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 可哀想だけれど、面倒ごとはごめんだ。

 そう、初めのうち俺は、厄介な問題となることを嫌って、虐待の事実を見ない振りをしていたのだ。
 もちろん、預かりものであるラルカに対しては、なるべく優しく接しはしたものの、それ以上、余計なことに首は差し挟まず、あくまで他人事で済まそうとしたのである。
「……ラルカティア…いや、ラルカ。俺の名はクルトだ。しばらくの間だが、よろしくな」
「…………っ」
「屋敷では自由に過ごしてくれて構わねえ。あと、何か欲しいものがあったら遠慮なく言え」
 彼に新しい服を着せてやりながら、膝をついて目線を合わせつつそう言ったが、ラルカは大きな目を少し見開いただけで何も答えなかった。そして、その後も彼が俺に対して何か欲求を訴えたり、子供らしい我儘を口にしたりすることはなかったのである。

「子供ってのは…もっと煩くて我儘な生き物なんじゃないのか…」 

 ラルカは素直で従順。いや、素直で従順すぎる子供だった。
 それもこれもおそらく、両親からの過度な『躾』の成果。

 けれどそれが一体何だというのか。

「ほら、ラルカ。今日はかぼちゃのスープだ。お前、好きなんだろ?」
「あ………え、なんで…」
「見てりゃ解る。食い付きも違うしな。お代わり欲しかったら言うんだぞ」
「……………ッ」
 そもそも預かると約束した期間さえ過ぎてしまえば、あとは他家の問題であって俺の知ったことではなかった。
 それに下手なお節介を焼いて家族に要らぬ口をきいても、おそらく逆にこの子がさらなる酷い仕打ちを受けるだけだろう。それなら知らぬふりを続けた方が、結果的に、この子の為でもあるはずだ。と、そう、自分に都合よく考えたのも確かだけれど。
「ありがとうごさいます、クルトさん」
「あ……いや、俺は別に…」
 しかし、義務と義理半分で世話を続けている内に俺は、いつしかラルカのことを心から気に掛けるようになっていった。
「すごく、美味しいです」
「……そうか」
 何故なら感情が死んだように無感動、無関心だったラルカが、次第に俺へ心を開いてくれたから。怯えて伏せがちだった大きな青い目が、俺をまっすぐに見つめ、小さく微笑んでくれるようになったから。

 そしてその笑顔が、思いの外愛らしくて、愛おしいもののように思えてしまったから。

 俺が何とかしてやらなければ。
 この子を守ってやらなければ。

 気が付くと俺は、ラルカの為に何かできないかと、真剣に考えるようになっていた。それも、いざとなれば『アルファ』である俺に与えられた特権と力とで、ラルカを家族の魔の手から守ってやろうとまで──

 しかし、結局、そんな必要もなくなってしまった。

 預かると約束した期限が過ぎても、一家はラルカを迎えに来なかったからである。

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