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「ね、セツ、出て来てよ」
「………どうした、ハル」
結界の境界を目指す道の途中で、俺はハルに呼び出されて姿を現した。少し開けた丘の上にハルは立っており、俺が現れると背負っていたリュックを下ろして、中から用意したお弁当を取り出し始める。
「一緒に食べよ?」
「……は?」
「お弁当。っても、おにぎりしかないけど…」
朝食のお膳に付いていたお櫃のご飯を、梅干しなどを中に入れて作ったらしいハルの手作り弁当。不格好でまんまるのおにぎりを1つ、俺に差し出しながらハルは丘の上に座り込んだ。
「え………っと…」
さて、俺はいったい、どう反応すれば良いのやら??困惑しつつ渡されたおにぎりを見詰めていると、ここへ座れ、ということだろうか??ずいぶんと近い場所を指差される。
「……あ、ああ……うん」
良いのか??と思いつつも俺はハルの隣へ座った。ハルは俺がおにぎりを手に座り込むと、満足した顔で自分の分のおにぎりをパクつき始める。釣られて俺もおにぎりを口にするが、塩気もないから米の味しかしなかった。まあ、まずくはないけど。
「すっぱ」
「すっぺ」
中に入れてた梅干しを同時に口にしたらしく、俺とハルは揃って顔をしかめていた。思わぬシンクロに顔を見合わせ、自然と込み上げてくるおかしさに笑った。
「……ホントはさ、解ってるんだ」
弁当を食い終わって休憩を終えると、ハルは再び森の中を歩き始めた。額から玉のような汗を滴らせ、苦しげな呼吸の合間にハルは俺に話し掛けてくる。
「ここからは出られないって…ホントは、もう解ってるんだ」
「……なら、どうして」
同行を求められた俺は、ハルと一緒に歩きながら、彼の告白に疑問を投げかけた。
出られないと知りながらなぜ、どうして。それも、こんなに無駄な苦労をしてまで、結界の境界を目指そうとするのか??と。
「俺にも良く…解んない……でもきっと、そこに辿り着いたら、解る気がする…」
「……………ハル」
まっすぐに前を見詰める青い瞳。初めて会った時から惹かれて止まぬその青に、諦めにも似た哀しみの色を見た気がして、俺はハッとこの胸を突かれた。
もしかしてハルは、諦めるために??
この狭い世界で生きる決心を固めるために、森の奥を目指すのではないか??
己が目で見て、確かめて、そして、自身の心に区切りを付ける。その為にハルはどうしても、自らの足で歩いて確かめたいのではないか、と。
「ここがそうなんだ…」
「ああ、そうだ」
森の中で1泊して、翌日の朝早く、ハルは結界の境界へと辿り着いた。
ここが屋敷の奥庭であることを示す、どこまでも長く続く白い壁。これが結界の境界を示す目印でもある。白い壁には補修用のためのものか、何ヵ所かに外から入れる入口が設けてあった。その内の1つにハルは手を掛け、ゆっくりと外側へ向けて押し開く。
「…………あ」
すぐ外には整備された道路が通っていた。これも、一族の作ったもので私道の1つだ。主に屋敷の周辺を見て回り、破損個所などをチェックするために作られたものらしい。だが、きっとハルには、人の世へと続く希望の道に思えたことだろう。
無言のままハルは駆け出し、境界のドアをくぐった。そして──
「…………ッッ!!」
一瞬、ドアの向こうで姿を消したハルは、結界の中で待っていた俺の前に飛び出してくる。無情にも屋敷の時と同じく、歪められた空間に引き戻されて。
「ハル………」
「あは。やっぱりね…うん、解ってた……解ってたよ」
照れた振りをしてハルは笑い、なんでもない風に装った。そして自らドアを閉めようと、開いた扉に手を掛けつつ、名残惜しげに外の光景を見詰めている。
「………ハルッ」
その小さな肩が震えているのを見て、俺は堪らず後ろからハルの身体を抱き締めた。
「……ッ………ッッ」
背中越しに抱き締めた俺の腕の中で、ハルは声もなく静かに泣いていた。
大きな青い瞳を涙でいっぱいにして。顎の先から透明な雫を、いくつもいくつも滴らせながら。ほんの数歩先に伸びる、人の力で固められた道路を見詰めたまま。
「ハル…ハル…ッ」
抱き締めた腕に力を込めると、ハルは俺に身体を委ねてきた。ドア越しに広がる外界を見詰めたっきり、まったく動こうとしない彼の視線を、俺の方へ向かせたい衝動に駆られ、強引に振り向かせて再び腕の中に抱き締める。
「ハル…っ、俺が居る…俺が…お前を誰より大切に想っているから…俺が何時でも、お前の側に居るから…ッッ」
「セツ…セツ………ッ」
震えながらしがみ付いてくる小さなハル。涙に濡れて見上げてくる瞳が愛おしくて、腕の中に収まり余るほどの肢体があまりに儚くて。
気が付くと俺は、ハルに口付けていた。
「………どうした、ハル」
結界の境界を目指す道の途中で、俺はハルに呼び出されて姿を現した。少し開けた丘の上にハルは立っており、俺が現れると背負っていたリュックを下ろして、中から用意したお弁当を取り出し始める。
「一緒に食べよ?」
「……は?」
「お弁当。っても、おにぎりしかないけど…」
朝食のお膳に付いていたお櫃のご飯を、梅干しなどを中に入れて作ったらしいハルの手作り弁当。不格好でまんまるのおにぎりを1つ、俺に差し出しながらハルは丘の上に座り込んだ。
「え………っと…」
さて、俺はいったい、どう反応すれば良いのやら??困惑しつつ渡されたおにぎりを見詰めていると、ここへ座れ、ということだろうか??ずいぶんと近い場所を指差される。
「……あ、ああ……うん」
良いのか??と思いつつも俺はハルの隣へ座った。ハルは俺がおにぎりを手に座り込むと、満足した顔で自分の分のおにぎりをパクつき始める。釣られて俺もおにぎりを口にするが、塩気もないから米の味しかしなかった。まあ、まずくはないけど。
「すっぱ」
「すっぺ」
中に入れてた梅干しを同時に口にしたらしく、俺とハルは揃って顔をしかめていた。思わぬシンクロに顔を見合わせ、自然と込み上げてくるおかしさに笑った。
「……ホントはさ、解ってるんだ」
弁当を食い終わって休憩を終えると、ハルは再び森の中を歩き始めた。額から玉のような汗を滴らせ、苦しげな呼吸の合間にハルは俺に話し掛けてくる。
「ここからは出られないって…ホントは、もう解ってるんだ」
「……なら、どうして」
同行を求められた俺は、ハルと一緒に歩きながら、彼の告白に疑問を投げかけた。
出られないと知りながらなぜ、どうして。それも、こんなに無駄な苦労をしてまで、結界の境界を目指そうとするのか??と。
「俺にも良く…解んない……でもきっと、そこに辿り着いたら、解る気がする…」
「……………ハル」
まっすぐに前を見詰める青い瞳。初めて会った時から惹かれて止まぬその青に、諦めにも似た哀しみの色を見た気がして、俺はハッとこの胸を突かれた。
もしかしてハルは、諦めるために??
この狭い世界で生きる決心を固めるために、森の奥を目指すのではないか??
己が目で見て、確かめて、そして、自身の心に区切りを付ける。その為にハルはどうしても、自らの足で歩いて確かめたいのではないか、と。
「ここがそうなんだ…」
「ああ、そうだ」
森の中で1泊して、翌日の朝早く、ハルは結界の境界へと辿り着いた。
ここが屋敷の奥庭であることを示す、どこまでも長く続く白い壁。これが結界の境界を示す目印でもある。白い壁には補修用のためのものか、何ヵ所かに外から入れる入口が設けてあった。その内の1つにハルは手を掛け、ゆっくりと外側へ向けて押し開く。
「…………あ」
すぐ外には整備された道路が通っていた。これも、一族の作ったもので私道の1つだ。主に屋敷の周辺を見て回り、破損個所などをチェックするために作られたものらしい。だが、きっとハルには、人の世へと続く希望の道に思えたことだろう。
無言のままハルは駆け出し、境界のドアをくぐった。そして──
「…………ッッ!!」
一瞬、ドアの向こうで姿を消したハルは、結界の中で待っていた俺の前に飛び出してくる。無情にも屋敷の時と同じく、歪められた空間に引き戻されて。
「ハル………」
「あは。やっぱりね…うん、解ってた……解ってたよ」
照れた振りをしてハルは笑い、なんでもない風に装った。そして自らドアを閉めようと、開いた扉に手を掛けつつ、名残惜しげに外の光景を見詰めている。
「………ハルッ」
その小さな肩が震えているのを見て、俺は堪らず後ろからハルの身体を抱き締めた。
「……ッ………ッッ」
背中越しに抱き締めた俺の腕の中で、ハルは声もなく静かに泣いていた。
大きな青い瞳を涙でいっぱいにして。顎の先から透明な雫を、いくつもいくつも滴らせながら。ほんの数歩先に伸びる、人の力で固められた道路を見詰めたまま。
「ハル…ハル…ッ」
抱き締めた腕に力を込めると、ハルは俺に身体を委ねてきた。ドア越しに広がる外界を見詰めたっきり、まったく動こうとしない彼の視線を、俺の方へ向かせたい衝動に駆られ、強引に振り向かせて再び腕の中に抱き締める。
「ハル…っ、俺が居る…俺が…お前を誰より大切に想っているから…俺が何時でも、お前の側に居るから…ッッ」
「セツ…セツ………ッ」
震えながらしがみ付いてくる小さなハル。涙に濡れて見上げてくる瞳が愛おしくて、腕の中に収まり余るほどの肢体があまりに儚くて。
気が付くと俺は、ハルに口付けていた。
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