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見えた悪意

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 シェリーに対する悪評が立ち始めたのは、私の体調が戻ってからだ。
 当然といえば当然だった。
 ここ最近、シェリーのミスはうなぎのぼり状態で、私が常にカバーしている状態である。侍女としての役割を果たしているようには見えず、出来の悪い娘を皇女がかいがいしく世話を焼いている、という図式になったのだ。
 つまり、シェリーへ同情していた目線が、私への同情に切り替わったのである。
 あそこまで出来が悪ければ、叱責しても仕方がない、と。

 であれば。

「最近、シェリーに関する悪い噂を耳にしましたわ」

 私はアロイ様との散歩を楽しむ最中、そう切り出す。
 宮中の噂はすぐに広がる。およそアロイ様にも耳が入る頃合でもあった。

「ああ。そのようだね」

 アロイ様はまだ少し戸惑いがあった。
 元に戻った私と、かわいそうと思っていたシェリーの間で揺れていると告白していたからだ。でも、今はもう私の方に心がある。

 ここが攻勢に出る時だ。

 私とて女子なのだ。
 恋愛の勝負所は外さないのである。シェリーにアロイ様は渡さない。

「確かに、ここ最近ミスが目立ちますわ」
「うん。僕の方にもそう話が流れてきたよ。確かに、多いね」

 そう。アロイ様が関連する時に限ってシェリーはやらかすのだ。
 だからこそアロイ様には余計ミスの多さが際立ってしまう。
 シェリーはかなり焦っているようで、そこに気づいていないのだ。私が体調を崩していたときは、感染させてはならないという理由で遠ざけていたのでミスはそもそも起きていないんだけど、復調したら早速やらかしてくれたのもある。

「何か問題でもあるのかしら。悩みとか……それとも、シェリーは病でも患ってしまったのかしら」
「お医者さんには診せたのかい?」
「ええ。異常は見当たらないそうで。残る心当たりがあるとすれば……」
「呪いかい?」

 私の言葉を継ぐように、アロイ様が言ってくれた。
 深く私は頷く。

「私が呪いによって気を病んでいた頃、一番接触していたのはシェリーです。何かしら伝播していたとしても、ありえないとは言い切れませんわ」
「確かに」
「しかし、私の呪いを祓ってくださった祈祷師様はシェリーの異変には気づけませんでした。同じ祈祷師様を呼んでも良いものかどうか」
「なるほど。それならば僕の方で手配してみようか?」
「お願いできますか? もし呪いだとしたら、助けないといけません」

 アロイ様の提案に、私はすぐ頷いた。
 もちろん何もないことは分かっている。でも、もしかしたら万が一。

 シェリーが呪いを受けて、私を貶めようとしたのかもしれない。

 そんな望みを託しての行動でもあった。天使様には、そこまで聞けてなかったというのもある。
 アロイ様もそうだけど、私もまだどこかでシェリーを信じているのかもしれない。愛情がないといえば嘘になるのだ。
 不憫だと思った。かわいそうだと思った。
 私もそうだ。
 だから傍に仕えさせ、貴族としての教養を学ばせ、良い貴族と結婚して、と思い描いていたのだけれど。


 ◇ ◇ ◇


「シェリー様、とおっしゃいましたか。彼女はいたって平常です」

 アロイ様が手配した高名な魔術師は、およそ半日もかけて色々と調べてくれたが、その結論を出した。
 安堵していいのか、失望していいのか、私は分からなかった。

 シェリーは、まともな状態で私を陥れようとしたのだ。

 それが確定した瞬間だった。
 もっとも、事前に天使様からそう教えてもらっていたけれど、それでも。

『大丈夫? 倒れそうになってるけど』
「え、ええ。なんとか」

 小声で心配してくれた天使様に、私は返事をする。

『これで確定したね』
「ええ。ごめんなさい。疑う形になってしまいました」
『大丈夫だよ。セシル。君の優しさの行動だから。僕としても信じてもらえることになってよかった』
「ありがとう」

 私はお礼を口にしてから、うつむくシェリーを見る。

「シェリー。お医者様に診せても、祈祷師様に見せても問題はありませんでした」
「は、はい」
「残りあるとすれば、心の悩みくらいしか私には思いつきません。何か抱えているのであれば、お話していただけません?」

 私はなるべく優しく言い伝える。
 そう。
 これは最後通牒でもある。
 今ここで懺悔してくれたほうが、シェリーにとってまだ良い方向へ向かえる。私がまだ、庇えるからだ。きっとアロイ様も同情してくれるだろう。

「……いえ、特にはありません。お手数を煩わせました」

 だが、シェリーは絶縁宣言をするかのように返事をしてきた。
 そうか、そうなのね。
 私は失望に落胆を隠せない。

「とにかく、今は静養してみたらどうかな」
「そうですわね。嫌な噂が立ってしまっている以上、シェリーに何かがあってはいけませんもの」
「セシル……」

 私の発言に、アロイ様が寄り添ってくださる。
 その瞬間だった。

 ぞわり、と怖気を感じ取る。

 全身を緊張させると、シェリーが凄まじい憎悪を放ちながら睨んできていた。
 ごくり、と、喉を鳴らしてしまうくらいの迫力だ。
 しかし一瞬だけだ。シェリーはまたうつむいてしまった。

「お気遣い、ありがとうございます」

 小さくこぼすように、シェリーは頭をまた下げてから自室へ戻っていく。

『時は満ちたよ、セシル』

 まだ心臓が悪く高鳴る私に、天使様はそう告げた。

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