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1.追放からの覚醒
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「降りろ」
後ろ手を鎖で縛られたまま、屈強な兵士が顎で俺に指示を出す。
立ち上がろうとしているのに、彼は鎖を掴みぐいっと俺の体を引っ張り上げた。
「引っ張らなくてもこれじゃあ逃げられないし、降りるって」
「ぐずぐずせず、早くしろ!」
どんと背中を押され、馬車の外に出される。
馬車から地面まではちょっとした高さがあるってのに。
よろめきながらも何とか転ぶばずに済んだ。
しっかし、厳重すぎねえか?
俺一人を連れてくるのに、馬二頭が引く大型の馬車とやたらとガタイのいい兵士が四人なんてさ。
一人は馬で横並びに付き添い監視するという念の入れようだ。もっと他のことにお金を使えばいいのに。
なんて場違いなことを思い浮かべた自分にくすりと笑ってしまう。
「ニヤニヤして、よからぬことを考えているんじゃあないだろうな!」
「これでどうしろってんだよ。せめて鎖くらいほどいてくれないか?」
「ならん。領主様のご命令だ。歩け」
俺を突き飛ばした兵士が目で馬に乗る兵士に合図する。
あいつについていけってことだな。
しばらくの間、馬に乗る兵士の横をとぼとぼと歩く。後ろをチラッと確認したら、馬車の姿が米粒のように小さくなっていた。
「ここから先はお前一人だ。いいか、真っ直ぐ進め」
「分かっているさ。『領主様のご命令』だからな」
皮肉たっぷりに言葉を返すと、何を思ったか兵士がヒラリと馬から飛び降りる。
挑発したから鞭でも打とうってのか? 別に構わないさ。今更多少の痛みを受けたところで……。
ところが、兵士は俺の後ろ手に触れ、きつく縛られた鎖を緩めたではないか。
「すまん。俺たちだって本意なわけじゃない。だが、領主様に逆らって生きていくことができぬのだ」
「分かっている。家族だっているものな。俺は天涯孤独さ。気にするな」
「俺にはお前一人でどうにかできるなんて信じられぬのだ。お前がいくら『魔力吸収』の能力を……」
兵士の言葉を遮り、自分の言葉を重ねる。
「そらそうだよ。邪魔だった俺を排除するきっかけができた。誰も領主の命を達成できるなんて思ってないさ」
「すまん……」
「娘がいるんだろ。俺は元々嫌われ者だし。ありがとうな。鎖」
緩めた鎖はいつでも振りほどくことができそうだった。誰が見ているか分からないため鎖をそのままにして一人、歩き始めた。
後ろで馬の足音が聞こえてきて、彼が馬車に向かったのだなと分かる。
「異世界転生? くそっくらえだ。奇跡的に拾った二度目の人生だったけど、まあ、こういうこともあるわな」
断頭台に向かう死刑囚ってのはこんな気持ちだったのだろうか。
人間、確実な死を前にすると逆に肝が据わる。俺だけかもしれないけどさ。
目指す先は魔素というどす黒い魔力溢れる土地だ。魔素に侵食された土地は魔境となり、強力なモンスターがひしめき、腐臭漂う沼地や捻じれた木が生える地獄のようなところになるのだという。
魔境は拡大を続けており、いずれは俺の住む街さえも飲み込んでしまうだろうと噂されていた。
領民を安心させるためか、領主は何か手を打とうとしたのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが俺である。
魔力を吸収できる俺ならば魔素だって吸収できるだろってね。
俺はこの世界で生まれたわけなんだけど、現代日本にいた頃の記憶を持っていた。
いわゆる転生ってやつなんだが、物語ではよく聞くはなしだ。そして、これもまた良くある話だが転生特典か何か知らないけど、特異な能力を持って生まれた。
それがさっき兵士も言っていた「魔力吸収能力」ってわけだ。
これがまたとんでもなく迷惑な能力でね。
自分で制御できず、俺がいるだけで周囲の魔力を吸収してしまうものだから、魔法が発動しないだの魔道具が止まってしまうなど領民の皆さんの生活に迷惑をかけていた。
吸収した魔力を俺が使えるわけじゃあないし、むしろ、能力が邪魔をして俺は一切の魔法、魔道具を使うことができない。
「思い出したくもないのに、人生を振り返ってしまったじゃないか。魔素め、とっととくるならこいってんだよ!」
勢いよく腕を振ると、自然と鎖がほどけ自分の右脚にぴしーんと打ち付ける。
「じ、地味に痛え……。最後の最後まで、酷い」
考えることを止めた俺は、終わるならとっとと終わりたいという一心で駆け出す。
魔境の入り口はここから数キロ先なのか、数百メートル先なのか不明だ。魔境に入ると体が毒素に犯されそのまま死ねるとも聞く。
いっそのこと、このまま逃げちゃうか。
なんて気持ちも浮かんでくるけど、この辺りはゴブリンだかコボルトだかオーガだかの勢力圏なのだ。
武器どころか食糧さえ持っていない俺が、逃げたところでせいぜいモンスターの餌になるのが落ちだろう。
餌になるよりは、魔素に飲み込まれて死んだ方がまだましだよな。
と思いなおし、一心不乱に駆ける。
無我夢中で一時間くらい、いや二時間くらい走っただろうか。
時計も持っていないから正確な時間は不明である。
俺にしては休み休みながらもよくこれだけ走れたものだと謎の感想が頭に浮かぶ。
「うお。い、いつの間に」
さっきまでハッキリと林や草といったよくある自然のままの風景が広がっていたのに、視界が真っ暗になってしまった。
いつの間に……一生懸命走っていたから気が付かなかった? それとも、瞬きする間に闇が押し寄せてきた?
「別にどっちだっていいや。ああ。もし次も記憶を持ったまま生まれ変わるなら、もう少しマシな環境にしてくれよ」
信じる神なんていないが、両膝を地面につけて目を閉じ祈る。
次の瞬間、体の中に膨大な魔力が流れ込んでくる!
「う、ぐ、うああああああ! ぎ、ぐうう。ぎぎっ……」
叫び声の後は声にならないうめき声を出し、その場でうずくまった。
街にいた時から魔力を吸収していたのだが、今回は根本的に違う。
量もさることながら、皮膚をえぐり取られ内臓を焼かれるような激しい痛みが伴うんだ。
普段は「あ、吸収したな」と体に感じる程度なのだが……。
これが、「魔素」か。ただの魔力とは違う、悪意の塊みたいな。
ま、まだか。
まだ終わらないのか。
「痛みって麻痺するもんじゃなかったのかよ! ぎいいい。ぐうう」
新鮮な痛みと言えばいいのか、魔素が体の中をえぐるたびに、新しい傷をつけられるかのようだった。
魔力吸収ってたって、限界があるだろおお。
空気を入れ過ぎた風船が破裂するかのように、俺の体だって広大な土地に広がる魔素を全て吸収することなんてできない。
それが分かっていたから、「断頭台に登る気持ち」だったんだよ!
こ、これなら、ゴブリンにはらわたを引きずり出された方がまだましだったのか?
そ、そんなわけねえ!
「は、はあはあ……。何も見えん……」
終わりはあるのかと目を開いてみるも、真っ暗闇でなんも分からん。
傷みがひっきりなしに襲い掛かって来るから、考えることも遮られる。
再び目を閉じ、必死で痛みに耐えた。
終われ、終われ、終われ……。
やがて呪詛のように心の中で呟く以外、できなくなってしまう。
意識を失えたらどれほど楽か。
だが、魔素の悪意がそうさせるのか、意識は明瞭で痛みもまた新鮮さをもって俺の体を蝕むのだ。
どれだけ痛みに耐えたのか、ふっと突如、体から痛みが引く。
お、終わったか。
記憶があるってことは、また赤ん坊になったのか俺?
転生した時の記憶を手繰り寄せつつも、ゆっくりと目を開く。
「大自然だ……。どこだここ」
心地よいそよ風が俺の髪を撫で、きらきらとした木漏れ日が新緑の大地を照らす。
視界が真っ暗になる前にいた場所なのか、魔素によって遠くまで飛ばされたのかは分からない。
「俺の手だな……」
自分の両手を見やり、自分の手だと確認する。
転生したわけじゃあない。俺は俺のままここにいた。
「どうしてか分からないけど、生き残ったみたいだな」
ぐううー。
現金なもので、死なないと分かった俺の体が空腹を訴える。
といっても何も持っていないんだよなあ。
んー。鶏のもも肉。照り焼きがいいな。あれにがぶりとかじりつきたい。
ゴロン。
突如、小さな何かが虚空から出現し地面に落ちる。
「おお、鳥のももの照り焼き! あ……うん」
拾い上げてみたら、鳥のもも肉を使った照り焼き……らしき木製の彫り物だった。
後ろ手を鎖で縛られたまま、屈強な兵士が顎で俺に指示を出す。
立ち上がろうとしているのに、彼は鎖を掴みぐいっと俺の体を引っ張り上げた。
「引っ張らなくてもこれじゃあ逃げられないし、降りるって」
「ぐずぐずせず、早くしろ!」
どんと背中を押され、馬車の外に出される。
馬車から地面まではちょっとした高さがあるってのに。
よろめきながらも何とか転ぶばずに済んだ。
しっかし、厳重すぎねえか?
俺一人を連れてくるのに、馬二頭が引く大型の馬車とやたらとガタイのいい兵士が四人なんてさ。
一人は馬で横並びに付き添い監視するという念の入れようだ。もっと他のことにお金を使えばいいのに。
なんて場違いなことを思い浮かべた自分にくすりと笑ってしまう。
「ニヤニヤして、よからぬことを考えているんじゃあないだろうな!」
「これでどうしろってんだよ。せめて鎖くらいほどいてくれないか?」
「ならん。領主様のご命令だ。歩け」
俺を突き飛ばした兵士が目で馬に乗る兵士に合図する。
あいつについていけってことだな。
しばらくの間、馬に乗る兵士の横をとぼとぼと歩く。後ろをチラッと確認したら、馬車の姿が米粒のように小さくなっていた。
「ここから先はお前一人だ。いいか、真っ直ぐ進め」
「分かっているさ。『領主様のご命令』だからな」
皮肉たっぷりに言葉を返すと、何を思ったか兵士がヒラリと馬から飛び降りる。
挑発したから鞭でも打とうってのか? 別に構わないさ。今更多少の痛みを受けたところで……。
ところが、兵士は俺の後ろ手に触れ、きつく縛られた鎖を緩めたではないか。
「すまん。俺たちだって本意なわけじゃない。だが、領主様に逆らって生きていくことができぬのだ」
「分かっている。家族だっているものな。俺は天涯孤独さ。気にするな」
「俺にはお前一人でどうにかできるなんて信じられぬのだ。お前がいくら『魔力吸収』の能力を……」
兵士の言葉を遮り、自分の言葉を重ねる。
「そらそうだよ。邪魔だった俺を排除するきっかけができた。誰も領主の命を達成できるなんて思ってないさ」
「すまん……」
「娘がいるんだろ。俺は元々嫌われ者だし。ありがとうな。鎖」
緩めた鎖はいつでも振りほどくことができそうだった。誰が見ているか分からないため鎖をそのままにして一人、歩き始めた。
後ろで馬の足音が聞こえてきて、彼が馬車に向かったのだなと分かる。
「異世界転生? くそっくらえだ。奇跡的に拾った二度目の人生だったけど、まあ、こういうこともあるわな」
断頭台に向かう死刑囚ってのはこんな気持ちだったのだろうか。
人間、確実な死を前にすると逆に肝が据わる。俺だけかもしれないけどさ。
目指す先は魔素というどす黒い魔力溢れる土地だ。魔素に侵食された土地は魔境となり、強力なモンスターがひしめき、腐臭漂う沼地や捻じれた木が生える地獄のようなところになるのだという。
魔境は拡大を続けており、いずれは俺の住む街さえも飲み込んでしまうだろうと噂されていた。
領民を安心させるためか、領主は何か手を打とうとしたのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが俺である。
魔力を吸収できる俺ならば魔素だって吸収できるだろってね。
俺はこの世界で生まれたわけなんだけど、現代日本にいた頃の記憶を持っていた。
いわゆる転生ってやつなんだが、物語ではよく聞くはなしだ。そして、これもまた良くある話だが転生特典か何か知らないけど、特異な能力を持って生まれた。
それがさっき兵士も言っていた「魔力吸収能力」ってわけだ。
これがまたとんでもなく迷惑な能力でね。
自分で制御できず、俺がいるだけで周囲の魔力を吸収してしまうものだから、魔法が発動しないだの魔道具が止まってしまうなど領民の皆さんの生活に迷惑をかけていた。
吸収した魔力を俺が使えるわけじゃあないし、むしろ、能力が邪魔をして俺は一切の魔法、魔道具を使うことができない。
「思い出したくもないのに、人生を振り返ってしまったじゃないか。魔素め、とっととくるならこいってんだよ!」
勢いよく腕を振ると、自然と鎖がほどけ自分の右脚にぴしーんと打ち付ける。
「じ、地味に痛え……。最後の最後まで、酷い」
考えることを止めた俺は、終わるならとっとと終わりたいという一心で駆け出す。
魔境の入り口はここから数キロ先なのか、数百メートル先なのか不明だ。魔境に入ると体が毒素に犯されそのまま死ねるとも聞く。
いっそのこと、このまま逃げちゃうか。
なんて気持ちも浮かんでくるけど、この辺りはゴブリンだかコボルトだかオーガだかの勢力圏なのだ。
武器どころか食糧さえ持っていない俺が、逃げたところでせいぜいモンスターの餌になるのが落ちだろう。
餌になるよりは、魔素に飲み込まれて死んだ方がまだましだよな。
と思いなおし、一心不乱に駆ける。
無我夢中で一時間くらい、いや二時間くらい走っただろうか。
時計も持っていないから正確な時間は不明である。
俺にしては休み休みながらもよくこれだけ走れたものだと謎の感想が頭に浮かぶ。
「うお。い、いつの間に」
さっきまでハッキリと林や草といったよくある自然のままの風景が広がっていたのに、視界が真っ暗になってしまった。
いつの間に……一生懸命走っていたから気が付かなかった? それとも、瞬きする間に闇が押し寄せてきた?
「別にどっちだっていいや。ああ。もし次も記憶を持ったまま生まれ変わるなら、もう少しマシな環境にしてくれよ」
信じる神なんていないが、両膝を地面につけて目を閉じ祈る。
次の瞬間、体の中に膨大な魔力が流れ込んでくる!
「う、ぐ、うああああああ! ぎ、ぐうう。ぎぎっ……」
叫び声の後は声にならないうめき声を出し、その場でうずくまった。
街にいた時から魔力を吸収していたのだが、今回は根本的に違う。
量もさることながら、皮膚をえぐり取られ内臓を焼かれるような激しい痛みが伴うんだ。
普段は「あ、吸収したな」と体に感じる程度なのだが……。
これが、「魔素」か。ただの魔力とは違う、悪意の塊みたいな。
ま、まだか。
まだ終わらないのか。
「痛みって麻痺するもんじゃなかったのかよ! ぎいいい。ぐうう」
新鮮な痛みと言えばいいのか、魔素が体の中をえぐるたびに、新しい傷をつけられるかのようだった。
魔力吸収ってたって、限界があるだろおお。
空気を入れ過ぎた風船が破裂するかのように、俺の体だって広大な土地に広がる魔素を全て吸収することなんてできない。
それが分かっていたから、「断頭台に登る気持ち」だったんだよ!
こ、これなら、ゴブリンにはらわたを引きずり出された方がまだましだったのか?
そ、そんなわけねえ!
「は、はあはあ……。何も見えん……」
終わりはあるのかと目を開いてみるも、真っ暗闇でなんも分からん。
傷みがひっきりなしに襲い掛かって来るから、考えることも遮られる。
再び目を閉じ、必死で痛みに耐えた。
終われ、終われ、終われ……。
やがて呪詛のように心の中で呟く以外、できなくなってしまう。
意識を失えたらどれほど楽か。
だが、魔素の悪意がそうさせるのか、意識は明瞭で痛みもまた新鮮さをもって俺の体を蝕むのだ。
どれだけ痛みに耐えたのか、ふっと突如、体から痛みが引く。
お、終わったか。
記憶があるってことは、また赤ん坊になったのか俺?
転生した時の記憶を手繰り寄せつつも、ゆっくりと目を開く。
「大自然だ……。どこだここ」
心地よいそよ風が俺の髪を撫で、きらきらとした木漏れ日が新緑の大地を照らす。
視界が真っ暗になる前にいた場所なのか、魔素によって遠くまで飛ばされたのかは分からない。
「俺の手だな……」
自分の両手を見やり、自分の手だと確認する。
転生したわけじゃあない。俺は俺のままここにいた。
「どうしてか分からないけど、生き残ったみたいだな」
ぐううー。
現金なもので、死なないと分かった俺の体が空腹を訴える。
といっても何も持っていないんだよなあ。
んー。鶏のもも肉。照り焼きがいいな。あれにがぶりとかじりつきたい。
ゴロン。
突如、小さな何かが虚空から出現し地面に落ちる。
「おお、鳥のももの照り焼き! あ……うん」
拾い上げてみたら、鳥のもも肉を使った照り焼き……らしき木製の彫り物だった。
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