31 / 83
第28話 ハウラの崩壊3
しおりを挟む
アニ様が追放されてすぐに、案の定オリヴィアも姿を消した。
今、この屋敷に私の地位を脅かすような存在はいない。
ようやく私は、再び自由を手にしたのだ。
――――そのはずだったのに、今の私は何一つとして満たされていなかった。
*
「うっ……ゴホッ、ゴホッ!」
横腹を蹴られて、私は思わず咳き込みながらうずくまる。
そして、痛みで現実へと引き戻された。
「クソがッ! どうして俺がこんな目に合わなければいけない! 答えろッ! 答えてみろよハウラッ!」
デルフォス様の怒りが収まる気配はない。
沢山蹴られて息ができなかった。苦しい。身体じゅうが痛い。
どうして私がこんな目に遭っているのだろうか?
「も、もうしわけ……」
「俺は質問に答えろって言ってんだよッ!」
「ひぃっ?! うぐッ!」
鳩尾《みぞおち》を蹴り上げられ、酸っぱいものが込み上げてくる。
「うっ、うえええぇぇッ!」
気がつくと私は、胃の中のものをその場で吐き出していた。
「――チッ。汚ねえな。少し蹴られたくらいで吐くなよ」
自分の部屋の床を汚され、不愉快そうに呟くデルフォス様。
……ふざけるな。お前のせいだろこのクソ野郎。
「うぐっ、も、もうしわけ……ありません……」
私は寸前まで出かかった言葉を飲み込んで、そう言った。
こんな屈辱は生まれて初めてだ。
いくら長男とはいえ、所詮は世間知らずのクソ餓鬼。
私の方が遥かに秀でているというのに、何故こんな奴の前で惨めな姿を晒し、その上謝罪までしなければいけない?
「もういい、興が削がれた。……俺はこれから数日、妹を探しに出かける。お前は部屋を片付けておけ。…………クソ」
デルフォス様は、倒れている私には目もくれず、その場から立ち去った。
狡猾で、暴力的で、良いのは外面だけ。
……そうだ、これがヴァレイユ家の人間の本性だ。
こんな奴らに気に入られて権力を手にしたところで、明るい未来など待っていない。
私は、たまたま支配しやすいアニ様の世話係になったせいで、勘違いしていたのだ。
「と、とにかく……今はこれの後始末を……」
――絶望的な事実に気付いてしまった私は、気を紛らわすために部屋の掃除に取りかかる。
とにかく今は、余計な事を考えず考えずデルフォス様のお部屋を……。
…………デルフォス様?
どうして、私があんなクソ餓鬼のことをデルフォス様と呼ばなければいけない?
そしてなぜ私は、そのことに今まで疑問を持たなかった?
「……ふざけんな」
身体の痛みが引いてき、ふつふつとデルフォスに対する怒りが湧き上がってくる。
「ふざけんなふざけんなふざけんなッ!」
私は怒りに任せて、机の上のものを全て払い落とした。
「誰が……誰がお前の部屋なんか……ッ!」
……まずい、このままでは部屋を滅茶苦茶にしてしまう。もし、それがデルフォスにばれたら……!
「クソっ! クソクソクソクソッ!」
この苛立ちを発散しようにも、アニ様はもう居ない。
「あの役立たずが……! 肝心な時に追放されやがって……ッ!」
――その時、私はあることに気づいた。
確か、処分したアニ様の部屋の家具はまだ焼却されていない。
離れの小屋の中に残っているはずだ。
あれを使おう。
私は、誰にも中を見られないようにデルフォスの部屋を施錠してから、屋敷の離れへと向かった。
*
「殺してやるッ! 殺してやるッ死ねッ死ね死ね死ねッ!」
周囲に人がいないことを確認した私は、薪割り用の斧を振り回して、アニ様の使っていた家具を破壊していく。
「ふーッ、ふーッ…………はぁ……いけませんねアニ様……これくらい自分で処分して下さい。……一体どこまで私の手を煩わせれば気が済むんですかぁッ?」
クローゼットも、本棚も、ベッドも椅子も、アニ様がよく演奏していたお気に入りの鍵盤楽器も、全て必要ない。
「はぁ……はぁ…………。アニ様の大切なもの、全部壊れてしまいましたね。残念でした♪」
アニ様みたいに泣いたり謝ったりしないのが少し味気ないが、多少デルフォスに対する殺意が収まっていくのを感じた。
……あと残っているのは机だけだ。
「そういえば、アニ様は私に何か隠し事をしていましたよねぇ? 一体、引き出しの中にどんなふしだらな物を隠していたんですかぁ? 穢らわしいですねぇ♪」
気の済むまで暴れて上機嫌になった私は、アニ様の机を斧で破壊して、引き出しを漁り始める。
その中に大事そうにしまってあったのは、この国の歴史について書かれた厚い本と、勉強道具――デルフォスとお揃いだと嬉しそうに自慢していたペンと……私が教えた勉強内容の復習をしてあるノートが数冊と…………私が……テストの際に制限時間を計る為に渡しておいた懐中時計と……それから……。
「何ですか……これ……」
アニ様が私宛てに書いた手紙だった。
今、この屋敷に私の地位を脅かすような存在はいない。
ようやく私は、再び自由を手にしたのだ。
――――そのはずだったのに、今の私は何一つとして満たされていなかった。
*
「うっ……ゴホッ、ゴホッ!」
横腹を蹴られて、私は思わず咳き込みながらうずくまる。
そして、痛みで現実へと引き戻された。
「クソがッ! どうして俺がこんな目に合わなければいけない! 答えろッ! 答えてみろよハウラッ!」
デルフォス様の怒りが収まる気配はない。
沢山蹴られて息ができなかった。苦しい。身体じゅうが痛い。
どうして私がこんな目に遭っているのだろうか?
「も、もうしわけ……」
「俺は質問に答えろって言ってんだよッ!」
「ひぃっ?! うぐッ!」
鳩尾《みぞおち》を蹴り上げられ、酸っぱいものが込み上げてくる。
「うっ、うえええぇぇッ!」
気がつくと私は、胃の中のものをその場で吐き出していた。
「――チッ。汚ねえな。少し蹴られたくらいで吐くなよ」
自分の部屋の床を汚され、不愉快そうに呟くデルフォス様。
……ふざけるな。お前のせいだろこのクソ野郎。
「うぐっ、も、もうしわけ……ありません……」
私は寸前まで出かかった言葉を飲み込んで、そう言った。
こんな屈辱は生まれて初めてだ。
いくら長男とはいえ、所詮は世間知らずのクソ餓鬼。
私の方が遥かに秀でているというのに、何故こんな奴の前で惨めな姿を晒し、その上謝罪までしなければいけない?
「もういい、興が削がれた。……俺はこれから数日、妹を探しに出かける。お前は部屋を片付けておけ。…………クソ」
デルフォス様は、倒れている私には目もくれず、その場から立ち去った。
狡猾で、暴力的で、良いのは外面だけ。
……そうだ、これがヴァレイユ家の人間の本性だ。
こんな奴らに気に入られて権力を手にしたところで、明るい未来など待っていない。
私は、たまたま支配しやすいアニ様の世話係になったせいで、勘違いしていたのだ。
「と、とにかく……今はこれの後始末を……」
――絶望的な事実に気付いてしまった私は、気を紛らわすために部屋の掃除に取りかかる。
とにかく今は、余計な事を考えず考えずデルフォス様のお部屋を……。
…………デルフォス様?
どうして、私があんなクソ餓鬼のことをデルフォス様と呼ばなければいけない?
そしてなぜ私は、そのことに今まで疑問を持たなかった?
「……ふざけんな」
身体の痛みが引いてき、ふつふつとデルフォスに対する怒りが湧き上がってくる。
「ふざけんなふざけんなふざけんなッ!」
私は怒りに任せて、机の上のものを全て払い落とした。
「誰が……誰がお前の部屋なんか……ッ!」
……まずい、このままでは部屋を滅茶苦茶にしてしまう。もし、それがデルフォスにばれたら……!
「クソっ! クソクソクソクソッ!」
この苛立ちを発散しようにも、アニ様はもう居ない。
「あの役立たずが……! 肝心な時に追放されやがって……ッ!」
――その時、私はあることに気づいた。
確か、処分したアニ様の部屋の家具はまだ焼却されていない。
離れの小屋の中に残っているはずだ。
あれを使おう。
私は、誰にも中を見られないようにデルフォスの部屋を施錠してから、屋敷の離れへと向かった。
*
「殺してやるッ! 殺してやるッ死ねッ死ね死ね死ねッ!」
周囲に人がいないことを確認した私は、薪割り用の斧を振り回して、アニ様の使っていた家具を破壊していく。
「ふーッ、ふーッ…………はぁ……いけませんねアニ様……これくらい自分で処分して下さい。……一体どこまで私の手を煩わせれば気が済むんですかぁッ?」
クローゼットも、本棚も、ベッドも椅子も、アニ様がよく演奏していたお気に入りの鍵盤楽器も、全て必要ない。
「はぁ……はぁ…………。アニ様の大切なもの、全部壊れてしまいましたね。残念でした♪」
アニ様みたいに泣いたり謝ったりしないのが少し味気ないが、多少デルフォスに対する殺意が収まっていくのを感じた。
……あと残っているのは机だけだ。
「そういえば、アニ様は私に何か隠し事をしていましたよねぇ? 一体、引き出しの中にどんなふしだらな物を隠していたんですかぁ? 穢らわしいですねぇ♪」
気の済むまで暴れて上機嫌になった私は、アニ様の机を斧で破壊して、引き出しを漁り始める。
その中に大事そうにしまってあったのは、この国の歴史について書かれた厚い本と、勉強道具――デルフォスとお揃いだと嬉しそうに自慢していたペンと……私が教えた勉強内容の復習をしてあるノートが数冊と…………私が……テストの際に制限時間を計る為に渡しておいた懐中時計と……それから……。
「何ですか……これ……」
アニ様が私宛てに書いた手紙だった。
0
お気に入りに追加
1,690
あなたにおすすめの小説
恋人を寝取られ死刑を言い渡された騎士、魔女の温情により命を救われ復讐よりも成り上がって見返してやろう
灰色の鼠
ファンタジー
騎士として清くあろうとし国民の安寧を守り続けようとした主人公カリヤは、王都に侵入した魔獣に襲われそうになった少女を救うべく単独で撃破する。
あれ以来、少女エドナとは恋仲となるのだが「聖騎士」の称号を得るための試験を間近にカリヤの所属する騎士団内で潰し合いが発生。
カリヤは同期である上流貴族の子息アベルから平民出身だという理由で様々な嫌がらせを受けていたが、自身も聖騎士になるべく日々の努力を怠らないようにしていた。
そんなある日、アベルに呼び出された先でカリヤは絶望する。
恋人であるエドナがアベルに寝取られており、エドナが公爵家令嬢であることも明かされる。
それだけに留まらずカリヤは令嬢エドナに強姦をしたという濡れ衣を着せられ国王から処刑を言い渡されてしまう———
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。
晴行
ファンタジー
ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる