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第12話:すべてを奪いたい女とすべてを奪う彼女(後編)

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そんなこんなで夜、飲み会は盛況を迎えていた。
明日奈は何とかしてユキヤの隣の席を陣取っていた。
「あ、これおいしい」「あ、ほんとですね!」
女子二人は料理をつつきながら楽しげに話している。
(ふん、呑気なものよね)
一方の明日奈は、ユキヤの隣をキープしながら、彼を横目で観察していた。
彼は黙々と酒を飲んでいる。
「どうしたの?なんか難しい顔してるけど」
「あ、いや、なんでもない」
そう言ってユキヤは慌てて笑顔を作る。
「ええと、どこかであったことあったっけ?」ユキヤは彼女のことを覚えていなかった。

「ひどい!忘れたふりなんて!」
「えっ?」
「私よ、覚えてない?」
「うーん・・・ごめん、ちょっと思い出せないかも」
「もう、あんなに仲良く遊んだ仲なのに!」
そう言って明日奈はわざとらしく口を尖らせた。
「ええと・・・」ユキヤは必死に記憶をたどるが、やはり思い出せない。
「・・・」明日奈は無言のままユキヤを見つめている。
「ええと、本当にわからないんだけど・・・」
「・・・・・・」(ちょっと覚えてないってどうい事よ!)
と心の中で怒りをあらわにする明日奈だったが、
その場では笑顔を作って取り繕った。
「まあいいわ、また今度改めて自己紹介するから!」
そう言って持っていたグラスを一気に飲むと、
明日奈は再びにっこりと微笑んで見せた。
「ああ、うん・・・」
ユキヤは戸惑いながらも返事をする。
「それよりさ、もっと楽しい話しましょうよ!」
明日奈はユキヤの腕にしがみつくと、そのまま胸を押し付けた。
「ちょ、おい、あんまりくっつかないでくれよ」
ユキヤは少し困った表情を浮かべる。
「いいじゃない、私たち友達でしょう?」
そう言って明日奈は更に体を密着させる。
「ちょ・・・おいこの子かなり酔ってるぞ・・・」
ユキヤは思わず隣にいる幹事の友人に助けを求める。
「まあ落ち着けよ。こういう時は適当にあしらっとけばいいんだよ」
「でも・・・」
「大丈夫だって。いつものことだから」
「そうなのか・・・」
「ほら、こっちも飲めよ」
そう言ってユキヤに酒を勧める友人。
「・・・わかったよ」
ユキヤは諦めたようにため息をつくと、目の前にあったビールを飲み干した。
****
「ねえ、あなた名前は?」
いつの間にかユキヤの隣には明日奈が座っていた。
「俺?俺は茶木ユキヤだけど」
「ユキヤ君っていうのね。かわいい名前じゃない」
そう言って彼女は妖艶な笑みをユキヤに向ける。
「あ、いや、それは・・・」
相変わら明日奈はもたれかかったままだ。「ねえ、この後二人で抜け出さない?」
「いや、そういうわけにもいかないだろ」
「あら、私のことが嫌い?」
「いや、別にそんなことは・・・」
この時、ユキヤの脳裏にすみれの顔がよぎった・・・
(いや、これは浮気とかでなくてね・・・)頭の中でユキヤは言い訳を始める。
「ふーん、じゃあ好きなんだ?私のこと」
「そ、そりゃあまあ・・・」
「ふふっ、正直でよろしい」
そう言うと明日奈はユキヤの頬に軽くキスをした。
「お、おい!」ユキヤの頭の中にいるすみれは微笑んだままだ・・・
(いやその・・・)
ユキヤは慌てて明日奈を引き離す。
「つれないわねぇ」明日奈はクスリと笑うと、今度は耳元で囁いた。
「ユキヤ君のエッチ」
(露骨に口にしないで含ませるのがポイントよ。)
「うぐ・・・」ユキヤは顔を真っ赤にして俯く。
(まずい・・・このままだと、この空気に流される・・・)
相変わらず頭の中のすみれは微笑んだままだが、
よく見ると右手に何か持っている・・・
そしてそのままゆっくりと近づいてくる・・・
(だから、危ないからそんなもの振り回すのやめなさい!・・・お願いだから!)
自分の妄想との戦いが始まってしまい、ユキヤは冷や汗まみれになる。
「ねえ、聞いてる?」明日奈はユキヤの肩を掴んで揺する。
「え!?あ、ごめん。何の話だったかな」
「もう、ちゃんと人の話を聞きなさいよね」
「ああ、うん。悪かったよ」
「わかればいいけど。ところでユキヤ君は彼女いないのかしら?」
「い、いや・・・」
「へぇ、そうなんだぁ。私立候補しちゃおうかしら」
そう言って明日奈はユキヤの腕にしがみつく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「いいじゃない。ユキヤ君、顔も可愛いし、性格も素直だし、それに、その・・・」
そう言って明日奈はユキヤの股間に手を伸ばす。
「ちょ、おい!」
「ここだって大きいじゃない。こんなの初めて見たかも」
「いや、ちょっと待ちなさい!」思わず敬語になってしまう。
「ねえ、いいでしょう?ユキヤ君」
明日奈は上目遣いでユキヤを見つめる。
「いや、あの、でも・・・」
明日奈の瞳に見惚れてしまい、ユキヤは何も言えなくなってしまう。
(やっぱり押しに弱いタイプね・・・)
すぐ顔に出るので、結構弱点も簡単に見抜かれてしまう。
「大丈夫よ。優しくしてあげるから」
そう言って明日奈はユキヤの唇を奪う。
「むぐっ・・・」ユキヤは驚いて抵抗しようとするが、明日奈に頭を抑えられて動かせない。
「ふふっ、かわいい」
そう言って舌を絡ませてくる。
「んん・・・」
明日奈の甘い香りが鼻腔を刺激し、頭がボーっとしてくる。
明日奈はしばらくユキヤの口内を楽しんだ後、ようやく解放した。
「ぷはぁ・・・」
「ねえ、もっと気持ち良いことしましょ」
そう言って明日奈はユキヤの足の間に膝を入れてくる。
「あ、いや、ちょっと・・・」
「ふふっ、じゃあ行きましょうか」
明日奈はユキヤの手を引いて歩きそうとしたその時・・・

ユキヤのスマホが大音量で鳴り出した。

それはアラームの音だった。
すみれが「終電逃さないように」と設定してくれたものだった。
音はどんどん大きくなっていき、この雰囲気をぶち壊すには十分だった。
ユキヤはアラームを手で止めながら、「ゴメン、俺そろそろ帰るわ」
と言った。
「・・・・」明日奈は呆然としていた。
「じゃ、そういうことで。」
明日奈は呆然としていたものの「そうね、連絡するわ」とすぐに笑顔を作る。
「じゃあまたな!」と自分の分の飲み代を置いていき、ユキヤは足早に店を出た。
「・・・」
一人残された明日奈は無言で席に戻り、残っていたワインを飲み干すと、
グラスを叩きつけるように置いた。
「なにあれ・・・ふざけんじゃないわよ!!!」
周りにいた客が一斉に明日奈を見る。
「あ・・・あら、私ったら、酔っぱらっちゃった~」と慌てて胡麻化す。
周りの客はクスッと笑い、再びそれぞれの時間に戻る。
明日奈はため息をつく。
「まあいいわ。簡単に堕ちたら面白くないし」
そう言ってニヤリとする。
「次はどうしてやろうかしら・・・」
明日奈は再びメニューを手に取り、新しい酒を注文した。

一方ユキヤは、一目散に駅に向かって走り出していた。
(た・・・助かった・・・)
明日奈は美人だし、スタイルも良いし、何より胸が大きい。
そんな人に迫られたら、男なら誰でも落ちるだろう。しかし・・・
「うぅ・・・」思い出したら涙が出てきた。
明日奈の柔らかい感触を思い出してしまったのだ。
そしてあの甘酸っぱい匂い。
明日奈はきっといいところのお嬢様なんだろう。
今まで会ったどんな女性よりも魅力的な人だと思った。
あんな人と付き合えたら幸せだろうな、と思う。
確かに以前ならおいしい状況と感じただろう・・・。
(俺、なにやってんだ?)

「・・・・・」しばし無言で空を見る。
そしてまた走り出した。
気が付いたらその足はすみれのマンションへと向かっていた。

「どうしたの?こんな時間に・・・って汗びっしょりじゃない!」
すみれが驚いた声をあげる。
「ああ、うん、ごめん・・・」酒を飲んで走ったせいで汗が凄いことになっていた。
「ほら、シャワー浴びてきなさい。着替えは用意しておくから」
「悪い・・・」
ユキヤは浴室に入り、頭から熱いお湯を被る。
さっきの事が頭の中から離れない。
明日奈の柔らかそうな唇。
押し付けられた大きな乳房の弾力。
ユキヤの手を包み込むように握る細い指。
明日奈の顔が脳裏に焼き付いて消えてくれない。
そんな事を悶々と考えていると・・・
「背中流そうね」いきなりすみれが浴室に入ってきた。
ただ服は着ていたが。「え?ちょっ!?」
ユキヤは焦る。
「はい、じっとしてー」
ユキヤは観念して目を瞑る。
するとユキヤの体を泡立てたタオルが滑っていく。
「なんだよ、いきなり・・・」「ふふ、ちょっとね」
スポンジにボディソープを垂らす。「はい、前向いてー」
ユキヤは言われるがまま、後ろを振り向く。
すみれはユキヤの体全体を洗い始めた。
「・・・」すみれはちょっとだけ小さな声で何かをつぶやいた。
「どうした?」「ん~、なんでもないよ」
「そうか」
「じゃあ私も入ってくるわね。先にベッドに入ってていいよ」
ユキヤは言われた通り、寝室に入る。
そしてそのまま、ベッドの上で横になった。
このベッドで普通に寝るのはどれぐらいぶりだろう。
そして、先ほどまでの事を思い出す。
(明日奈さんとキス・・・してしまった・・)
明日奈の柔らかい唇の感触を思い出してしまい、思わず顔が熱くなる。
明日奈の甘い匂いと、あの胸の谷間と、綺麗な瞳と、長い髪と・・・
 明日奈の事ばかり考えてしまう自分に嫌気が差す。
(やっぱりバレたら怒られるのかな・・・いや場合によってはそれ以上の事を・・・)
そんなことを考えているうちに眠ってしまった。

夜中。
何かに締め付けられる感覚でユキヤは目を覚ます。
背後から誰かに抱きしめられている・・・すみれであった。
眠っているのか起きているのかは分からなかったが、
その指先には爪が立っていた。
痛くはないが、思いの強さが感じられた。
(もし、俺がいなくなったら、こいつも泣くのかな・・・?)
ユキヤはぼんやりと考える。
浮気を繰り返していた頃も、怒りはするものの泣いたのは見たことがなかった。
きっとその時は自分が悪いからだろうと思っていた。
でも今は、自分の為に泣いてくれるような気さえしていた。
だから、ユキヤは少し嬉しかった。
そして、すみれの腕を解き、そっと抱き寄せた。
「ごめんな・・・」
すみれは眠っていた。ユキヤは久々に自分の腕で彼女を抱きしめていた。
そしてその日はそのまま眠りについた。

****
「・・・気分どう?」
「うう、気持ち悪い・・・目が回る・・・」
翌日、しっかり二日酔いになっていたユキヤがいた。
「ほら、お水飲める?」
「うん・・・」
ユキヤはコップを受け取り、水を一気に飲む。
「もうお酒やめたら?」
「そうだね・・・」
(くそ・・・なんつー悪い酒だ・・・)
酒のせいというより、昨日の明日奈の雰囲気に当てられた方が強いだろう。
「はい、お薬。お昼ご飯食べたら飲んでね。あとお風呂入るなら、
今日はシャワーだけにしておいて。お湯に浸かるのはまだダメだよ。いい?」
「わかった・・・」
すみれはテキパキと指示を出す。
「じゃあ私は大学行ってくるけど、ちゃんと大人しくしているんだよ?
また夕方には帰ってくるからね」
「ああ、行ってこい・・・」
「あ、それと・・・」
そう言ってユキヤに近づき、耳元に口を寄せる。
「昨日のこと、忘れてないよね・・・?」
「え・・・いや、覚えてるが・・・」
「ふふっ、それじゃ、いってきまーす!」
「おう・・・」
バタンとドアが閉まり、部屋の中に静寂が訪れる。
「はぁ・・・」
ユキヤはため息をつきながらベッドの上に倒れ込む。
(昨日の事は・・・早く忘れよう!)
頭痛と吐き気が続く中、ユキヤは必死に自分に言い聞かせる。
だが、なかなか忘れられなかった。

***
大学での抗議が終わり、帰ろうとしたところで、
すみれは、見知らぬ女性に声を掛けられる。明日奈である。
「あ、白石さん、こんにちは」
「あの、私に何か用ですか?」
「あ~、ちょっと言いたいことがあってね・・・」
明日奈は周りをキョロキョロと見回す。
「ここだとあれだし、どこかで話さない?」
「別に構いませんが・・・」
明日奈に連れられ、すみれはカフェテリアに入る。
「それで、何の話でしょうか?」
明日奈はコーヒーを一口飲み、カップを置くと話し始める。
「単刀直入に言うわ。ユキヤ君と別れたほうがいいわよ」
「はい?」
明日奈の言葉の意味がわからず、すみれは聞き返す。
「あなたに言うべきか迷ったんだけど・・・昨日の飲み会で・・・あの、
ユキヤ君って結構積極的だったのね・・・」
明日奈がいかにも言いづらそうに言ってくる。「は?どういう事です?」
「だから、その・・・キスとか・・・胸触ったりとかね・・・」
すべて明日奈が仕掛けたことだが、まるでユキヤからやってきたように言う。
「はぁ・・・」
「その後は・・・大体想像がつくとは思うけど・・・私たち、二人で・・・」
明日奈は顔を赤らめながらも、
具体的な表現を避けたような言い回しをする。
「彼、結構その場の空気に流されやすいところがあると思うの」
「まぁそれは否定しませんけど・・・」
「だから、もしこのまま付き合っていても、
きっといつかはあなたの事を裏切るかもしれない。だから・・・」
明日奈はいかにも心配するような表情を見せてくる。
「うーん・・・でも大丈夫だと思いますよ。ユキヤ、今うちで寝てるし。」

「え!?」
明日奈は目を丸くする。
「ちょっと二日酔いみたいですね。今日は一日ゆっくり休ませるつもりです」
「そ、そうなんだ・・・」
「それに、彼のことは私がしっかり管理しますんで。安心して下さい」
「わ、わかったわ・・・」
「じゃあ失礼しますね。」
そういうとすみれは立ち上がり、自分の分の会計を済ませて去っていった。

すみれは歩きながら
(まぁ、あれの話題を出してないあたり、何もなかったとは思うけど。)
昨晩すみれがユキヤの背中を流した理由・・・
それはユキヤの背中に油性ペンで『この男浮気者につき!』と
大きく落書きしていたからだ。
これはユキヤが寝てる間に書いたものなので、本人ですら気付いてない事だった。
つまり服など脱いだら、大変なことになっていたのだ。

(ちょっと悪いとは思ったけど・・・今回は信じられる証拠になったからいいかな)
そう思いつつ、すみれは家路につく。

****

「・・・流石本妻の余裕ってやつね。あなどれないわ。」
「いい加減あきらめなさいよ」
「だってぇ~!」
すみれと別れた後、明日奈はまだ諦めきれずにいた。
(あんな女より、私の方がいいじゃない!なんでわかってくれないの!)
明日奈は自分が美人であるという自覚があった。スタイルもいい方だと思う。
そして何よりも、男性経験が豊富だという自信もある。
「・・・ますますもってあの二人が気に食わなくなった」
明日奈は一人呟く。
「もうこうなったら実力行使しかないかしら・・・」
「だから明日奈ちゃん、それただの悪役ムーブでしかないからね」
友人がつっこむ。
「とにかく!あの二人を別れさせたい!」

明日奈は(無駄な)闘志を燃やしていた。

おわり
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