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第50話 意外な人物

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 楔を解く術はグランドクロスという名称で、天から対象へ二本の光の帯が斜めに重なるように降り注ぎ、引っ張るように時計回りに帯が動き十字の形を取る。
 なかなか壮観な聖なる術であったが、タイミングを合わせるのがとても難しかった。
 光の帯が出現してから対象に降り注ぐまでの刹那の間に「重ね」なければ無効になる。何度かシャルロットに術を行使してもらいようやくタイミングがつかめたところで、彼女の霊力が尽きてしまった。

「すまない。シャルロット。立てるか?」
「ちょっと難しそうです」
 
 シャルロットへ手をかそうとするが、彼女が男との接触をなるべく避けていることを思い出す。

「リリアナ。シャルロットへ肩をかしてもらえるか?」
「もちろんじゃ」

 リリアナに手を引かれヨロヨロと立ち上がったシャルロットは、足元がおぼつかない様子でリリアナの胸へよたれかかってしまう。
 霊力が尽きると誰でも疲労困憊になり、立つことさえままならなくなる。普通は霊力が尽きる少し手前で術の使用を控える。
 しかし、シャルロットは文句一つも言わず健気にも倒れ込むまで頑張ってくれたのだ。
 ありがたいことではあるけれど、こうなる前に自制して欲しいのが正直なところ……。
 
 これが練習だからよかったものの、戦いの場で限界まで動かれてしまうとその後、完全に無防備になってしまうからな。
 シャルロットとて戦い慣れしていることだろうし、本番では無理をせず動いてくれると思うので私の心配し過ぎなのだろうけど……。
 
「大丈夫です。この場だけですので……」

 懸念を述べるべきか逡巡していた私へ向け、玉のような汗を額に浮かべたシャルロットが消え入りそうな声で呟いた。

「ハルト、心配せずとも大丈夫じゃよ。シャルロットは聖女になって数年が経つのじゃ。戦いには慣れておる」
「分かった」

 そんなこんなで、シャルロットの霊力が尽きたことでこの場はお開きとなる。
 もし彼女が私に触れられることが問題ないのだったら、霊力供給をすればよかったのだが……練習の場で彼女の教義に反することをしてまでやるわけにはいくまい。
 
 ◇◇◇
 
 ――翌日。
 朝からシャルロットが訪れ、さっそく練習を開始した。
 今日は、グランドクロスにどの属性を重ねることができるのかの調査をする。
 その結果、全ての属性を重ねることができることがわかった。しかし、陰属性は術の威力が落ちてしまう。
 陽、火の効果が高く。他はそれなり。
 後はどの霊装が最も威力が高くなるのかをを調べたいところだな。この日はここでシャルロットの霊力が危うくなったので、切り上げる。
 
 ◇◇◇
 
 日ノ本の商人がドレークに来る日になった。
 私はリリアナとシャルロットと共に煙々羅えんえんらでドレークに向かう。本音を言うとシャルロットの乗る飛竜で行きたかったところなのだが、飛竜は目立ちすぎるので没となった。
 煙々羅えんえんらの利点は畳一枚から二枚分と大きさを調整できることと、いつでも術を解けば消し去ることができることの二点。
 飛竜に比べて速度はかなり落ちるが、目立たないことを考慮するなら煙々羅えんえんらに勝るモノはない。
 今回は私の姿が注目されたくないという事情があるから……飛竜に乗るのは我慢だ。リリアナがかなり抵抗したが、理由を説明するとぶすーっとしながらも納得してくれた。

「こういうノンビリとした空の旅もいいものですね」

 正座したシャルロットは目を細め前方を眺めている。
 そんな彼女の目線の先には、ドレークの街並みが薄っすらと見えていた。
 
「もう少ししたら降りて歩くぞ」
「うむ」
「はい」

 十分くらい進んだところで煙々羅えんえんらを降下させ始める。
 しかしその時、何者かが高速でこちらに飛んで来る気配を感じた。
 
「なんじゃ、あ奴は」

 目のいいリリアナは既に視界に捉えているようで、気配のする方向を指さす。 
 
「何やら、変な奴がこっちに来るぞ。カラスのような翼をはためかせてのお」
「その目が羨ましいよ。私にはまだ見えない」

 同意するようにシャルロットが私に視線を合わせ頷く。
 もう街は目の前だし、街中に入るよりここで待った方がいいだろう。万が一敵対するとなってもここの方がやりやすい。
 ドレークの街は人通りが半端なく多いからな。

 会話しているうちに、私の目にも飛行する人型の姿が見えてくる。
 おそらくあの背格好は男。
 袴に烏帽子と日ノ本の山伏などが好む衣装を着ている……とはいえ烏帽子をかぶっている山伏など見たことないが。

 彼はみるみるうちにこちらへ接近し、カラスの翼を力強くばさーっと羽ばたかせ地に降り立った。
 腰にはひょうたん。背中には大きな楓の葉のような扇。
 間違いない。彼は日ノ本のあやかしだ。袴に烏帽子も彼らの標準的な装束。
 そう――烏天狗の。
 烏天狗は飛行が得意なあやかしで、風を操ることに長けている。

「榊の旦那じゃないでやすかぁ。お見かけしてビックリしやしたぜ」

 烏天狗の男は少年のように朗らかに笑い、会釈する。
 彼のことを私は知っていた。彼ならば、下手なことを吹聴したりしない。
 彼は少年のような面影を残した二十歳くらいの烏天狗で、誰にでも調子よく話すことができるので交友関係も広い。

「まさかこんなところで会うとはな。倶利伽羅くりから

 彼の名は倶利伽羅。機動力を生かして国の諜報員をやっていたはずだが……。

「島流しにあったとかお聞きしてやすが、旦那のことだから絶対にくたばってないと思っていたんすよね! 会えて嬉しいっす」
「私もここへ来たのが貴君でよかったよ」

 含んだ言い方をすると倶利伽羅はすぐに言わんとしていることを察しへへんと自分の顎を指ではじく。
 
「ご安心くだせえ。榊の旦那。旦那がここにいたことはあっしと旦那の秘密でさあ」
「そうしてくれると助かる。私は追放された身。日ノ本では『行方知れず』として扱っていて欲しいからな」
「旦那はここでも魔を退治しているんでやすか?」
「結局は妖魔を討伐している。静かに世を捨て暮らすつもりだったのだがな……」

 苦笑し肩をすくめる。
 陰陽師をしていた頃は彼がよく妖魔を発見し報告に来たものだった。
 
「こちらでも魔将やら真祖やらがいるんでやすか?」
「真祖とは会った。こちらの者もなかなか強者がいてな。協力して討伐したよ」
「さすが旦那! 市ヶ谷の旦那がいなくてもやるもんですね!」
「ジュウロウ様……」

 ここでシャルロットが会話に割り込んでくる。
 十郎のことはシャルロットと私の最も懸案している事項だから、彼の名前を聞くと呟いてしまう気持ちは理解できた。
 しかし、彼女はよく市ヶ谷で十郎のことだとすぐに気が付いたものだ。
 
「おお、この美少女は旦那のいい人ですかい?」
 
 倶利伽羅は調子よくシャルロットを持ち上げながら、カラカラと笑う。

「残念ながら違う。倶利伽羅」
「そうじゃぞ。ハルトは妾といい関係なのじゃ」
「リリアナ。ややこしくなるから……色恋の話は後にしてくれ……」

 目ざとくリリアナが絡んできてしまった。
 倶利伽羅にどれだけ時間が残されてるから分からぬのだ。先に聞きたいことを聞いてしまいたい。
 
「シャルロットさんっていうんですかあ。市ヶ谷と榊のタッグは日ノ本最強って言われてたんでやすよお。前衛を市ヶ谷の旦那。後衛を榊の旦那ってね」
「そうなんですか。ジュウロウ様……」

 リリアナをたしなめている間に、いつの間にか倶利伽羅とシャルロットが仲良くなっているじゃあないか。
 さすが倶利伽羅だ。ああやって人の中に入り込んでいくことはお手の物だ。
 ちょうど会話が途切れたところで、彼に聞きたいことを聞いてしまおう。

「倶利伽羅。貴君は諜報だっただろう? いつから商人になったんだ?」 
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