上 下
81 / 90

81.全力を尽くす

しおりを挟む
「十郎くん、ゼノビアを抱きしめてやったらどうです?」

 ミツヒデが思ってもみなかったことを呟いたので、私たち四人は思わず彼を凝視する。
 その隙にゼノビアは十郎に後ろから抱き着いた。
 
「はぐー」
「分かった。分かった」

 ひょいと体を入れ替えてゼノビアの背中へ手を回した十郎は、ギュッと腕に力を入れる。

「……わたくしも……」

 口をついて言葉が出ていたことに気が付いたシャルロットが恥ずかしそうに顔を伏せた。
 
「この隙に襲い掛かってきてもおかしくねえんだがな……」

 ゼノビアから体を離した十郎がミツヒデではなく、隣に立つ宗玄へ挑戦的な目を向ける。
 
「いや、彼らは『尋常な果し合い』を望んでいる。こちらが万全でない状態で仕掛けてはこないさ」

 「そうだよな? ミツヒデ」と言わんばかりに彼へ目を向けると、彼は静かに頷きを返す。
 
「その通りです。あなたはちゃんと理解しているようで何より」
「これだけ分かりやすければ、どれだけ鈍かろうが気が付く」

 ミツヒデはいつでも私たちの不意を打つことができたのだからな。
 だからこそ、私は彼に問いたい。
 
「この戦いの意義は何なのだ?」
「『天下布武』が為されるかどうか。確かめるためです」
「それは、私たちと戦うことでしか成しえないのか?」
「あなた方でなくともよかったのです」

 なら、話し合いで何とかならないのか?
 彼らは理性的で言葉が通じる。理で説けば、分かりあえないにしても手を引く道だって模索できるのではないか?
 
 しかし、次のミツヒデの言葉で私はそれは成しえないことだと確信する。
 
「が、今はあなた方こそ、死合う相手に相応しいと思っています」

 ミツヒデの言葉は淀みない。
 
「それが『天下布武』なのか?」
「はい。そうです。わたしはあなた方に言いました。『見事』であると」
「私たちのことを認める言葉だろう? それなのに何故、滅ぼし合う」
「必要だからです。それこそが絶対なる『覚悟』。御屋形様との盟約であり、この私が御屋形様へ投げかけた問いなのですから」
「分からない。貴君が何を求めているのか。しかし……そこにいる世事や権力へまるでなびかぬ剣豪の心を動かしたとなれば……」
「余程の信念があるのだとお思いですか?」
「その通りだ」
「ふむ……それは違います。これは御屋形様と私……いや、かつて『天下布武』を夢見た者たちのエゴです」

 例え独りよがりなエゴだとしても、彼らの信念に共感する者はいた。
 彼らとは通じ合えない。彼らの思いは揺らがない。
 死合いを回避することはできないな……。
 
「納得していただけたようですね。良い目です。榊晴斗さん。市ヶ谷十郎くん、そして、遠い異国の地から参ったリリアナさん、シャルロットさん」

 袖を振り扇子を取り出したミツヒデは、パチリと扇子を開くと自分の頬を扇ぐ。
 
「そろそろやろうぜ」

 小狐丸の柄へ手をかける十郎。

「十郎くん、上で見てるからね」

 ゼノビアはコウモリの翼をはためかせ、空へと飛び立つ。
 
「妾はいつでもよいぞ。ハルト!」
「わたくしも覚悟はできております。ここで、魔将を討ち果たしましょう」

 リリアナとシャルロットの決意が籠った声。
 
「そうだな。ミツヒデ、いざ、尋常に」
「勝負はこの扇子が地に落ちた時、よろしいですか?」

 ミツヒデは開いた扇子を閉じ、上へ掲げる。
 対する私たちは、前に十郎、中間にシャルロット、後衛に私とリリアナといつもの陣形を組む。
 
 ほんの一瞬、僅かな間だけミツヒデは今までに見せたことのない表情を見せる。
 それは――目を細め口元へ歓喜を示すような笑みが浮かんだこと。
 すぐにいつもの冷徹な無表情へ転じたミツヒデは、扇子を空へ放り投げる。
 
 くるくると回転しながら舞い上がった扇子は――地に落ちた。
 
「開幕から一丁挨拶だぜ! 行くぞ!」

 十郎は雄たけびをあげ、腰だめに小狐丸を構える。
 対するミツヒデらは宗玄が前に出て、不知火をゆらりと引き抜いた。
 
 十郎の周囲から上向きの風があがり、彼の髪の毛を舞い上げる。
 っつ。十郎。それが挨拶とはやる気充分だな。
 
「奥義・三千大千世界!」

 十郎が小狐丸を振りぬくと、地まで揺らすほどの凄まじい剣圧が宗玄に向かう。
 対峙する剣豪はただ静かに剣を振り上げた。
 
 撫でるような柔らかな剣筋だったが、十郎の放った剣圧の尖端に触れた途端――三千大千世界は完全に消滅する。
 
「……な」
「予想できぬわけではなかったであろう? 強きモノノフよ」

 ずっと押し黙っていた宗玄はここで初めて口を開く。
 
「ああ、分かっていたさ。しかし、こうもあっさりと俺の三千大千世界を消してしまうなんてな。さすが日ノ本一の大剣豪!」

 対する十郎は動揺するどころか、喜色さえ浮かべる。

「十郎、身体強化の術を施す!」

 未だミツヒデは手に札さえ握っておらず何もしてこようとしない。この果し合いは我ら四人と彼ら二人で行われるものなのだ。
 お行儀よく、こちらも様子を伺うなんてことはする必要がない。
 
 しかし、十郎は――。
 
「必要ねえ。宗玄相手に身体能力やら破壊力やらは無力だ。必要なのは『己の刀』のみ」
「よいぞ。強きモノノフよ。物事の本質を分かっておる」
「あっちでやろうぜ。宗玄。誰も俺たちの邪魔はさせねえ」
「望むところでござる。いざ尋常に……」

 二人は勝手に場所を変える提案をしてお互いに同意した。
 十郎が勝つにしろ負けるにしろ、私たちにとってこの状況は都合がいい。いや、都合が良すぎる。
 宗玄が前に立っていれば、私たちの術は全てあの刀に切り裂かれてしまうだろう。
 
 そうなれば……。
 
「不可解ですか?」

 ミツヒデの目が赤色に光る。
 その言葉に心底肝を冷やした。
 
「ハルト、動揺しておる場合ではない。合わせよ!」

 呆けた私へ喝を入れるようにリリアナが叫ぶ。
 
「それでこそです。三対一だからと言って遠慮はいりません。その分……私の霊力は無尽蔵なのですから」

 ついにミツヒデが動く、袖を振り札を取り出すと僅かな瞬間で術を発動させた。
 
「札術 式神・土蜘蛛」

 右手から一匹、左手から一匹の大型犬ほどの大きさがある蜘蛛が出現する。
 土蜘蛛か。
 剛毛がびっちりと生えた太い足を持つ茶色の大蜘蛛。黒色のまだら模様が毒々しいそれは……見た目のまま猛毒を持つ。
 しかし、式神の格としては朱雀などに遠く及ばない。
 まずは小手調べというところか? いや……彼に限ってそんなことは。
 
「あのお方、ハルトさんと同じ術を」
「ミツヒデは私より遥かに陰陽術に詳しい。最大限の警戒を」

 リリアナの集中が長い。
 これは最初から大魔術を構築するつもりだな。
 ……なら、彼女が使う術は――。
 
 袖を振り札を指先で挟む。
 ――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。
 私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……目を開いた。
 
「精霊たちよ、我に力を! ヴァイス・ヴァーサ御心のままに。出でよ。ビリジアン・ドラゴン新緑の龍

 リリアナの力ある言葉に応じ、彼女の手の平から緑色の光が伸び――光が弾ける。
 弾けた光は再び収束し、私がよく見知った蛇のような龍が出現した。古代龍の時に使った最大級の召喚術「ビリジアン・ドラゴン」。
 よし、予想通りだ。
 
「八十九式 物装 啼龍。出でよ。真・青龍!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

クラスメイトのなかで僕だけ異世界転移に耐えられずアンデッドになってしまったようです。

大前野 誠也
ファンタジー
ー  子供頃から体の弱かった主人公は、ある日突然クラスメイトたちと異世界に召喚されてしまう。  しかし主人公はその召喚の衝撃に耐えきれず絶命してしまった。  異世界人は世界を渡る時にスキルという力を授かるのだが、主人公のクラスメイトである灰田亜紀のスキルは死者をアンデッドに変えてしまうスキルだった。  そのスキルの力で主人公はアンデッドとして蘇ったのだが、灰田亜紀ともども追放されてしまう。  追放された森で2人がであったのは――

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

処理中です...