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何引っ掛かってんの?

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 ──大貴族ともなれば、生まれた時点で許嫁が決まっていても不思議はないし、政略として婚約が利用されるのも当然だ。
 筆頭大侯爵の娘であるテレジアも、その政略結婚の口で許嫁が定められた。

 つい最近まで、王国は東欧王国と隣接していた。そして外交関係は険悪に近い。

 それでも戦争に発展しないのは、お互いの交通の要衝が近く、絶対に失うわけにはいかなかったからだ。
 その均衡が崩れたのは、東欧王国の内政事情悪化のせいだ。
 東欧王国は必然的に王国へ接近せざるを得なくなり、王国としても無益な戦争になるよりかは、という観点から友好を受け入れた。

 東欧王族と大侯爵との婚約はその一つだ。


 ◇ ◇ ◇


「久しぶりだな、テレジア」

 尊大な物言いで、アークレイは歩み寄ってくる。本能的な拒否感で、テレジアはソファから立ち上がった。
 睨み合いに近い視線の交差は一瞬。
 アークレイはふん、と侮るように鼻を鳴らしてくる。

「未来の夫が挨拶しているのだぞ。相応の対応はあって当然ではないか? それでも筆頭大侯爵の娘か?」

 と、のっけから上から目線だ。
 こすり付けるような発言に、テレジアはたっぷりと作り笑顔を見せた。

「あら。来訪の報せもなければ勝手に人の家に断りもなく土足で入ってくるなんて、誇り高い貴族のすることではありませんからねぇ。賊かと思ってつい」

 より切れ味の鋭い返しを叩き込み、テレジアはさらに言い募る。
 当然のように魔力を滲ませた。

「昨今は貴族を名乗る賊も増えていますからね。もちろん無作法の極みなのですぐに看破できますけれど。さて、そこのあなたはどっちなのでしょうね?」
「ほう。言うようだな? 誇り高い貴族の娘であれば、許嫁かどうかなど見破れるだろう」
「無礼には無礼を。それもまた貴族のやり方ですわね」

 また睨み合い。
 不穏な空気が流れるが、軍配はテレジアに上がったらしい。アークレイは露骨に不機嫌な表情を浮かべた。

「……ちっ。では非礼を詫びてやる。これでいいだろう。相変わらず生意気な」

 確実に詫びている態度ではない。

「それより、我は火急の用事でやってきたのだ。テレジア。貴様、学院でちまちまと何かしているようだな?」
「中央学院の風紀委員としての仕事ですが?」
「それは結構なことだが、でしゃばりすぎだぞ。この一件からは大人しく手を引け」

 いきなりの横入りに、テレジアとイーグルが同時に目を見開いた。
 僅かな時間で戸惑いを圧し殺し、テレジアは全身を緊張させる。

「どうして、あなたがそのような?」
「貴様の行いが横暴だからという嘆願が我に寄せられたのだ。貴様の横暴、失態は我の顔に泥を塗ることにもなる。将来を思えばこそ、我はわざわざ足を運んできてやったのだ」
「嘆願? 誰があなたに?」
「守秘義務契約を結んだ。いかに許嫁といえど、話すことはまかりならん」

 テレジアは目を細めた。
 推測が膨らみ、また線と線が繋がっていく。もちろん、悪い方向に。

「おかしいわね。あなたは婚約者ではあるけれど、立場はまだ外様貴族よ。どうしてそんな嘆願が届くのかしら」
「我が許嫁だからであろう」
「……──許容できないわね? この学院の誰があなたを動かすくらい親密な関係なのかしらね。ここは西部。東欧のそっちとはほとんど関係してないはずよ?」

 テレジアは追求の姿勢を止めない。

「守秘義務だ。語ることはない」
「恐れながら、アークレイ様。それは過干渉にございます」
「黙れ三下が」

 イーグルの進言を、アークレイは一言と一睨みで蹴散らした。

「とにかく手を引け。もし我が命令が聞けぬと言うのであれば……──婚約は解消だ」

 ニヤニヤとしながら、アークレイは言い放つ。
 イーグルが息を飲む音がした。

 王国と東欧王国の友好を示す形として、二人の婚約は成っている。

 だから、テレジアも我慢している。本当は顔など見たくもないくらい嫌悪しているのに。
 それを破棄するとなれば大問題だ。問題の原因の具合によっては戦争も避けられない。

「アークレイ様。それはさすがに!」
「だから黙れ。貴様に発言など許していない。さて。答えろ、テレジア」

 急かされて、テレジアは一度だけ俯いた。
 なにかを我慢するように。
 そして、テレジアは顔を上げる。そこにはもう笑顔も何もなかった。

「イクノね?」
「む?」
「あんたと裏で繋がっていて、むしろ結託して、学院に悪影響を与えたがっているのはイクノなのね?」

 はっきりと言われ、アークレイは余裕の仕草を見せるように、親指で鼻先を撫でた。

「ふん。なんのことだか?」
「……──はぁ」

 テレジアは大きいため息をつく。

「一つ教えてあげるわ。あんた、嘘をつく時は鼻の穴が広がるのよ」
「……何っ」
「何引っ掛かってんの? ばーか」

 慌てて鼻を隠すアークレイに、テレジアは心底バカにする態度を取る。
 そしてドレスをなびかせながら、一気に距離を詰めていく。

「婚約破棄ですって? なるほど。今回の一連を強引に事件にし、私の失態にして、問題を広げるだけ広げて婚約破棄。で? その過程でイクノを嫁にするつもり? 悲劇のヒロインとして」

 実に分かりやすく、愚かな絵だ。
 テレジアは失望を隠せない。

「でもその実態は王国の戦力を大きく下げることにある。筆頭大侯爵が権威を失い、悲劇のヒロインであるイクノは辺境伯。西部が中央を救う形になれば、少なからず情勢は乱れてしまうわね」

 そこに待っている結果は一つ。

「そうやって王国を弱体化させれば、東欧王国の権威は比較として高くなり、今の形勢を逆転できる」
「なっ……」
「偽者のイクノを用意したのがあんたなら、お茶会の所作で正体を見破れたのにも納得できるわ。あんたが王国と関わるようになったのはつい最近だからね。急拵えで偽者に教育を施したなら、お茶会の所作が《東部式》なのも理解できるわ」

 全ての糸を引いていたのは誰か。
 テレジアは真っ直ぐ睨む。
 まさかそこまで一気に見抜かれると思わなかったか、アークレイは動揺を隠せない。

「き、貴様っ! 何を証拠にっ!」
「証拠?」

 テレジアは首を傾げる。

「証拠ならその口があるじゃない?」
「何を言っている?」
「自白って、何よりの証拠よね? って言ってんの、よっ!」

 ──ずむっ!

 鈍い音をたてて、テレジアの拳がアークレイの脇腹に突き刺さった。

「きゅんっ」
「可愛い悲鳴あげても許さないからね?」

 身体をくの字に曲げて倒れそうになるのを、テレジアは襟首をつかんで阻止する。

「さぁ、早めに自白した方が良いわよ」

 それは地獄の宣言だった。
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