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第63話:そして僕らの向かうところは?(その3)
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そして今日はすみれが藤田と出かける当日である。
変装のために黒いバケットハットを深く被り、
黒いトレンチコートを羽織るというちょっと怪しい風貌になっていた。
駅で合流したユキヤと圭太だったが・・・
「・・・なんで僕女装させられてるんですか・・・」
「あ、俺が沙由美さんに頼んだ。」
「はぁ!?」
圭太は女装しているとなぜか一人称が『僕』に変わる。
「ほら、多分あいつら行くのデートスポットだろうし、男二人だと不自然じゃん」
「それはわかりますけど、これ僕にとってはただの罰ゲームなんですよ・・・
日曜の朝から部の先輩も沙由美先生も、
大張り切りでコーディネートしてくれましたよ・・・」
圭太は消沈した様子で言うも、その格好は白いジャケットに
黒セーターに赤チェックのミニスカートに
黒ストッキングにブーツとサイドテールにしたウィッグと女子力高めな
なかなか垢抜けたデザインでまとめられていた。
「うーん、いいなそれ、都会のJKって感じで」
「よくないです!僕はこんなの嫌なのに!」「大丈夫だよ、似合ってるし」
「嬉しくありません!」
「いやぁすみれだと絶対そんな格好しないから、
こっちとしては新鮮というか・・・」
「・・・え?どういう事ですか?」
「あいつ田舎育ちだからな。高校の頃の写真なんか
いかにもな田舎の女子高生だぞ」
ユキヤはスマホを取り出すと、画面を圭太に見せてきた。
そこには黒いブレザーを着て、おかっぱ髪の素朴な女の子が写っていた。
「可愛いじゃないですか」
「ま、とにかく垢抜けてない感じはするだろ」
「・・・ですね。」
そんな事を離しながら、すみれの行き先へと向かう。
「どこ行くつってたっけか?」
「それぐらい調べておいてください!デパートのコラボカフェですよ」
「コラボカフェねぇ・・」
「今日デパートでイベントやってるんでそれとのコラボのようです。」
「・・・・ちょっとまて!まさかそのイベントって」
ユキヤがちょっと焦りの表情を見せる。
「はい、『世界にいる毒の生き物展』ですね・・・」
『世界にいる毒の生き物展』
それは、様々な毒性を持つ生物が展示されている博物館のイベントである。
「やばいな、すみれが興味持ちそうな企画じゃねーか」
「そうですね、すみれ姉さんなら絶対に行きたがります」
二人はげんなりした顔になる。
「というか、俺が絶対行かない場所としてチョイスしたとしか思えんのだが・・・」
ユキヤは悔し気に言う。
「どうしてそう言い切るんです。」
「前にそれのパンフ貰って来た時、
『カマドウマごときに悲鳴上げる人が行くところじゃない』
って言われて一緒に行くのを断られてるんだよ・・・」
ユキヤは恥ずかしそうに顔を伏せながら言った。
「あ、あの人本当に容赦ないな・・・都会の人間にそれはきついですね」
圭太は呆れたようにいう。
「俺が行かなさそうな場所として、そこを選ぶとは・・・
すみれの奴、考えたな」
ユキヤは頭をガシガシかきむしった。
「・・・どうします?行くのやめます?」
「いや、それはそれで負けた気がして嫌だ。
それに、それだとあいつの思い通りだしな。」
「確かに、このまま何もせずに帰ったら、
すみれ姉さんの思うつぼかもしれませんね」
「ああ、だがすみれもそこまで鬼畜じゃないだろうし、
大丈夫じゃないか?」
「だと良いのですが・・・」
対決は近い(たぶん)
***
「へぇ、チャドクガの幼虫ですって」
デパートの展示場の中をユキヤと圭太の二人は歩いていた。
そしてその数メートル前にはすみれと藤田の二人が歩いている。
「あの二人に見つかるんじゃねーぞ」
「ユキヤさん、顔色悪いですね。」「・・・うるさい!」
ここはデパートのイベント展示場。
現在開催中の『毒の生き物たち』イベントの名に恥じることなく、
世界中の毒を持つ生き物、それこそ爬虫類から虫までが展示されている。
会場内は薄暗く、壁際に所狭しと展示された展示物。
その中で一際目を引く巨大なガラスケースには、
毒々しい色彩の何かが展示されていた。
すみれから以前『カマドウマごときに悲鳴を上げる人には無理』
と言われ、同行を断られた理由をユキヤは今、身にしみて感じていた。
会場入りしてから付けたサングラスは、変装の意味もあったが、
なるべく展示物を視界に入れたくないというのもあった。
(うわぁ、すげえ、これ全部本物なのか?)
そこで並べられている水槽の中には、極彩色の魚たちが泳いでいる。
どれもこれもが、毒々しくも艶やかな光沢を放ち、見る者を魅了していた。
「こうやって毒を持つことで外敵から身を守るんですね」
圭太が展示された生き物たちを見ながら感心したように言う。
「お前・・・平気なわけ?」ユキヤは展示物を見て少々青くなっていた。
「まあ、少しは・・・」
「・・・すみれは全然平気そうだぜ」
「・・・姉さんは田舎育ちだから大体の虫は平気ですからね。」
「あいつ、迷い込んだカマドウマを割り箸でつまんで
外に出してたからな・・・」
(姉さん・・・強すぎでしょ・・・)
「ま、俺らも行こうぜ」
「そうですね」
ユキヤは先を行くすみれ達を追いかけるように歩く。
「それにしてもあの藤田ってやつはこういうの平気なのかね?」
「う~ん、どうなんでしょう?僕もよく知らない人だし。」
「見た感じあの二人デートって雰囲気でもないしな。」
今すみれに同行している藤田は、見た感じ普通の会社員といったイメージだ。
服装もスーツでキメている。
ただ、眼鏡の奥の瞳には怜厳さが宿っていた。
(すみれの奴は真面目な人だと言っていたが・・・)
「でも、なんかあの人ってちょっと姉さんを気にしているような・・・」
「ああ、確かにそんな風に見えるよな」
「ちょっと警戒したほうがいいかも」
「うん?どういう意味だよ」
「いや、なんかすみれ姉さんを見る目が監視してるっぽいなって・・・」
「ふうん、ま、そういう目つきには見えないけどな。」
「とにかく、油断しない方がいいですよ」
「わかった。」
「あのさ、一つ聞いてもいいか?」
「何ですか?」
「お前、男なんだよな?」
「何言ってるんですか?男ですよ」
「そっか、ならいいんだ」
「なにが?」
(男だと分かってはいるが・・・
すみれと似てるだけでちょっとドキッとした・・・)
「別に、なんでもない」
「??」
ユキヤは苦笑いを浮かべた。
そして一方のすみれであるが・・・
(うう・・・もう少しバレにくい尾行しなさいよ・・・)
ユキヤ達の存在にはとっくに気付いていた。
だが、すみれはあえてそれを放置していたのだ。
(圭太君はともかく、あいつの帽子とサングラスは怪しさ満点でしょ・・・)
すみれは心の中で呆れ果てていた。
とにかく、今日ここに来た本来の目的を果たすためだった。
(せっかくなんだし、この機会を逃す手はないわよね!)
そう、彼女は今日の本命の目的を果たそうとしていた。
「あの、すみません。わざわざ来ていただいて・・・」
「別に構いませんよ。」藤田は無表情で返す。
「何も考えずにお誘いしちゃいましたが、こういった生き物の展示場、
大丈夫でしたか?」
「ええ、私は爬虫類も両生類も鳥類も魚も昆虫も平気ですから。」
「そうなんですね。あ、それで・・・あの・・・」
「何か質問でもありますか?」
「いえ・・・別に。」
なんとなく会話がかみ合わないまま歩く。
すみれは何を話せばいいのか分からないでいた。
そしてすみれの視線は無意識のうちに藤田の身体に向いてしまう。
「私の顔に何かついてますか?」
「あ、す、すいません。」
「気になさらずに。」
藤田は特に気にする。
(この人、読めない・・・)
初対面の人間でも素早く打ち解けられるすみれだが、
こんな事は初めてだった。(私のどこを見てるの?)
藤田の目は鋭く、どこか冷たい感じがした。
まるで、心の中を見透かすように。
「・・・どうかしましたか白石さん?先ほどから
随分とお困りのようですが。」
「そ、そんなことありませんよ。」すみれは笑ってごまかす。
「・・・そうですか。」
「あ、もうすぐコラボカフェのコーナーですよ!行きましょう!ほら!」
すみれは強引に藤田の手を引きながら駆けていく。
「え?ちょ、ちょっと!?」
藤田が驚くのもお構いなしに、手を引いてカフェに向かっていった。
***
すみれたちがカフェに入ると、ユキヤ達もあとを追いかけて入っていく。
すぐ隣のテーブル・・・と行きたいところだが、
すみれに気付かれるの恐れて後ろのテーブルに、
そしてすみれに背を向けるように座る。
そうなると圭太が必然的に藤田と目があってしまう席になる。
(確かに僕、この人と面識ないけどさぁ・・・)
圭太は苦笑いしながら思った。
お互いのテーブルでそれぞれ他愛ない談笑が続く中、
圭太がある事に気付いユキヤに声をかけた。
「ユキヤさん、ちょっと・・・」「ん?どうした」
「あの藤田って人、さっきからこっちをガン見しています・・・」
「え?何か感付かれたか?」
「というより、変なもの見る目ですよ。」「えー・・・」
「いや、考えてみたらさっきから男女としては僕たち不自然ですもん・・」
「あ・・・」二人ともお互い相手が男という事で、
態度も話題も男のそれになっていた。
「ちょ・・・ちょっと恋人っぽい話題を出そう」
ユキヤが小声で提案する。「は、はい」
「え・・ええと、最近どお?」
「ちょ・・・超アゲアゲって感じぃ・・・・」
・・・不自然極まりない。
これにはさすがにユキヤも小声でツッコんだ。
「・・・どこギャルだお前は?!てかすみれと同じ顔でそういう事言うな!」
「す、すいません。なんかもう反射的に口走っちゃいました」
「仕切り直そう・・・ええと、最近何かはまってる事ってある?」
「え、ええとぉ、男の子を可愛く鳴かせることかなぁ・・・」
「いい加減にしろ!いくらすみれでも日常的にそんな会話せんわ!」
またもユキヤが小声でツッコむ。
「えぇーいつもこんな会話してますよ・・・」「マジか・・・」
この後、この不自然極まりない会話が続いた。
そしてすぐ後ろの席にいたすみれにはこれらの会話は丸聞こえだった・・・。
(もう・・・なにやってるのとあいつらは・・・)
すみれは呆れながらも、笑いをこらえるのに必死だった。
「どうしました?白石さん」
すみれの対面に座る藤田には聞こえていない。「い、いえなんでも・・・」
「そうですか、ではそろそろ本題に入りましょう」
「はい、そうでした!この間は介抱していただき、
本当にありがとうございました。」
すみれはぺこりと頭を下げた。
「あと、酔っていたとはいえ、無理言って
今日お誘いしてしまってすいませんでした。」
「・・・・」藤田はそれらを黙って聞いてた後こう切り出した。
「それでは今回、あなたは私を誘った事に対しての
責任として来たわけですか?」
「は、はい、もちろんそのつもりで来ています。」
「・・・」藤田は少し考え込んだ後、すみれに質問をした。
「失礼を承知で伺います。白石さんは、
今お付き合いされている方はいらっしゃるんですか?」
「え?」
「申し訳ありませんが、私は誰にでもこうするわけではありませんよ」
「え?!それってどういう・・・」
「私がこうしてきたのは、特別な意味があるからですよ」
「と、特別の意味とは一体・・・」
「・・・」藤田は無言のままじっと見つめている。
(おい!これってまずくないか?!)後ろの席のユキヤが動揺していた。
「えっと・・・」すみれはその視線に戸惑いつつも、
何か言わなければと思ったが思いつかない。
「つまり私にとってあなたが特別という事です。」
「え・・・」すみれは突然の告白に戸惑う。
「・・・」無表情のままだった。
「え、ええと、あの、あの・・・」
動揺するすみれに藤田は続ける。
「もっと具体的に言いましょうか?」
「は、はい?!」すみれは動揺しまくる。
(すみれに変なこと言ってみろ・・・!)
ユキヤも今にも飛び出さんとしていた。
「私はあなたの事が・・・ふごっ!」藤田の発言が途中で止まる。
(ふごっ?)ユキヤが慌てて藤田の方を見る。
そこには口にサンドイッチを突っ込まれた藤田がいた。
どうやらすみれがやった事らしい。
「すいません・・・それはダメなんです・・・」
すみれがうつむいたまま言う。
「私、もうほかの人のものなんで・・・」すみれは続ける。
「藤田さんのお気持ちは嬉しいですが・・・でも、ごめんなさい。」
すみれは深々と頭を下げる。
「・・・」ようやく口からサンドイッチを出した藤田は黙っている。
「・・・」沈黙が流れる。
「?!」
後ろからすみれを無言で抱きしめる人間がいた。ユキヤである。
「ちょ、ちょっとユキヤ?!」すみれもさすがに慌てる。
ユキヤはぎゅぅーっと力を入れてすみれを離さない。
「・・・それが聞けただけでも良かった」ユキヤは小声で言った。
「???」すみれはよく聞き取れなかった。
「白石さん、私の方こそすみませんでした。」
藤田もユキヤの方をちらりと見る。
「・・・あの人に頼まれたとはいえ、
やはりこのやり方は悪趣味でしたね。」
藤田はすみれに向き直る。
「藤田・・・さん?」
「あなたをこんな下らない茶番に巻き込もうとした事、
大変申し訳ありませんでした・・・」
そう言って藤田は頭を下げる。
「え?いえ、そんな、急に謝らないでください。」
すみれはちょっと訳が分からないという顔をする。
「・・・」藤田は少し間を置いた後、口を開いた。
「私はある方に頼まれて、あなた方の間に割って入ろうとしました。
しかしそれは、よりあなたの想いが強いという証明になりましたね・・・」
「え?それってどういう意味ですか?」
「・・・」
藤田は少し困った顔をして、「あの方に失敗したと言っておきます。」
と言った。
「え?ええ?!」
「私はこれ以上何も言いません。
後はお二人で好きなようにしてください。」
そういって立ち去ろうとする藤田に
「ちょっと待て!どういう事だ?!」ユキヤが声をかける。
「私の所属する会社『smartgreenエンタープライズ』
といえばお分かりになりますか?
今回の事はあの方の少々困ったお戯れによるものです。」
「?!」社名を聞いた途端ユキヤの顔色が変わる。
「今回の私のバイト先の会社がどうしたの?」
すみれはきょとんとしている。
「では、お騒がせして申し訳ございませんでした。ごきげんよう・・・」
藤田はそう言うと去っていった。
「一体何だったのかな・・・」
すみれはキツネにつままれたような顔している。
「・・・」ユキヤは険しい顔のまま考え込んでいる。
「ねえ、ユキヤ、聞いてるの?!」
「ん、ああ、わりぃ、ちょっとな・・・」
『smartgreenエンタープライズ』
・・・ネットで調べた緑山涼香が経営している会社だ。
この社名をわざわざ出したという事は、あの藤田という男は、
涼香の命令で動いていたという事だ。
(あいつは『戯れ』といっていた・・・
彼女は戯れでオレとすみれの仲を裂こうとしてた?!)
ユキヤは怒りがこみ上げてくるのを感じた。
(しかも今回はすみれを巻き込んできた・・・
このままだとすみれにも被害が!)
「ユキヤ、そろそろいこっか。」
すみれが動揺するユキヤに声をかける。
「すみれ・・・後で大事な話がある。」
ユキヤは真剣な顔で言った。
・・・そんなシリアスな様子を見ていた圭太は
「なんか僕、忘れらているような・・・」
とつぶやいていた。
つづく
変装のために黒いバケットハットを深く被り、
黒いトレンチコートを羽織るというちょっと怪しい風貌になっていた。
駅で合流したユキヤと圭太だったが・・・
「・・・なんで僕女装させられてるんですか・・・」
「あ、俺が沙由美さんに頼んだ。」
「はぁ!?」
圭太は女装しているとなぜか一人称が『僕』に変わる。
「ほら、多分あいつら行くのデートスポットだろうし、男二人だと不自然じゃん」
「それはわかりますけど、これ僕にとってはただの罰ゲームなんですよ・・・
日曜の朝から部の先輩も沙由美先生も、
大張り切りでコーディネートしてくれましたよ・・・」
圭太は消沈した様子で言うも、その格好は白いジャケットに
黒セーターに赤チェックのミニスカートに
黒ストッキングにブーツとサイドテールにしたウィッグと女子力高めな
なかなか垢抜けたデザインでまとめられていた。
「うーん、いいなそれ、都会のJKって感じで」
「よくないです!僕はこんなの嫌なのに!」「大丈夫だよ、似合ってるし」
「嬉しくありません!」
「いやぁすみれだと絶対そんな格好しないから、
こっちとしては新鮮というか・・・」
「・・・え?どういう事ですか?」
「あいつ田舎育ちだからな。高校の頃の写真なんか
いかにもな田舎の女子高生だぞ」
ユキヤはスマホを取り出すと、画面を圭太に見せてきた。
そこには黒いブレザーを着て、おかっぱ髪の素朴な女の子が写っていた。
「可愛いじゃないですか」
「ま、とにかく垢抜けてない感じはするだろ」
「・・・ですね。」
そんな事を離しながら、すみれの行き先へと向かう。
「どこ行くつってたっけか?」
「それぐらい調べておいてください!デパートのコラボカフェですよ」
「コラボカフェねぇ・・」
「今日デパートでイベントやってるんでそれとのコラボのようです。」
「・・・・ちょっとまて!まさかそのイベントって」
ユキヤがちょっと焦りの表情を見せる。
「はい、『世界にいる毒の生き物展』ですね・・・」
『世界にいる毒の生き物展』
それは、様々な毒性を持つ生物が展示されている博物館のイベントである。
「やばいな、すみれが興味持ちそうな企画じゃねーか」
「そうですね、すみれ姉さんなら絶対に行きたがります」
二人はげんなりした顔になる。
「というか、俺が絶対行かない場所としてチョイスしたとしか思えんのだが・・・」
ユキヤは悔し気に言う。
「どうしてそう言い切るんです。」
「前にそれのパンフ貰って来た時、
『カマドウマごときに悲鳴上げる人が行くところじゃない』
って言われて一緒に行くのを断られてるんだよ・・・」
ユキヤは恥ずかしそうに顔を伏せながら言った。
「あ、あの人本当に容赦ないな・・・都会の人間にそれはきついですね」
圭太は呆れたようにいう。
「俺が行かなさそうな場所として、そこを選ぶとは・・・
すみれの奴、考えたな」
ユキヤは頭をガシガシかきむしった。
「・・・どうします?行くのやめます?」
「いや、それはそれで負けた気がして嫌だ。
それに、それだとあいつの思い通りだしな。」
「確かに、このまま何もせずに帰ったら、
すみれ姉さんの思うつぼかもしれませんね」
「ああ、だがすみれもそこまで鬼畜じゃないだろうし、
大丈夫じゃないか?」
「だと良いのですが・・・」
対決は近い(たぶん)
***
「へぇ、チャドクガの幼虫ですって」
デパートの展示場の中をユキヤと圭太の二人は歩いていた。
そしてその数メートル前にはすみれと藤田の二人が歩いている。
「あの二人に見つかるんじゃねーぞ」
「ユキヤさん、顔色悪いですね。」「・・・うるさい!」
ここはデパートのイベント展示場。
現在開催中の『毒の生き物たち』イベントの名に恥じることなく、
世界中の毒を持つ生き物、それこそ爬虫類から虫までが展示されている。
会場内は薄暗く、壁際に所狭しと展示された展示物。
その中で一際目を引く巨大なガラスケースには、
毒々しい色彩の何かが展示されていた。
すみれから以前『カマドウマごときに悲鳴を上げる人には無理』
と言われ、同行を断られた理由をユキヤは今、身にしみて感じていた。
会場入りしてから付けたサングラスは、変装の意味もあったが、
なるべく展示物を視界に入れたくないというのもあった。
(うわぁ、すげえ、これ全部本物なのか?)
そこで並べられている水槽の中には、極彩色の魚たちが泳いでいる。
どれもこれもが、毒々しくも艶やかな光沢を放ち、見る者を魅了していた。
「こうやって毒を持つことで外敵から身を守るんですね」
圭太が展示された生き物たちを見ながら感心したように言う。
「お前・・・平気なわけ?」ユキヤは展示物を見て少々青くなっていた。
「まあ、少しは・・・」
「・・・すみれは全然平気そうだぜ」
「・・・姉さんは田舎育ちだから大体の虫は平気ですからね。」
「あいつ、迷い込んだカマドウマを割り箸でつまんで
外に出してたからな・・・」
(姉さん・・・強すぎでしょ・・・)
「ま、俺らも行こうぜ」
「そうですね」
ユキヤは先を行くすみれ達を追いかけるように歩く。
「それにしてもあの藤田ってやつはこういうの平気なのかね?」
「う~ん、どうなんでしょう?僕もよく知らない人だし。」
「見た感じあの二人デートって雰囲気でもないしな。」
今すみれに同行している藤田は、見た感じ普通の会社員といったイメージだ。
服装もスーツでキメている。
ただ、眼鏡の奥の瞳には怜厳さが宿っていた。
(すみれの奴は真面目な人だと言っていたが・・・)
「でも、なんかあの人ってちょっと姉さんを気にしているような・・・」
「ああ、確かにそんな風に見えるよな」
「ちょっと警戒したほうがいいかも」
「うん?どういう意味だよ」
「いや、なんかすみれ姉さんを見る目が監視してるっぽいなって・・・」
「ふうん、ま、そういう目つきには見えないけどな。」
「とにかく、油断しない方がいいですよ」
「わかった。」
「あのさ、一つ聞いてもいいか?」
「何ですか?」
「お前、男なんだよな?」
「何言ってるんですか?男ですよ」
「そっか、ならいいんだ」
「なにが?」
(男だと分かってはいるが・・・
すみれと似てるだけでちょっとドキッとした・・・)
「別に、なんでもない」
「??」
ユキヤは苦笑いを浮かべた。
そして一方のすみれであるが・・・
(うう・・・もう少しバレにくい尾行しなさいよ・・・)
ユキヤ達の存在にはとっくに気付いていた。
だが、すみれはあえてそれを放置していたのだ。
(圭太君はともかく、あいつの帽子とサングラスは怪しさ満点でしょ・・・)
すみれは心の中で呆れ果てていた。
とにかく、今日ここに来た本来の目的を果たすためだった。
(せっかくなんだし、この機会を逃す手はないわよね!)
そう、彼女は今日の本命の目的を果たそうとしていた。
「あの、すみません。わざわざ来ていただいて・・・」
「別に構いませんよ。」藤田は無表情で返す。
「何も考えずにお誘いしちゃいましたが、こういった生き物の展示場、
大丈夫でしたか?」
「ええ、私は爬虫類も両生類も鳥類も魚も昆虫も平気ですから。」
「そうなんですね。あ、それで・・・あの・・・」
「何か質問でもありますか?」
「いえ・・・別に。」
なんとなく会話がかみ合わないまま歩く。
すみれは何を話せばいいのか分からないでいた。
そしてすみれの視線は無意識のうちに藤田の身体に向いてしまう。
「私の顔に何かついてますか?」
「あ、す、すいません。」
「気になさらずに。」
藤田は特に気にする。
(この人、読めない・・・)
初対面の人間でも素早く打ち解けられるすみれだが、
こんな事は初めてだった。(私のどこを見てるの?)
藤田の目は鋭く、どこか冷たい感じがした。
まるで、心の中を見透かすように。
「・・・どうかしましたか白石さん?先ほどから
随分とお困りのようですが。」
「そ、そんなことありませんよ。」すみれは笑ってごまかす。
「・・・そうですか。」
「あ、もうすぐコラボカフェのコーナーですよ!行きましょう!ほら!」
すみれは強引に藤田の手を引きながら駆けていく。
「え?ちょ、ちょっと!?」
藤田が驚くのもお構いなしに、手を引いてカフェに向かっていった。
***
すみれたちがカフェに入ると、ユキヤ達もあとを追いかけて入っていく。
すぐ隣のテーブル・・・と行きたいところだが、
すみれに気付かれるの恐れて後ろのテーブルに、
そしてすみれに背を向けるように座る。
そうなると圭太が必然的に藤田と目があってしまう席になる。
(確かに僕、この人と面識ないけどさぁ・・・)
圭太は苦笑いしながら思った。
お互いのテーブルでそれぞれ他愛ない談笑が続く中、
圭太がある事に気付いユキヤに声をかけた。
「ユキヤさん、ちょっと・・・」「ん?どうした」
「あの藤田って人、さっきからこっちをガン見しています・・・」
「え?何か感付かれたか?」
「というより、変なもの見る目ですよ。」「えー・・・」
「いや、考えてみたらさっきから男女としては僕たち不自然ですもん・・」
「あ・・・」二人ともお互い相手が男という事で、
態度も話題も男のそれになっていた。
「ちょ・・・ちょっと恋人っぽい話題を出そう」
ユキヤが小声で提案する。「は、はい」
「え・・ええと、最近どお?」
「ちょ・・・超アゲアゲって感じぃ・・・・」
・・・不自然極まりない。
これにはさすがにユキヤも小声でツッコんだ。
「・・・どこギャルだお前は?!てかすみれと同じ顔でそういう事言うな!」
「す、すいません。なんかもう反射的に口走っちゃいました」
「仕切り直そう・・・ええと、最近何かはまってる事ってある?」
「え、ええとぉ、男の子を可愛く鳴かせることかなぁ・・・」
「いい加減にしろ!いくらすみれでも日常的にそんな会話せんわ!」
またもユキヤが小声でツッコむ。
「えぇーいつもこんな会話してますよ・・・」「マジか・・・」
この後、この不自然極まりない会話が続いた。
そしてすぐ後ろの席にいたすみれにはこれらの会話は丸聞こえだった・・・。
(もう・・・なにやってるのとあいつらは・・・)
すみれは呆れながらも、笑いをこらえるのに必死だった。
「どうしました?白石さん」
すみれの対面に座る藤田には聞こえていない。「い、いえなんでも・・・」
「そうですか、ではそろそろ本題に入りましょう」
「はい、そうでした!この間は介抱していただき、
本当にありがとうございました。」
すみれはぺこりと頭を下げた。
「あと、酔っていたとはいえ、無理言って
今日お誘いしてしまってすいませんでした。」
「・・・・」藤田はそれらを黙って聞いてた後こう切り出した。
「それでは今回、あなたは私を誘った事に対しての
責任として来たわけですか?」
「は、はい、もちろんそのつもりで来ています。」
「・・・」藤田は少し考え込んだ後、すみれに質問をした。
「失礼を承知で伺います。白石さんは、
今お付き合いされている方はいらっしゃるんですか?」
「え?」
「申し訳ありませんが、私は誰にでもこうするわけではありませんよ」
「え?!それってどういう・・・」
「私がこうしてきたのは、特別な意味があるからですよ」
「と、特別の意味とは一体・・・」
「・・・」藤田は無言のままじっと見つめている。
(おい!これってまずくないか?!)後ろの席のユキヤが動揺していた。
「えっと・・・」すみれはその視線に戸惑いつつも、
何か言わなければと思ったが思いつかない。
「つまり私にとってあなたが特別という事です。」
「え・・・」すみれは突然の告白に戸惑う。
「・・・」無表情のままだった。
「え、ええと、あの、あの・・・」
動揺するすみれに藤田は続ける。
「もっと具体的に言いましょうか?」
「は、はい?!」すみれは動揺しまくる。
(すみれに変なこと言ってみろ・・・!)
ユキヤも今にも飛び出さんとしていた。
「私はあなたの事が・・・ふごっ!」藤田の発言が途中で止まる。
(ふごっ?)ユキヤが慌てて藤田の方を見る。
そこには口にサンドイッチを突っ込まれた藤田がいた。
どうやらすみれがやった事らしい。
「すいません・・・それはダメなんです・・・」
すみれがうつむいたまま言う。
「私、もうほかの人のものなんで・・・」すみれは続ける。
「藤田さんのお気持ちは嬉しいですが・・・でも、ごめんなさい。」
すみれは深々と頭を下げる。
「・・・」ようやく口からサンドイッチを出した藤田は黙っている。
「・・・」沈黙が流れる。
「?!」
後ろからすみれを無言で抱きしめる人間がいた。ユキヤである。
「ちょ、ちょっとユキヤ?!」すみれもさすがに慌てる。
ユキヤはぎゅぅーっと力を入れてすみれを離さない。
「・・・それが聞けただけでも良かった」ユキヤは小声で言った。
「???」すみれはよく聞き取れなかった。
「白石さん、私の方こそすみませんでした。」
藤田もユキヤの方をちらりと見る。
「・・・あの人に頼まれたとはいえ、
やはりこのやり方は悪趣味でしたね。」
藤田はすみれに向き直る。
「藤田・・・さん?」
「あなたをこんな下らない茶番に巻き込もうとした事、
大変申し訳ありませんでした・・・」
そう言って藤田は頭を下げる。
「え?いえ、そんな、急に謝らないでください。」
すみれはちょっと訳が分からないという顔をする。
「・・・」藤田は少し間を置いた後、口を開いた。
「私はある方に頼まれて、あなた方の間に割って入ろうとしました。
しかしそれは、よりあなたの想いが強いという証明になりましたね・・・」
「え?それってどういう意味ですか?」
「・・・」
藤田は少し困った顔をして、「あの方に失敗したと言っておきます。」
と言った。
「え?ええ?!」
「私はこれ以上何も言いません。
後はお二人で好きなようにしてください。」
そういって立ち去ろうとする藤田に
「ちょっと待て!どういう事だ?!」ユキヤが声をかける。
「私の所属する会社『smartgreenエンタープライズ』
といえばお分かりになりますか?
今回の事はあの方の少々困ったお戯れによるものです。」
「?!」社名を聞いた途端ユキヤの顔色が変わる。
「今回の私のバイト先の会社がどうしたの?」
すみれはきょとんとしている。
「では、お騒がせして申し訳ございませんでした。ごきげんよう・・・」
藤田はそう言うと去っていった。
「一体何だったのかな・・・」
すみれはキツネにつままれたような顔している。
「・・・」ユキヤは険しい顔のまま考え込んでいる。
「ねえ、ユキヤ、聞いてるの?!」
「ん、ああ、わりぃ、ちょっとな・・・」
『smartgreenエンタープライズ』
・・・ネットで調べた緑山涼香が経営している会社だ。
この社名をわざわざ出したという事は、あの藤田という男は、
涼香の命令で動いていたという事だ。
(あいつは『戯れ』といっていた・・・
彼女は戯れでオレとすみれの仲を裂こうとしてた?!)
ユキヤは怒りがこみ上げてくるのを感じた。
(しかも今回はすみれを巻き込んできた・・・
このままだとすみれにも被害が!)
「ユキヤ、そろそろいこっか。」
すみれが動揺するユキヤに声をかける。
「すみれ・・・後で大事な話がある。」
ユキヤは真剣な顔で言った。
・・・そんなシリアスな様子を見ていた圭太は
「なんか僕、忘れらているような・・・」
とつぶやいていた。
つづく
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