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1.不本意な転移
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『君たちには無限の可能性がある。才能を伸ばし、努力を怠らず、夢に向かって邁進してください』
「ふああ」
高校の卒業式の最中だというのに欠伸が出てしまった。
隣で座る友人の男子生徒に肘で小突かれぐううと無理やり口を閉める。
無限の可能性か。
僕は自分から「可能性」とやらを封印した。僕には生まれながら、他の人には無い力を持っていたんだ。
人と違う力ってのは、魅力的かもしれない。
だけど僕は能力を使うことをやめた。
でもそれでいいと思っている。化け物じみた力は必要ない。
冗談を言い合える友人がいて、人並みの人生を歩むことができるのなら。人と違うことを示したところで、碌なことにはならないだろ?
「どうした、池添。俺と会えなくなるのが寂しいのか?」
「別に……」
卒業式が終わり門を出たところで、さっそく絡んできやがった。
こいつのこういうノリを見るのも見納めか。そう思うとなんだか感慨深い。
これからもこいつとの腐れ縁が続いていくと思うと、「悪くない」と心の中でにやつく自分がいる。
そういや、こいつとは高校三年間ずっと同じクラスだったなあ。
彼とも卒業したら離ればなれになる。
「池添くんは地方の国立だよね。勉強頑張ったもんね!」
「僕なりにはな。梓は国立の看護大学だっけ?」
「へへー。わたしも中々やるでしょ?」
「だなー」
友人の男子生徒の反対側からひょっこりと顔を出した黒髪の同級生の女の子がへへーと親指と人差し指を直角にして顔に近づける。
その仕草……ちょっと古い。彼女は昔からこんなところがある。一体いつの時代のテレビや動画を見ていたのか気になるところ。
「池添も梓も可能性を伸ばしたってやつかあ。無限の可能性があるってか」
「……可能性なあ……」
「ん?」
「あ、ごめんごめん。そうだな。でも今井は陸上で推薦だっけ? すごいことだって」
「一芸身を助く、ってやつさ」
男子生徒――今井と肩を組み笑い合う。
15分ほど歩くと、もう同級生をほぼ見ることが無くなった。
梓の家が学校から徒歩圏内だったから、彼女の家の前まで寄ってから駅に向かおうとなったんだ。
帰宅したらクラスのみんなと打ち上げ予定で、ハメを外し過ぎるなと先生から口ずっぱく言われてたっけ。
先生も来るんだから、わざわざ言わんでも。
「叶のやつ、号泣してたぜ」
「え。マジで?」
「見ちゃったんだよなあ。卒業式が終わってから」
「池添くん、今井くんも、先生を茶化さない!」
ふざけ合う俺と今井に梓が注意する。これもいつもの光景。
卒業しても、終わりじゃない。これからもずっとこいつらとの関係が続いていくんだ。
そう、思っていた。
この時まで。
圧力を感じた。死を幻視するかのごとくゾワリとする圧倒的な何かだ。
空か。空からだ!
隕石! 「感覚」によると大きさは長いところで20メートルくらい。
向かう先は――。
ちょうど僕らの立つ場所!
「今井! 梓!」
「どうしたんだ、突然、血相を変えて」
「空! 空だ!」
叫ぶが確認なんてしようはずもない。僕だって目で捉えることは出来ていない。
ただ「感じる」だけだ。
空から降る隕石は目にも止まらぬ速度で落ちてくる。
「きゃ」
「え、影?」
隕石が太陽光を遮り影をつくった。
その一瞬後、刹那の瞬間、この時まで僕は迷っていたんだ。
僕一人ならば、逃げることができる。
力を使えば、空間を飛び越え隕石を回避することなど容易い。
ぎゅ。
今井の腕と梓の手を握る。
彼らに触れた手から二人の鼓動がハッキリと伝わってきた。生きている。まだ生きているんだ。
残された時間はあとわずか。
僕の力では「僕だけしか転移」させることしかができない。
こんなことなら、触れるんじゃなかった。彼らの命の鼓動をこの手で感じ無ければ尻尾を巻いて自分一人だけ逃げていた。
いや、触れてよかった。
二人を見捨てて自分だけ逃げるなんて、できようはずがない。一人だけ助かってその後、どうするんだ?
すまん。力を忌避し、この時のために鍛えてこなかった僕にはもう何も……。
そして、頭上に風圧を感じ――。
「今井! 梓!」
叫んだ。叫んだだと……?
生きている。生きてしまっているじゃないか!
二人を残し、僕は一人で転移してしまったってのかよ。我ながら意思の弱さに愕然とする。
今井、梓……。
しかし、崩れ落ちる僕の耳に 金切り声と叫び声、そして高い金属音が耳に飛び込んできた。
ギギイイイイアアアアア!
カーン!
「う……」
余りの大音量に眉をしかめるが、それが些細な事と思うほどの事態が僕を襲う。
それは臭いだ。
数日経過した生ごみの中に放り込まれたほうがまだマシな経験したことのない悪臭。
何事だ?
そこで僕は初めて前を向き、有り得ない光景を目の当たりにした。
異形の怪物と物語の中から飛び出たような戦士たちが血を流し、倒れ伏す者にも構わず激闘を繰り広げていたのだ。
「隠者様! 隠者様が来てくださいました!」
「おお、森の賢者様!」
若い女の子と男の期待する声が重なる。
次の瞬間、胃の辺りに熱を感じた。
え、あ。
僕の腹を何かが貫いていた。激痛ではなく、とにかく熱い。どくどくと溢れ出る血。
ガクリと膝を落とし、横向きに倒れ込んでしまう。
あ、あがががが。
声も出ない。本気でヤバい時とはこういう時のことを言うのだろう。
だがそれでいい。
何が起こったなのかなんてわからない。
それでいいんだ。
「卑怯な!」
「いかな賢者様でも、転移したその時を狙われれば……」
「あの傷では……治療は……もう……」
悲壮感溢れる声、視界が滲んでくる。
嫌に耳に響く金属音、怒号。悲鳴。
このまま絶命し、全部を終わらせたいと拒否する意思と裏腹に「僕の力」は生存本能から勝手に僕の傷を修復していく。
更には熱が激痛に変わる前に勝手に痛覚を遮断する念のいれようだ。
そうか、そうか、そうか!
は、ハハハハハ。
「死ぬことも許さねえってか。惨めに、彼らの死を、受け入れ、生きていけと」
自分が自分ではなくなったかのようにすうっと頭が冷え、冷静な自分が状況を俯瞰する。
ふむ。「俺」の腹を貫いたのは槍状の何からしい。
腹に風穴があき、地面に転がっている刃物が僕の腹を突き抜けた凶器なのだろう。
だから何だってんだ?
自分を偽り、可能性を閉ざし、友人をも見捨てた僕だが、それでも普通の人間として社会を生き死んでいくつもりだった。
傷口から煙が上がり始め、溢れ出ていた血が止まる。
俺を追い打ちしようとしてくるような者はいない。そうだよな。腹を貫かれて地面に転がってんだ。
身ぐるみを剥ぐにしても後からだろうよ。まだ動く敵がいるからさ。
なら焦る必要はない。じっくりと観察してやろうじゃないか。
そんな俺をよそに戦いは続いている。
俺に声をかけたらしき戦士の集団と異形の怪物たちが切り結んでいた。
地面には戦士達のものも怪物のものも転がっている。戦士たちは人間のように見えるが、本当に人なのかは分からない。
「見て」みないことにはな。
一方、怪物どもは身の丈4メートルはあろうかという牛頭に人間の体をくっつけたような奴、緑色の肌をした小柄な人型が三体、こいつらのペットらしき大型の狼が三匹か。
戦士達は全身鎧、軽装の剣を握った男が二人にローブ姿が二人。
立っているのと同じくらいの人数が物言わぬ躯となっていた。
また一人、今度は軽装の男が狼に左右から喰いつかれ牛頭の斧で真っ二つに。
形勢は戦士側の方が不利に見える。
お、おおお。全身鎧の持つ両手剣の刃が光に包まれた。
俺と「似たような能力」か? それとも別の何かなのか?
彼らの戦う様子を眺めているのも悪くはない。映画のシーンを特等席で鑑賞しているかのようだものな。
軽薄だと思うか? 目の前で人の命が失われようとしているのに?
だが、俺にとって味方なのか敵なのか分からない状況なんだぞ。誰が槍を投擲したのか、有力なのは怪物たちなのだが、ハッキリこの目で見たわけじゃない。
光に包まれた剣によって小柄な怪物が一体倒れ伏す。
しかし、戦士側もまた一人倒れされてしまった。
「ふああ」
高校の卒業式の最中だというのに欠伸が出てしまった。
隣で座る友人の男子生徒に肘で小突かれぐううと無理やり口を閉める。
無限の可能性か。
僕は自分から「可能性」とやらを封印した。僕には生まれながら、他の人には無い力を持っていたんだ。
人と違う力ってのは、魅力的かもしれない。
だけど僕は能力を使うことをやめた。
でもそれでいいと思っている。化け物じみた力は必要ない。
冗談を言い合える友人がいて、人並みの人生を歩むことができるのなら。人と違うことを示したところで、碌なことにはならないだろ?
「どうした、池添。俺と会えなくなるのが寂しいのか?」
「別に……」
卒業式が終わり門を出たところで、さっそく絡んできやがった。
こいつのこういうノリを見るのも見納めか。そう思うとなんだか感慨深い。
これからもこいつとの腐れ縁が続いていくと思うと、「悪くない」と心の中でにやつく自分がいる。
そういや、こいつとは高校三年間ずっと同じクラスだったなあ。
彼とも卒業したら離ればなれになる。
「池添くんは地方の国立だよね。勉強頑張ったもんね!」
「僕なりにはな。梓は国立の看護大学だっけ?」
「へへー。わたしも中々やるでしょ?」
「だなー」
友人の男子生徒の反対側からひょっこりと顔を出した黒髪の同級生の女の子がへへーと親指と人差し指を直角にして顔に近づける。
その仕草……ちょっと古い。彼女は昔からこんなところがある。一体いつの時代のテレビや動画を見ていたのか気になるところ。
「池添も梓も可能性を伸ばしたってやつかあ。無限の可能性があるってか」
「……可能性なあ……」
「ん?」
「あ、ごめんごめん。そうだな。でも今井は陸上で推薦だっけ? すごいことだって」
「一芸身を助く、ってやつさ」
男子生徒――今井と肩を組み笑い合う。
15分ほど歩くと、もう同級生をほぼ見ることが無くなった。
梓の家が学校から徒歩圏内だったから、彼女の家の前まで寄ってから駅に向かおうとなったんだ。
帰宅したらクラスのみんなと打ち上げ予定で、ハメを外し過ぎるなと先生から口ずっぱく言われてたっけ。
先生も来るんだから、わざわざ言わんでも。
「叶のやつ、号泣してたぜ」
「え。マジで?」
「見ちゃったんだよなあ。卒業式が終わってから」
「池添くん、今井くんも、先生を茶化さない!」
ふざけ合う俺と今井に梓が注意する。これもいつもの光景。
卒業しても、終わりじゃない。これからもずっとこいつらとの関係が続いていくんだ。
そう、思っていた。
この時まで。
圧力を感じた。死を幻視するかのごとくゾワリとする圧倒的な何かだ。
空か。空からだ!
隕石! 「感覚」によると大きさは長いところで20メートルくらい。
向かう先は――。
ちょうど僕らの立つ場所!
「今井! 梓!」
「どうしたんだ、突然、血相を変えて」
「空! 空だ!」
叫ぶが確認なんてしようはずもない。僕だって目で捉えることは出来ていない。
ただ「感じる」だけだ。
空から降る隕石は目にも止まらぬ速度で落ちてくる。
「きゃ」
「え、影?」
隕石が太陽光を遮り影をつくった。
その一瞬後、刹那の瞬間、この時まで僕は迷っていたんだ。
僕一人ならば、逃げることができる。
力を使えば、空間を飛び越え隕石を回避することなど容易い。
ぎゅ。
今井の腕と梓の手を握る。
彼らに触れた手から二人の鼓動がハッキリと伝わってきた。生きている。まだ生きているんだ。
残された時間はあとわずか。
僕の力では「僕だけしか転移」させることしかができない。
こんなことなら、触れるんじゃなかった。彼らの命の鼓動をこの手で感じ無ければ尻尾を巻いて自分一人だけ逃げていた。
いや、触れてよかった。
二人を見捨てて自分だけ逃げるなんて、できようはずがない。一人だけ助かってその後、どうするんだ?
すまん。力を忌避し、この時のために鍛えてこなかった僕にはもう何も……。
そして、頭上に風圧を感じ――。
「今井! 梓!」
叫んだ。叫んだだと……?
生きている。生きてしまっているじゃないか!
二人を残し、僕は一人で転移してしまったってのかよ。我ながら意思の弱さに愕然とする。
今井、梓……。
しかし、崩れ落ちる僕の耳に 金切り声と叫び声、そして高い金属音が耳に飛び込んできた。
ギギイイイイアアアアア!
カーン!
「う……」
余りの大音量に眉をしかめるが、それが些細な事と思うほどの事態が僕を襲う。
それは臭いだ。
数日経過した生ごみの中に放り込まれたほうがまだマシな経験したことのない悪臭。
何事だ?
そこで僕は初めて前を向き、有り得ない光景を目の当たりにした。
異形の怪物と物語の中から飛び出たような戦士たちが血を流し、倒れ伏す者にも構わず激闘を繰り広げていたのだ。
「隠者様! 隠者様が来てくださいました!」
「おお、森の賢者様!」
若い女の子と男の期待する声が重なる。
次の瞬間、胃の辺りに熱を感じた。
え、あ。
僕の腹を何かが貫いていた。激痛ではなく、とにかく熱い。どくどくと溢れ出る血。
ガクリと膝を落とし、横向きに倒れ込んでしまう。
あ、あがががが。
声も出ない。本気でヤバい時とはこういう時のことを言うのだろう。
だがそれでいい。
何が起こったなのかなんてわからない。
それでいいんだ。
「卑怯な!」
「いかな賢者様でも、転移したその時を狙われれば……」
「あの傷では……治療は……もう……」
悲壮感溢れる声、視界が滲んでくる。
嫌に耳に響く金属音、怒号。悲鳴。
このまま絶命し、全部を終わらせたいと拒否する意思と裏腹に「僕の力」は生存本能から勝手に僕の傷を修復していく。
更には熱が激痛に変わる前に勝手に痛覚を遮断する念のいれようだ。
そうか、そうか、そうか!
は、ハハハハハ。
「死ぬことも許さねえってか。惨めに、彼らの死を、受け入れ、生きていけと」
自分が自分ではなくなったかのようにすうっと頭が冷え、冷静な自分が状況を俯瞰する。
ふむ。「俺」の腹を貫いたのは槍状の何からしい。
腹に風穴があき、地面に転がっている刃物が僕の腹を突き抜けた凶器なのだろう。
だから何だってんだ?
自分を偽り、可能性を閉ざし、友人をも見捨てた僕だが、それでも普通の人間として社会を生き死んでいくつもりだった。
傷口から煙が上がり始め、溢れ出ていた血が止まる。
俺を追い打ちしようとしてくるような者はいない。そうだよな。腹を貫かれて地面に転がってんだ。
身ぐるみを剥ぐにしても後からだろうよ。まだ動く敵がいるからさ。
なら焦る必要はない。じっくりと観察してやろうじゃないか。
そんな俺をよそに戦いは続いている。
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「見て」みないことにはな。
一方、怪物どもは身の丈4メートルはあろうかという牛頭に人間の体をくっつけたような奴、緑色の肌をした小柄な人型が三体、こいつらのペットらしき大型の狼が三匹か。
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立っているのと同じくらいの人数が物言わぬ躯となっていた。
また一人、今度は軽装の男が狼に左右から喰いつかれ牛頭の斧で真っ二つに。
形勢は戦士側の方が不利に見える。
お、おおお。全身鎧の持つ両手剣の刃が光に包まれた。
俺と「似たような能力」か? それとも別の何かなのか?
彼らの戦う様子を眺めているのも悪くはない。映画のシーンを特等席で鑑賞しているかのようだものな。
軽薄だと思うか? 目の前で人の命が失われようとしているのに?
だが、俺にとって味方なのか敵なのか分からない状況なんだぞ。誰が槍を投擲したのか、有力なのは怪物たちなのだが、ハッキリこの目で見たわけじゃない。
光に包まれた剣によって小柄な怪物が一体倒れ伏す。
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