上 下
2 / 47

2.無双

しおりを挟む
 だから何だってんだ?
 ひょっとしたら、俺に槍を投げつけたのは戦士側かもしれないんだぞ。
 自分の命を奪おうとした奴を救う? 有り得ないね。
 どっちかが全滅するまで待つ。残った方が俺を攻撃してくるなら、仕留める。そうじゃないなら様子見だ。
 
 ドクン。
 握りしめた手から伝わる今井と梓の鼓動が頭をよぎる。

「そうじゃないだろう! 俺!」

 また「見捨てる」のか? 知らない人間だから構わない?
 あの時こぼれ落ちた命とここで消えようとする命。
 また見捨てるのか?
 また、また、また!

「嫌だ! 偽善だと分かってる。逃げた俺が別の命を救ったところで。だけど、だけどな!」

 既に傷口は完全に塞がっていた。
 破れ血に染まった服が無ければ、俺が先ほどまで大怪我を負っていたなど誰も分からないほど。
 
<見る>
 
 こいつは僥倖。怪物どもは人間と同じような生物らしい。
 呼吸をして肺に酸素を取り入れ、血が巡り、動く。
 ならば何の問題もないさ。
 「生きているぞ俺は」と示して攻撃してこようとする奴が敵だ。シンプルだろ?
 
「俺に槍を投げたのはどいつだ?」
「隠者様!」
 
 女の子の悲鳴が俺の声に重なる。
 ヒュンヒュンヒュン――。
 答えの代わりに小柄な緑の怪物が手斧らしきものを投げつけてきた。
 回転し一直線に俺の頭に向かってくる手斧が、あと一メートルというところで停止し地面に落ちる。
 弾丸ならともかく視認できる飛び道具を止めることなど赤子の手を捻るがごとし。
 
「お前か? 俺を殺す気で投げてきた。ならばこちらも遠慮しないぞ!」

 どんな世界なのかなんて分からない。生きるか死ぬかの戦いなんて人生で初めてだ。
 怖くないか? と聞かれれば、怖くて怖くて仕方ないと即答する。
 だけど、俺がやらねば、残りの戦士たちが倒れ、全滅するだろう。
 見捨てない。今度こそは。
 だから、怖さなどドブに投げ捨てろ!
 
『ナマイキなニンゲンめ』

 牛頭がブンと斧を振るう。三メートル以上の距離があるってのに俺の髪の毛が揺れた。
 この怪力……こいつが槍を投擲をしたに違いない。

「狼を頼めるか。残りは――俺がやる」
「貴殿に乗ろう!」

 全身鎧が対峙する小柄な緑の怪物から離れ、狼に向かう。
  
 いい配置だ。
 左右に小柄な緑、中央に牛頭である。
 俺と三体を遮るものは何もない。
 先ほど投擲を無効化されたからか、小柄な怪物らはショートソードを構えじりじりとにじり寄ってくる。
 牛頭もまた上段に斧を構え膝を落とした。
 こいつらの能力を俺は知らない。だが、あいつらも俺の能力を知らないんだ。
 
 ブンと自分の体がブレる。
 動いた俺に対し、小柄な怪物二体が足を踏み出した。
 
「残念、後ろだ」
 
 一瞬にして、牛頭の真後ろに転移する。これはいくつかある俺の「能力」の一つ。
 奴の巨体の肩をポンと叩いてやろうと思ったが、高すぎて届かないので強靭な太ももに手を当てる。
 完全に不意を打たれた牛頭は何が起こったのか分かってない様子だった。
 
 もう遅い。「捉え」た。
 こいつの神経、血管の一つ一つまで。
 手を触れたのと反対側の手を握りしめる。
 
『ぐぼ……』

 口から血を吹いた牛頭が前のめりに倒れ、絶命した。
 ピクピクと指先が僅かに震えているが、すぐにそれも止まる。
 
 奴が倒れ込んだ音でこちらに気が付いた緑の怪物二体だったが、こんどは右の怪物の後ろに回り頭の上に手を乗せた。
 同じように口から血を吐き、物言わぬ死体になる緑の怪物。

『キイイイ!』

 奇声をあげて逃げ出そうとするがもう遅い。
 コテンとすっころんだ怪物の前に転移し背中に手を当て、こいつも仕留めた。
 
「すまん! 一匹逃した!」

 この声は全身鎧か。
 逃がしたって言うから狼が
 逃げ出したのかと思いきや、そうじゃなかった。
 主人を殺されて怒り心頭なのか、大きく口をあけ俺に噛みつこうとしてきているじゃないか。
 
 転移して躱す?
 いや、ここは。敢えて、受けてやる!
 圧倒的に戦闘経験の足りない俺にとって痛みは必要なことなのだ。
 
 左腕を前に出し、右腕で喉元を守る。
 狼は俺の左腕に噛みつき、間もなくひっくり返って地面に転がり動かなくなった。
 
「ぐ……」

 槍に突き刺さった時より遥かに痛い!
 一撃で致命傷になることはないと踏んで噛みつかせてみたが、覚悟していても痛みで身が竦む。
 こ、こいつは慣れるまで相当な訓練が必要かも……むしろ、傷を受けたら最優先で痛みを遮断したほうがいいか。
 ハッキリとした歯型が残り、右腕からはとめどなく血が溢れ出している。
 
「隠者様。手傷を」
「賢者殿、私が逃してしまったばかりに、申し訳ない!」
「俺のことより、敵は?」

 全身鎧が首を左右に振った。
 そうか、狼二匹は仕留めてくれたんだな。もう少し戦闘に慣れてくれば、周囲の状況を探りつつ立ち回ることだってできるようになるかも……いや、なるんだ。
 一方、ローブ姿の女の子の方は血が付着するのも構わず傷に触れぬよう俺の右腕へ指先を添える。

「治療いたします」
「え? 『他人』の傷を?」
「はい。まだ成りたてですが、これでも一応聖女の端くれですので……」

 恐縮したように頭をさげる彼女の顔はローブのフードで隠されたままで見えない。
 聖女? 職業が聖女ってことだよな? それが傷の治療をできる?
 どうやら、俺の力とは違う能力を彼女は持っているらしい。俺の治療は自己修復のみ。転移だってそうだ。
 彼女のように自分以外にも能力を行使出来ていれば……。
 心の中で大きく首を振り、気持ちを落ち着ける。彼らとの会話に集中しろ! 俺。
 そういえば、彼女だけでなく、全身鎧の方も剣が炎に包まれてとなっていたな。
 
「賢者殿。レティシアの聖魔法ならば、そのくらいの傷、瞬きする間に癒える」
「……お願いします」

 全身鎧から飛び出た「魔法」という言葉に思わず聞き返しそうになったが、ぐっと飲み込む。
 この行為で落ち着きを取り戻した俺は、戦闘時の乱暴な言葉遣いから初対面の人へ向ける丁寧な言葉遣いに改め、頭を下げた。
 それにしても、魔法。魔法か! 痛みは遮断済み、このまま自己治療をしようと思ったが、聖女とやらの力を見せてもらおう。
 しゃがむように促され、腕をレティシアと呼ばれた女の子の方へ向ける。
 両膝を地につけた彼女は両手を胸の前で組み目を瞑った。
 
「この者の傷を癒し給え。エクストラヒール」

 呪文、呪文だよなこれ! 俺もやったよ、思い出したくもない中学三年生の夏。受験勉強に励んでいた俺は日頃のストレスからか、とんでもない黒歴史を作り上げてしまったんだ。黒一色の表紙のノートを買ってきて、長い長い恥ずかしい呪文を書き綴り、ロウソクを一本立てて念仏のように唱えた。思い出すだけで我ながら怖気が走る。
 もちろん、何も起こるわけがない。
 しかし、彼女の呪文は遊びじゃあなかった。
 腕の傷がオレンジ色の光に包まれ、みるみるうちに癒えていく。まるで傷をつけられる前まで巻き戻ったのかのように。
 まさか本物の魔法に巡り合えるとは。くそったれな出来事ばっかりだったけど、この時ばかりは感動で胸が熱くなる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の愛した召喚獣

Azanasi
ファンタジー
アルメニア王国の貴族は召喚獣を従者として使うのがしきたりだった。 15歳になると召喚に必要な召喚球をもらい、召喚獣を召喚するアメリアの召喚した召喚獣はフェンリルだった。 実はそのフェンリルは現代社会で勤務中に死亡した久志と言う人間だった、久志は女神の指令を受けてアメリアの召喚獣へとさせられたのだった。 腐敗した世界を正しき方向に導けるのかはたまた破滅目と導くのか世界のカウントダウンは静かに始まるのだった。 ※途中で方針転換してしまいタイトルと内容がちょっと合わなく成りつつありますがここまで来てタイトルを変えるのも何ですので、?と思われるかも知れませんがご了承下さい。 注)4章以前の文書に誤字&脱字が多数散見している模様です、現在、修正中ですので今暫くご容赦下さい。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

転生しても侍 〜この父に任せておけ、そう呟いたカシロウは〜

ハマハマ
ファンタジー
 ファンタジー×お侍×父と子の物語。   戦国時代を生きた侍、山尾甲士郎《ヤマオ・カシロウ》は生まれ変わった。  そして転生先において、不思議な力に目覚めた幼い我が子。 「この父に任せておけ」  そう呟いたカシロウは、父の責務を果たすべくその愛刀と、さらに自らにも目覚めた不思議な力とともに二度目の生を斬り開いてゆく。 ※表紙絵はみやこのじょう様に頂きました!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家
ファンタジー
 科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。  実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。  無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。  辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

異世界に行けるようになったんだが自宅に令嬢を持ち帰ってしまった件

シュミ
ファンタジー
高二である天音 旬はある日、女神によって異世界と現実世界を行き来できるようになった。 旬が異世界から現実世界に帰る直前に転びそうな少女を助けた結果、旬の自宅にその少女を持ち帰ってしまった。その少女はリーシャ・ミリセントと名乗り、王子に婚約破棄されたと話し───!?

処理中です...