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第47話:俺、実家に帰らせていただきます。(その4)

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翌朝。

(変な時間に起こされたから眠い・・・)
黒川はまだ少し寝ぼけ気味に身支度を整えて、居間に向かった。
「あら、おはよう」
廊下を歩いていると、台所で朝食の支度をしている母に挨拶される。

「おはよう」
「なんか夜中に茜の声がしてたけど、何かあった?」
「・・・知らないけど。」
黒川はぶっきらぼうに答えた。
そして昨晩の訳の分からない騒ぎを思い出す。
(言えるわけないだろ・・・)
「そう?ならいいけど」と母はそれ以上追及しなかった。

「姉さんは?」
「あの子ならまだ寝てるはずだけど」

「はぁ・・・」黒川はため息を吐く。
(まったく、昨晩の事は忘れてほしいよ・・・)
彼は心の中で愚痴った。すると・・・。

「おはよ~」と茜が眠そうに起きてきた。
「・・・おはよう」と黒川は素っ気なく答える。
(昨日の事を忘れてくれりゃいいのに・・・)
そんな彼の思いとは裏腹に、茜は相変わらず上機嫌である。

「ふふふ、今日もバッチリ決めてるねぇ、瞬君!」
茜はそう言いながら黒川の肩をポンと叩く。
(・・・昨夜あれだけ飲んだのに、二日酔いの気配すらない)
黒川は呆れつつも、どこかこんな姉の様子に
どこか懐かしい気持ちになった。

「ところで、今日は私の買い物に付き合ってくれるんだよね?」
茜が黒川の肩を掴んだまま、笑顔で話しかける。
「え?何言って・・・?」
黒川がそう言いかけると、茜は彼の耳元に顔を近付けてこう囁いた。

「バラされたくないでしょ?」
「っ!?」
黒川は背筋が凍った。
(まさか、昨日の事・・・?!)
彼は動揺して言葉が出なかった。
「・・・ふふ」と茜は不敵に笑うと、そのまま台所に行ってしまった。
(やばいな・・・。完全に弱みを握られてる・・・)
黒川は顔面蒼白になる。

***

1時間後。2人は電車に揺られていた。
目的の駅に到着するまであと30分程である。
2人が住む街から少し離れた場所の
ショッピングモールに行く予定だ。
「もう、いつまでふてくされてるの?」
茜は黒川を肘で小突く。

「うるさいな・・・」
(まったく、こっちは脅迫されてるんだぞ・・・)
黒川は心の中で愚痴る。
「あ、もしかして照れてる?可愛いなぁ!」
と茜が茶化すように言う。
「・・・うるさい」
黒川は不機嫌そうに答えた。

(どこの世界に弟を脅迫する姉が・・・・)
と思いかけたが、過去に何度かこんな事があったのを思い出す。
姉に何かしらの弱みを握られて、こき使われるのは
これが初めてではなかった・・・。

「・・・姉さん」黒川はジト目で姉を見る。
「ん?なに?」と茜は平然と答えた。
(・・・この姉は!)
黒川は思ったが口にはしなかった。
どうせ何を言っても無駄だろうと思ったからだ。

程なくして目的の駅に着き、二人は降りた。
ショッピングモールは駅のすぐ近くにあった。

「しかし不思議よねー」
モールの通路を歩きながら茜が黒川を
まじまじと見ながらつぶやく。
「な、何がだよ?」

「いや、昨夜あれだけ潔い事言ってたのに、
頑なにウィッグで隠してるのが」
「・・・・!」
茜の発言に黒川は盛大に面食らう。
黒川が苦々しい顔で姉の方を見ると、
茜はニヤニヤとこちらを見ていた。

(ああ、これはちゃんと答えないと、
いつまでも聞かれる奴だ・・・)
姉の様子を見てそう感じた黒川は、渋々と答えた。
「それは・・・その・・・
大学内でそれだと奇抜過ぎて目立つから、
普通の頭にしてた方がいいって言われて・・・」
これは姉妹からの指示そのままだが、
言いながら自分で恥ずかしくなってきて目を逸らす。
「ふーん。なるほどね」茜はニヤニヤしている。

(くそ、やっぱ言わなきゃ良かった・・・)
「てかそれって、例の彼女が言ってくれたの?」
「まぁ・・・うん」と黒川は歯切れ悪く答える。
(別に彼女というわけじゃないけどな)

「へぇ~、あんたの事も考えてくれて、結構優しい子じゃん!」
茜が嬉しそうに言う。
「・・・やめてよ恥ずかしい」
(優しい・・・のかな?)
黒川は恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた。
茜はニヤニヤしている。

「事情は知らないけど、自分のためにそんな事をしたあんたを
その子はちゃんと気遣ってるんだと思うんだよね」
茜はしみじみと言った。
(確かに・・・そうだよな)
黒川は納得したように頷く。
「だから、ちゃんと感謝しなさいよ?」と茜が念を押すように言う。
「・・・うん」と彼は小さく答えた。

***

今回、黒川が茜の買い物に付き合わされた理由は、
主に荷物持ちであった。
彼女曰く
「やっぱ家に男手がいるなら、フルに使わないと」
ということらしい。

「父さんだっているだろ・・・」
黒川は苦々しい顔で反論する。
「あのねぇ、いくら私でも自分の親を
荷物持ちにしようとか思わないの!」
と茜は呆れつつ言った。

(そういう所は、弟って損だよな・・・)
と黒川は恨めし気な顔で姉の後についていった。
「じゃあまずは服からね!」と言って茜は歩き出した。
彼女は楽しそうにしている。
(まぁ・・・たまにはいいか)
そう思いながら彼は再び姉の後を追った。

そうしてしばらくの間、モール内で店を二人で回っていると・・・

「あ・・・!」
突然前を歩いていた茜の足が止まった。
「どうしたんだよ?」
そう言って黒川も前に出て、茜と同じ視線の先を見る。
そこには若い男性が立っていた。

「・・・・」

「・・・」
黒川と茜は無言でその男を見る。
(・・・ん?)
すると男はこちらに気付き、ゆっくりと近づいてきた。
(なんだこいつ・・・)
訝しげに男を見ていると、彼は口を開いた。
「あ、茜・・・!」
「高志・・・!?」
茜が驚いた様子で言う。

「そうか・・・そういう事か、新しい男が出来たんだな。」
高志と呼ばれた男性は、黒川を見るなりこんな事を言い出す。
「はぁ?違うわよ!」と茜は否定するが、 
高志は聞く耳を持たない。
(なんだこいつ・・・)黒川はイラッとした。

「姉さん、この人何?」
と黒川は小声で茜に聞く。
「・・・彼氏よ。今となっちゃ『元』だけど。」
茜が苦々しく答えた。「え・・・?」黒川は驚いた。
(元彼氏って事は、昨夜姉さんに電話してきた人?!)

「なんだよ、やっぱり新しい男が出来たんじゃないか」
と高志が言う。
「だから違うって言ってるでしょ!」茜が反論する。
「じゃあその男とは一体どんな関係なんだよ!」と高志は怒鳴る。
(なんなんだこいつ・・・)

黒川は呆れつつも、これ以上自体がややこしくなるのを恐れ、
高志にも聞こえるようにワザと大声で
「姉さん!こんなところでケンカするなって!!」
とたしなめる。

「・・・」茜はバツが悪そうに黙った。
(とりあえず誤解は解けたかな・・・)黒川は安堵した。

「と、とにかく、俺はあきらめてないから!」
高志はそう言って立ち去った。
「・・・はぁ」と茜は大きなため息を吐いた。
「・・・姉さん、あれが昨夜電話してきたったいう?」
黒川は姉に聞く。「そうよ。」茜は不機嫌そうに答えた。

「何で別れたの?」
あの様子から浮気とかの線はなさそうだ・・・と黒川は考えた。
「うーん、簡単に言うと価値観の違いかな」茜は答える。
「ふーん・・・」黒川は相槌を打つ。
(まぁよくある話だよな)と思った。
「・・・それでちょっとケンカしちゃってね」
と茜が語り出す。

「・・・それっきり」
と茜は話を締めた。
「それっきりって・・・そんなにすごいケンカしたの?」
「ううん、ちょっとした事。でももうダメだと思ったら、ね」
「え、それって・・・」

黒川は嫌な予感がした。
「うん、もう無理って思ったから、私から別れようって言ったの」
(やっぱり・・・)
黒川は呆れつつも納得した。姉の性格ならそうだろうなと・・・。
「でも、あいつも執念深いというか、
まだ私に未練があるみたいで・・・」
茜は困った表情で言う。
(そんな一方的に言われたら、男の方も取り乱すだろうな)
黒川は高志に同情した。

「私としては後腐れないつもりだったんだけど」
「どこがだよ!思い切り拗れてるだろ!!」
黒川は思わずツッコんだ。
「えぇー・・・」茜は不満そうに言う。
(いや、普通に拗れるだろ・・・)と黒川は思ったが口にはしなかった。
「まぁ、いいや!とにかく買い物に付き合ってね!」
と言って茜は歩き出した。
「・・・はいはい」と黒川もその後に続くのであった。

つづく
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