ギルドの小さな看板娘さん~実はモンスターを完全回避できちゃいます。夢はたくさんのもふもふ幻獣と暮らすことです~

うみ

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5.お食事会

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 探索者ギルドに隣接する酒場の角の席は、ちょっとした騒ぎになっていた。
 ボーボー鳥の丸焼きや分厚く切られたボアの肉が入ったシチューを始めとした看板メニューが所せましとテーブルの上に乗っている。
 大きな依頼をこなした探索者がこのような席を設けることは珍しくはない。ギルドマスターの向かいに座っている10歳前後に見える女の子の組み合わせが異質すぎたからだ。
 ずらっと並べられたご馳走を前にチハルは小さな両手を組み目をつむる。

「導きに感謝を」

 祈りを捧げる姿に強面のギルドマスターの口元が僅かに緩んだ。
 彼女の食事前の祈りを見ていたのはギルドマスターだけじゃなかった。
 小麦色の肌に茶色の髪を後ろで縛ったシーフが両手を握りしめ「くうう」と体に力を込め、感じ入った様子で口を開く。

「ヤバいっす。天使っす!」
「ごめんなさいね。お食事の邪魔をしちゃって」

 彼女の相棒であるトンガリ帽子を目深にかぶった妙齢の美女が窘める。
 そんな二人の様子にチハルは満面の笑みを浮かべ、彼女らをを誘う。

「ううん。わたし一人じゃ食べきれないから、お姉さんたちも」
「いいんすか! 遠慮なくっす!」
「ルチア……」

 チハルの隣に座ろうとした茶色の髪のシーフ――ルチアの首根っこを掴んだトンガリ帽子の美女がくすりと上品に笑う。
 が、目が笑っていない。
 ぞぞぞっと顔を青くしたルチアが借りてきた猫のように大人しくなった。

「お腹いっぱい? スタンさんがいっぱいお料理を用意してくれたの」
「ははは。つい張り切っちまってな。お前さんら、もう食事は済んだのか?」

 ギルドマスターのスタンが禿頭をペチリと叩き、ガハハハと白い歯を見せる。

「ありがとう。チハルちゃん。私もルチアも食べちゃったの。飲むだけだけど、ご一緒させてもらっていいかしら?」
「うん!」

 トンガリ帽子の美女がちゃっかりチハルの隣に腰かけ、ルチアも負けじと空いているチハルの左隣を確保した。
 
「くああ!」
「カ、カラスさん。そこを譲って、いや、自分の膝上、なかなかのもんすよ! ささ、こちらへ」
「くあああ!」

 しかし、チハルの左隣にはカラスが陣取っていて、ルチアを威嚇してくる。
 自分の細く引き締まった太ももをちょんちょんとつっつき、カラスを誘うが、カラスの鳴き声が大きくなるだけだった。
 
「アマンダ姉さんー。カラスが自分をいじめるっす」
「何やってんだか。クラーロはチハルちゃんの大事なお友達よ。仲良くしてね」

 トンガリ帽子の美女ことアマンダがルチアに流し目を送りつつ、チハルの皿に料理を乗せる。
 一方、ルチアはチハルの左隣を諦め、カラスと向かい合う。

「そ、そうなんすか。自分、ルチアって言います。カラスさんはクラーロって言うんですね。よろしくっす」
「くあああ!」
「つ、突っつくのがご挨拶なんすか」

 彼女が頭を下げたところへ、カラスがぴょんと飛んで彼女の頭の上に乗った。
 クラーロが人の頭の上に乗ることはとても珍しいことだったので、チハルが彼に問いかける。

「クラーロ、ルチアさんが気に入ったの?」
『そんなわけねえだろ! 遊んでるだけだ』
「そうなの」
『そうだ』

 素直じゃないクラーロであったが、感情の機微に疎いチハルには彼の真意が分からない。
 ルチアはルチアでカラスのすげない態度が気に入ったのか、彼の為に小皿にボーボー鳥のもも肉を切り分けて彼の前に持ってくる。
 
「くあ」
「ごめんね。ルチアさん。クラーロは食べられないの」

 そっぽを向くカラスに対しチハルが彼の事情を説明した。
 ルチアは「そうなんすか」と納得した様子だったが、彼女の相棒アマンダはそうではなかったらしく、疑問を口にする。
 
「何も食べないで……いくら使い魔でも難しいんじゃないかしら」
「ううん。クラーロも食べるよ」
「この中に食べることのできるお料理が無いということ?」
「うん! クラーロは魔法のリンゴを食べるの」
「あら、それならこれはどう?」

 アマンダはルチアに色っぽく目を向けた。察した彼女ははいはいと彼女の元へ風のような速さでやってきてアマンダを見上げるようにしゃがみ込む。
 ルチアに尻尾があれば確実に振っている。
 アマンダは懐に手を伸ばし、指先で小さなクッキーをつまんでルチアの手の平に乗せた。
 受けとったルチアは秒でテーブルを回り込み、カラスに「ささ」とばかりにクッキーを差し出す。
 対するカラスは嘴でクッキーを挟み、器用に口の中へ運び込みゴクンとそれを一飲みした。
 
『薄い』
「もう、クラーロ。もらったら、『ありがとう』だよ」
 
 クラーロの感想にチハルが「めっ」と眉を寄せる。
 生意気なカラスでもチハルから言われるとバツが悪いらしく、ルチアの肩に乗ってコツコツと彼女の頬を突いた。

「美味しかったっすか」
「少しだけ体力が回復するクッキーよ。ほんの僅かだけど、魔力が込められているわ」
「くああ」

 礼のつもりなのか、カラスがアマンダに向け気の抜けた鳴き声を出す。
 無邪気に喜ぶルチアと何か納得したようにふむと口元に指先をあてるアマンダ。
 対称的な二人であったが、どちらもチハルとカラスに興味があることは同じ。
 優し気な目でアマンダがチハルに問いかける。

「チハルちゃん、クラーロのことは好き?」
「うん! クラーロもソルも、ルルーもみんな好きだよ」
「そう。仲良く暮らしているのね」
「えへへ。それだけじゃないよ。ギルドのみんなも街の人もみーんな」

 チハルが本心から言っていることがこの場にいる三人にはありありと見て取れた。

「そうか、そうか。ガハハハハ!」

 妙な沈黙に耐えられなくなったギルドマスターが酒場全体に響き渡りそうな大声で笑う。
 そこへ、疲労しきった様子の青年パーティが挨拶しにくる。
 アーチボルトたちだ。
 彼らは黒豹と女神のような小さな女の子と別れた後、真っ直ぐギルドまで戻った。
 ギルドマスターを探し、ここまでやってきたと彼に説明をする。
 
「あの小さな女神……いえ、聖女でしょうか。ギルドマスターが気をきかせてくれたんですよね」
「あ、まあ。そうだと言えばそうだが、違うと言えば違う」

 熱の籠るアーチボルトに対し、ギルドマスターは歯切れが悪い。

「小さな聖女っすか! 迷宮に?」
「こら、あなたは黙ってなさい。話がややこしくなる」

 話に割って入ってきたルチアをぴしゃりと止めるアマンダであった。
 ともあれ、アーチボルトと彼の仲間たちは一人一人、ギルドマスターに感謝の意を述べ、深く頭を下げる。
 
「あれ、あのカラス」
「カラスじゃないよ、クラーロだよ」

 ギルドマスターの対面に座る小さな女の子の左隣で嘴を羽に埋めていたカラスがアーチボルトの目に留まる。
 思わず声を出してしまった彼に対してチハルがカラスの名を返す。
 
「あの子……まさか、ね」

 アーチボルトパーティの紅一点である赤毛の少女が迷宮の中で出会った彼女と姿を重ね合わせ一人呟いた。
 
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