44 / 44
44.チハルの旅立ち
しおりを挟む
声は平静そのものだったが、グウェインの傷は見るからに深い。輝きを放っていた鱗は焼けただれ、翼は折れ、顔に至っては口吻の一部が押しつぶされ上顎の牙が下あごに刺さっており痛々しい。
だが、グウェインは両足でしかと立っている。これが龍。彼を突き動かし気丈にふるまわせているものこそ、誇りなのだった。
「グウェインさん」
『ん? 儂は眠れば回復する。龍は生きてさえいれば傷を全て癒すことができるのだからな』
何でもないといった風に豪快な笑い声をあげるグウェインへチハルはクスリと笑う。
「記録にあるよ。その傷だと……二か月くらいかな」
『それくらいだな。儂の話はよい。何があったのだ? イブロが倒れておるようだが』
「そう、イブロ。イブロが! わたし、行かなきゃ」
『待つがよい、チハル。ゆっくりでいい話してもらえんか?」
「ご、ごめんね。わたし、動転していて……。自律型防衛兵器なのに、おかしいよね」
『そんなことはない。イブロはお主にとって大事な者なのだろう。儂もこやつらがいなければどうなっていたか。友とはそういうものだ』
グウェインは両脇に控える紅目、緑目へ順に目をやる。
見られた二匹は嬉しそうに翼を震わせ、一声吠えた。
チハルはグウェインへここで起こったことを語る。ヨシ・タツのこと。イブロが護ってくれたこと。カルディアンに命を吸わせ、イブロが倒れ傷は治療できたが、彼の意識が戻らないことを。
『ふむ。そうか。して、チハル。お主に案があるのだな。こやつを「戻す」ための』
「うん、わたしの計算だと二十二個の魔晶石があればイブロを元に戻せるの」
『そうか。だが、魔晶石はもう……』
イブロとチハルが魔晶石を集めることに苦心していたことをグウェインだって知っている。
飛竜を縦横無尽に駆けさせ、集めていた。そして何とか「破壊の星」が落ちてくる直前で魔晶石を集めきったのだ。
もうこの大陸には魔晶石が残っていないのではないか?とグウェインは考えていた。
「ううん、魔晶石はあるよ。海の向こうに!」
しかし、チハルはすぐにグウェインの言葉を否定する。
『海、海か。遠いぞ。飛竜でも渡れぬ』
「いいの。イブロが戻ってくる。わたし、行かなきゃ」
『お主、何も分かっておらぬな。七日待て」
「どうして……あ」
チハルはようやくグウェインの言っていた意味が分かる。
彼女の腕に頬を擦り付け甘えた声で鳴くソル。
友だから頼る、友だから支えてあげたい。そうだ。イブロもそう言っていた。チハルはうんうんと頷く。
わたしも大事な人を護りたい。ソルも、イブロも。だから――
「ソル、行こう。ソルの傷が癒えたら行こう」
ソルはぐるぐると喉を鳴らしチハルの頬を舐めた。
『分かっておるじゃないか。ならば、お主、儂にも言う事があるだろう?』
「うん、グウェインさん、わたしが戻るまでイブロを頼んでいいかな」
『もちろんだ。イブロは儂の戦友。儂が眠る間は飛竜が護ろう。万が一、賊が来るならば儂が目覚め、撃ち滅ぼそう』
「ありがとう、グウェインさん」
チハルはにぱあと満面の笑みを浮かべ、グウェインに向けて両手を広げる。
◆◆◆
――七日後
チハルはソルの背に乗り、龍の巣を後にした。海を渡るには船が必要だ。
いかな彼女とて船を建造することはできない。しかし、チハルの顔に悲壮感はまるでなかった。むしろ、これから会う人たちのことを思い、にへーと口元が緩む。
彼女は前抱きにしたリュックサックから出たリュートの先を撫でた。
アクセルとはまだ会えないかなあ。イブロが先だもん。
うんうんと彼女は頷く。
船をどうしたら入手できるかは分からないけど、クロエとパメラならきっと知っているの。
だから、行こう。彼らのところへ。
チハルは前を向き、ソルの首元をわしゃわしゃと撫でた。
「イブロ、待っててね。すぐに戻るから」
金色の瞳を輝かせ、チハルはここにはいないイブロへ向けて呟く。
彼女の声にソルが応じるように一声鳴くと、彼のスピードが増す。
キラキラと差し込む木漏れ日はまるで彼女の目の輝きのようだった。
おしまい
だが、グウェインは両足でしかと立っている。これが龍。彼を突き動かし気丈にふるまわせているものこそ、誇りなのだった。
「グウェインさん」
『ん? 儂は眠れば回復する。龍は生きてさえいれば傷を全て癒すことができるのだからな』
何でもないといった風に豪快な笑い声をあげるグウェインへチハルはクスリと笑う。
「記録にあるよ。その傷だと……二か月くらいかな」
『それくらいだな。儂の話はよい。何があったのだ? イブロが倒れておるようだが』
「そう、イブロ。イブロが! わたし、行かなきゃ」
『待つがよい、チハル。ゆっくりでいい話してもらえんか?」
「ご、ごめんね。わたし、動転していて……。自律型防衛兵器なのに、おかしいよね」
『そんなことはない。イブロはお主にとって大事な者なのだろう。儂もこやつらがいなければどうなっていたか。友とはそういうものだ』
グウェインは両脇に控える紅目、緑目へ順に目をやる。
見られた二匹は嬉しそうに翼を震わせ、一声吠えた。
チハルはグウェインへここで起こったことを語る。ヨシ・タツのこと。イブロが護ってくれたこと。カルディアンに命を吸わせ、イブロが倒れ傷は治療できたが、彼の意識が戻らないことを。
『ふむ。そうか。して、チハル。お主に案があるのだな。こやつを「戻す」ための』
「うん、わたしの計算だと二十二個の魔晶石があればイブロを元に戻せるの」
『そうか。だが、魔晶石はもう……』
イブロとチハルが魔晶石を集めることに苦心していたことをグウェインだって知っている。
飛竜を縦横無尽に駆けさせ、集めていた。そして何とか「破壊の星」が落ちてくる直前で魔晶石を集めきったのだ。
もうこの大陸には魔晶石が残っていないのではないか?とグウェインは考えていた。
「ううん、魔晶石はあるよ。海の向こうに!」
しかし、チハルはすぐにグウェインの言葉を否定する。
『海、海か。遠いぞ。飛竜でも渡れぬ』
「いいの。イブロが戻ってくる。わたし、行かなきゃ」
『お主、何も分かっておらぬな。七日待て」
「どうして……あ」
チハルはようやくグウェインの言っていた意味が分かる。
彼女の腕に頬を擦り付け甘えた声で鳴くソル。
友だから頼る、友だから支えてあげたい。そうだ。イブロもそう言っていた。チハルはうんうんと頷く。
わたしも大事な人を護りたい。ソルも、イブロも。だから――
「ソル、行こう。ソルの傷が癒えたら行こう」
ソルはぐるぐると喉を鳴らしチハルの頬を舐めた。
『分かっておるじゃないか。ならば、お主、儂にも言う事があるだろう?』
「うん、グウェインさん、わたしが戻るまでイブロを頼んでいいかな」
『もちろんだ。イブロは儂の戦友。儂が眠る間は飛竜が護ろう。万が一、賊が来るならば儂が目覚め、撃ち滅ぼそう』
「ありがとう、グウェインさん」
チハルはにぱあと満面の笑みを浮かべ、グウェインに向けて両手を広げる。
◆◆◆
――七日後
チハルはソルの背に乗り、龍の巣を後にした。海を渡るには船が必要だ。
いかな彼女とて船を建造することはできない。しかし、チハルの顔に悲壮感はまるでなかった。むしろ、これから会う人たちのことを思い、にへーと口元が緩む。
彼女は前抱きにしたリュックサックから出たリュートの先を撫でた。
アクセルとはまだ会えないかなあ。イブロが先だもん。
うんうんと彼女は頷く。
船をどうしたら入手できるかは分からないけど、クロエとパメラならきっと知っているの。
だから、行こう。彼らのところへ。
チハルは前を向き、ソルの首元をわしゃわしゃと撫でた。
「イブロ、待っててね。すぐに戻るから」
金色の瞳を輝かせ、チハルはここにはいないイブロへ向けて呟く。
彼女の声にソルが応じるように一声鳴くと、彼のスピードが増す。
キラキラと差し込む木漏れ日はまるで彼女の目の輝きのようだった。
おしまい
0
お気に入りに追加
97
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前。でも……。二人が自分たちの間違いを後で思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになる。
のんびりとゆっくり
恋愛
俺は島森海定(しまもりうみさだ)。高校一年生。
俺は先輩に恋人を寝取られた。
ラブラブな二人。
小学校六年生から続いた恋が終わり、俺は心が壊れていく。
そして、雪が激しさを増す中、公園のベンチに座り、このまま雪に埋もれてもいいという気持ちになっていると……。
前世の記憶が俺の中に流れ込んできた。
前世でも俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前になっていた。
その後、少しずつ立ち直っていき、高校二年生を迎える。
春の始業式の日、俺は素敵な女性に出会った。
俺は彼女のことが好きになる。
しかし、彼女とはつり合わないのでは、という意識が強く、想いを伝えることはできない。
つらくて苦しくて悲しい気持ちが俺の心の中であふれていく。
今世ではこのようなことは繰り返したくない。
今世に意識が戻ってくると、俺は強くそう思った。
既に前世と同じように、恋人を先輩に寝取られてしまっている。
しかし、その後は、前世とは違う人生にしていきたい。
俺はこれからの人生を幸せな人生にするべく、自分磨きを一生懸命行い始めた。
一方で、俺を寝取った先輩と、その相手で俺の恋人だった女性の仲は、少しずつ壊れていく。そして、今世での高校二年生の春の始業式の日、俺は今世でも素敵な女性に出会った。
その女性が好きになった俺は、想いを伝えて恋人どうしになり。結婚して幸せになりたい。
俺の新しい人生が始まろうとしている。
この作品は、「カクヨム」様でも投稿を行っております。
「カクヨム」様では。「俺は先輩に恋人を寝取られて心が壊れる寸前になる。でもその後、素敵な女性と同じクラスになった。間違っていたと、寝取った先輩とその相手が思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになっていく。」という題名で投稿を行っております。
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。
飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。
隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。
だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。
そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。
異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。
そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。
異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。
龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。
現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる