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第36話:束縛(その1)

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「それでバッサリ切られちゃったと・・・」
そう言いながらすみれはユキヤのすっかり短くなった髪を撫でた。
「・・・変じゃないし似合ってるから別にいいんだよ」
ユキヤは不貞腐れながら紅茶を飲む。そ
の様子はまるで拗ねた子供のようだった。
これは行きつけの美容院でカットモデルを頼まれた
結果によるものだった。

「どうせおだてられて調子に乗って、どんどん切っていいとか
言ったんでしょ?」
「うぐぅ!そ、それはそうだけどさぁ!」
図星である。
(もっとおだれられてたら、それこそ坊主にされてたかもしれないよね、
こいつの場合は・・・)
すみれはその光景を思い浮かべ苦笑する。

「まあでも、君がそんな髪型になるなんてねえ・・・」
「だろ?俺もびっくりだよ。
まさかこんなことになるなんて思ってなかったよ」
「ま、短い方が清潔感があっていいんじゃないの。
それで髪が黒かったら高校生ぐらいにまで若返るかもよ」
「おいこら待てやコラ」
「ふふっ冗談だってば」
ユキヤの反応を見て楽しげに笑うすみれ。「全くお前って奴は・・・」
ユキヤはため息をつく。(高校時代・・・か)

自分の高校時代を回想して・・・ふと背筋が寒くなった。
(あの人とは・・多分もう会う事もないと思うが)
どうやら思い出したくないことを思い出したらしい。
「どうかしたの?ユキヤ」
すみれが心配そうな表情を浮かべている。
「なんでもないよ。ちょっと昔のことを思い出しちまってね」
「え?どんな話?!」「・・・つまらない事だよ」
とユキヤが強引に話題を打ち切る。

「しかしこの頭で明日学校行ったらみんなから絶対何か言われるぞ・・・」
ユキヤは憂鬱げに呟いた。

***

すみれたちが根岸に呼ばれたのはその翌日の夕方だった。
「ごめんなさい。急に連絡して・・・って誰?!」
「そのリアクションはお前で5人目だよ・・・」
ユキヤがうんざりしたようにつぶやく。

「すいません・・・なんか随分容姿が変わってたんで」
「髪型変わっただけだろ!」
根岸が申し訳なさそうにしている。
「あ、ネギちゃんは悪くないから気にしないでね」とすみれが言う。

「それより今日はどうしたの?また助手の代わりとか?」
「いえ今回は違います。実はボクの個人的なことで・・・」
根岸が事情を説明する。彼の母親が彼の様子を見に来るという事だった。
「げ・・・あの母親かよ」ユキヤに嫌な思い出がよみがえる。
「ユキヤ、知ってるの?」「ああ、ちょっとな・・・」
ユキヤの脳裏にはあのいかにも神経質そうな容姿で、
ヒステリックな言動をする中年女性の姿が思い浮かんだ。
(以前あった時は無茶苦茶しか言ってこなかったからなぁ・・・)

「ボク・・・教授に言われて一人暮らしを始めてから、
一度も母に会っていないんです。
今のボクの暮らしも、見た目も母は知りません。
母が今のボクを知ったらきっと・・・」
「あー・・・」ユキヤは納得する。今の根岸の容姿と暮らしは、
蘇芳の協力で、根岸本人が自身の手で選んで手に入れたものであり、
母親から言われたものではない。
特にこの見た目だとまず受け入れられないだろう。

「蘇芳教授には相談したのか?」
「それが・・・今週から出張でずっと出かけていて・・・」
「・・・という事は浅葱さんもそっちに行ってるのか。確かにまずいな。」
ユキヤが腕組みする。
「あのー・・・話しが見えないんだけど。」
ひとり事情を知らないすみれが困った様子で話しかける。

(こっちはそこから説明せにゃいかんか・・・)とユキヤはため息を吐き、
「・・・あのな、もうすぐこいつの母ちゃんが来るの。」「うん。」
「だけどその母ちゃんえらい厳しい人で、頭固い人で、
こいつが今こんなに女っぽくなってるのを知らないわけ。」
「ふむふむ。」すみれは興味深そうに続きを促す。
「でな、そんな母ちゃんが今のこいつを見たらどうなるかって話なわけ。」
「なるほどね。それは確かに問題だわ。」
すみれは周回遅れで納得したようにうなずく。
「ホントにわかってるかぁ~・・・」
ユキヤが呆れ気味に言う。

「・・・あの母の事だから、今のボクを見たら強制的に連れ戻して、
以前の容姿と暮らしを強要するでしょう・・・」
ちょっと長めのボブヘアもカジュアルであか抜けた服装も、
すべて一人暮らしを始めてからのものだ。
「あの・・・お母さんとよく話し合うのはダメなの?」すみれがそう言った瞬間
「「ダメです(だ)!」」ユキヤと根岸の返事がハモってしまった。
「ええ・・・」さすがのすみれも若干引く。
「母は・・・昔からボクの話なんか聞かないし・・・
それでいていつも何かを強要して・・・」
「俺も1回しか会ってないけど、話し合いにすらならなかったよ・・・」
二人に意見が珍しく合致してしまう結果となった。

「・・・なんか難しい人なんだね。」
「そうなんだよ。」ユキヤがうんざりした顔で言う。
「でもなんでそのお母様はそこまでネギちゃんに執着しているの?
 普通に考えればネギちゃんの見た目が変わったからといって、
わざわざ連れ戻す必要なんて無いと思うんだけど。」
そんなすみれの言葉に根岸は
「母はボクが自分の理想通りにならにと・・・気の済まない人です。」
と答えた。
「その理想も無茶苦茶なんだよなぁ」」ユキヤが呆れた顔で呟く。

「・・・話し合いがダメとなると・・・
その日1日だけ何とかなればいいんだよね」
「まあそうだな」ユキヤが答える。
「じゃあさ、こうすればいいんじゃないかな? 
その日だけネギちゃんのお部屋や恰好を昔みたいにするの」
すみれが提案する。
「なるほど。確かにそれなら母さんをごまかせるかもしれない」
ユキヤが言う。
「ボクの部屋に昔の服とかあるかな・・・」根岸が不安げにつぶやく。
「大丈夫だよ。きっとどこかにあるはず」
すみれが励ますように根岸の手を握る。

「ありがとうございます。白石さん」根岸が微笑む。
(うわっ!可愛い!!)すみれは思わずドキッとする。
「こら!」とユキヤがすみれの頭を小突いた。「あっゴメン」すみれが謝る。
「いえ。ボクの方こそすみません。」根岸が申し訳なさそうに頭を下げる。
「いやまあいいんだが・・・」ユキヤは少し照れながらそう答えた。

***

ここは生徒会準備室。
そこにいたのは二人の男女の生徒だった。ただ、
男子生徒の方が上半身裸でいた。
「ふうん、大分逞しくなったわね」
女生徒が男子生徒の身体を眺めてほくそ笑む。

「ああ、貴女の言う通り週1でジムに通うようにしたから・・・」
「ふふ、いい子ねキミは」
「あと、勉強の仕方も教えてくれてありがとう。
成績が大分上がって親も喜んでる」
「・・・この私と付き合うんだから、
あなたにも完璧になってもらわないと困るわ」
「でも、俺・・・」
「『俺』じゃなくて『僕』でしょ?何度言ったら分かるの?」
女生徒の声が優しい声から急に冷たいものになった。

「はい。分かりました。僕の言い方が悪かったです。」
男子生徒の方が慌てて謝る。
「よろしい。それでいいのよ」
「僕は君と付き合いたいと思ったのは本当なんだ。だからもっと頑張るよ」
「ふふふ、健気よね茶木くんは・・・」
「涼香さん・・・」
「名前で呼んでもいいって言ってないけど?
まあ今日は特別サービスで許してあげる」
「はい。ごめんなさい。緑山さん」
「分かればいいのよ。」そういうと涼香と呼ばれた女生徒は
茶木と呼ばれた男子生徒の胸元にキスをした。
そして舌を這わせる。

「んっ。れろぉ。ちゅぱぁ。はあっ。美味しいわ。茶木クン」
「はい・・・ありがとうございます」
茶木の心臓は恥ずかしさと背徳感で早鐘を打つ。
「・・・前髪」涼香は舌を止め茶木の顔を見る。
「え?」「少し伸びてきてるわね・・・」
そう言うと彼女は手を伸ばし彼の髪をかき上げた。

「明日までにいつもの美容院で切ってきなさい・・・」
「はい。わかりました。」
「あと爪も切りそろえておきなさい。」
「はい。」
「生徒会長補佐として最低限の身だしなみは整えておきなさい。」
「はい。わかっています。」
「それじゃ。また明日学校で会いましょう。茶木ユキヤ君」
「はいっ!失礼します!」茶木は服装を整えて
一礼すると生徒会室を後にした。

****

・・・
・・・・・
・・・・・・・!
「・・・はぁっ、はぁっ、はぁ!」
ユキヤは汗だくで目を覚ます。時計を見るとまだ真夜中だ。
「なんで・・・今更あの時の夢を・・・」
ユキヤは起き上がるとベッドサイドに置いてある水を飲む。
「ははは。もう何年も前の事なのにさ。
俺はまだ引きずっているのか。情けない」
ユキヤは自嘲気味に笑う。

ふと横を見るとすみれが平和そうに寝息を立てている。
「こんな無防備な顔して眠りやがって・・・」
ユキヤはすみれを起こさないようにそっと抱きしめる。
「うーん。ユキちゃん。大好きぃ~」
どうやら夢の中まで自分と一緒にいるようだ。

「ったく。どんな夢見てんだよ」
思わず笑みを浮かべてしまうユキヤ。
「ダメだよ、こんなにおもらししてぇ・・・」
「だからどんな夢見てるんだよ!?」
ユキヤはツッコミを入れるがすみれは起きる気配がない。

「はあ。まあいいか。」ユキヤはすみれを離すと再び布団に入る。
「お休み。すみれ」
ユキヤは再び眠るのだった。

翌朝。
「ふぁ・・・」変な時間に起きてしまったせいでまだ眠い。
「おはよう。ユキちゃん。今日は早いのねぇ」
すみれがキッチンから声をかける。

「ああ。なんか目が覚めちゃってな。朝飯作ってくれてるの?悪いな」
「気にしなくていいよ。それよりコーヒー飲む?」
「うんありがとう」
短くなったせいで髪の毛にそこまで時間を掛けずに済むのは
こんな時はありがたかった。
しかし、髪が短いとなんだか落ち着かない。
いつもより早く家を出てしまったのもそれが理由だろう。

今日は根岸の部屋に行く日だった。
母親に見られたくない荷物を預かりに行くのだ。
「こんにちは」圭太は根岸の部屋のインターホンを押す。
『はい』
「白石です」
するとすぐにドアが開かれた。
「わざわざありがとうございます。さぁどうぞ」
根岸は嬉しそうに迎えてくれる。
「失礼しまーす」
入った途端二人は絶句する。
(わ、私の部屋よりも女の子っぽい・・・)
(こんなの少女漫画だけかと思ったぜ・・・)
部屋の中はファンシーグッズだらけだ。
ぬいぐるみとかレースのついたカーテンだとか。
「・・・ぬいぐるみとかはうちで預かれるけど、家具とかどうしようか?」
「とりあえず、安く買えたのがこれしかなかったで切り抜けよう!」
「は、はい」
取り敢えずぬいぐるみたちを大きめの旅行用のバッグに入れて運び出す。
あとは日常で使うちょっとした小物を預かることになった。
「それにしてもよく集めたねぇ」
「自分で自由に選べると思ったら・・つい張り切り過ぎて・・・」
(こんなもんまで自分で買えなかったのか・・・)
そんな事を想いながら荷物を詰め込む。

「じゃあこれで終わりかな?結構重いねこれ」
「すみません。お願いします」
「よし!帰るとするかね」
「じゃあ明日よろしくお願いします。」

とりあえず根岸の荷物はすみれの部屋へと運び込まれた。
「ふう。疲れた~。やっぱ男の人でも大変なんだね」
「まあ俺は男だし力もあるからまだ楽だけど」
「おつかれさま。お茶入れるわ」
「おおサンキュー」すみれがキッチンへと行く。

「しかしネギちゃん、色々自分で決められるのが
よっぽど嬉しかったんだね」
すみれがコーヒーをすすりながら言う。
「だからこそ今の生活を失いたくないんだろうな。」
「そうだよね。私だって自分の好きな服とか髪型とかさ。
そういうのを好き放題できるって思うとワクワクしちゃう」
「だよな。束縛がないってのは嬉しいもんだ」
ユキヤはすみれの頭を撫でる。
(束縛・・・か)
ユキヤの脳裏にある思い出がよみがえる。

つづく
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