ライオネルは自分の頰を撫で、甘やかに微笑んだ。

「君にもらえるのならどんなものでも享受しよう」

 私は奴の鼻っ柱に遠慮なく拳を叩き込んだ。


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