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ダメに決まってんでしょうが?

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「テレジア様っ!」
「慌てないっ!」

 イーグルの悲鳴のような叫びを一喝し、テレジアは素早くドレスのスカート部分を破ると、いくつも飛んでくるナイフをくるむように受け止めた。
 鮮やかすぎる技だ。
 テレジアはナイフをドレスで包んだまま床に投げ捨て、影を睨む。

「って、イクノ様!?」

 影の正体を見て、ミアータが驚愕しながら声を上げる。一目で分かるくらいの狼狽ぶりは胸を刺すものがある。
 だが、イクノは嫌悪感を表に出すだけだ。

「ちっ。面倒な!」

 むしろ吐き捨ててくる。

「……なるほど。ミアータに正体を見られたくない。けど居合わせてしまった。だから一番にミアータを仕留めようとしたのね」
「え、えっ?」
「随分と乱暴な訪問だけど、どんな用事なのかしら。あんたの後ろ楯はもう捕まったわよ。何をするにしても無駄だわ」

 事態についていけないミアータを庇いつつ、テレジアは戦意を高めていく。
 凄まじい圧力が向けられたはずなのに、偽者のイクノはむしろ笑むだけだ。

 よほど自信があるらしい。

 テレジアは手の合図だけでイーグルに指示を出し、ミアータを守るように預ける。
 ふわり、と、破れたドレスがなびく。

「知っているよ。アークレイ様が捕まったこと。おそらくも何も死罪だろうな。そうすれば、協力者である私も消される」
「辺境伯の娘になりすまして、貴族を騙ったわけだもの。当然ね」
「そんなもの、拒絶する! こうなった以上、ヤること済ませて逃げるだけさ」
「それが私の暗殺ってわけ?」
「東欧の発展のためになっ! くたばれっ!」

 ナイフを手に、偽者が全身に黒い紋様を浮かばせる。

「これは……──東欧の禁忌の秘術! 呪法です! テレジア様!」
「遅い! 消えろっ!」
「えいっ。」

 ばちぃんっ!

「へぶんっ!」

 飛びかかってきた偽者を、テレジアはチョップの一撃で床に沈めた。
 情けない声をあげる偽者の頭をテレジアは容赦なく踏みつける。

「最上級祈聖魔法」

 そして片手をかざし、部屋中を光で包んで偽者のまとう黒い紋様をかき消した。
 強制的に状態を解除させられた偽者は、頭を踏まれながら驚く。

「あのねぇ。元聖女舐めすぎ」 

 平然と言ってのけてから、テレジアは偽者から足を離す。
 同時に偽者が跳び逃げるが、その眼前にテレジアは一歩でせまった。

「大人しく捕まってなさいっ!」

 ばちーんっ!

「あでえぇっ!」

 テレジアのビンタが炸裂し、偽者は壁にめりこんだ。そのまま気絶し、動かなくなる。
 素早くイーグルが確保し、縄でぐるぐる巻きにして拘束した。

「え、すごっ……っていうか、元聖女って」

 事態についていけず、混乱するミアータは視線を泳がせる。
 テレジアは目線を流し、イーグルが諦めたようにため息をついた。


 ◇ ◇ ◇


「そ、そんなっ……」

 またもや駆け付けてきた騎士団に偽者を突きだし終えた頃、ミアータはようやく事情を飲み込んだ。
 イクノが偽者だったこと。学院の風紀と秩序を乱し、聖女候補生を潰し合わせることで王国の将来的な戦力を削る目的だったこと。
 そして、テレジアを失墜させ、王国を転覆させようとしていたこと。

 壮大過ぎる事態だ。

 ミアータは何度も信じようとしなかったが、目の前に偽者がいて、偽者から次々と証拠が露呈されて、ショックを受けた。
 何もかも利用されていたのだ。
 ミアータなどどうでもいい。学院も、王国もどうでもいい。

「その上、元聖女様に悪女だなんてレッテルを貼っていたなんて……! しかも決闘だなんて。わ、私はなんてことをっ……!」
「知らなかったし、騙されていたしね」
「し、死んでお詫びしますっ!」
「ダメに決まってんでしょうがそんなもん!」

 思いつめるミアータを即座にテレジアが止める。

「で、では、惨たらしい罰を与えた上で磔とかでしょうか……?」
「そんなことしたら私はいよいよ本当の悪女じゃないのよ。そんなの出来るわけないでしょ」

 軽い頭痛を覚えながら、テレジアは言う。

「で、ではどのような罰を……」
「あるわけないでしょ」
「え、ええ……? 聖人?」
「聖女よ。元、ね」

 訂正しつつ、テレジアは違うソファに腰を下ろす。

「とにかく、私が悪女じゃなくて、学院のためにやってきたってことは理解してくれたらそれでいいのよ」
「そ、そんなっ……」
「ミアータ殿。テレジア様はそういうお方だ。甘んじて受け入れることをオススメする」

 イーグルのフォローもあって、ミアータは小さくなりながら受け入れる。

「じゃあ、決闘も中止しないと……方々に頭を下げなきゃ」
「いえ。決闘はしましょう」

 ミアータが勢い良く立ち上がる前に、テレジアはあっさりと言い放つ。

「テレジア様?」
「ただし、四対一のエキシビジョンマッチよ。貴女たちは協力して、私に挑んできなさい」

 不穏な気配を感じたイーグルの懸念を、手をあげて制し、テレジアは言う。

「え、エキシビジョンマッチ?」
「そうよ。イベントみたいなものね。余興みたいなものだけど、真剣にやってもらうわ」
「真剣に……?」
「良くも悪くも、貴女たちは各々の勢力の御輿よ。だから、お互い協力していくことで、各々の問題の解決も模索してもらうってことね」
「解決とまではいかなくても、糸口を見つけろ、と?」

 ミアータの理解は鋭い。
 満足そうにテレジアは頷いた。

「そう。そのために、生徒会の設立を提案するわ」
「生徒会……」
「本来、この学院は一般人であろうと貴族であろうと、生徒であるのよ。お互い失礼があってはならないの。必修科目以外の教育カリキュラムが異なるからクラスが分かれているだけで、立場は同じよ」

 もちろん生活様式の違いから、という側面もあるのだが。
 ともあれ、それによって互いの交流が失われているのは損益でしかない。

 事実、中央学院は一般人と貴族の交流は行われているし、共同するイベントもある。

 この感覚を、ここの学院も持たなければならない。
 だからテレジアは提案する。

「生徒会を設立し、互いに平等な立場で意見を交換し、問題を解決する。もちろん一筋縄ではいかないでしょうけれど、そこらへんは私たちにノウハウがあるわ」
「理想、ですね……素晴らしいです」
「そういうことだから、頑張っておいで。イクノの代わりに私が後ろ楯になるから」
「テレジア様……っ!」

 目をきらきらさせながら、ミアータは憧れの目線を送ってくる。

「じゃ、今日はここで解散ってことで」
 
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