11 / 12
愛とは。
しおりを挟む
王妃様は優雅に室内へ入ってくる。青を貴重としたマーメイドドレスはとっても似合っているし、歩き方も貴族のそれだ。
異質なのは片手に分厚いファイルを持っていることくらいだけど。
「あなた。おすわり」
そんな王妃様が、冷たい目で命令した。っておすわり!?
「わんっ」
いや従うんかーいっ!?
しかも犬の鳴き声まで真似て! ちょんと座ってるし! ええええ!?
違う意味で動揺させられて思わず旦那を見ると、旦那はそっと目をそらしていた。ああ、これは知っているな、知っているんだな!
っていうか、この二人はそういう関係なの!?
怖っ! とことん怖っ!
私でもそんなんできないわ。旦那におすわりはいえないし躾られない。悪いけれどそんなシュミはないのである。
ドキドキしていると、しれっといつの間にかベスも部屋に入ってきていた。っておい。こいつ、どさくさに紛れて。
しかもしたり顔で私を睨んでくるし。
おほーん。やっぱりベスがチクったのね。
私はすまし顔で応じてやる。
でも確かに、王妃様は今までの連中とは桁が違う。オーラが違う。舌戦を繰り広げるにしても、かなり苦戦しそうだ。
もっともそれは、対等の条件であれば、である。
もしベスがチクって怒っているのであれば、圧倒的に優位なのは私たちだ。
私たちは間違ったことをしていない。
むしろ王国を立て直すために頑張っているのだから。
故に、堂々としていればいい。
「さて、戻ってきたのは他でもありません。ベスのことです」
王妃様は静かながらも威圧を放ち、口を開く。
「や、やっぱりか! ベス、お前は何をリースに言ったのだっ」
泣きそうな声で国王が弱弱しくベスに言う。すると、王妃様の手がするどくしなり、国王の頬をはたいた。
心地よい音が響く。
って、えええええ――――っ!?
予告無しの不意打ち本気ビンタ!? あれ絶対痛い! 超痛い! っていうか本気で容赦がない! 私でさえ、ベスや国王には手加減したのにっ!
ちょっとずるいと思ってしまったのはここだけの秘密である。
国王は赤くなった頬をさすりつつ、おそるおそる王妃様を見た。
「誰が口をきいて良いと許可しましたか、あなた」
冷徹に言い放たれ、私は悟った。
あ、この人は女王や。絶対女王や。逆らったらあかんやつ。
「はいすみません」
「ベスから手紙が届きました。かなりの量の書簡でした。あなたに対して、王子に対して、アリシャさんに対して。とてもひどい扱いを受けていると」
穏やかな口調で、王妃様はベスを見据えた。
ベスは全員が叱られると期待しているのだろう、目を輝かせている。
「真偽のほどが不明でしたので、こちらで調査を行いました」
どうやらその結果が、あの分厚いファイルらしい。
王妃様はかつかつと音を立てて国王の前に立ち。そしてそのファイルの角で額をぶちぬいた。
痛っ。あれは痛っ。
「おごおっ!?」
激痛の悲鳴を上げ、国王がその場で沈む。額を押さえ、ぷるぷる震えていた。
さ、さもありなん。
あれは痛い。絶対に痛い。
「パドリック」
次に王妃様は、旦那の名を呼んだ。
とたん、旦那も背筋を伸ばした。すると、その額にやはりファイルの角が沈んだ。
「あぎいっ!」
国王と同様に、旦那も沈む。
って、えええ、えええええっ!?
次は私か、私なのかっ!? 悪いけどさすがに回避するぞ!?
密かに身構えていると、王妃様は次にベスのところへ歩み寄った。
うん?
目をきらきらさせるベスの前で、王妃様はファイルを振り上げた。
とたん、ベスの顔がひきつる。
「え? お母様?」
「よくもまぁあんな嘘と自己弁護にまみれた手紙を私に出せたものですね。我が娘ながら恥ずかしすぎます」
「ええ?」
「あんな手紙に書かれた嘘に騙されると思いましたか。そして、そんなもので捏造された情に訴えかける裏腹に自分の望みだけをかなえて欲しいなんて傲慢極まる心根が見える文章で、私がほだされると思いましたか」
「あ、あの、お母様……?」
「教育的指導が必要です。覚悟なさい」
ごずん。
有無を言わさず、王妃様のファイルアタックが炸裂した。
ものすごい勢いでベスが床に沈む。
「そこの情けない男二人もです。娘、妹。可愛がるのは当然ですが、甘やかしてはいけません。王家たるもの、常に民の前に立ち、民を導くものです。その民を私利私欲のために脅かしてどうなるのです」
冷静に冷徹に、王妃様は正論を口にする。
あ、なるほど。
このお人、私と同じ理論の持ち主なんだ。だから、通じなかったのか。
「二人とも、その後頑張って挽回しているようですから、この一撃だけでおしまいにします。ベス。あなたは別です」
「い、ひ、いひっ……」
激痛で悲鳴さえあげられないベスに、王妃は痛烈な視線を送る。
「本来であれば処刑ものですが、たった一度だけチャンスを与えます」
言い放ってから、ベスの頭のすぐ傍にファイルをわざと叩きつける。
うわ、怖っ。あれは怖っ。
「今すぐ更正なさい。そのためにはしばらくの間、私が直々に家庭教師をします。私についてくるように。王家の娘としての誇りとつとめ、しっかり思い出しなさい」
その宣言は、ベスの贅沢な暮らしに終わりを告げるものだった。
だがベスは反発できない。いや無理。絶対無理。
「さて、アリシャさん」
優雅な仕草で、王妃様は私に向き直った。
ぎく、と、私も居住まいを正す。
いや悪いことはしてないけれど、旦那と国王とベスには教育的指導をしたのは事実であって、女子のすることではない。咎められる可能性はあった。
こ、これどうするっ! どうやって切り抜ける、私っ!
異質なのは片手に分厚いファイルを持っていることくらいだけど。
「あなた。おすわり」
そんな王妃様が、冷たい目で命令した。っておすわり!?
「わんっ」
いや従うんかーいっ!?
しかも犬の鳴き声まで真似て! ちょんと座ってるし! ええええ!?
違う意味で動揺させられて思わず旦那を見ると、旦那はそっと目をそらしていた。ああ、これは知っているな、知っているんだな!
っていうか、この二人はそういう関係なの!?
怖っ! とことん怖っ!
私でもそんなんできないわ。旦那におすわりはいえないし躾られない。悪いけれどそんなシュミはないのである。
ドキドキしていると、しれっといつの間にかベスも部屋に入ってきていた。っておい。こいつ、どさくさに紛れて。
しかもしたり顔で私を睨んでくるし。
おほーん。やっぱりベスがチクったのね。
私はすまし顔で応じてやる。
でも確かに、王妃様は今までの連中とは桁が違う。オーラが違う。舌戦を繰り広げるにしても、かなり苦戦しそうだ。
もっともそれは、対等の条件であれば、である。
もしベスがチクって怒っているのであれば、圧倒的に優位なのは私たちだ。
私たちは間違ったことをしていない。
むしろ王国を立て直すために頑張っているのだから。
故に、堂々としていればいい。
「さて、戻ってきたのは他でもありません。ベスのことです」
王妃様は静かながらも威圧を放ち、口を開く。
「や、やっぱりか! ベス、お前は何をリースに言ったのだっ」
泣きそうな声で国王が弱弱しくベスに言う。すると、王妃様の手がするどくしなり、国王の頬をはたいた。
心地よい音が響く。
って、えええええ――――っ!?
予告無しの不意打ち本気ビンタ!? あれ絶対痛い! 超痛い! っていうか本気で容赦がない! 私でさえ、ベスや国王には手加減したのにっ!
ちょっとずるいと思ってしまったのはここだけの秘密である。
国王は赤くなった頬をさすりつつ、おそるおそる王妃様を見た。
「誰が口をきいて良いと許可しましたか、あなた」
冷徹に言い放たれ、私は悟った。
あ、この人は女王や。絶対女王や。逆らったらあかんやつ。
「はいすみません」
「ベスから手紙が届きました。かなりの量の書簡でした。あなたに対して、王子に対して、アリシャさんに対して。とてもひどい扱いを受けていると」
穏やかな口調で、王妃様はベスを見据えた。
ベスは全員が叱られると期待しているのだろう、目を輝かせている。
「真偽のほどが不明でしたので、こちらで調査を行いました」
どうやらその結果が、あの分厚いファイルらしい。
王妃様はかつかつと音を立てて国王の前に立ち。そしてそのファイルの角で額をぶちぬいた。
痛っ。あれは痛っ。
「おごおっ!?」
激痛の悲鳴を上げ、国王がその場で沈む。額を押さえ、ぷるぷる震えていた。
さ、さもありなん。
あれは痛い。絶対に痛い。
「パドリック」
次に王妃様は、旦那の名を呼んだ。
とたん、旦那も背筋を伸ばした。すると、その額にやはりファイルの角が沈んだ。
「あぎいっ!」
国王と同様に、旦那も沈む。
って、えええ、えええええっ!?
次は私か、私なのかっ!? 悪いけどさすがに回避するぞ!?
密かに身構えていると、王妃様は次にベスのところへ歩み寄った。
うん?
目をきらきらさせるベスの前で、王妃様はファイルを振り上げた。
とたん、ベスの顔がひきつる。
「え? お母様?」
「よくもまぁあんな嘘と自己弁護にまみれた手紙を私に出せたものですね。我が娘ながら恥ずかしすぎます」
「ええ?」
「あんな手紙に書かれた嘘に騙されると思いましたか。そして、そんなもので捏造された情に訴えかける裏腹に自分の望みだけをかなえて欲しいなんて傲慢極まる心根が見える文章で、私がほだされると思いましたか」
「あ、あの、お母様……?」
「教育的指導が必要です。覚悟なさい」
ごずん。
有無を言わさず、王妃様のファイルアタックが炸裂した。
ものすごい勢いでベスが床に沈む。
「そこの情けない男二人もです。娘、妹。可愛がるのは当然ですが、甘やかしてはいけません。王家たるもの、常に民の前に立ち、民を導くものです。その民を私利私欲のために脅かしてどうなるのです」
冷静に冷徹に、王妃様は正論を口にする。
あ、なるほど。
このお人、私と同じ理論の持ち主なんだ。だから、通じなかったのか。
「二人とも、その後頑張って挽回しているようですから、この一撃だけでおしまいにします。ベス。あなたは別です」
「い、ひ、いひっ……」
激痛で悲鳴さえあげられないベスに、王妃は痛烈な視線を送る。
「本来であれば処刑ものですが、たった一度だけチャンスを与えます」
言い放ってから、ベスの頭のすぐ傍にファイルをわざと叩きつける。
うわ、怖っ。あれは怖っ。
「今すぐ更正なさい。そのためにはしばらくの間、私が直々に家庭教師をします。私についてくるように。王家の娘としての誇りとつとめ、しっかり思い出しなさい」
その宣言は、ベスの贅沢な暮らしに終わりを告げるものだった。
だがベスは反発できない。いや無理。絶対無理。
「さて、アリシャさん」
優雅な仕草で、王妃様は私に向き直った。
ぎく、と、私も居住まいを正す。
いや悪いことはしてないけれど、旦那と国王とベスには教育的指導をしたのは事実であって、女子のすることではない。咎められる可能性はあった。
こ、これどうするっ! どうやって切り抜ける、私っ!
12
お気に入りに追加
994
あなたにおすすめの小説
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。
石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。
ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。
騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。
ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。
力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。
騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~
アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約破棄を申し込まれたので、ちょっと仕返ししてみることにしました。
夢草 蝶
恋愛
婚約破棄を申し込まれた令嬢・サトレア。
しかし、その理由とその時の婚約者の物言いに腹が立ったので、ちょっと仕返ししてみることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる