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第12話:すべてを奪いたい女とすべてを奪う彼女(後編)
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そんなこんなで夜、飲み会は盛況を迎えていた。
明日奈は何とかしてユキヤの隣の席を陣取っていた。
「あ、これおいしい」「あ、ほんとですね!」
女子二人は料理をつつきながら楽しげに話している。
(ふん、呑気なものよね)
一方の明日奈は、ユキヤの隣をキープしながら、彼を横目で観察していた。
彼は黙々と酒を飲んでいる。
「どうしたの?なんか難しい顔してるけど」
「あ、いや、なんでもない」
そう言ってユキヤは慌てて笑顔を作る。
「ええと、どこかであったことあったっけ?」ユキヤは彼女のことを覚えていなかった。
「ひどい!忘れたふりなんて!」
「えっ?」
「私よ、覚えてない?」
「うーん・・・ごめん、ちょっと思い出せないかも」
「もう、あんなに仲良く遊んだ仲なのに!」
そう言って明日奈はわざとらしく口を尖らせた。
「ええと・・・」ユキヤは必死に記憶をたどるが、やはり思い出せない。
「・・・」明日奈は無言のままユキヤを見つめている。
「ええと、本当にわからないんだけど・・・」
「・・・・・・」(ちょっと覚えてないってどうい事よ!)
と心の中で怒りをあらわにする明日奈だったが、
その場では笑顔を作って取り繕った。
「まあいいわ、また今度改めて自己紹介するから!」
そう言って持っていたグラスを一気に飲むと、
明日奈は再びにっこりと微笑んで見せた。
「ああ、うん・・・」
ユキヤは戸惑いながらも返事をする。
「それよりさ、もっと楽しい話しましょうよ!」
明日奈はユキヤの腕にしがみつくと、そのまま胸を押し付けた。
「ちょ、おい、あんまりくっつかないでくれよ」
ユキヤは少し困った表情を浮かべる。
「いいじゃない、私たち友達でしょう?」
そう言って明日奈は更に体を密着させる。
「ちょ・・・おいこの子かなり酔ってるぞ・・・」
ユキヤは思わず隣にいる幹事の友人に助けを求める。
「まあ落ち着けよ。こういう時は適当にあしらっとけばいいんだよ」
「でも・・・」
「大丈夫だって。いつものことだから」
「そうなのか・・・」
「ほら、こっちも飲めよ」
そう言ってユキヤに酒を勧める友人。
「・・・わかったよ」
ユキヤは諦めたようにため息をつくと、目の前にあったビールを飲み干した。
****
「ねえ、あなた名前は?」
いつの間にかユキヤの隣には明日奈が座っていた。
「俺?俺は茶木ユキヤだけど」
「ユキヤ君っていうのね。かわいい名前じゃない」
そう言って彼女は妖艶な笑みをユキヤに向ける。
「あ、いや、それは・・・」
相変わら明日奈はもたれかかったままだ。「ねえ、この後二人で抜け出さない?」
「いや、そういうわけにもいかないだろ」
「あら、私のことが嫌い?」
「いや、別にそんなことは・・・」
この時、ユキヤの脳裏にすみれの顔がよぎった・・・
(いや、これは浮気とかでなくてね・・・)頭の中でユキヤは言い訳を始める。
「ふーん、じゃあ好きなんだ?私のこと」
「そ、そりゃあまあ・・・」
「ふふっ、正直でよろしい」
そう言うと明日奈はユキヤの頬に軽くキスをした。
「お、おい!」ユキヤの頭の中にいるすみれは微笑んだままだ・・・
(いやその・・・)
ユキヤは慌てて明日奈を引き離す。
「つれないわねぇ」明日奈はクスリと笑うと、今度は耳元で囁いた。
「ユキヤ君のエッチ」
(露骨に口にしないで含ませるのがポイントよ。)
「うぐ・・・」ユキヤは顔を真っ赤にして俯く。
(まずい・・・このままだと、この空気に流される・・・)
相変わらず頭の中のすみれは微笑んだままだが、
よく見ると右手に何か持っている・・・
そしてそのままゆっくりと近づいてくる・・・
(だから、危ないからそんなもの振り回すのやめなさい!・・・お願いだから!)
自分の妄想との戦いが始まってしまい、ユキヤは冷や汗まみれになる。
「ねえ、聞いてる?」明日奈はユキヤの肩を掴んで揺する。
「え!?あ、ごめん。何の話だったかな」
「もう、ちゃんと人の話を聞きなさいよね」
「ああ、うん。悪かったよ」
「わかればいいけど。ところでユキヤ君は彼女いないのかしら?」
「い、いや・・・」
「へぇ、そうなんだぁ。私立候補しちゃおうかしら」
そう言って明日奈はユキヤの腕にしがみつく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「いいじゃない。ユキヤ君、顔も可愛いし、性格も素直だし、それに、その・・・」
そう言って明日奈はユキヤの股間に手を伸ばす。
「ちょ、おい!」
「ここだって大きいじゃない。こんなの初めて見たかも」
「いや、ちょっと待ちなさい!」思わず敬語になってしまう。
「ねえ、いいでしょう?ユキヤ君」
明日奈は上目遣いでユキヤを見つめる。
「いや、あの、でも・・・」
明日奈の瞳に見惚れてしまい、ユキヤは何も言えなくなってしまう。
(やっぱり押しに弱いタイプね・・・)
すぐ顔に出るので、結構弱点も簡単に見抜かれてしまう。
「大丈夫よ。優しくしてあげるから」
そう言って明日奈はユキヤの唇を奪う。
「むぐっ・・・」ユキヤは驚いて抵抗しようとするが、明日奈に頭を抑えられて動かせない。
「ふふっ、かわいい」
そう言って舌を絡ませてくる。
「んん・・・」
明日奈の甘い香りが鼻腔を刺激し、頭がボーっとしてくる。
明日奈はしばらくユキヤの口内を楽しんだ後、ようやく解放した。
「ぷはぁ・・・」
「ねえ、もっと気持ち良いことしましょ」
そう言って明日奈はユキヤの足の間に膝を入れてくる。
「あ、いや、ちょっと・・・」
「ふふっ、じゃあ行きましょうか」
明日奈はユキヤの手を引いて歩きそうとしたその時・・・
ユキヤのスマホが大音量で鳴り出した。
それはアラームの音だった。
すみれが「終電逃さないように」と設定してくれたものだった。
音はどんどん大きくなっていき、この雰囲気をぶち壊すには十分だった。
ユキヤはアラームを手で止めながら、「ゴメン、俺そろそろ帰るわ」
と言った。
「・・・・」明日奈は呆然としていた。
「じゃ、そういうことで。」
明日奈は呆然としていたものの「そうね、連絡するわ」とすぐに笑顔を作る。
「じゃあまたな!」と自分の分の飲み代を置いていき、ユキヤは足早に店を出た。
「・・・」
一人残された明日奈は無言で席に戻り、残っていたワインを飲み干すと、
グラスを叩きつけるように置いた。
「なにあれ・・・ふざけんじゃないわよ!!!」
周りにいた客が一斉に明日奈を見る。
「あ・・・あら、私ったら、酔っぱらっちゃった~」と慌てて胡麻化す。
周りの客はクスッと笑い、再びそれぞれの時間に戻る。
明日奈はため息をつく。
「まあいいわ。簡単に堕ちたら面白くないし」
そう言ってニヤリとする。
「次はどうしてやろうかしら・・・」
明日奈は再びメニューを手に取り、新しい酒を注文した。
一方ユキヤは、一目散に駅に向かって走り出していた。
(た・・・助かった・・・)
明日奈は美人だし、スタイルも良いし、何より胸が大きい。
そんな人に迫られたら、男なら誰でも落ちるだろう。しかし・・・
「うぅ・・・」思い出したら涙が出てきた。
明日奈の柔らかい感触を思い出してしまったのだ。
そしてあの甘酸っぱい匂い。
明日奈はきっといいところのお嬢様なんだろう。
今まで会ったどんな女性よりも魅力的な人だと思った。
あんな人と付き合えたら幸せだろうな、と思う。
確かに以前ならおいしい状況と感じただろう・・・。
(俺、なにやってんだ?)
「・・・・・」しばし無言で空を見る。
そしてまた走り出した。
気が付いたらその足はすみれのマンションへと向かっていた。
「どうしたの?こんな時間に・・・って汗びっしょりじゃない!」
すみれが驚いた声をあげる。
「ああ、うん、ごめん・・・」酒を飲んで走ったせいで汗が凄いことになっていた。
「ほら、シャワー浴びてきなさい。着替えは用意しておくから」
「悪い・・・」
ユキヤは浴室に入り、頭から熱いお湯を被る。
さっきの事が頭の中から離れない。
明日奈の柔らかそうな唇。
押し付けられた大きな乳房の弾力。
ユキヤの手を包み込むように握る細い指。
明日奈の顔が脳裏に焼き付いて消えてくれない。
そんな事を悶々と考えていると・・・
「背中流そうね」いきなりすみれが浴室に入ってきた。
ただ服は着ていたが。「え?ちょっ!?」
ユキヤは焦る。
「はい、じっとしてー」
ユキヤは観念して目を瞑る。
するとユキヤの体を泡立てたタオルが滑っていく。
「なんだよ、いきなり・・・」「ふふ、ちょっとね」
スポンジにボディソープを垂らす。「はい、前向いてー」
ユキヤは言われるがまま、後ろを振り向く。
すみれはユキヤの体全体を洗い始めた。
「・・・」すみれはちょっとだけ小さな声で何かをつぶやいた。
「どうした?」「ん~、なんでもないよ」
「そうか」
「じゃあ私も入ってくるわね。先にベッドに入ってていいよ」
ユキヤは言われた通り、寝室に入る。
そしてそのまま、ベッドの上で横になった。
このベッドで普通に寝るのはどれぐらいぶりだろう。
そして、先ほどまでの事を思い出す。
(明日奈さんとキス・・・してしまった・・)
明日奈の柔らかい唇の感触を思い出してしまい、思わず顔が熱くなる。
明日奈の甘い匂いと、あの胸の谷間と、綺麗な瞳と、長い髪と・・・
明日奈の事ばかり考えてしまう自分に嫌気が差す。
(やっぱりバレたら怒られるのかな・・・いや場合によってはそれ以上の事を・・・)
そんなことを考えているうちに眠ってしまった。
夜中。
何かに締め付けられる感覚でユキヤは目を覚ます。
背後から誰かに抱きしめられている・・・すみれであった。
眠っているのか起きているのかは分からなかったが、
その指先には爪が立っていた。
痛くはないが、思いの強さが感じられた。
(もし、俺がいなくなったら、こいつも泣くのかな・・・?)
ユキヤはぼんやりと考える。
浮気を繰り返していた頃も、怒りはするものの泣いたのは見たことがなかった。
きっとその時は自分が悪いからだろうと思っていた。
でも今は、自分の為に泣いてくれるような気さえしていた。
だから、ユキヤは少し嬉しかった。
そして、すみれの腕を解き、そっと抱き寄せた。
「ごめんな・・・」
すみれは眠っていた。ユキヤは久々に自分の腕で彼女を抱きしめていた。
そしてその日はそのまま眠りについた。
****
「・・・気分どう?」
「うう、気持ち悪い・・・目が回る・・・」
翌日、しっかり二日酔いになっていたユキヤがいた。
「ほら、お水飲める?」
「うん・・・」
ユキヤはコップを受け取り、水を一気に飲む。
「もうお酒やめたら?」
「そうだね・・・」
(くそ・・・なんつー悪い酒だ・・・)
酒のせいというより、昨日の明日奈の雰囲気に当てられた方が強いだろう。
「はい、お薬。お昼ご飯食べたら飲んでね。あとお風呂入るなら、
今日はシャワーだけにしておいて。お湯に浸かるのはまだダメだよ。いい?」
「わかった・・・」
すみれはテキパキと指示を出す。
「じゃあ私は大学行ってくるけど、ちゃんと大人しくしているんだよ?
また夕方には帰ってくるからね」
「ああ、行ってこい・・・」
「あ、それと・・・」
そう言ってユキヤに近づき、耳元に口を寄せる。
「昨日のこと、忘れてないよね・・・?」
「え・・・いや、覚えてるが・・・」
「ふふっ、それじゃ、いってきまーす!」
「おう・・・」
バタンとドアが閉まり、部屋の中に静寂が訪れる。
「はぁ・・・」
ユキヤはため息をつきながらベッドの上に倒れ込む。
(昨日の事は・・・早く忘れよう!)
頭痛と吐き気が続く中、ユキヤは必死に自分に言い聞かせる。
だが、なかなか忘れられなかった。
***
大学での抗議が終わり、帰ろうとしたところで、
すみれは、見知らぬ女性に声を掛けられる。明日奈である。
「あ、白石さん、こんにちは」
「あの、私に何か用ですか?」
「あ~、ちょっと言いたいことがあってね・・・」
明日奈は周りをキョロキョロと見回す。
「ここだとあれだし、どこかで話さない?」
「別に構いませんが・・・」
明日奈に連れられ、すみれはカフェテリアに入る。
「それで、何の話でしょうか?」
明日奈はコーヒーを一口飲み、カップを置くと話し始める。
「単刀直入に言うわ。ユキヤ君と別れたほうがいいわよ」
「はい?」
明日奈の言葉の意味がわからず、すみれは聞き返す。
「あなたに言うべきか迷ったんだけど・・・昨日の飲み会で・・・あの、
ユキヤ君って結構積極的だったのね・・・」
明日奈がいかにも言いづらそうに言ってくる。「は?どういう事です?」
「だから、その・・・キスとか・・・胸触ったりとかね・・・」
すべて明日奈が仕掛けたことだが、まるでユキヤからやってきたように言う。
「はぁ・・・」
「その後は・・・大体想像がつくとは思うけど・・・私たち、二人で・・・」
明日奈は顔を赤らめながらも、
具体的な表現を避けたような言い回しをする。
「彼、結構その場の空気に流されやすいところがあると思うの」
「まぁそれは否定しませんけど・・・」
「だから、もしこのまま付き合っていても、
きっといつかはあなたの事を裏切るかもしれない。だから・・・」
明日奈はいかにも心配するような表情を見せてくる。
「うーん・・・でも大丈夫だと思いますよ。ユキヤ、今うちで寝てるし。」
「え!?」
明日奈は目を丸くする。
「ちょっと二日酔いみたいですね。今日は一日ゆっくり休ませるつもりです」
「そ、そうなんだ・・・」
「それに、彼のことは私がしっかり管理しますんで。安心して下さい」
「わ、わかったわ・・・」
「じゃあ失礼しますね。」
そういうとすみれは立ち上がり、自分の分の会計を済ませて去っていった。
すみれは歩きながら
(まぁ、あれの話題を出してないあたり、何もなかったとは思うけど。)
昨晩すみれがユキヤの背中を流した理由・・・
それはユキヤの背中に油性ペンで『この男浮気者につき!』と
大きく落書きしていたからだ。
これはユキヤが寝てる間に書いたものなので、本人ですら気付いてない事だった。
つまり服など脱いだら、大変なことになっていたのだ。
(ちょっと悪いとは思ったけど・・・今回は信じられる証拠になったからいいかな)
そう思いつつ、すみれは家路につく。
****
「・・・流石本妻の余裕ってやつね。あなどれないわ。」
「いい加減あきらめなさいよ」
「だってぇ~!」
すみれと別れた後、明日奈はまだ諦めきれずにいた。
(あんな女より、私の方がいいじゃない!なんでわかってくれないの!)
明日奈は自分が美人であるという自覚があった。スタイルもいい方だと思う。
そして何よりも、男性経験が豊富だという自信もある。
「・・・ますますもってあの二人が気に食わなくなった」
明日奈は一人呟く。
「もうこうなったら実力行使しかないかしら・・・」
「だから明日奈ちゃん、それただの悪役ムーブでしかないからね」
友人がつっこむ。
「とにかく!あの二人を別れさせたい!」
明日奈は(無駄な)闘志を燃やしていた。
おわり
明日奈は何とかしてユキヤの隣の席を陣取っていた。
「あ、これおいしい」「あ、ほんとですね!」
女子二人は料理をつつきながら楽しげに話している。
(ふん、呑気なものよね)
一方の明日奈は、ユキヤの隣をキープしながら、彼を横目で観察していた。
彼は黙々と酒を飲んでいる。
「どうしたの?なんか難しい顔してるけど」
「あ、いや、なんでもない」
そう言ってユキヤは慌てて笑顔を作る。
「ええと、どこかであったことあったっけ?」ユキヤは彼女のことを覚えていなかった。
「ひどい!忘れたふりなんて!」
「えっ?」
「私よ、覚えてない?」
「うーん・・・ごめん、ちょっと思い出せないかも」
「もう、あんなに仲良く遊んだ仲なのに!」
そう言って明日奈はわざとらしく口を尖らせた。
「ええと・・・」ユキヤは必死に記憶をたどるが、やはり思い出せない。
「・・・」明日奈は無言のままユキヤを見つめている。
「ええと、本当にわからないんだけど・・・」
「・・・・・・」(ちょっと覚えてないってどうい事よ!)
と心の中で怒りをあらわにする明日奈だったが、
その場では笑顔を作って取り繕った。
「まあいいわ、また今度改めて自己紹介するから!」
そう言って持っていたグラスを一気に飲むと、
明日奈は再びにっこりと微笑んで見せた。
「ああ、うん・・・」
ユキヤは戸惑いながらも返事をする。
「それよりさ、もっと楽しい話しましょうよ!」
明日奈はユキヤの腕にしがみつくと、そのまま胸を押し付けた。
「ちょ、おい、あんまりくっつかないでくれよ」
ユキヤは少し困った表情を浮かべる。
「いいじゃない、私たち友達でしょう?」
そう言って明日奈は更に体を密着させる。
「ちょ・・・おいこの子かなり酔ってるぞ・・・」
ユキヤは思わず隣にいる幹事の友人に助けを求める。
「まあ落ち着けよ。こういう時は適当にあしらっとけばいいんだよ」
「でも・・・」
「大丈夫だって。いつものことだから」
「そうなのか・・・」
「ほら、こっちも飲めよ」
そう言ってユキヤに酒を勧める友人。
「・・・わかったよ」
ユキヤは諦めたようにため息をつくと、目の前にあったビールを飲み干した。
****
「ねえ、あなた名前は?」
いつの間にかユキヤの隣には明日奈が座っていた。
「俺?俺は茶木ユキヤだけど」
「ユキヤ君っていうのね。かわいい名前じゃない」
そう言って彼女は妖艶な笑みをユキヤに向ける。
「あ、いや、それは・・・」
相変わら明日奈はもたれかかったままだ。「ねえ、この後二人で抜け出さない?」
「いや、そういうわけにもいかないだろ」
「あら、私のことが嫌い?」
「いや、別にそんなことは・・・」
この時、ユキヤの脳裏にすみれの顔がよぎった・・・
(いや、これは浮気とかでなくてね・・・)頭の中でユキヤは言い訳を始める。
「ふーん、じゃあ好きなんだ?私のこと」
「そ、そりゃあまあ・・・」
「ふふっ、正直でよろしい」
そう言うと明日奈はユキヤの頬に軽くキスをした。
「お、おい!」ユキヤの頭の中にいるすみれは微笑んだままだ・・・
(いやその・・・)
ユキヤは慌てて明日奈を引き離す。
「つれないわねぇ」明日奈はクスリと笑うと、今度は耳元で囁いた。
「ユキヤ君のエッチ」
(露骨に口にしないで含ませるのがポイントよ。)
「うぐ・・・」ユキヤは顔を真っ赤にして俯く。
(まずい・・・このままだと、この空気に流される・・・)
相変わらず頭の中のすみれは微笑んだままだが、
よく見ると右手に何か持っている・・・
そしてそのままゆっくりと近づいてくる・・・
(だから、危ないからそんなもの振り回すのやめなさい!・・・お願いだから!)
自分の妄想との戦いが始まってしまい、ユキヤは冷や汗まみれになる。
「ねえ、聞いてる?」明日奈はユキヤの肩を掴んで揺する。
「え!?あ、ごめん。何の話だったかな」
「もう、ちゃんと人の話を聞きなさいよね」
「ああ、うん。悪かったよ」
「わかればいいけど。ところでユキヤ君は彼女いないのかしら?」
「い、いや・・・」
「へぇ、そうなんだぁ。私立候補しちゃおうかしら」
そう言って明日奈はユキヤの腕にしがみつく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「いいじゃない。ユキヤ君、顔も可愛いし、性格も素直だし、それに、その・・・」
そう言って明日奈はユキヤの股間に手を伸ばす。
「ちょ、おい!」
「ここだって大きいじゃない。こんなの初めて見たかも」
「いや、ちょっと待ちなさい!」思わず敬語になってしまう。
「ねえ、いいでしょう?ユキヤ君」
明日奈は上目遣いでユキヤを見つめる。
「いや、あの、でも・・・」
明日奈の瞳に見惚れてしまい、ユキヤは何も言えなくなってしまう。
(やっぱり押しに弱いタイプね・・・)
すぐ顔に出るので、結構弱点も簡単に見抜かれてしまう。
「大丈夫よ。優しくしてあげるから」
そう言って明日奈はユキヤの唇を奪う。
「むぐっ・・・」ユキヤは驚いて抵抗しようとするが、明日奈に頭を抑えられて動かせない。
「ふふっ、かわいい」
そう言って舌を絡ませてくる。
「んん・・・」
明日奈の甘い香りが鼻腔を刺激し、頭がボーっとしてくる。
明日奈はしばらくユキヤの口内を楽しんだ後、ようやく解放した。
「ぷはぁ・・・」
「ねえ、もっと気持ち良いことしましょ」
そう言って明日奈はユキヤの足の間に膝を入れてくる。
「あ、いや、ちょっと・・・」
「ふふっ、じゃあ行きましょうか」
明日奈はユキヤの手を引いて歩きそうとしたその時・・・
ユキヤのスマホが大音量で鳴り出した。
それはアラームの音だった。
すみれが「終電逃さないように」と設定してくれたものだった。
音はどんどん大きくなっていき、この雰囲気をぶち壊すには十分だった。
ユキヤはアラームを手で止めながら、「ゴメン、俺そろそろ帰るわ」
と言った。
「・・・・」明日奈は呆然としていた。
「じゃ、そういうことで。」
明日奈は呆然としていたものの「そうね、連絡するわ」とすぐに笑顔を作る。
「じゃあまたな!」と自分の分の飲み代を置いていき、ユキヤは足早に店を出た。
「・・・」
一人残された明日奈は無言で席に戻り、残っていたワインを飲み干すと、
グラスを叩きつけるように置いた。
「なにあれ・・・ふざけんじゃないわよ!!!」
周りにいた客が一斉に明日奈を見る。
「あ・・・あら、私ったら、酔っぱらっちゃった~」と慌てて胡麻化す。
周りの客はクスッと笑い、再びそれぞれの時間に戻る。
明日奈はため息をつく。
「まあいいわ。簡単に堕ちたら面白くないし」
そう言ってニヤリとする。
「次はどうしてやろうかしら・・・」
明日奈は再びメニューを手に取り、新しい酒を注文した。
一方ユキヤは、一目散に駅に向かって走り出していた。
(た・・・助かった・・・)
明日奈は美人だし、スタイルも良いし、何より胸が大きい。
そんな人に迫られたら、男なら誰でも落ちるだろう。しかし・・・
「うぅ・・・」思い出したら涙が出てきた。
明日奈の柔らかい感触を思い出してしまったのだ。
そしてあの甘酸っぱい匂い。
明日奈はきっといいところのお嬢様なんだろう。
今まで会ったどんな女性よりも魅力的な人だと思った。
あんな人と付き合えたら幸せだろうな、と思う。
確かに以前ならおいしい状況と感じただろう・・・。
(俺、なにやってんだ?)
「・・・・・」しばし無言で空を見る。
そしてまた走り出した。
気が付いたらその足はすみれのマンションへと向かっていた。
「どうしたの?こんな時間に・・・って汗びっしょりじゃない!」
すみれが驚いた声をあげる。
「ああ、うん、ごめん・・・」酒を飲んで走ったせいで汗が凄いことになっていた。
「ほら、シャワー浴びてきなさい。着替えは用意しておくから」
「悪い・・・」
ユキヤは浴室に入り、頭から熱いお湯を被る。
さっきの事が頭の中から離れない。
明日奈の柔らかそうな唇。
押し付けられた大きな乳房の弾力。
ユキヤの手を包み込むように握る細い指。
明日奈の顔が脳裏に焼き付いて消えてくれない。
そんな事を悶々と考えていると・・・
「背中流そうね」いきなりすみれが浴室に入ってきた。
ただ服は着ていたが。「え?ちょっ!?」
ユキヤは焦る。
「はい、じっとしてー」
ユキヤは観念して目を瞑る。
するとユキヤの体を泡立てたタオルが滑っていく。
「なんだよ、いきなり・・・」「ふふ、ちょっとね」
スポンジにボディソープを垂らす。「はい、前向いてー」
ユキヤは言われるがまま、後ろを振り向く。
すみれはユキヤの体全体を洗い始めた。
「・・・」すみれはちょっとだけ小さな声で何かをつぶやいた。
「どうした?」「ん~、なんでもないよ」
「そうか」
「じゃあ私も入ってくるわね。先にベッドに入ってていいよ」
ユキヤは言われた通り、寝室に入る。
そしてそのまま、ベッドの上で横になった。
このベッドで普通に寝るのはどれぐらいぶりだろう。
そして、先ほどまでの事を思い出す。
(明日奈さんとキス・・・してしまった・・)
明日奈の柔らかい唇の感触を思い出してしまい、思わず顔が熱くなる。
明日奈の甘い匂いと、あの胸の谷間と、綺麗な瞳と、長い髪と・・・
明日奈の事ばかり考えてしまう自分に嫌気が差す。
(やっぱりバレたら怒られるのかな・・・いや場合によってはそれ以上の事を・・・)
そんなことを考えているうちに眠ってしまった。
夜中。
何かに締め付けられる感覚でユキヤは目を覚ます。
背後から誰かに抱きしめられている・・・すみれであった。
眠っているのか起きているのかは分からなかったが、
その指先には爪が立っていた。
痛くはないが、思いの強さが感じられた。
(もし、俺がいなくなったら、こいつも泣くのかな・・・?)
ユキヤはぼんやりと考える。
浮気を繰り返していた頃も、怒りはするものの泣いたのは見たことがなかった。
きっとその時は自分が悪いからだろうと思っていた。
でも今は、自分の為に泣いてくれるような気さえしていた。
だから、ユキヤは少し嬉しかった。
そして、すみれの腕を解き、そっと抱き寄せた。
「ごめんな・・・」
すみれは眠っていた。ユキヤは久々に自分の腕で彼女を抱きしめていた。
そしてその日はそのまま眠りについた。
****
「・・・気分どう?」
「うう、気持ち悪い・・・目が回る・・・」
翌日、しっかり二日酔いになっていたユキヤがいた。
「ほら、お水飲める?」
「うん・・・」
ユキヤはコップを受け取り、水を一気に飲む。
「もうお酒やめたら?」
「そうだね・・・」
(くそ・・・なんつー悪い酒だ・・・)
酒のせいというより、昨日の明日奈の雰囲気に当てられた方が強いだろう。
「はい、お薬。お昼ご飯食べたら飲んでね。あとお風呂入るなら、
今日はシャワーだけにしておいて。お湯に浸かるのはまだダメだよ。いい?」
「わかった・・・」
すみれはテキパキと指示を出す。
「じゃあ私は大学行ってくるけど、ちゃんと大人しくしているんだよ?
また夕方には帰ってくるからね」
「ああ、行ってこい・・・」
「あ、それと・・・」
そう言ってユキヤに近づき、耳元に口を寄せる。
「昨日のこと、忘れてないよね・・・?」
「え・・・いや、覚えてるが・・・」
「ふふっ、それじゃ、いってきまーす!」
「おう・・・」
バタンとドアが閉まり、部屋の中に静寂が訪れる。
「はぁ・・・」
ユキヤはため息をつきながらベッドの上に倒れ込む。
(昨日の事は・・・早く忘れよう!)
頭痛と吐き気が続く中、ユキヤは必死に自分に言い聞かせる。
だが、なかなか忘れられなかった。
***
大学での抗議が終わり、帰ろうとしたところで、
すみれは、見知らぬ女性に声を掛けられる。明日奈である。
「あ、白石さん、こんにちは」
「あの、私に何か用ですか?」
「あ~、ちょっと言いたいことがあってね・・・」
明日奈は周りをキョロキョロと見回す。
「ここだとあれだし、どこかで話さない?」
「別に構いませんが・・・」
明日奈に連れられ、すみれはカフェテリアに入る。
「それで、何の話でしょうか?」
明日奈はコーヒーを一口飲み、カップを置くと話し始める。
「単刀直入に言うわ。ユキヤ君と別れたほうがいいわよ」
「はい?」
明日奈の言葉の意味がわからず、すみれは聞き返す。
「あなたに言うべきか迷ったんだけど・・・昨日の飲み会で・・・あの、
ユキヤ君って結構積極的だったのね・・・」
明日奈がいかにも言いづらそうに言ってくる。「は?どういう事です?」
「だから、その・・・キスとか・・・胸触ったりとかね・・・」
すべて明日奈が仕掛けたことだが、まるでユキヤからやってきたように言う。
「はぁ・・・」
「その後は・・・大体想像がつくとは思うけど・・・私たち、二人で・・・」
明日奈は顔を赤らめながらも、
具体的な表現を避けたような言い回しをする。
「彼、結構その場の空気に流されやすいところがあると思うの」
「まぁそれは否定しませんけど・・・」
「だから、もしこのまま付き合っていても、
きっといつかはあなたの事を裏切るかもしれない。だから・・・」
明日奈はいかにも心配するような表情を見せてくる。
「うーん・・・でも大丈夫だと思いますよ。ユキヤ、今うちで寝てるし。」
「え!?」
明日奈は目を丸くする。
「ちょっと二日酔いみたいですね。今日は一日ゆっくり休ませるつもりです」
「そ、そうなんだ・・・」
「それに、彼のことは私がしっかり管理しますんで。安心して下さい」
「わ、わかったわ・・・」
「じゃあ失礼しますね。」
そういうとすみれは立ち上がり、自分の分の会計を済ませて去っていった。
すみれは歩きながら
(まぁ、あれの話題を出してないあたり、何もなかったとは思うけど。)
昨晩すみれがユキヤの背中を流した理由・・・
それはユキヤの背中に油性ペンで『この男浮気者につき!』と
大きく落書きしていたからだ。
これはユキヤが寝てる間に書いたものなので、本人ですら気付いてない事だった。
つまり服など脱いだら、大変なことになっていたのだ。
(ちょっと悪いとは思ったけど・・・今回は信じられる証拠になったからいいかな)
そう思いつつ、すみれは家路につく。
****
「・・・流石本妻の余裕ってやつね。あなどれないわ。」
「いい加減あきらめなさいよ」
「だってぇ~!」
すみれと別れた後、明日奈はまだ諦めきれずにいた。
(あんな女より、私の方がいいじゃない!なんでわかってくれないの!)
明日奈は自分が美人であるという自覚があった。スタイルもいい方だと思う。
そして何よりも、男性経験が豊富だという自信もある。
「・・・ますますもってあの二人が気に食わなくなった」
明日奈は一人呟く。
「もうこうなったら実力行使しかないかしら・・・」
「だから明日奈ちゃん、それただの悪役ムーブでしかないからね」
友人がつっこむ。
「とにかく!あの二人を別れさせたい!」
明日奈は(無駄な)闘志を燃やしていた。
おわり
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ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
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僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
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この作品はハーメルン様でも掲載しています。
鬼上官と、深夜のオフィス
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