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その行く末に、こころ
しおりを挟む疫病は、瞬く間に全身へ広がっていった。唯一、私たちの世話をするしかなかったパドリックにも伝染し、屋敷はただちに封鎖された。
言うまでもなく、オフィリアの指示である。
カミラたち一家は、延々と苦しみ続けた。
肺がおかされて息ができず、全身に熱の花が咲いたせいで痒みと激痛に苛み、乾いていく地獄を味わった。
致死性も高い病だ。
義妹たちは残らず死に絶えたが、誰も処理しないから腐乱していった。
パドリックは声を失い、夫は目を失った。
カミラは、その美貌を失った。
一気に老け込んだせいか、顔はしわだらけのたるみだらけ、重なるシミに絶望的な抜け毛。背は折れ曲がり、全身に熱の花の痕跡が残ってしまった。
それでも目は死んでいなかった。
どうにかしなければ。なんとかしなければ。
こんなところで終われないカミラは、パドリックと夫を連れて屋敷を抜け出す計画を練っていた。
向かうのは、神が住まうとされる山だ。
神がいるとは思っていない。だが、何かがあるとも思っていた。
助けてほしい。
否、助けられなければならない。
そう思いながら、カミラはまた目を閉じる。
そして、その目は二度と開かれることはなかった。
◇ ◇ ◇
「思い出が、全部そろったぞ」
ある朝、神様の腕の中で目を覚ますと、神様は笑いながら言ってくれた。
思い出が、全部そろった。
それが何を意味するのか、寝起きの私でもすぐに分かった。
驚いて、胸が高まって飛び上がると、神様はそんな私を抱きしめてくれた。
温かくて、落ち着く。
「さぁ、ご家族を迎えに行こうか」
神様に誘導されるがまま、私たちは果樹園へと向かった。
思い出のリンゴが植えられている場所だ。
綺麗な朝日がのぼる頃、私たちは到着した。
「新しい光を浴びて、懐かしい過去を抱いて、いざ、蘇れ。不慮の死を遂げたものたちよ」
神様が告げた瞬間だった。
リンゴの果実が三つ落ちて、光を放つ。
光は、瞬く間にヒトへと変貌し――家族の姿になった。
なんという魔法だろう!
呆気に取られていると、家族は目をあけ、きょとん、と反応を示した。
「魂を呼び戻し、肉体を再生させた。記憶も全部戻っているはずだ。紛れもない、君の家族だよ」
「……っ! お父様、お母様っ! ロドリオっ!」
私は駆け出した。
ほんの十歩も歩けば、辿り着けるのに。
飛びつくようにして、三人に抱きついた。
「セレス!?」
「どうして、ここに! というか、ここは?」
「見たこともないけど、綺麗な景色だ」
驚く両親に、周囲を見て感動する弟。
ああ、これだ。
この感触なのだ。
私は今、家族を取り戻したんだ!
それからは、涙が止まらなくて。
今まで何があったのか、どうして命を落として、どうして助かったのか。長い時間をかけて、私は全部を説明した。
「そんなことが……ああ、なんてことでしょう」
「すまない、セレス。大変な思いを全部、セレスに押し付けてしまった」
「お姉さま、ごめんなさい」
三人はひとしきり悲しむ様子を見せる。
でも、私は頭を振った。
こうしてまた出会えただけで、全部報われた。
何より、私には今、伴侶がいる。
一生を共にする、大事な存在が。
私はそれも説明した。
すると、みんなが喜んでくれた。
手放しで、感動してくれたのだ。
「すごいじゃないか!」
「ええ、ステキなことよ」
「そっか、傷ついて、もう誰も信用しないのかなって思ってたけど、そっか。良かったね、お姉さま」
「うん。ありがとう」
私はお礼を言うしかできなかった。
この家族でよかった。家族が戻ってきてくれて、本当によかった。
「でも、まさか生き返るとは思っていなかったわ」
「ああ。家族にも、領民にも示しがつかなかったからな……あれだけのでっち上げ、よくもできたものだ。油断していたよ」
お母様とお父様は、そろって頭を抱えた。
やはり冤罪だったんだ。
ほっと安堵した反面、私たちを徹底的に騙しぬいて家まで奪った彼女たちを、許せないと思ってしまった。
「ともあれ、家には戻らないとな」
「ええ。領民のみんなも心配だわ……」
ウスティーノ子爵家の統治になっても、領民たちへの大きい影響は出ていない。
それは、特段手をいれなくても貴族としてやっていける収入があって、今後飛躍していく上では大事な基盤になるからだ。
むしろ、こっちのやり方を真似て、彼らは自分のもともとの領地も立て直そうとしている感じだった。
だから、今すぐに領民へ大きい影響はない、と思う。
そこまで説明をすると、お父様もお母様も安心してくれた。
「でも、いつまでもここにいるわけには行かないだろ」
力強く言ったのはロドリオだ。
「俺たちの家は、取り戻さないと」
「けど、どうやって取り戻せばいいのかしら」
「そうだな……実際に我々は一度処刑されてしまっているわけだからな」
意気込むロドリオに、お母様とお父様が懸念を口にする。
確かに、そう思う。
そういった風習がないから公開処刑こそされなかったけれど、処刑された、という事実は流布されている。
「それには心配に及びません」
穏やかで、静謐な声がかけられたのは、そんなタイミングだった。
誰なのか、神様はもう分かっているらしく、雄大に微笑んでいる。つまり、敵じゃないってことだ。
思いながら振り返ると、そこには美しい女性がいた。
知っている。
私は、彼女を知っている。
「オフィリア、様?」
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