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愛とは。

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 王妃様は優雅に室内へ入ってくる。青を貴重としたマーメイドドレスはとっても似合っているし、歩き方も貴族のそれだ。
 異質なのは片手に分厚いファイルを持っていることくらいだけど。

「あなた。おすわり」

 そんな王妃様が、冷たい目で命令した。っておすわり!?

「わんっ」

 いや従うんかーいっ!?
 しかも犬の鳴き声まで真似て! ちょんと座ってるし! ええええ!?
 違う意味で動揺させられて思わず旦那を見ると、旦那はそっと目をそらしていた。ああ、これは知っているな、知っているんだな!

 っていうか、この二人はそういう関係なの!?

 怖っ! とことん怖っ!
 私でもそんなんできないわ。旦那におすわりはいえないし躾られない。悪いけれどそんなシュミはないのである。
 ドキドキしていると、しれっといつの間にかベスも部屋に入ってきていた。っておい。こいつ、どさくさに紛れて。

 しかもしたり顔で私を睨んでくるし。

 おほーん。やっぱりベスがチクったのね。
 私はすまし顔で応じてやる。
 でも確かに、王妃様は今までの連中とは桁が違う。オーラが違う。舌戦を繰り広げるにしても、かなり苦戦しそうだ。

 もっともそれは、対等の条件であれば、である。

 もしベスがチクって怒っているのであれば、圧倒的に優位なのは私たちだ。
 私たちは間違ったことをしていない。
 むしろ王国を立て直すために頑張っているのだから。
 故に、堂々としていればいい。

「さて、戻ってきたのは他でもありません。ベスのことです」

 王妃様は静かながらも威圧を放ち、口を開く。

「や、やっぱりか! ベス、お前は何をリースに言ったのだっ」

 泣きそうな声で国王が弱弱しくベスに言う。すると、王妃様の手がするどくしなり、国王の頬をはたいた。
 心地よい音が響く。
 って、えええええ――――っ!?
 予告無しの不意打ち本気ビンタ!? あれ絶対痛い! 超痛い! っていうか本気で容赦がない! 私でさえ、ベスや国王には手加減したのにっ!

 ちょっとずるいと思ってしまったのはここだけの秘密である。

 国王は赤くなった頬をさすりつつ、おそるおそる王妃様を見た。

「誰が口をきいて良いと許可しましたか、あなた」

 冷徹に言い放たれ、私は悟った。
 あ、この人は女王や。絶対女王や。逆らったらあかんやつ。

「はいすみません」
「ベスから手紙が届きました。かなりの量の書簡でした。あなたに対して、王子に対して、アリシャさんに対して。とてもひどい扱いを受けていると」

 穏やかな口調で、王妃様はベスを見据えた。
 ベスは全員が叱られると期待しているのだろう、目を輝かせている。

「真偽のほどが不明でしたので、こちらで調査を行いました」

 どうやらその結果が、あの分厚いファイルらしい。
 王妃様はかつかつと音を立てて国王の前に立ち。そしてそのファイルの角で額をぶちぬいた。
 痛っ。あれは痛っ。

「おごおっ!?」

 激痛の悲鳴を上げ、国王がその場で沈む。額を押さえ、ぷるぷる震えていた。
 さ、さもありなん。
 あれは痛い。絶対に痛い。

「パドリック」

 次に王妃様は、旦那の名を呼んだ。
 とたん、旦那も背筋を伸ばした。すると、その額にやはりファイルの角が沈んだ。

「あぎいっ!」

 国王と同様に、旦那も沈む。
 って、えええ、えええええっ!?
 次は私か、私なのかっ!? 悪いけどさすがに回避するぞ!?
 密かに身構えていると、王妃様は次にベスのところへ歩み寄った。

 うん?

 目をきらきらさせるベスの前で、王妃様はファイルを振り上げた。
 とたん、ベスの顔がひきつる。

「え? お母様?」
「よくもまぁあんな嘘と自己弁護にまみれた手紙を私に出せたものですね。我が娘ながら恥ずかしすぎます」
「ええ?」
「あんな手紙に書かれた嘘に騙されると思いましたか。そして、そんなもので捏造された情に訴えかける裏腹に自分の望みだけをかなえて欲しいなんて傲慢極まる心根が見える文章で、私がほだされると思いましたか」
「あ、あの、お母様……?」
「教育的指導が必要です。覚悟なさい」

 ごずん。
 有無を言わさず、王妃様のファイルアタックが炸裂した。
 ものすごい勢いでベスが床に沈む。

「そこの情けない男二人もです。娘、妹。可愛がるのは当然ですが、甘やかしてはいけません。王家たるもの、常に民の前に立ち、民を導くものです。その民を私利私欲のために脅かしてどうなるのです」

 冷静に冷徹に、王妃様は正論を口にする。
 あ、なるほど。
 このお人、私と同じ理論の持ち主なんだ。だから、通じなかったのか。

「二人とも、その後頑張って挽回しているようですから、この一撃だけでおしまいにします。ベス。あなたは別です」
「い、ひ、いひっ……」

 激痛で悲鳴さえあげられないベスに、王妃は痛烈な視線を送る。

「本来であれば処刑ものですが、たった一度だけチャンスを与えます」

 言い放ってから、ベスの頭のすぐ傍にファイルをわざと叩きつける。
 うわ、怖っ。あれは怖っ。

「今すぐ更正なさい。そのためにはしばらくの間、私が直々に家庭教師をします。私についてくるように。王家の娘としての誇りとつとめ、しっかり思い出しなさい」

 その宣言は、ベスの贅沢な暮らしに終わりを告げるものだった。
 だがベスは反発できない。いや無理。絶対無理。

「さて、アリシャさん」

 優雅な仕草で、王妃様は私に向き直った。
 ぎく、と、私も居住まいを正す。
 いや悪いことはしてないけれど、旦那と国王とベスには教育的指導をしたのは事実であって、女子のすることではない。咎められる可能性はあった。

 こ、これどうするっ! どうやって切り抜ける、私っ!





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