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83.ミツヒデ

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 手ごたえありだ!
 
「ふ、ふふふ。読んでましたか」

 私の振りぬいた拳は、目の前に転移してきたミツヒデの腹を貫いていた。

「きっと貴君は月詠を押し切られると分かるや、転移術を使うと思っていた」
「その為の『雷切』でしたか……」
「そう、雷切は十束を強化せず、私の『左腕』へ」
 
 本来なら全身に効果を及ぼす雷切を左腕だけに集中したのだ。
 私の力ではミツヒデの腹を貫くどころか、全力で拳を叩きつけたところで彼は蚊に刺された程度にしか感じないだろう。
 だからこその「雷切」。

「よく見抜きました。見事ですよ」

 ミツヒデは自分の腹に刺さる私の左腕を右手で掴む。それと同時に、彼の口元から黒い血が流れ出た。
 彼の腹からは一切血が出ていないというのに。
 
「貴君が転移するとなると、十郎の元か『魔』が潜むとリリアナから聞いていた私の『左腕』以外にはありえない」

 リリアナから聞いていなければ、不意を打たれ倒されていたのは私だっただろう。
 ミツヒデを術で追い詰めれば必ず最後は転移術を使ってくると思っていた。これは、私からの誘いだったのだ。
 彼は彼で私が転移術を自分に向け使ってくるとは思っていなかったはず。

 ミツヒデは開いた左腕を振るい、袖から何かを取り出した。

「ハルト! 加勢する!」
「いや、ミツヒデの出したのは札ではない……書物か?」

 そう、ミツヒデが左手に持っていたのは分厚い本だった。黒い革の表紙とページの綴り方は日ノ本風ではないな。
 
「託します。あなたに。これは……私が生涯かけて書き上げた陰陽術の書」
「何故、私に……」

 分からない。いきなりどうしたというのだ?

「その本には栞が挟まっています。あなたがそれを見れば何を意味するかすぐに分かるはずです」

 つつつっと彼の口元から更に黒い血が流れ顎先を伝い、水滴となって地面を濡らした。
 
「ミツヒデ……貴君、一体何を考えているのだ?」
「天下布武ですよ」
「またそれか……。さっきから解せないことがある。何故貴君は腹から血が溢れ出ていない」
「汚したくないからですよ」

 私の体を血で汚したくない? 何故そのようなことをする必要があるのだ。
 眉をしかめてミツヒデを睨むと、彼は冷笑を浮かべ――。
 
「当たり前のことです。あなたの左腕は」

 ミツヒデの右手に力が籠る。
 ぐ、ぐうう。
 左腕は感覚がまるでないままだが、肩口に激痛が走った。
 もう手は出してこないだろうと油断してしまった私の落ち度だ。ミツヒデはこの瞬間を狙っていたのか。

「御屋形様……九十七式 禁装 開闢のことわり

 ミツヒデの右手から黒い闇が漏れ出し、私の左腕を覆う。
 なんとか闇を振り払おうと左腕を動かそうとするが……。
 
「反応しない……絡繰りが解けたのか?」
「いえ、そうではありません。あなたの左腕は今ここにないのですから……そして、私も」

 ミツヒデが一歩後ずさる。
 彼は両手を天高く掲げ、再び術式を構築した。
 
「御屋形様。これで……私の役目は終わりです。九十七式 禁装 天照」

 ミツヒデの両手から先ほどと同じような闇が現れ、彼を覆っていく。
 
「私自身と彼の左腕を捧げ……今こそ、降臨する時です。御屋形様!」
「ま、待て!」
「御屋形様はお待ちしておりますよ。あなた方を。あなた方が真に『天下布武』を成し得る者なのか見極めようと……」

 その言葉を最後にミツヒデを闇が完全に覆い隠す。
 すぐに闇が晴れたが、後には何も残っていなかった。
 
「ハルト」
 
 リリアナは地面に転がっていた黒い本を拾う。

「ありがとう」

 リリアナから本を受け取り、彼女へ礼を述べる。
 
「お主は託されたようじゃの。しかし……未だ話が見えて来ぬ」
「私にも分からない。推測でしかないが」
「ほう。どう考えたのじゃ?」

 興味深そうに目を輝かせるリリアナ。
 
「その前に、十郎を手助けせねば」
「その必要は無いぜ!」
「十郎!」

 振り返ると、そこには十郎が立っていた。
 だが……。

「左胸に不知火が刺さっているが、大丈夫なのか?」
「結構な痛手だが、命に別状はねえ」
「その分だと、宗玄を下したんだな」
「ああ、だが、俺は……宗玄には及ばなかった。シャル。宗玄を治療してやってくれ」
「宗玄を治療だと?」
「説明は後でする。しばらく待っていてくれねえか?」
「分かった」

 十郎はシャルロットと共に、先ほど彼が戦っていた辺りまで歩いて行く。
 宗玄と十郎がどうなったのかは分からぬが、彼らの戦いは終わったということでいいんだな。
 ホッとしたところで、霊力の枯渇から不意に膝から力が抜ける。
 
「座った方がよいぞ」

 よろける私へリリアナが肩の下に腕を回し、一緒にしゃがみ込む。
 
「ありがとう。リリアナ」
「なあに。これくらい妻の務めじゃ」
「さきほどの推測なのだが」
「……ぬ。妾の言葉を無視しおったな」
「……続けていいか?」
「……あい」

 しゅんと顔を落としながらも、私へ寄りかかるのを忘れないリリアナへもはや何も言う事はない。
 気にせず、私の考えを述べよう。
 
「ミツヒデはワザと私に貫かれたんじゃないだろうか?」
「……まさか!」
「彼なら私の考えを読んでいてもおかしくないと思うのだよ」
「ううむ。ならば何故、あの場面で……なるほどのお」
「察しがついたのか?」
「うむ。ミツヒデは自らの月詠を破る者を待っていたのではないじゃろうか? 妾達が月詠を下した。だから、彼の見極めは済んだ」
「私も同じ考えだ」
「つまり、妾たちこそノブナガに会うに相応しいと判断したんじゃないかの?」
「ミツヒデはノブナガを復活させようと思えばいつでも復活させることができた。でも、そうしなかった」
「うむ」

 ミツヒデは私の左腕など使わずともノブナガを再びこの世へ降臨させる術を持っていたはず。
 しかし、彼はこの時までノブナガを現界させなかった。
 それは何故か?
 彼の試練を越え、ノブナガへ会わせることのできる人材を探していたからじゃないだろうか。
 なら、ミツヒデの目的とは魔王を討伐できる者が出るまで待っていた?
 いや、違うだろう。彼とノブナガは目的を同じくすると言っていた。
 
「天下布武か」

 思わず口を突いて出たこの言葉こそ、全ての鍵を握る。
 ミツヒデが魔将になり、ノブナガが魔王となった。二人は偶然、魔将や魔王になったわけではないと確信している。
 手引きしたのはミツヒデで間違いないはずだが、ノブナガがそれに乗ったのは何故なのか……見えて来ないな。
 
「ハルト。恐らく、ノブナガとは対話できるはずじゃ。全ての謎は魔王に聞くしかないの」
「そうだな。ノブナガもきっと私たちとの会談を望んでいる。その後は……」
「まあ、戦いになるじゃろうな」
「魔王と人は相容れない」
「うむ」

 黒い本をギュッと握りしめる。
 ノブナガがどこにいるのか分からぬが、きっとこの本にヒントが書かれているはずだ。
 左手でページを開こうと思ったが……腕が無いことを忘れていた。
 
「不便じゃの。どおれ、妾が開いてやろう」
「膝の上に乗る必要はないだろう」
「サービスじゃサービス」
 
 どっちに向けてのサービスなんだか……。
 呆れたように肩を竦める私なのであった。
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