上 下
20 / 30

20.呼び名が安定しないぞ

しおりを挟む
「これで最後だな」
「はい」
 
 カルミアと顔を見合わせ、家の壁に手をあてる。
 次の瞬間、残った最後の一棟がアイテムボックスの中に収納された。
 どこかで満タンになり「これ以上収納できません」というメッセージが脳内に表示されるかと思ったが、村にある家全てを収納できてしまったのだ。
 無職特典の10倍ってさりげに凄いんじゃないか? 
 いや、大和のアイテムボックスと比較してみないことにはどれだけ優れているのかは分からないか。彼のアイテムボックスでもこれくらいは収納できてしまうのかもしれない。
 ここが落ち着いたら元いた街を探そうと思っていたが、どうしたものかな。俺だと分からないように変装するとか、対策が必要そうだ。

 村人たちには族長の家を収納した後に続々と結界へ向かってもらっている。先に行くと結界が閉じているだろうって?
 問題ない。パンダと徒歩の差は大きいから、たぶん途中で村人に追いつく。
 もっとも、村人の移住が完了したら、日中帯には結界の入り口を開けようと思っている。実は結界の開け閉め実験もしていたのだ。
 二か所に出入り口を作って開けたままにしたとしても、中の精霊の密度は変わらないことが分かった。
 理屈は分からない。確実に森の精霊とやらは外に漏れだしているのだけど、新たに精霊が続々と産み出されて密度を保っているのでは、というのがアザレアの推測である。
 結界の広さによって密度が固定されるようになっているのかもしれないな。
 パンダに聞いても笹しか答えないから、分からん。
 
「それじゃ、行こうか」
「はい!」
「パンダ。行くぞ」
『パンダは笹が食べたいようです』

 はいはい。
 餌が欲しいのだったら、仰向けで口を開くだけじゃなくせめて座るとかできないものか。
 いや、これこそパンダである。
 こう見えて実は俺に懐いているんだろ?
 このツンデレさんめ。
 笹を手のひらの上に出し、パンダの口に近づける。
 
「痛え!」

 手ごとパックンされたぞ。やっぱりこいつ可愛くねえ。
 そんな俺とパンダの様子を眺めていたカルミアが曲げた膝に両手を置き、僅かな笑みを浮かべている。
 
「神獣はレンさんのことが大好きなんですね」
「え、ええ……」
『パンダは笹が食べたいようです』

 いやそこは、突っ込むとか、もっと他のセリフがあるだろ。
 笹をもぐもぐしているのに、「笹が食べたい」って何だよもう。
 ある程度食べさせたらようやく立ち上がるパンダ。
 後ろ足だけで。
 
「それじゃ歩けないだろ? ほら、背中に乗せてくれ」
『ひょろ憎の癖に生意気、なようです』

 憎まれ口を叩きながらもパンダは四本の足で立ち、くいっと首を後ろに向ける。
 パンダの首元にまたがり、もふもふした毛を掴む。
 カルミアも俺の後ろに乗り、ようやく出発となる。
 
「レンさん」
「ん?」
「いえ……すいません」
「何か気になることがあるなら教えて欲しい」

 パンダが歩き始めたところで、後ろから俺に張り付くカルミアが何かを言おうとして口ごもる。
 彼女としては俺に気を遣ったのだろうけど、とても気になるじゃないかよ!
 ほらほら、と体を揺すったら観念したのかカルミアが遠慮がちに口を開く。
 
「これだけ素晴らしい空間魔法をお持ちなのに、人間たちがレンさんを放っておくなんて、と思ったんです」
「ん。言われてみれば……いや、自分の力を誇示するわけじゃないんだけど」
「いえいえ! レンさんの空間魔法は伝説になりますよ!」
「は、はは」

 あの馬鹿どもが「失敗を覆い隠すために秘密裡に俺を処分した」と考えたが、違うのかもしれない。
 もし奴らがマジックアイテムや空間魔法を使う者を多数抱えていたとしても、俺がまるで役に立たないわけじゃないだろ。
 奴隷のように道具箱として使うことだってできるんだ。そうなったら大和が助けてくれそうではある。
 どちらかというと奴隷にするよりは、懐柔してしまう方が楽だろうな。そうしたら自分から協力を申し出るようになる……俺はならんがね。
 なんか、考えれば考えるほど不可解でならん。
 
「あ」
「笹ですか?」
『あと少しは大丈夫、なようです』

 笹に素早く反応するパンダであったが、残念ながら笹のことなど微塵たりとも考えていない。
 つい、声が出てしまったけど、別の可能性が浮かんだからである。
 
 あいつらは一枚岩じゃないんじゃないか?
 となると、秘密裡に俺を処分しようとした線も浮上してくる。
 もしくは、俺を召喚した派閥と敵対する派閥が、俺を攫い売り払った可能性もあるか。
 んー。
 街に戻ることが不安になってきた。だけど、大和には会いたいし、元の世界へ戻る手段についての情報も欲しい。
 戻るか戻らないかは別にしてね。
 
「もがー」
「うわっ」
「きゃ」

 パンダが突然上半身を上にあげるから、ずるりといきそうになったじゃないか。
 しかと毛束を掴んでいたから何とか体を支えたが、カルミアがひしと俺にしがみついているのでパンダの毛が抜けないか心配だ。
 抜けてもいいけど。引っ張られても俺は別に痛くも痒くもないし。
 一方でカルミアは俺の耳元へ口を寄せ囁く。
 
「レンさん、何か、います」
「猛獣?」
「モンスターです。そこの繁みで待ち伏せをしているかも」
「そいつは迂回したほうがいいかな」

 ところが、敵は待っていてはくれないようだった。
 焦れるのが早すぎだろ。待ち構えるなら、通りかかるまで待つんじゃないのか?
 それとも、俺たちが気が付いたことが分かったのかも。
 
 ガサガサと繁みが揺れ、モスグリーンのふさふさした巨体が姿を現す。
 で、でかい。
 見た目は熊に近い。額からユニコーンのような角が生え、爪の大きさが俺の知る熊より大きく鋭い。
 パンダも巨体なのだけど、熊もどきはパンダより一回りほど大きな体躯だった。
 
「パンダ。時間を稼ぐから、その間に逃げよう」
『しゃば憎。パンダは真っ直ぐ進みたいようです』
「いやいや、そこは面倒臭いとか言っている場合じゃないだろ」
『パンダを何だと思っているんだ、なようです』
「熊だぞ、熊。パンダも熊の一種だけど、あいつのが大きいだろ。爪もヤバそうだし」
『ひょろ憎なら捕食されるようです』
「いいから、右な。右」
『降りて待っていろ、だそうです。あと、笹を出せ、だそうです』
「っつ」

 パンダに振り落とされてしまった。地面に尻餅をつき、パンダを見上げる。
 こいつ、この熊とやり合う気かよ。仕方ねえ。いざとなったら、俺が何とかする。
 一方、カルミアは俺とパンダを交互に見つめていた。

『笹、笹、なようです』
「分かったよ」

 出せばいいんだろ。笹を100枚ほどアイテムボックスから取り出す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

処理中です...