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第24話 モンスターが村に

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 素っ裸のまま、風呂からあがり陰陽術で身体を乾かす。
 左腕へ絡繰からくりの術をかけ、手を握り開きを数度繰り返した。
 
「よし、大丈夫だな」
 
 自分の意思通りに左腕は動く。
 満足したところでふううと大きく息を吐くと、湯に浮かんだ銀色の髪が目に入り、眉をしかめる。
 嫌でも目に入る銀髪へ鬱々とした気持ちになりながら五右衛門風呂からあがり、髪を後ろへ流したところで声が。
 
「ハルト、リュートが参ったが如何にすればよい?」

 止める間もなくリリアナが私の目の前に姿を現す。

「……」
「む。すまぬ。まだ行水中だったか」
「いや、時間をかけてしまった私の不手際だ」
「そ、それはいいのだが……隠さぬのか……」

 ああ、まだ何も着ていなかったな。
 そういうのなら、リリアナが後ろを向けばいい話だと思うのだが……。
 言葉とは裏腹にリリアナは口に手を当てながら、私の体を凝視している。
 
 彼女には左腕のことを教えてもらったことだし、今更忌避すべき刻印を見られはしたところで思うところは無い。
 先ほどは「見ないでくれ」と言ったが、刻印は彼女を向こうへ追いやる詭弁に過ぎなかったのだから。
 本音は一人でゆっくりと風呂につかりたかっただけ。
 もっとも、彼女以外の人物にとなると「刻印を見られたくない」というのは本音ではあるが……。

「すまんが、服を着るまでリュートには待っててもらえるように言ってもらえるか? 直接礼が言いたい」
「分かった。しかし、お主……案外引き締まった体をしておるの」
「戦闘の繰り返しだったからな。サムライほどではないにしろ、鍛えてはいるさ」

 急いで服を着てから、すぐに家の中へ向かう。
 
 中に入ると、リリアナが食器とリュートが持ってきてくれた夕食を机に並べていてくれているところだった。
 リュートはというと、台所に立ち飲み物の準備をしているではないか。
 この香り……紅茶に違いない。
 
「リュート。持ってきてくれてありがとう。それに紅茶まで」
「ハルト兄ちゃん! 魚と塩をありがとうな! 助けてもらって、いろいろ差し入れまでしてくれて!」
「なあに。貴君の料理には何物も敵わないさ」

 へへへと鼻を指でこするリュートと笑いあう。
 
 この後はリュートの料理に舌鼓を打ち、すぐに寝ることになった。

 ――翌朝。
 この日はリリアナと共に野山に出て、野草や果物について聞きつつ、枯れ木を集め家の裏手まで運ぶ。
 続いて家の中を見渡しながら、必要な物をリリアナに作っていってもらう。
 洗面用の桶や食料保管用の箪笥など大きい物から、コップや籠など細かい物まで、刃物以外の必要最低限の物は彼女の助けで揃えることができた。

 作業をしているが、昨日に引き続き穏やかな時間が流れ、宵の口を迎える。
 今晩はリュートたちから分けてもらった牛乳とバターを使い、鹿肉のシチューをリリアナと奮闘しながら調理してみた。

 リリアナと向かい合わせに座り、彼女の作ってくれたお玉でシチューを皿に盛る。
 一方の私は、これまたリュート一家からお裾分けされた丸パンが入った籠を机の上に置く。

「う、うむ。ま、まあ悪くはないの」
「そ、そうだな。昨日の昼よりは断然よい」

 乾いた笑い声をあげつつ、私とリリアナは冷や汗が流れ出る。
 一応、食べるに困らない味ではある。上出来だろう……。
 
「パンは美味じゃの」
「そ、そうだな……」

 微妙な空気を払拭しようとリリアナが呟くが、そのパンはリュートにいただいたものだ……。
 言った後、リリアナもすぐに気が付いたようで顔を上に向け黄昏れていた。
 
 ――ドンドン
 その時、扉を激しく叩く音が響く。
 これはただ事ではないな。リリアナと頷きあい、扉を開く。

 扉の外には村長と砂浜へ行ったときに現場確認を行った若い男が、息絶え絶えに立っていた。
 
「どうしました?」
「モ、モンスターが」

 男は扉へ手をつき、なんとか言葉を返す。
 急いでここまで来たのだろう。
 そこへ、リリアナが水の入ったコップを男へ手渡す。
 男はコップを受け取ると一息に水を飲み干し、大きく息を吐いた。
 
「あ、ありがとうございます」
「落ち着いたかの?」

 リリアナへコップを手渡した男は彼女へ頷きを返す。
 やっと息が整った男は扉から手を離し、こちらを向く。
 
「何があったんですか?」

 私の問いかけに男は苦虫を噛み潰したように呟く。
 
「モンスターが三体……村へ。いきなりのお願いで申し訳ありませんが、ハルト殿……モンスターをお願いできませんか?」

 ほう。モンスターか。強力な魔の者ならばすぐに気が付くのだが、小者となると集中せねば存在が小さすぎて接近を把握することは難しい。

「お任せください」
「ありがとうございます! 村までモンスターが来ることなんてここ数年間無かったものでして……」

 なるほど、だからこれほど焦っていたのか。
 村の外周に警戒網を敷いた方が良いだろうな。それなら、どのような小者であっても気が付く。

「落ち着いてください。すぐに向かいますので」
「場所は……」
「大丈夫です。気配を感じ取れば」

 男へ家の扉を閉めて待機するように告げ、彼を帰らせる。
 
「リリアナ」
「既に感知しておるぞ。低位のアンデッドじゃな」

 リリアナは何でもないと言った風に首を振った。

「アンデッド……不死者か」

 目を閉じ、魔の気配へ意識を集中させると……確かに三体の魔を感じとることができる。
 低位の不死者で間違いないな。
 
「リリアナ。討伐してくる」
「妾も行く」

 ◇◇◇
 
 外に出ると、曇り空のため月も出ておらず走ることもできないくらい視界が悪い。
 ランタンも持たずに前へ進んで行くリリアナへ「少し待ってくれ」と声をかけた。
 
「そうじゃった。ハルトは人間じゃったの」
「ああ、すぐに終わる」

 袖を振り札を指先で挟む。
 目を閉じ、集中、すぐに目を開ける。
 
「暗視術」

 術の発動と共に、視界が明瞭になった。
 しかし、暗視術で見える世界は白黒で色がついていない。
 慣れないうちは違和感のある見え方なのだが、もう何度も暗視術で野山を駆け回った私にとっては慣れた景色だ。
 
「待たせたな。行こう」
「うむ」

 リリアナと共に、目的地へと駆け出す。

 村の北側へ進み、人家が少なくなってきたところで不死者の姿を発見した。
 不死者は肉が腐りかけた元人間のモノで、全員男。
 服と腐り具合から判断するに、不死者になってまだそれほど日数が経っていないようだな。

「ステータス・オープン」 

『名称:ゾンビ
 種族:アンデッド
 レベル:十二
 HP:七十
 MP:―
 スキル:神経毒』 

 予想した通り、低位の魔の者で間違いない。
 ズルズルと足を引きずりながらゆっくりとこちらに向かってくるが、その歩みは鈍重で人が普通に歩行するより遅いくらいだ。

 あの歩き方からして、これだけ距離が開いていれば、警戒する必要もないだろう。

「リリアナ。すぐ仕留める」
「うむ」

 リリアナは私の後ろへ下がり、ゾンビの様子をじっと伺う。
 私は袖を振り、札を指に挟み目を閉じ術式を紡ぐ。
 
「二十六式 物装 葬送火そうそうか

 青白い炎が札から舞い上がり、ゾンビへ向け一直線に迸る。
 鈍重なゾンビ三体とも炎を避ける様子もなく、炎が着弾すると燃え上がった。
 
 間もなく、三体揃って鎮魂の炎に焼かれ尽くし体が全て煙となっていく。
 残ったのは彼らの着ていたところどころが破れた衣服のみだった。

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