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44.チハルの旅立ち

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 声は平静そのものだったが、グウェインの傷は見るからに深い。輝きを放っていた鱗は焼けただれ、翼は折れ、顔に至っては口吻の一部が押しつぶされ上顎の牙が下あごに刺さっており痛々しい。
 だが、グウェインは両足でしかと立っている。これが龍。彼を突き動かし気丈にふるまわせているものこそ、誇りなのだった。

「グウェインさん」
『ん? 儂は眠れば回復する。龍は生きてさえいれば傷を全て癒すことができるのだからな』

 何でもないといった風に豪快な笑い声をあげるグウェインへチハルはクスリと笑う。
  
「記録にあるよ。その傷だと……二か月くらいかな」
『それくらいだな。儂の話はよい。何があったのだ? イブロが倒れておるようだが』
「そう、イブロ。イブロが! わたし、行かなきゃ」
『待つがよい、チハル。ゆっくりでいい話してもらえんか?」
「ご、ごめんね。わたし、動転していて……。自律型防衛兵器なのに、おかしいよね」
『そんなことはない。イブロはお主にとって大事な者なのだろう。儂もこやつらがいなければどうなっていたか。友とはそういうものだ』

 グウェインは両脇に控える紅目、緑目へ順に目をやる。
 見られた二匹は嬉しそうに翼を震わせ、一声吠えた。
 
 チハルはグウェインへここで起こったことを語る。ヨシ・タツのこと。イブロが護ってくれたこと。カルディアンに命を吸わせ、イブロが倒れ傷は治療できたが、彼の意識が戻らないことを。
 
『ふむ。そうか。して、チハル。お主に案があるのだな。こやつを「戻す」ための』
「うん、わたしの計算だと二十二個の魔晶石があればイブロを元に戻せるの」
『そうか。だが、魔晶石はもう……』

 イブロとチハルが魔晶石を集めることに苦心していたことをグウェインだって知っている。
 飛竜を縦横無尽に駆けさせ、集めていた。そして何とか「破壊の星」が落ちてくる直前で魔晶石を集めきったのだ。
 もうこの大陸には魔晶石が残っていないのではないか?とグウェインは考えていた。

「ううん、魔晶石はあるよ。海の向こうに!」

 しかし、チハルはすぐにグウェインの言葉を否定する。
 
『海、海か。遠いぞ。飛竜でも渡れぬ』
「いいの。イブロが戻ってくる。わたし、行かなきゃ」
『お主、何も分かっておらぬな。七日待て」
「どうして……あ」

 チハルはようやくグウェインの言っていた意味が分かる。
 彼女の腕に頬を擦り付け甘えた声で鳴くソル。
 友だから頼る、友だから支えてあげたい。そうだ。イブロもそう言っていた。チハルはうんうんと頷く。
 わたしも大事な人を護りたい。ソルも、イブロも。だから――
 
「ソル、行こう。ソルの傷が癒えたら行こう」

 ソルはぐるぐると喉を鳴らしチハルの頬を舐めた。
 
『分かっておるじゃないか。ならば、お主、儂にも言う事があるだろう?』
「うん、グウェインさん、わたしが戻るまでイブロを頼んでいいかな」
『もちろんだ。イブロは儂の戦友。儂が眠る間は飛竜が護ろう。万が一、賊が来るならば儂が目覚め、撃ち滅ぼそう』
「ありがとう、グウェインさん」

 チハルはにぱあと満面の笑みを浮かべ、グウェインに向けて両手を広げる。

 ◆◆◆
 
――七日後
 チハルはソルの背に乗り、龍の巣を後にした。海を渡るには船が必要だ。
 いかな彼女とて船を建造することはできない。しかし、チハルの顔に悲壮感はまるでなかった。むしろ、これから会う人たちのことを思い、にへーと口元が緩む。
 彼女は前抱きにしたリュックサックから出たリュートの先を撫でた。
 アクセルとはまだ会えないかなあ。イブロが先だもん。
 うんうんと彼女は頷く。
 
 船をどうしたら入手できるかは分からないけど、クロエとパメラならきっと知っているの。
 だから、行こう。彼らのところへ。
 
 チハルは前を向き、ソルの首元をわしゃわしゃと撫でた。
 
「イブロ、待っててね。すぐに戻るから」

 金色の瞳を輝かせ、チハルはここにはいないイブロへ向けて呟く。
 彼女の声にソルが応じるように一声鳴くと、彼のスピードが増す。
 
 キラキラと差し込む木漏れ日はまるで彼女の目の輝きのようだった。
 
 おしまい
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