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第29話 追いかけっこ

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「なあ……トワイライトのやつ、遅くねぇか?」

 仲間が経験値になったことなど知る由もないノックスは、坑道の壁にもたれ掛かりながら言った。

「あいつ……何してやがるんだ?」
「君は野暮だね。女の子には色々とあるのさ」

 ナイフの手入れを止めて顔を上げ、呆れた様子で答えるホワイト。

「ねっ!」

 彼は縛られている少女の方を見て同意を求める。

「………………っ!」
「……はぁ……かわいそうじゃないか。また喋れないようにしちゃうだなんて」
「こうしてねえと騒ぐからな」

 少女はノックスのことを睨みつけた。

「――まったく……トワイライトといい、こいつといい、縛ってやらねえと大人しくできねえ嬢ちゃんばかりで嫌になるぜ」
「うわ……その言い方……品性下劣だね……気色わる……」
「てめえにだけは言われたくねえんだよクソが!」

 ノックスは腹立たし気に壁を叩く。ぽろぽろと土が崩れてきた。

「…………ホワイト、アレを女扱いするのはてめぇくらいだぜ。頭にクソでも詰まってんじゃねぇか?」
「さあ? 自分の頭は切り開いたことがないから分からないな」
「チッ――――もういい…………ちょっと様子を見てくる。余計な事はするなよ」
「しないよ。また君に組み伏せられたらむさ苦しくてたまったものじゃないからね」
「…………というわけだ嬢ちゃん。このクソ野郎と一緒に留守を頼むぜ」

 そう言い残して、ノックスはトワイライトを探しに行くのだった。

 よって、その場には少女とホワイトだけが残されることとなる。

「………………………………」


「………………………………」






「やっと二人きりになれたね」



 



「…………っ! んーーッ!」

 明らかに危害を加えようとしてきているホワイトを見て、必死に助けを求める少女。

 しかし、その声は誰にも届かない。

「そんなに怖がらないでよ」
「んんっ! ンーーーーッ!」
「もしかして僕……嫌われちゃってるのかな?」
「んーーーッ!」
「じゃあ……一緒に遊んであげるね!」

 ホワイトは先ほどまで入念に手入れしていたナイフを弄びながら、ゆっくりと少女に近づいていく。

「そうだなぁ…………追いかけっこがいいかなぁ……? 上手くいけば僕達から逃げられるよ?」
「んんんーーッ!!

 もがく少女。

 ホワイトはそんな彼女の右足首を素手で掴み、ナイフの刃先を押し当てた。

「…………でも、君は元気そうだから少しハンデが欲しいな。……ここをちょっと切り落とすけど……いいよね?」
「んんんっ! んッ! んんッ!」

 少女はくぐもった悲鳴を上げながら、何度も何度も彼のことを蹴りつける。
 
「やめてよ。手元が狂ったら左足まで切り落としちゃうかも……!」

 そう言って興奮した笑みを浮かべながら、ホワイトは力を込めて少女の右足を切り落とそうとした。

 ――しかしその時。

「旋風よ切り刻め、ウェルテクス!」

 近くで声が響く。

「うわああああああああああッ!?」

 突如としてホワイトの身体は吹き飛ばされ、至る所に切り傷を負いながら壁へと叩きつけられる。

「二人目発見です!」

 ……魔法を唱えて彼を吹き飛ばしたのは、もちろんルーテだ。

「――ラミナ」

 ルーテは更に続けて詠唱をし、風の刃を生み出す。

「……いっ……たいなぁ……」

 一方、ゆっくりと起き上がり、服に付いた土を振り払いながら正体不明の敵――ルーテの姿を確認するホワイト。

「まだ立ち上がるとは……やはり中ボスなだけあって、一筋縄ではいきませんね」

 次の瞬間、彼の眼が大きく見開かれた。

「天使だ………………!」
「…………はい?」
「美しい……! 僕はずっと君のことを探していたんだ!」

 ホワイトは両手を天高く掲げ、歓喜に打ち震える。

「あの……どうかしましたか……?」
「…………真っ白な髪に真っ白な肌……まさに天使! ……あぁ、今すぐ全部真っ赤にお化粧してあげたいよぉ……!」

 天使を発見したことで元気を取り戻し、懐に隠し持っていた二対のナイフを構えるホワイト。

「……そういえば、白衣の殺し屋『ホワイト』は変態キャラでしたね」
「あれぇ? 僕のことを知っているのかい? 光栄だなぁ!」
「…………罪のない人をいたぶって楽しむだなんて……軽蔑します。倒して良いのは、あなたみたいな悪いモンスターだけですよ!」

 対して、ルーテも風の刃を構え直す。

「血で彩られた天使はどれほど美しいんだろうね? あぁ、早く! 早く君の血がみたいよぉおおっ!」
「僕は早く経験値が欲しいです!」

 刹那、二人は同時に動き出した。

 瞬く間にその距離は縮まっていき、お互いが間合いに踏み入った瞬間――閃光が走る。

「…………え?」

 ――負けたのはホワイトだった。

「あ………………」

 彼は、自分の腹部から血が滴り落ちていることに気付く。

「う……そ……」
「――火花よ散れ、シンティラ」

 しかし、ルーテの攻撃は終わらない。

「がああああああああッ!」

 背中で爆発が起こり、ホワイトは再び吹き飛ばされる。

 ――そこでようやく、彼は自分が出会った存在が天使などではなく、血も涙もない悪魔であったことを理解するのだった。

「ぁ…………ぐ……!」

 恐怖に顔を歪め、必死に力を振り絞って後方の悪魔から逃れようとするホワイト。

 地面を這いずり、切り傷と爆発による火傷でボロボロになった腕を前方へ伸ばしたその時。

「――捕まえました!」
「あ…………」

 ルーテに腕を掴まれた。

「……癒しの女神よ、この者に安らぎを――サナーレ」

 ルーテは、すぐさまホワイトへ奇跡による治療を施す。

 調子に乗って少しやり過ぎたので、殺してしまわないようにHPを調整したのである。

 しかし、ホワイトにはそんなことなど知る由もない。

「君は……やっぱり……!」

 ――やはりこの子は悪魔なんかではなく天使だったのだ!

 目から涙を流すホワイト。

「ヒエムス」

 しかし、治療が完了した瞬間、ルーテは即座に次の攻撃魔法を唱えた。

「あ……ぁ…………!」

 ホワイトの身体は、腕からゆっくりと凍りついていく。

「討伐完了ですね!」

 微笑むルーテ。

「………………!」

 その神々しさに、瀕死のホワイトは思わず息を呑む。

 ――ああ、そうか。天使より悪魔の方がもっとずっと美しいんだ。

 そして彼は、朦朧とする意識の中でそんなことを想いながら凍りついていくのだった。

「残り一体です!」
「んーーーーーっ!」
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