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『奴』という男のこと

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    私以外の人に奴の評価を聞けば大体の人が美辞麗句を並べ立てるだろう。
    子供時分から神童と持て囃され、成人した今尚、同年代で奴と肩を並べられる者はいない。
    経済学しかり算術しかり歴史学しかり。国中を見たって奴と対等に会話できる者など数える程だ。
    やれ、将来の大臣候補だ、いやいや彼は軍部にこそ相応しいだの、あの商才はこの国に巨万の富をもたらすだの。
    お前は人間かと聞きたくなるほど、多方面に才能を発揮し、その才能は誰もが認めるところだった。

    能力面はさることながら、外見、内面、共に非常に優れている。
    すらりと伸びた肢体は姿勢が良く、武にも通じているだけあって身体は引き締まり、適度な筋肉に覆われている。
    顔面は言わずもがな、清廉な見た目が内面を表すようにその気性も穏やかだ。常に微笑みをたたえ、何事にも動ぜず、物腰は丁寧。自身の優秀さを鼻にかけるような事はないが、だからと言って謙虚すぎるという事もない完璧な貴公子だ。
    単身でも非の打ち所がないというのに、生家はユーフィルム家という国で一位二位を争う名家。
    父親は外務大臣を務め、一族に渡って国の中枢を担っている。
    年頃の娘達がこんな好物件を見逃すはずがなく縁談話はひっきりなしだと聞く。
    いい歳なのだからさっさと結婚すればいいものを何をとち狂ったか婚約者のひとりもいないという。
    ちょっと前に奴に直接そう聞いたら『君が首を縦に振ってくれたらすぐにでも』と寝言を言いだしたので、丁重に追い返してやった。

    とまあ私以外の人間にとって奴は完璧超人なのである。
ーーそう、私以外には。

    私に言わせれば奴は、様々な面で優れているが故に厄介な、盲信的で、ドがつく変態であり、恐ろしく執念深いストーカーだ。
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