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第36話:大好き!すみれ先生(その2)
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翌日
「ゴメンね。運ぶの手伝ってもらっちゃって。」
「いえ・・・いいんですよ」
すみれと戸草は教材を運びながら講師準備室に向かっていた。
結局あれから戸草は押し寄せる妄想と一晩中戦っていた・・・。
そして朝、下着に不本意なシミを作ってしまっていた。
(・・・だから不可抗力なんだってば!)
戸草は心の中で言い訳する。
「ん?どうかした?」すみれが心配そうに聞いてきた。
「いえ、なんでもないです」戸草は平静を装って答える。
(恥ずかしくて言えないよ・・・こんな事)
今すみれの事を手伝っているのは、いくら不可抗力とはいえ
すみれでいやらしい妄想をしてしまったという罪悪感からくる
彼なりの贖罪の気持ちからだった。
「よし、これで全部かな。ありがとうね!」すみれが笑顔で言った。
(あぁ・・・笑うとやっぱり可愛いな)
戸草は素直にそう思った。
「なんか悪いね、重かったでしょ?」
「いえ大丈夫です!先生の事、その・・・好きだし!」
つい勢いで言ってしまう。
(しまった!)
「え?あ、ありがとう・・・私も、好きだよ」
「えっ?!」
戸草は思わず顔を上げてしまう。
「戸草くんも青柳さんも広瀬くんも横河さんも・・・
私が受け持ってる子はみんな大好きだよ!」
すみれは笑顔で返す。
「え・・・あ、ありがとうございます」
(そういう意味じゃないんだがなぁ)戸草は心の中でぼやく。
「じゃあまたね!」すみれはそう言うと準備室に入っていった。
「・・・・」戸草はその様子を苦々しく見送る。
「ほら、あんたは恋愛対象に見られてないんだって」
後ろで様子を見ていた青柳が面白そうに戸草の背中をポンポンと叩く。
「・・・うるせぇ」戸草は不機嫌そうに返した。
「大体お前なんだよ?!いつも俺に嫌な事ばっか言って・・・!」
戸草は思わず青柳に怒鳴りつけてしまう。
「何よ!あんたがこの先実る事のない恋に必死なのが
あまりに痛々しいから忠告してあげてるのよ。」
青柳も青柳でついそんな風に言い返してしまった。
売り言葉に買い言葉だ。
「大体、向こうの方が年上だし、彼氏もいるし、
男として見られてないし、
今のあんたに何一つ勝てる要素ないじゃん!」
「う・・・!」
青柳の言葉に戸草は何も言い返せなかった。
(確かに今の俺には何一つ勝てる要素がない・・・)
「分かってる!・・・分かってるよそんな事!」
「だったら・・・」
と、青柳がここまで言いかけたところで、準備室のドアが開いた。
「こら!何ケンカしてるの!?」
すみれが怒った表情で出てきた。
いつの間にか、お互いの声が大きくなっていたようだ。
「あ、いえ・・・その」戸草はバツの悪そうな顔で言う。
「青柳さんも!ダメだよ?ケンカなんかしちゃ!」
すみれが注意する。
「・・・はい」青柳も素直に謝った。
***
「・・・でね。二人とも廊下でケンカしてたんだ。」
その日の夕食時、すみれはユキヤに塾で起きたことを話していた。
「戸草くん、いつも真面目でいい子なのになぁ・・・
今日はどうしたんだろ?」
すみれは眉間にしわを寄せる。
「お前それって・・・その子は・・・」
「え?なに?」
「いや、なんでもない。」
ユキヤは言葉を濁す。
(多分、その戸草って子、お前の事が好きなんだと思うぞ・・・)
断片的な情報だが、ユキヤは直感的に心の中でそう思った。
「今日だって、私が準備室に教材運ぶの手伝ってくれたし・・・」
(・・・あーそりゃ、お前だからだよ!)
ユキヤは内心毒づいた。
「きっと何か悩みがあるんだよ・・・。
今度話を聞いてあげなきゃダメかな。」
すみれがそう言うと、ユキヤは心の中で
(うわぁ・・・お約束だけど、本人気付いてないし!)
と頭を抱えた。
「・・・それはちょっとやめといた方がいいんじゃないかな?」
ユキヤは顔を引きつらせながら絞り出すように言った。
「え?どうして?」
すみれは不思議そうに首を傾げた。
(ダメだこいつ・・・本当に気付いてない)
ユキヤは心の中でため息をつく。
「・・・いや、そういう事は当人同士の問題だと思うし」
(お前が元凶だからだよ)
ユキヤは彼女の鈍感さに呆れつつ、心の中でツッコミを入れる。
「とにかくお前はいつも通りにしてればいいよ」
「うーん・・・そっかなぁ」
(本当にこいつは鈍感だな)ユキヤは心の中でため息をついた。
***
そんな事が続いた休日の夕刻、母から買い物を頼まれ、
戸草は商店街を歩いていた。
あれから何日も経っているが、
彼の中のモヤモヤした感情は消えていない。
それどころか日を追うごとに強くなっている。
(・・・だから俺に見込みはないってのは分かってる。
でも、どうしても諦められない!)
戸草は自分の気持ちをどうしていいか分からなかった・・・。
(いや、すみれちゃんがもし今の彼氏と別れたら・・・
俺にもチャンスが!?・・・ってダメだろ!
そんなバカなこと考えちゃ!!)
そんな事を考えながら歩いていると、
遠くに男女二人が並んで歩いてるのが見えた。
女性の方に見おぼえたあった・・・。
(あれは・・・すみれちゃん?!)
戸草は思わず立ち止まる。
そしてそっと二人の後を付けてしまう・・・。
(あの人がすみれちゃんの彼氏か・・・?)
すみれと彼氏は楽しそうに談笑しながら歩いている。
(すごく仲が良さそうだな・・・)
その様子を戸草は複雑な気持ちで見ていた・・・。
(あんな顔、するんだ・・・)
彼女が相手に向けて時折見せる笑顔。
それは自分たちには見せたことのない顔だ。
戸草は胸が締め付けられるような思いだった。
(・・・やっぱり俺なんかじゃ勝ち目ないのかな)
そう思いながらも、二人の後をこっそりとついていく・・・。
(俺よりもずっと背が高いし、イケメンだし・・・)
戸草はすみれの彼氏を観察する。
見た感じ年齢も彼女とそう変わらない事から、
同じ大学生なのだろう。
爽やかな雰囲気で、すみれと並ぶと
お似合いのカップルに見える。
(・・・それに引き換え俺と来たら、
こんなストーカーみたいな事を!)
彼がそんな自己嫌悪に陥ってると、誰かに肩を掴まれた。
「おい!何さっきから人の後付けてるんだ!」
声の主は、すみれの彼氏・ユキヤだった。
どうやら気付かれていたらしい。
「いや、あの・・・すみません!」戸草は必死に謝った。
「どうしたの?」すみれが後ろから声をかける。
「いや、この坊主がさっきから後付けてたんだよ。」
「嘘、全然づかなかった・・・」
「・・・気付けよ。」ユキヤが呆れたように返した。
「いや・・・あの・・・」戸草は何も言えなかった。
(やばい・・・完全にストーカーじゃん、俺。)
すると突然すみれが戸草の方に振り返った!
思わず身構えた戸草だったが・・・、
「あれ?戸草くんじゃん!奇遇だね!」
すみれは笑顔で話しかけて来た。
「え?あ、はい・・・」
戸草は戸惑いながらもなんとか返事をする。
「知ってる子なのか?」
「うん、ほらこの前話したでしょ?あの塾の子」
「あぁ・・・」
そこまで聞いてユキヤはピンと来る。
(ああ、この子があのすみれを好きって子か・・・)
ユキヤは戸草の事を見ながらこの前のすみれの話を思い出す。
「あれ?どうしたの?」すみれが不思議そうに聞く。
「いや、なんでもないよ」ユキヤは誤魔化すように答えた。
(そうか、だからこいつ・・・俺らの・・・というか
すみれの後を付けてたわけか)
ユキヤは彼の心情を想うと
いたたまれなくなり、内心ため息をついた。
「今日はどうしたの?」
「ええと母に頼まれてちょっと買い物に・・・」
戸草は決まり悪そうに答える。
(これは・・・後を付けてた理由をこれ以上しつこく
聞いてやらない方がいいかな・・・)
すみれ本人よりも彼の事情を察しているユキヤは
それ以上何も言わなかった。
「そっかあ、戸草くんもお使いとかするんだねぇ」
すみれはニコニコしながら言う。
(・・・こいつも鈍いな)ユキヤは少し呆れる。
「今日はお二人で・・・デ、デートですか?」
戸草は精一杯に平静を装いながら聞く。
「ううん、違うよ。夕飯の材料買いに来ただけ。」
すみれは事も無げに返す。
「え・・・?二人でですか??」
「そう、だって一緒に暮らしてるもん。
あ、紹介するね。これユキヤっていうの。一応彼氏だよ」
すみれはニコニコしながら言う。
「一応ってなんだよ」ユキヤがすかさずツッコむ。
(え・・・?)戸草は突然の事に頭が真っ白になった・・・。
「・・・!あ、いや、なんでもないです・・・」
思わず取り乱してしまう。
すみれの言葉は戸草にとって、地獄への片道切符であった・・・。
(・・・すみれちゃんが彼氏と同棲してる?)
「あ、あの・・・その」戸草は何か話そうと必死に言葉を探す。
だが何も思い浮かばない・・・。
「・・・じゃあ、俺ら行くわ」ユキヤが突然言った。
「え?」すみれは思わず聞き返す。
「お前がさっき言ってたあの店の特売の時間そろそろだろ?」
ユキヤはそう言ってその場から立ち去ろうとする。
(このままこいつと一緒にいても可哀想だしな・・・)
彼も彼で戸草を気遣ってのセリフだった。
「うん、じゃあ戸草くん、また塾でね」
すみれは戸草に手を振った。
(少年・・・強く生きろよ)
ユキヤは歩き出しながら心の中で祈った。
「・・・」
「どうしたの?真面目な顔して?」
すみれは不思議そうにユキヤに尋ねる。
「・・・まぁ大人になるための試練って奴さ」
ユキヤはそう言って少し寂しそうに笑う。
「はぁ?」
「いいから行くぞ。間に合わなくなってもいいのか?」
ユキヤはすみれの腕を引いて歩き出した。
「うん・・・」すみれは不思議そうにユキヤの顔を見ると
素直に彼に手を引かれて歩いていった。
(あ・・・、行ってしまった)
その場に取り残され、戸草はしばらく呆然としていた。
(あの二人、一緒に住んでるのか・・・)
すみれに彼氏がいたこと。頭では分かっていても、
心のどこかでは認めることはできなかった。
しかし今、この目で動かぬ事実を目の当たりにしてしまった・・・。
そんな事実を受け入れたくない気持ち。それが彼の中で渦巻いている。
「はぁ・・・俺、何やってんだ・・・」
そう言いながら力なく歩き出す彼の目には涙が浮かんでいた・・・。
つづく
「ゴメンね。運ぶの手伝ってもらっちゃって。」
「いえ・・・いいんですよ」
すみれと戸草は教材を運びながら講師準備室に向かっていた。
結局あれから戸草は押し寄せる妄想と一晩中戦っていた・・・。
そして朝、下着に不本意なシミを作ってしまっていた。
(・・・だから不可抗力なんだってば!)
戸草は心の中で言い訳する。
「ん?どうかした?」すみれが心配そうに聞いてきた。
「いえ、なんでもないです」戸草は平静を装って答える。
(恥ずかしくて言えないよ・・・こんな事)
今すみれの事を手伝っているのは、いくら不可抗力とはいえ
すみれでいやらしい妄想をしてしまったという罪悪感からくる
彼なりの贖罪の気持ちからだった。
「よし、これで全部かな。ありがとうね!」すみれが笑顔で言った。
(あぁ・・・笑うとやっぱり可愛いな)
戸草は素直にそう思った。
「なんか悪いね、重かったでしょ?」
「いえ大丈夫です!先生の事、その・・・好きだし!」
つい勢いで言ってしまう。
(しまった!)
「え?あ、ありがとう・・・私も、好きだよ」
「えっ?!」
戸草は思わず顔を上げてしまう。
「戸草くんも青柳さんも広瀬くんも横河さんも・・・
私が受け持ってる子はみんな大好きだよ!」
すみれは笑顔で返す。
「え・・・あ、ありがとうございます」
(そういう意味じゃないんだがなぁ)戸草は心の中でぼやく。
「じゃあまたね!」すみれはそう言うと準備室に入っていった。
「・・・・」戸草はその様子を苦々しく見送る。
「ほら、あんたは恋愛対象に見られてないんだって」
後ろで様子を見ていた青柳が面白そうに戸草の背中をポンポンと叩く。
「・・・うるせぇ」戸草は不機嫌そうに返した。
「大体お前なんだよ?!いつも俺に嫌な事ばっか言って・・・!」
戸草は思わず青柳に怒鳴りつけてしまう。
「何よ!あんたがこの先実る事のない恋に必死なのが
あまりに痛々しいから忠告してあげてるのよ。」
青柳も青柳でついそんな風に言い返してしまった。
売り言葉に買い言葉だ。
「大体、向こうの方が年上だし、彼氏もいるし、
男として見られてないし、
今のあんたに何一つ勝てる要素ないじゃん!」
「う・・・!」
青柳の言葉に戸草は何も言い返せなかった。
(確かに今の俺には何一つ勝てる要素がない・・・)
「分かってる!・・・分かってるよそんな事!」
「だったら・・・」
と、青柳がここまで言いかけたところで、準備室のドアが開いた。
「こら!何ケンカしてるの!?」
すみれが怒った表情で出てきた。
いつの間にか、お互いの声が大きくなっていたようだ。
「あ、いえ・・・その」戸草はバツの悪そうな顔で言う。
「青柳さんも!ダメだよ?ケンカなんかしちゃ!」
すみれが注意する。
「・・・はい」青柳も素直に謝った。
***
「・・・でね。二人とも廊下でケンカしてたんだ。」
その日の夕食時、すみれはユキヤに塾で起きたことを話していた。
「戸草くん、いつも真面目でいい子なのになぁ・・・
今日はどうしたんだろ?」
すみれは眉間にしわを寄せる。
「お前それって・・・その子は・・・」
「え?なに?」
「いや、なんでもない。」
ユキヤは言葉を濁す。
(多分、その戸草って子、お前の事が好きなんだと思うぞ・・・)
断片的な情報だが、ユキヤは直感的に心の中でそう思った。
「今日だって、私が準備室に教材運ぶの手伝ってくれたし・・・」
(・・・あーそりゃ、お前だからだよ!)
ユキヤは内心毒づいた。
「きっと何か悩みがあるんだよ・・・。
今度話を聞いてあげなきゃダメかな。」
すみれがそう言うと、ユキヤは心の中で
(うわぁ・・・お約束だけど、本人気付いてないし!)
と頭を抱えた。
「・・・それはちょっとやめといた方がいいんじゃないかな?」
ユキヤは顔を引きつらせながら絞り出すように言った。
「え?どうして?」
すみれは不思議そうに首を傾げた。
(ダメだこいつ・・・本当に気付いてない)
ユキヤは心の中でため息をつく。
「・・・いや、そういう事は当人同士の問題だと思うし」
(お前が元凶だからだよ)
ユキヤは彼女の鈍感さに呆れつつ、心の中でツッコミを入れる。
「とにかくお前はいつも通りにしてればいいよ」
「うーん・・・そっかなぁ」
(本当にこいつは鈍感だな)ユキヤは心の中でため息をついた。
***
そんな事が続いた休日の夕刻、母から買い物を頼まれ、
戸草は商店街を歩いていた。
あれから何日も経っているが、
彼の中のモヤモヤした感情は消えていない。
それどころか日を追うごとに強くなっている。
(・・・だから俺に見込みはないってのは分かってる。
でも、どうしても諦められない!)
戸草は自分の気持ちをどうしていいか分からなかった・・・。
(いや、すみれちゃんがもし今の彼氏と別れたら・・・
俺にもチャンスが!?・・・ってダメだろ!
そんなバカなこと考えちゃ!!)
そんな事を考えながら歩いていると、
遠くに男女二人が並んで歩いてるのが見えた。
女性の方に見おぼえたあった・・・。
(あれは・・・すみれちゃん?!)
戸草は思わず立ち止まる。
そしてそっと二人の後を付けてしまう・・・。
(あの人がすみれちゃんの彼氏か・・・?)
すみれと彼氏は楽しそうに談笑しながら歩いている。
(すごく仲が良さそうだな・・・)
その様子を戸草は複雑な気持ちで見ていた・・・。
(あんな顔、するんだ・・・)
彼女が相手に向けて時折見せる笑顔。
それは自分たちには見せたことのない顔だ。
戸草は胸が締め付けられるような思いだった。
(・・・やっぱり俺なんかじゃ勝ち目ないのかな)
そう思いながらも、二人の後をこっそりとついていく・・・。
(俺よりもずっと背が高いし、イケメンだし・・・)
戸草はすみれの彼氏を観察する。
見た感じ年齢も彼女とそう変わらない事から、
同じ大学生なのだろう。
爽やかな雰囲気で、すみれと並ぶと
お似合いのカップルに見える。
(・・・それに引き換え俺と来たら、
こんなストーカーみたいな事を!)
彼がそんな自己嫌悪に陥ってると、誰かに肩を掴まれた。
「おい!何さっきから人の後付けてるんだ!」
声の主は、すみれの彼氏・ユキヤだった。
どうやら気付かれていたらしい。
「いや、あの・・・すみません!」戸草は必死に謝った。
「どうしたの?」すみれが後ろから声をかける。
「いや、この坊主がさっきから後付けてたんだよ。」
「嘘、全然づかなかった・・・」
「・・・気付けよ。」ユキヤが呆れたように返した。
「いや・・・あの・・・」戸草は何も言えなかった。
(やばい・・・完全にストーカーじゃん、俺。)
すると突然すみれが戸草の方に振り返った!
思わず身構えた戸草だったが・・・、
「あれ?戸草くんじゃん!奇遇だね!」
すみれは笑顔で話しかけて来た。
「え?あ、はい・・・」
戸草は戸惑いながらもなんとか返事をする。
「知ってる子なのか?」
「うん、ほらこの前話したでしょ?あの塾の子」
「あぁ・・・」
そこまで聞いてユキヤはピンと来る。
(ああ、この子があのすみれを好きって子か・・・)
ユキヤは戸草の事を見ながらこの前のすみれの話を思い出す。
「あれ?どうしたの?」すみれが不思議そうに聞く。
「いや、なんでもないよ」ユキヤは誤魔化すように答えた。
(そうか、だからこいつ・・・俺らの・・・というか
すみれの後を付けてたわけか)
ユキヤは彼の心情を想うと
いたたまれなくなり、内心ため息をついた。
「今日はどうしたの?」
「ええと母に頼まれてちょっと買い物に・・・」
戸草は決まり悪そうに答える。
(これは・・・後を付けてた理由をこれ以上しつこく
聞いてやらない方がいいかな・・・)
すみれ本人よりも彼の事情を察しているユキヤは
それ以上何も言わなかった。
「そっかあ、戸草くんもお使いとかするんだねぇ」
すみれはニコニコしながら言う。
(・・・こいつも鈍いな)ユキヤは少し呆れる。
「今日はお二人で・・・デ、デートですか?」
戸草は精一杯に平静を装いながら聞く。
「ううん、違うよ。夕飯の材料買いに来ただけ。」
すみれは事も無げに返す。
「え・・・?二人でですか??」
「そう、だって一緒に暮らしてるもん。
あ、紹介するね。これユキヤっていうの。一応彼氏だよ」
すみれはニコニコしながら言う。
「一応ってなんだよ」ユキヤがすかさずツッコむ。
(え・・・?)戸草は突然の事に頭が真っ白になった・・・。
「・・・!あ、いや、なんでもないです・・・」
思わず取り乱してしまう。
すみれの言葉は戸草にとって、地獄への片道切符であった・・・。
(・・・すみれちゃんが彼氏と同棲してる?)
「あ、あの・・・その」戸草は何か話そうと必死に言葉を探す。
だが何も思い浮かばない・・・。
「・・・じゃあ、俺ら行くわ」ユキヤが突然言った。
「え?」すみれは思わず聞き返す。
「お前がさっき言ってたあの店の特売の時間そろそろだろ?」
ユキヤはそう言ってその場から立ち去ろうとする。
(このままこいつと一緒にいても可哀想だしな・・・)
彼も彼で戸草を気遣ってのセリフだった。
「うん、じゃあ戸草くん、また塾でね」
すみれは戸草に手を振った。
(少年・・・強く生きろよ)
ユキヤは歩き出しながら心の中で祈った。
「・・・」
「どうしたの?真面目な顔して?」
すみれは不思議そうにユキヤに尋ねる。
「・・・まぁ大人になるための試練って奴さ」
ユキヤはそう言って少し寂しそうに笑う。
「はぁ?」
「いいから行くぞ。間に合わなくなってもいいのか?」
ユキヤはすみれの腕を引いて歩き出した。
「うん・・・」すみれは不思議そうにユキヤの顔を見ると
素直に彼に手を引かれて歩いていった。
(あ・・・、行ってしまった)
その場に取り残され、戸草はしばらく呆然としていた。
(あの二人、一緒に住んでるのか・・・)
すみれに彼氏がいたこと。頭では分かっていても、
心のどこかでは認めることはできなかった。
しかし今、この目で動かぬ事実を目の当たりにしてしまった・・・。
そんな事実を受け入れたくない気持ち。それが彼の中で渦巻いている。
「はぁ・・・俺、何やってんだ・・・」
そう言いながら力なく歩き出す彼の目には涙が浮かんでいた・・・。
つづく
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