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「…………ッッ」
恨みの想いを込めて母屋を睨み付けるが、今はそこに人の気配も姿もなかった。
『逃げてやる……絶対に』
絶望より強い怒りの想いが、俺の中の逃走決意を硬くする。
そうだ。こんな山奥へ連れてこられてしまったけど、徒歩でどれだけ時間が掛かっても構うものか。歩いて、歩いて、歩き続けていれば、きっとその内どこかの民家に辿り着くはずだ。そしたらそこで電話を借りて、警察を呼んで、両親に迎えに来て貰えばいい。
「…………っ」
だが、逃げるのは良いとしてさすがに何も持たない状態では、と、俺は部屋の中へ戻ってなにか役立つものはないか?と探しまわった。と言っても、先に言った通り部屋の中には何もない。唯一、見付かったのは、祭壇に置かれていた蝋燭とマッチ1箱だけ、だった。
ないよりマシか。
本当は懐中電灯があれば良かったんだけど、無いよりは全然良いと懐の中へしまい込む。あとは、地面へ降りる為のロープ代わりにしようと、着物の袖を力付くで裂いて生地を3つにし、それを帯や余った紐などと結び合わせて長く繋いだ。
「……………よし、後は…」
そこまでの用意を手早く済ませて、『他に何か出来ることは』と周囲を見渡した時、急にお腹の虫が空腹を訴えて鳴き始めた。
「………お腹空いた…」
考えてみれば昨日の昼から何も食べていなかった。どこかに食べ物は用意されていないのか。当てもなく視線を彷徨わせた俺の鼻へ、不意に美味しそうな匂いが流れ込んできた。
「………??」
釣られるようにして匂いの先をそっと確かめると、部屋の扉の向こうにいつの間にかお膳とお湯の張った桶が置かれてあった。
「……………」
まるで心の声が聞こえていたみたいなタイミングに、一瞬、おかしなものを仕込まれてはいまいか?という疑心暗鬼に憑りつかれる。けれど結局、空腹には勝てずに俺は『ままよ!』とばかりにそれらを口に詰め込んでいた。
「ふう………ッ」
ほぼ半日ぶりの食事。吐いて空っぽになってた胃に食べ物を詰め込むと、まだ少しムカついていた吐き気と痛みが完全に収まった。
もしかしたら俺は、お腹が空き過ぎて吐き気がしてたのかも知れない。これまでそれどころじゃなくて、全然、意識していなかったけれど。
あと、確かにご飯は美味しかったけど、味は二の次で構わないから、もっと沢山欲しかったな。
「…………ん?」
なんて、言葉にしなかった俺の不満が、誰かに通じてでもいたのだろうか?見るとお膳には、良いモノがオマケに付いていた。
「……これ、使えそう」
お膳の側に添えられていたのは、お代わり用と思しき小さなお櫃だった。蓋を開けて中を確かめると、思った通りご飯が詰めてあったので、俺はあえてそれには手を付けず、三つくらいに丸めておにぎりにする。
「よし………」
不格好なおにぎりをお櫃に詰め直した俺は、そのお櫃ごと弁当箱代わりにしようと考えた。こうして持って行けば逃亡中、少しずつ食べて空腹を紛らわせられるはずだ。今が夏場だから、そう長くは持たないだろうけども。
「………よし」
あとはお膳と一緒に置いてあった大きめのタオルを、袋状に丸めてお櫃などを包んで運べる荷物入れにした。
これで準備はオーケーだ。出来るだけのことは全部した。誰か来ない内に外へ出よう。硬い決心を胸に、俺は必要なものを持って立ち上がった。
そして、その時、目の端へ映った大きめの木桶に、瞬間的な怒りを覚えてカッとなる。
「……………ッッ」
最初タオルを見た時は何かと思ったけど、この木桶のお湯と一緒に置いてあったところを見ると、これで身を清めろってことなんだろう。つまり屋敷の連中は、ここで俺が男に何をされるか知ってたってことだ。
「くっ………!!!!」
ムカつきついでに俺は桶を蹴っ飛ばし、嫌な記憶の染みついた部屋を水浸しにする。古いけれど高そうな畳がびしょ濡れになったけど、『知ったことか』と若干スッとしつつ、俺はそれらに背を向け入口へ向かって歩き出した。
感情任せのこの行為が、後々、俺の首を絞めることになるとも知らずに。
恨みの想いを込めて母屋を睨み付けるが、今はそこに人の気配も姿もなかった。
『逃げてやる……絶対に』
絶望より強い怒りの想いが、俺の中の逃走決意を硬くする。
そうだ。こんな山奥へ連れてこられてしまったけど、徒歩でどれだけ時間が掛かっても構うものか。歩いて、歩いて、歩き続けていれば、きっとその内どこかの民家に辿り着くはずだ。そしたらそこで電話を借りて、警察を呼んで、両親に迎えに来て貰えばいい。
「…………っ」
だが、逃げるのは良いとしてさすがに何も持たない状態では、と、俺は部屋の中へ戻ってなにか役立つものはないか?と探しまわった。と言っても、先に言った通り部屋の中には何もない。唯一、見付かったのは、祭壇に置かれていた蝋燭とマッチ1箱だけ、だった。
ないよりマシか。
本当は懐中電灯があれば良かったんだけど、無いよりは全然良いと懐の中へしまい込む。あとは、地面へ降りる為のロープ代わりにしようと、着物の袖を力付くで裂いて生地を3つにし、それを帯や余った紐などと結び合わせて長く繋いだ。
「……………よし、後は…」
そこまでの用意を手早く済ませて、『他に何か出来ることは』と周囲を見渡した時、急にお腹の虫が空腹を訴えて鳴き始めた。
「………お腹空いた…」
考えてみれば昨日の昼から何も食べていなかった。どこかに食べ物は用意されていないのか。当てもなく視線を彷徨わせた俺の鼻へ、不意に美味しそうな匂いが流れ込んできた。
「………??」
釣られるようにして匂いの先をそっと確かめると、部屋の扉の向こうにいつの間にかお膳とお湯の張った桶が置かれてあった。
「……………」
まるで心の声が聞こえていたみたいなタイミングに、一瞬、おかしなものを仕込まれてはいまいか?という疑心暗鬼に憑りつかれる。けれど結局、空腹には勝てずに俺は『ままよ!』とばかりにそれらを口に詰め込んでいた。
「ふう………ッ」
ほぼ半日ぶりの食事。吐いて空っぽになってた胃に食べ物を詰め込むと、まだ少しムカついていた吐き気と痛みが完全に収まった。
もしかしたら俺は、お腹が空き過ぎて吐き気がしてたのかも知れない。これまでそれどころじゃなくて、全然、意識していなかったけれど。
あと、確かにご飯は美味しかったけど、味は二の次で構わないから、もっと沢山欲しかったな。
「…………ん?」
なんて、言葉にしなかった俺の不満が、誰かに通じてでもいたのだろうか?見るとお膳には、良いモノがオマケに付いていた。
「……これ、使えそう」
お膳の側に添えられていたのは、お代わり用と思しき小さなお櫃だった。蓋を開けて中を確かめると、思った通りご飯が詰めてあったので、俺はあえてそれには手を付けず、三つくらいに丸めておにぎりにする。
「よし………」
不格好なおにぎりをお櫃に詰め直した俺は、そのお櫃ごと弁当箱代わりにしようと考えた。こうして持って行けば逃亡中、少しずつ食べて空腹を紛らわせられるはずだ。今が夏場だから、そう長くは持たないだろうけども。
「………よし」
あとはお膳と一緒に置いてあった大きめのタオルを、袋状に丸めてお櫃などを包んで運べる荷物入れにした。
これで準備はオーケーだ。出来るだけのことは全部した。誰か来ない内に外へ出よう。硬い決心を胸に、俺は必要なものを持って立ち上がった。
そして、その時、目の端へ映った大きめの木桶に、瞬間的な怒りを覚えてカッとなる。
「……………ッッ」
最初タオルを見た時は何かと思ったけど、この木桶のお湯と一緒に置いてあったところを見ると、これで身を清めろってことなんだろう。つまり屋敷の連中は、ここで俺が男に何をされるか知ってたってことだ。
「くっ………!!!!」
ムカつきついでに俺は桶を蹴っ飛ばし、嫌な記憶の染みついた部屋を水浸しにする。古いけれど高そうな畳がびしょ濡れになったけど、『知ったことか』と若干スッとしつつ、俺はそれらに背を向け入口へ向かって歩き出した。
感情任せのこの行為が、後々、俺の首を絞めることになるとも知らずに。
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