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「変なとこ……」
屋敷へ入るなり俺は風呂を使わされた。暑かったし汗も掻いてたから、風呂も悪くなかったけど、俺としては折角来たのだから屋敷とか、村の中を探検して回りたかった。だけど、そんな俺の希望は静かに無視され、半ば強制的に風呂へ入らされてしまったのだ。
「お身体お流しします。陽斗様」
「えっ、いやちょっと…!?」
しかも、俺1人でできる様なことにまで──服を脱いだり着替えたり、髪や身体を洗ったりすることにまで、数人の女の人からかしずかれ無理矢理手伝われてしまって。
ううう。皆、義務的な目で俺を見ていたけど、知らない人に裸を見られるのってメチャクチャ恥ずかしい。
1人でできるからって断ろうとしても、『これが私どものお勤めですから』と彼女らは俺の身体を強引に洗おうとし、風呂から上がると今度は、隅々まで柔らかなタオルで拭きあげようとした。
「わあっ、そそ…そこは自分でやるから!!!!!!!」
「ですが……」
「良いからっ、ほんとにもう勘弁して!!」
せめてもの慰めは、股間だけは、なんとか死守できたことだろう。
見も知らない女の人の集団に、男の俺が股の間まで洗われたり、触られたりするだなんて冗談じゃないよ。ホント、なんなんだろ、この家!?
「…………疲れた」
「それでは失礼して、お着替えお手伝いさせて頂きます。陽斗様」
「は…………えっ、え?」
どっと気疲れしつつ風呂から上がった俺は、脱力してる隙に再び女の人の集団から周囲を取り囲まれ、有無を言わせず裸体に香水みたいな何かを塗りたくられた。
「わ……わっ!?」
わあ、くすぐったい!!てか、これ、何の匂いだろ??嫌いな匂いじゃないけど、花の香りか何かかな??なんて、呑気なこと考えていたら、次に、用意されていたらしい着物を数人がかりで着せつけられた。
……って、待って、ちょっと待って。この着物って!?
「あの……!?」
俺はやけに袖の長い──生地自体は艶のある黒一色なんだけど、きらびやかな金糸銀糸で模様の描かれたそれに、さすがに変だろと思って女の人に素直な疑問を投げかけてみた。
「あの…これ……女物……」
「はい。それがなにか」
「何かって…えと、俺、男なんだけど…」
「存じております。ですが、決まりですので」
決まりってなんの決まり??俺のそんな疑問にはまるで応えず、女達は手慣れた手付きでテキパキと着物を着付け、さらには俺の顔に薄く化粧まで施し始めた。鏡の中で女に化けていく自分の姿に、俺は『もうどうでもしてくれ』と投げやりな気分に陥る。
「お美しゅうございますよ、陽斗様」
「…………はぁ」
そうして小1時間も経つ頃には、俺はすっかり女装させられてしまっていた。
「本当にお綺麗です。これならば──様も、お喜びになられますでしょう」
「…………は?」
女の人らは口々に『美しい』だの『綺麗』だのと褒め讃えるが、俺としてはそんな風に称賛されても全然ちっとも嬉しくなかった。当り前だけど。
ホント、なんなのこれ?今、聞き取り難い小さな声で『なんとか様』って言ってた気がするけど、まさかこれ本家当主の趣味か何かな訳??
「く、苦しい……」
にしても、うう、帯で締め付けられて胸苦しい。着物の裾が捲れなくて歩き難い。頭にもつけ毛やら飾りやら付けられて結い上げられてるし、慣れない化粧で顔がベタベタして気持ち悪いのに、どちらも触らないよう言いつけられててもどかしい。
「それでは陽斗様、お部屋へご案内いたします」
「うう………」
この格好で歩くの??何の見世物??ウンザリしつつそれでも俺が、大人しく先導する女の人に着いて行ったのは、内心密かに『部屋へ着いたら着物も化粧も勝手に脱いだり拭ったりしてしまおう』と考えていたからに他ならない。だけど、
「……まだなの」
「間もなくでございます」
歩いても歩いても、なかなか『俺の部屋』とやらへ着かなかった。屋敷が広いのは外から見ていても解ったけど、内部はこんなにも広かったのかと再び感心してしまう。
そしてどんどん奥へ、奥まった場所へと案内された俺は、屋敷の1番奥らしい場所でいったん外の空気を嗅ぐことになった。
「……………ッ!」
細工の施された観音開きの木戸を押し開くと、手入れされた木製の広いテラスと、その向こうへ唐突に現れる、森みたいな木々に覆われた果ての見えない奥庭があった。そしてそこから続く長い渡り廊下の先に、神社の建物にも似た小さな離れがあるのが見える。
「え………あれ?」
アレが俺の部屋なの??と、テラスの端まで歩み寄った俺の視界に、ちょっと肝が冷えるような光景が映った。ここへ来るまで階段を上がった覚えはないのに、まるで清水の舞台みたいなテラスの下には、軽く見ても2階建て分くらいの高さがあったのだ。
いつの間に2階へ上がったの?それとも、ここからじゃ見えないけど、建ってる土地自体に段差があるんだろうか?おかげで、離れへ向かう渡り廊下は橋みたいになっていた。ちょっとスリルあって面白い作りのお屋敷だ。
「ここから先は陽斗様お1人でどうぞ」
「あの…俺の荷物は……」
案内はここまでと言われて、むしろ俺はホッとする。しかし、誰も居なくなったら速攻着物を脱ぐつもりでいた俺は、着替えの入ったリュックサックの行方が気にかかった。
あれがないと素っ裸にならないといけなくなる。なにしろ着物の下はパンツすら穿かせて貰ってないのだ。おかげで股間がさっきからずっと落ち着かなくて。
「お荷物でしたら、お部屋に届けさせております」
「そか。じゃあ……」
女の人は俺が渡り廊下を歩き始めるのを見届けると、後歩きでそのまま屋敷へ戻って行った。本当に変なところだ。もう一瞬でも居たくない。部屋へ入ったら荷物を開けて、携帯で両親に電話して、すぐにでも迎えに来てもらおう。
つくづくここへ来た事を後悔しつつ、俺は本気でそう考えていたのだった。
でも俺は知らなかった。もう二度と帰れないことを。
渡り廊下を1歩進んだ瞬間に、人の世界との境界を越えてしまったことを。
屋敷へ入るなり俺は風呂を使わされた。暑かったし汗も掻いてたから、風呂も悪くなかったけど、俺としては折角来たのだから屋敷とか、村の中を探検して回りたかった。だけど、そんな俺の希望は静かに無視され、半ば強制的に風呂へ入らされてしまったのだ。
「お身体お流しします。陽斗様」
「えっ、いやちょっと…!?」
しかも、俺1人でできる様なことにまで──服を脱いだり着替えたり、髪や身体を洗ったりすることにまで、数人の女の人からかしずかれ無理矢理手伝われてしまって。
ううう。皆、義務的な目で俺を見ていたけど、知らない人に裸を見られるのってメチャクチャ恥ずかしい。
1人でできるからって断ろうとしても、『これが私どものお勤めですから』と彼女らは俺の身体を強引に洗おうとし、風呂から上がると今度は、隅々まで柔らかなタオルで拭きあげようとした。
「わあっ、そそ…そこは自分でやるから!!!!!!!」
「ですが……」
「良いからっ、ほんとにもう勘弁して!!」
せめてもの慰めは、股間だけは、なんとか死守できたことだろう。
見も知らない女の人の集団に、男の俺が股の間まで洗われたり、触られたりするだなんて冗談じゃないよ。ホント、なんなんだろ、この家!?
「…………疲れた」
「それでは失礼して、お着替えお手伝いさせて頂きます。陽斗様」
「は…………えっ、え?」
どっと気疲れしつつ風呂から上がった俺は、脱力してる隙に再び女の人の集団から周囲を取り囲まれ、有無を言わせず裸体に香水みたいな何かを塗りたくられた。
「わ……わっ!?」
わあ、くすぐったい!!てか、これ、何の匂いだろ??嫌いな匂いじゃないけど、花の香りか何かかな??なんて、呑気なこと考えていたら、次に、用意されていたらしい着物を数人がかりで着せつけられた。
……って、待って、ちょっと待って。この着物って!?
「あの……!?」
俺はやけに袖の長い──生地自体は艶のある黒一色なんだけど、きらびやかな金糸銀糸で模様の描かれたそれに、さすがに変だろと思って女の人に素直な疑問を投げかけてみた。
「あの…これ……女物……」
「はい。それがなにか」
「何かって…えと、俺、男なんだけど…」
「存じております。ですが、決まりですので」
決まりってなんの決まり??俺のそんな疑問にはまるで応えず、女達は手慣れた手付きでテキパキと着物を着付け、さらには俺の顔に薄く化粧まで施し始めた。鏡の中で女に化けていく自分の姿に、俺は『もうどうでもしてくれ』と投げやりな気分に陥る。
「お美しゅうございますよ、陽斗様」
「…………はぁ」
そうして小1時間も経つ頃には、俺はすっかり女装させられてしまっていた。
「本当にお綺麗です。これならば──様も、お喜びになられますでしょう」
「…………は?」
女の人らは口々に『美しい』だの『綺麗』だのと褒め讃えるが、俺としてはそんな風に称賛されても全然ちっとも嬉しくなかった。当り前だけど。
ホント、なんなのこれ?今、聞き取り難い小さな声で『なんとか様』って言ってた気がするけど、まさかこれ本家当主の趣味か何かな訳??
「く、苦しい……」
にしても、うう、帯で締め付けられて胸苦しい。着物の裾が捲れなくて歩き難い。頭にもつけ毛やら飾りやら付けられて結い上げられてるし、慣れない化粧で顔がベタベタして気持ち悪いのに、どちらも触らないよう言いつけられててもどかしい。
「それでは陽斗様、お部屋へご案内いたします」
「うう………」
この格好で歩くの??何の見世物??ウンザリしつつそれでも俺が、大人しく先導する女の人に着いて行ったのは、内心密かに『部屋へ着いたら着物も化粧も勝手に脱いだり拭ったりしてしまおう』と考えていたからに他ならない。だけど、
「……まだなの」
「間もなくでございます」
歩いても歩いても、なかなか『俺の部屋』とやらへ着かなかった。屋敷が広いのは外から見ていても解ったけど、内部はこんなにも広かったのかと再び感心してしまう。
そしてどんどん奥へ、奥まった場所へと案内された俺は、屋敷の1番奥らしい場所でいったん外の空気を嗅ぐことになった。
「……………ッ!」
細工の施された観音開きの木戸を押し開くと、手入れされた木製の広いテラスと、その向こうへ唐突に現れる、森みたいな木々に覆われた果ての見えない奥庭があった。そしてそこから続く長い渡り廊下の先に、神社の建物にも似た小さな離れがあるのが見える。
「え………あれ?」
アレが俺の部屋なの??と、テラスの端まで歩み寄った俺の視界に、ちょっと肝が冷えるような光景が映った。ここへ来るまで階段を上がった覚えはないのに、まるで清水の舞台みたいなテラスの下には、軽く見ても2階建て分くらいの高さがあったのだ。
いつの間に2階へ上がったの?それとも、ここからじゃ見えないけど、建ってる土地自体に段差があるんだろうか?おかげで、離れへ向かう渡り廊下は橋みたいになっていた。ちょっとスリルあって面白い作りのお屋敷だ。
「ここから先は陽斗様お1人でどうぞ」
「あの…俺の荷物は……」
案内はここまでと言われて、むしろ俺はホッとする。しかし、誰も居なくなったら速攻着物を脱ぐつもりでいた俺は、着替えの入ったリュックサックの行方が気にかかった。
あれがないと素っ裸にならないといけなくなる。なにしろ着物の下はパンツすら穿かせて貰ってないのだ。おかげで股間がさっきからずっと落ち着かなくて。
「お荷物でしたら、お部屋に届けさせております」
「そか。じゃあ……」
女の人は俺が渡り廊下を歩き始めるのを見届けると、後歩きでそのまま屋敷へ戻って行った。本当に変なところだ。もう一瞬でも居たくない。部屋へ入ったら荷物を開けて、携帯で両親に電話して、すぐにでも迎えに来てもらおう。
つくづくここへ来た事を後悔しつつ、俺は本気でそう考えていたのだった。
でも俺は知らなかった。もう二度と帰れないことを。
渡り廊下を1歩進んだ瞬間に、人の世界との境界を越えてしまったことを。
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