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 ハルの笑顔が見たい。喜ぶ姿を見たい。それには一体、何を持ち帰れば良いだろう。ハルはどんなものが嬉しいだろう。
 ハルの喜ぶ姿を思い浮かべながら、人の町で土産を物色していた、その時──
『セツ………ッ』
「…………ハル!?」
 消え入る一瞬前の思念。幻のような声が聞こえた気がして、俺は遥か遠く隔てた地を振り返った。幻聴か??いや、違う。確かに聞こえた。あれはハルの声だ。ハルが俺を呼ぶ声だ。

 ハルが俺に助けを──呼ぶ声だ!!

陽斗ハル…ハルッ、ハル!!」
 俺は瞬時に時と場所とを移動し、離れ屋の中に姿を顕現させた。すると、室内には見知らぬ男達が数人いて、何かを取り囲んで蒼褪めながら、何やら大声で互いを非難し合っていたのである。
「貴様ら…ここで何をしている」
「………うわあっ!?」
「かか……屋敷神様!?」
 背後から声をかけると男らは、悲鳴を上げて飛び退きひれ伏した。見れば男らは何度か見たことのある一族の宮大工どもだ。いつもの如く離れ屋の改修に来ていたのか??嫌な顔を隠しもせずに男らを見やった俺は、床に転がる『あるもの』を目にして凝固した。
「…………ハ…」
 人の壁が消えたことによって視界が開け、俺の視界に信じられないものが映ったのだ。
「…………ハル…?」
 真っ白な裸体。まるで壊れた人形の様に、力無い手足を投げ出した少年の姿。
「……………っっ」

 俺は言葉を忘れて見入った。
 なんだ、これは。
 いったい、なんなんだ??

 状況を理解しようとしてるのに、理解が追い付かない。いや、とっくに理解しているのに、必死に解らない振りをしようとしていた。
 光を失った青い瞳。見開かれたままの目の端から、長い睫毛を伝って落ちる、名残りのような水滴。細く白い首筋に残る、あまりにむごい人の手の痕。信じられなくてそっと近付いてみても、呼吸の音がしない。鼓動が聞こえない。命の気配がしない。
「ハル………?」
 側に座り込んで、少年の顔を確かめる。確かにハルだ。俺のハルだ。なのに俺の声に応えない。目は開いているのに、俺のことを見てくれない。いつもみたいに『セツ』と、俺の名を呼んで笑ってくれない。
「………………」
 瞬きを忘れて周囲にひれ伏す男らを振り返った。顔を上げかけていた男らは、ひっと叫んで再び顔を伏せ、ひっくり返った聞き苦しい声で言い訳し始める。
「て、抵抗されたんです!!お、大人しくさせようと首を締めただけなんです!!」
「結界から出してやろうとしてただけなのに…嫌がって暴れるから…!!」
「お、俺らは悪くないっ、長が…上の者に命令されただけなんです!!」
 
 う・る・さ・い・!!

 声に出さぬ思念が突風となって、男らを部屋の壁に叩きつけていた。衝撃に唸り声を上げる人間共に、俺はまるで幽鬼の様にゆらりと歩み寄る。
「うう…うぐうう…ッッ」
「ヒイッ…助け…助けて…ッッ」
 骨の1つでも折れたのものか、醜く喘ぎ苦痛に身を捩る男らを前に、慈悲の心は欠片も湧いては来ず、俺の脳裏には、たった1つの言葉が繰り返し反復されていた。

 殺してやる。
 殺してやる。
 殺してやる。
 殺してやる。

 初めて人に対して抱いた憎悪。怨念。殺意。
 恐怖に歪んだ男らの顔を、凍りついたままの表情で見やり、どうやって殺してやろう?どんな風にむごく死なせてやるべきか?と、殺意を込めた手を伸ばしかけた、その時。

 駄目だよ、セツ。

「――――――――――ッ!!!!」

 ハルの声が聞こえた。
 確かにこの耳に響いた。
 ハッとして背後を振り返るが、人形のような肢体に変化はない。けれど、俺には聞こえた。確かにハルの声が聞こえた。今も、この耳に、ハッキリと。

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