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3.閑話1.ほくそ笑む妹

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「あなただけがアンブローシア家の正当な伯爵令嬢なのよ」
 
 母様からそう聞かされて育った。
 自分もその通りだと思っている。姉は側妻の子で、歳だって一つしか違わない。
 なのに父様は姉も溺愛しているではないか。
 おかしい。
 そだだけじゃない。姉は多少魔力が高いからといって、ギベオン王子からも目をかけていただき、挙句の果てには愛するカラン公子と婚約までしたではないか。
 おかしい、おかしい、おかしい。
 ローズマリーは夜な夜なベッドで歯噛みした。
 だからこれは報いよ。なるべくしてなったの。
 
「どうぞ、お待ちしておりました」

 執事が恭しく礼をする。
 対するローズマリーは彼には目を向けず前を向いたままだ。一方で彼女のお付きのメイドが執事に深々と頭を下げていた。
 お屋敷にあるテラスに通されたローズマリーをカラン公子が迎え入れる。
 ここでマリーはドレスのスカートの端を摘まみ、優雅に礼をした。

「カラン公子様、お呼び頂き誠に感謝いたしますわ」
「連日のお茶会、すまないな。かけてくれ」

 と彼に言われて腰かけるローズマリーではない。
 カラン公子がかけてから、再度、「座って」と言われるまではじっと待っていた。
 座れと言われて、そのまま腰かけるものなど貴族にはいない。
 上位者であれば、招かれた場合であっても先に着席するし、下位者であればローズマリーのようにホストが着席していなければ着席しない。
 貴族には様々な暗黙の了解があり、それが貴族を貴族たらんとしているのだ、と彼女は思う。
 格式、慣習、伝統……これらが貴族が貴族として優雅に気品ある振る舞いの源泉となっている。
 それが無ければ、平民となんら変わりはない。

「公子様、お顔が優れませんわね」
「君は良く、平気だな。俺は気が気でないよ」
「心が落ち着く、特性のハーブティがございますの。お持ちしましたわ」
「頂くよ」

 ルチルの魔力再検査の日以来、公子の顔色が優れない。
 しかし、ローズマリーは公子様の体調が悪いことは心配でならないが、そのために姉と会う事がなかったのは良かったと思っている。
 それにしても何故、彼が気に病む必要があるのか。彼女は納得できない。
 姉はどこまでも、自分の気持ちにさざ波を立てる。

「秘薬のことを気にされてますの?」
「声が大きい」

 カラン公子が落ち着きなく左右を見渡す。
 それに対し彼女は天使のように微笑み、声を潜める。
 彼女の微笑みは表面上、誰が見ても愛らしく抱きしめたくなるようなものだった。
 彼女は元々、可憐な見た目と小柄な体つきで庇護欲を誘うと専ら若手貴族の間で噂になるほど。
 そんな彼女の微笑みに彼も多少落ち着きを取り戻した様子。
 
「お聞きになりまして? 同じく魔力を失ったメイドはちゃんと回復したのですよ」
「聞いた。だが……」
「姉様は元々、そういうことだったのですわ。きっかけは秘薬かもしれません。ですが、秘薬がなくともいずれそうなっていたと思いませんこと?」
「言われてみれば、確かに。『アレ』は一時的なものなのだよな」
「はい。間違いなく」
「そうだ。そうだよな」

 カラン公子は自分に言い聞かせるように何度も頷く。
 「自分たちは悪くない」と小さく呟きながら。

「お茶をお飲みになりませんこと? 愛するカラン様」
「そうだな。そうしよう」

 計画は狂ったが、結果的に意中のローズマリーと婚約できることに対しようやく彼は笑みを浮かべた。
 笑みの中には安堵の息も半分くらい混じってはいたが。

「魔力が無くなるなんてこと、前代未聞だったから、俺も気が動転していたよ」
「繰り返しになりますが、いずれそうなることが早くなっただけですわ。むしろ、今で良かったではありませんか」
「そうだな。婚儀の直前などになってみろ。我が家はともかく、アンブローシア家に傷がつくことは避けられない」
「そうですわね。母様はいたく喜んでおられましたわ。もっとも、わたくしは家と家ではなく、あなた様と結ばれることが喜びです」
「俺もだよ。マリー」

 熱い視線を交わした二人のお茶会は、当初の深刻な雰囲気から一変して和らいだものとなり、二人の談笑がテラスにこだまするのであった。
 
 ◇◇◇
 
 一方、この度のルチル魔力消失騒ぎに何か裏があると疑る者たちも、もちろん存在する。
 ルチル伯爵令嬢(今は元だが)は、緑の魔女として称えられ、魔力量も王国内有数であった。
 彼女の魔力量は宮廷魔術師の上位者と比べても遜色がないほど。
 それが、唐突に魔力が無くなるなど前代未聞である。
 
「確かに魔力が無くなってしまう事例はある」
「そうなのか! じゃあ、ルチルも」
「いや、彼女の場合はまさしく初の事例だよ。僕が保証する」
「兄様が言うなら、そうなんだろうな。初ってなんかかっけーな!」

 無邪気に笑う弟にふっと口元を緩めるギベオン王子。
 彼もまたルチルの魔力消失騒ぎに疑問符を浮かべる一人である。
 魔力が無くなる事例は珍しいが数年に一度報告されている程度には存在した。
 しかし、魔力が無くなるというのは正確ではなく、「枯渇する」が正しい表現だ。
 元々、微量な魔力しか持たない者は体内から産出する魔力も微々たるもの。魔力産出量は年齢と共に減少することがあるから、微量な場合なら産出量がゼロになる可能性がある。
 ルチルの場合は王国有数の魔力量を誇り、多少産出量が減ったとしても枯渇するなんてことは有り得ない。

「原因を探り当てたところで、ルチルが戻ってくることはできない」
「そうなのか!」
「だけどね、ヘリオドール。ルチルの名誉を回復させてやることはできるんだ」
「それっておいしいのか?」
「少なくとも、ルチルを非難する人はいなくなるさ。悲劇の令嬢として沢山の人が彼女に融資してくれるかもしれないよ」
「へえ。ユウシ?」
「お菓子をいっぱいもらえるかもしれないってことだよ」
「そうか! それは原因とやらを見つけないとな!」

 キラキラと目を輝かせ、両手をギュと握るヘリオドールはやる気に満ち溢れている様子。
 ギベオンもまた外には出さないが、内なる闘志を燃やしていた。
 
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